/A案は幾何スタイルの可能性としておもしろいが、オリンピックらしさが無い。B案はいかにもオリンピックだが、日本らしさ、東京らしさが無い。C案は、神をモティーフにしており、絶対にオリンピックでは使えない。D案は、デザイン的には稚拙だが、日本で愛されている朝顔という花をモティーフとした点において、アイディア勝ちか。/
行かがり上、あちこちからコメントを求められるので、まとめてちょっと寸評しておこう。専門として気になるのは、単純な視覚デザインとしての好き嫌いではなく、エンブレム、つまり紋章としての図象学的な意味だ。
幾何的スタイルのデザインの代表として候補になったのだろう。藍一色は、やや地味に見えるが、高コントラストで、印刷しやすく、また、視力の弱い人でも認識しやすい。よくある市松模様に独自の工夫を加え、幾何デザインでもまだ大きな可能性があることを示しており、プロらしい仕事ぶりだ。ただ、意味合いが薄く、企業ロゴでも通用してしまい、オリンピックらしさがあるかどうか。市松模様は、日本独自というわけではなく、概してメイソンリーが好む柄。市松と呼ぶにしても、江戸中村座の歌舞伎役者、初代佐野川市松に由来するとはいえ、この柄で演じたのは『心中万年草』で、大阪の近松門左衛門が作った京都高野山の話。また、藍も、ジーンズのように、日本独特の色、と言うには無理がある。このスタイルで行くのであれば、江戸小紋からアイディアを発展させた方がよかったのではないか。
RGB3原色に金を加えたもの。ただし、金は、ベタではなく、グラデーションで表現しているので、印刷にも耐えられる。黒に代えて、この輝きの白を加え、オリンピックの5色に相当。国際オリンピックの五輪マーク、国際パラリンピックの飛翔マークを踏まえ、調和と躍動をシンプルな図案の中に取り込んでおり、いかにもオリンピックらしい、うまい構成だ。しかし、日本らしさ、東京らしさ、という点において、主張がまるまる欠けている。また、一見して、ブラウザのFireFoxのマークとの類似が感じられ、パクリではないものの、オリジナリティにあふれている、というわけにはいかなかった。このアイディアで、なにか日本や東京のシンボルとなるもののモティーフを取り込むことができていたら、もっと評価されただろう。
C案:超える人
いかにも日本的な俵谷宗達の風神雷神図をモティーフにし、光琳や抱一など、その積年の図案伝統を現代風にさらに発展させたという点において、おもしろみがある。が、これを浅草雷門だから東京のもの、というのは、屁理屈すぎる。もともと風神雷神は、京都三十三間堂の木造として知られ、さらに遡れば中国やインドにまで至る。この意味で、アジア大会かなにかなら、風神雷神のモティーフもふさわしいかもしれないが、オリンピックで、なぜ風神雷神なのか、世界の人々には、どうにも説明がつかない。それ以前に、十字架でも、ダビデの星でも、星と三日月でも、オリンピックには、絶対に宗教的なモティーフは持ち込んではならない。風神でも、雷神でも、神である以上、そんなもの、オリンピックには、絶対に使えない。こんな基本的な問題に気づかない予備審査は、聖火台の無い競技場と同じ。日本人の宗教感覚の欠如、視覚的な面しか考えていない、文化的な一般教養の浅い日本のデザイン業界の弱さが、こんなところで出て来てしまって、とても残念だ。
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2009.10.22
2009.10.06
大阪芸術大学 芸術学部 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。