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メソッド

 投稿者:アルベア  投稿日:2016年 3月17日(木)03時01分43秒
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  メソッド

メソッド(method)とは、体系的な方法、方式のこと。

奇跡のリンゴ農家の木村秋則氏・武田鉄矢の映画「降りてゆく生き方」2009年

公開 自主映画「引き寄せの法則」の「ザ・シークレット」「ザ・メタ・シーク

レット」、Dr.ジョン・ディマティーニの方法、中村文昭氏の「何のために」、

7つの習慣等々、また「悟り」系の「非二元者の体験」「覚者の体験」等は、「

全体性」に向かっての、それぞれのメソッドであると言える。

こうした幸福についてのアプローチは本来、宗教が担っていた。しかし、人々は

2000年以降、思い込み・信じ込みでは、どうにもならないということに気づき始

めた。「自我機能」の不良不全状態に気づき始めた。

ここ15年の宗教離れの現象が、ビジネスを含む自己啓発系のセミナー等に人々の

関心がシフトしてきている。このような人々の関心も「全体性」への回帰現象な

のである。

創価の世俗化、活動人口の衰退なども同様である。既存の価値観が崩落している

のである。絶対的なものと感じていたこと、思っていたことが崩れてきているの

だ。

様々な研修会・セミナー等には「全体性」への流れがあることを述べたが、それ

は、いつも言うが、個別的にはそれぞれのアプローチではあるが、その内容等に

は共通した「メソッド」が見られているということである。

つまり、あれ、これ、多種多様な研修会、セミナーの現象は同じであるというこ

となのだ。ここに「気づく」ための出来事等が「今」現象化されてきていると言

える。

その「気づくため」のひとりひとりの「思い」が、いわゆる「探求」の現象なの

だ。「探求」し尽せば終わる。「尽す」とは「やり切る」ことであり、「尽す」

と自然にもたらされるのが「非二元」の世界である。

「さっさと『やり尽せ』」とは、その都度の「智慧」を顕現させる方法である。

「やり尽し」があるから、もたらされる「智慧」なのだ。ただ「やり尽し」には

「やり尽す」者の個人差がある。日ごろの生活がものを言うのだ。

例⇒剣道の素振りで、決められた回数を何回も「やり尽す」と、自然に腕があが

り、技に「切れ」が出て来る。

職人の見極めは、その都度の「やり尽し」によりもたらされている。

「探求」も「やり尽す」ことである。「もういい、飽きた」というところまで「

やれば」変わる。だから「徹する」という言葉があるのだ。「徹する」ことによ

り物事の創造が(智慧)がもたらされるのだ。

「やり尽す」とは身体機能を使っての運動・ムーブメントである。技術・技法の

修得は「やり尽し」体感・体験にある。

創価メソッドは「唱題行」である。毎回、毎回「やり切ればいい」「やり尽せば

いい」生命活動は「やり切る」から自然に反応してくるのだ。

 
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