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お彼岸 2

 投稿者:アルベア  投稿日:2016年 3月20日(日)04時25分30秒
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  お彼岸 2

「自然現象」として、「お彼岸」を見ていくと外界の事象として見てしまうが、

自然と共に生活をしている農業や漁業、林業等に携わる方々は、身近な生活の中

で実感しているのが見られる。

都市化された中で生活している人々は「連休がきた」という感覚でしかない。自

然と自分自身の分離・分断がそこに働き作用しているのが「わからない」、感知

できない社会文化的現象がある。

私は遺伝性の糖尿病である。ここ2年、毎日、血糖値、血圧、脈拍、体温を計測

し記録してきている。正常な健康レベルの数値である。

毎日の生理的な機能測定により、改めて「気づいた」ことがある。「依正不二」

という原理・法則を体感したのである。

「正報」とは、我が身「主体」「依報」とは、「一切の対境」であり、「客体」

である。その関係が「不二」であるということだ。「宇宙即我」の原理・法則で

もある。

毎日の数値の変化を見ていくと、なぜか「春分の日」前後から、血糖値が70~

80「秋分の日」前後から血糖値が100前後と「季節変動」が明らかにあると

いうことに「気づいた」のである。当り前のことと理解するのと「生かされてい

る事実」と理解するのと世界観が変わる、異なるのである。「生命現象」「生命

感覚」が体感できる喜び・感動があるのである。

「自然」と「自分自身」と区分して見る見方は「相対的現象・現実」である。自

分自身は「自然の中に在る」と気づくのが「絶対的現象・現実」の世界なのであ

る。「体感・体験」によりもたらされる「現象」である。「自然」も「自分自身

」も「生命現象」なのである。「全体性」の働き作用として常に「在る」のであ

る。「不二」の体感でもある。

春、花が咲き、卒業があり、いろいろな旅立ちがある。「人間観」でみる季節の

移り変わりである。「生命観」でみる季節の移り変わりは「自然になるように、

なっていく」、自分自身が「季節」だと「気づく」不思議な事。

彼岸(あの世)此岸(この世)という区分けは人間が自然現象から学んだ「見方

」であるが、「生命現象」から見ると、「春、花が咲き、卒業があり、いろいろ

な旅立ちがある」つまり「終わりがあり、始まり」があるということだ。「終わ

り」とは卒業、「始まり」とは入学・新スタートである。此岸(この世)から彼

岸(あの世)への旅立ちである。人間の営みには、必ず「此岸(この世)から彼

岸(あの世)」へのリズムが繰り返されている現象なのである。何も「生まれて

」(此岸)「死んだ」(彼岸)から、ではなく、日常的にもたらされている「生

死」「生滅」の生命現象なのだ。例えば「新陳代謝」の生命現象、「目覚め」と

「睡眠」のリズム等である。

宇宙の壮大なる運行は、自分自身の生命現象の働き作用(運行)と「同じ」であ

るということなのだ。自然の営み自体が「自分自身」の現われなのだ。 「今日

」という日は「此岸」明日は「彼岸」なのだ。「今」この瞬間が「此岸」、瞬間

の前、直前は「彼岸」なのだ。

「此岸」は、「今在る」、「彼岸」は「無い」、「存在」そのものの働き作用で

ある。

アラン・ワッツ 9動画

https://www.youtube.com/watch?v=W_36fkhA4sE&list=PL2DF35EC30683D1D9
 
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