|
|
<なぜ学会が、文化祭をやったり音楽隊・鼓笛隊があるのか?第三文明展で書画のメンバーが活躍しているのかと、先輩方と討論したことがあります。>
そもそもの、そもそもが、
「一代の肝心は法華経・法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢・穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ」(崇峻天皇御書P1174)
というのを逆に考えてしまう事にあります。
いや、考えるから逆になってしまう。
思考というのは、表層の
情報整理、情報交換、意識の方向付け
それぐらいの事でしかないのに
その中で起こることが全てと思っているから
人の「善意の最上位の」振る舞い
というような、勝手な解釈をしてしまう。
みなさん、自身の中で起こる
新陳代謝・細胞分裂とか、
思考して意識的にやっているわけでは無い。
だけど、事実として
九識として人として起こり顕れていらっしゃる。
そのことを不軽菩薩は敬ったんだと思います。
朝起きて
様々な事に出会い
様々な事に意識を向けて
対話し交流し
宣言をして
意識を巡らせたら
一日の終わりには
忘れて寝る
それだけのことが
どれだけの生命の躍動であるのか
その本来に立ち返るのが
無作の三身なのです。
すると
向けた意識は
思考を離れてなお
宇宙を駆け巡り
「なるようになって」
返ってくる。
この事に気付くために
信仰があり御本尊がある。
部分部分なら
各宗教や個々の悟りでも
通じているんだけども
全てを包括できる無始無終の下地は
日蓮仏法にしか無く
それをもって世界中と交流を果たした
池田先生の思想というものは
すべからくこれからの人類の
善を結集させるためのものとなる。
寄り集まって
頭で考えてたって仕方が無いんですよ。
理屈抜きで一心不乱に
躍動する生命の実現。
文化祭とかそんな感じでしょう?
大事な事なんです。
響きあう生命によって織り成す。
音楽隊・鼓笛隊は生命躍動のメロディーを奏でるのです。
洗練された感性の実現も生命の顕れです。
書画も大事なんです。
もちろん透徹された英知の実現も大事です。
日蓮仏法の生命哲学なんです。
詮ずる所、世界に開かれた
南無妙法蓮華経の生命エネルギーこそが
池田先生の思想なのだと思うのです。
縦横無尽に百花繚乱
躍動する生命エネルギーを
肌で感じながら
不思議となるようになっていく
池田先生の意思と重なる限り
絶対安心なのです。
絶対無敵であり
絶対勝利であり
絶対的幸福なのです。
そのためには先ず
悪を責める勇気からですね。
http://6212.teacup.com/rainbow/bbs?
|
|