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仏法の生命論2 

 投稿者:アルベア  投稿日:2016年 3月21日(月)05時29分40秒
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  仏法の生命論2

精神分析は個別の人間を対象として見てきたが、その概念の理論化から文明論ま

で論じることに至っている。ユング・アドラー・ハリー・スタック・サリバン・

マノーニ、新フロイト派と言われる学者たち等も個別を通し全体性へと「眼差し

」が向いているのが見受けられる。

しかし「全体性」への流れは「自分自身の深化」という「眼差し」によりもたら

されてくる「現象」であることに気づいていなかった。

1980年代より「統合精神療法」「統合○○」と言う流れが出てきたが、それは

、常に個別を対象としてきたことから更に、治療効率を高める手法として「集団

的療法」のアイデアが導入されるようになってきた。

なぜ、このような事を述べるのかというと、実際にはそれほど治療効果はないか

らである。実学ではない、医学的な治療効果を検証できない現実があるからであ

る。またそれぞれの各派の創始者の体感・体験は、彼らの「自己探求」があった

からである。彼らも「救われたかった」のである。

本来、治療、という概念は「救済する」「助ける」ことにあったがいつしか「理

論構築」という現象に転化してしまっているのである。

このような現象は、多岐の分野、領域に共通して見られている。常に「相対的な

世界」の出来事なのである。

釈尊は、成道するまでは「相対的世界」にいた。成道後すなわち「体感覚知」「

悟り」後は、絶対的な視点からの「救済」技法を提示したのである。個別から「

全体性」への促し技法である。その視点とは「自然にあることに、気づくことで

ある」ということに尽きる。

「『自我機能』に縛られ苦悩するのではなく『自己機能』に意識を置くことによ

り『自然にもたらされる現象』に『気づく事』が自分自身の救済となり、人類の

救済となる。」ということなのだ。「非二元」の世界である。

混迷する世界情勢、世界経済、格差現象、「相対的現象・現実」の限界点が見え

隠れする状況となってきている。

国連、サミット、先進国首脳会議等は、戸田先生のいわれた「地球民族主義」と

いう価値観、生命観へのシフトする兆しであると言える。「全体性」への希求で

ある。

どんな優れた「学問」でも、宿命は転換できない、宿命とは、意識の働き作用で

ある。釈尊は、その転換の在り方を展開し、日蓮大聖人は具体的方法を提示され

、戸田先生は「獄中にて体感覚知」された。既に「成仏」していることを自らの

体感・体験により示されたのである。

「成仏」していることに「気づく」ことを促すのが「救済」なのである。

 
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