常陸大宮市の山林で2005年12月、栃木県今市市(現日光市)の小学1年、吉田有希ちゃん=当時(7)=が他殺体で見つかった事件で、宇都宮地裁(松原里美裁判長)は8日、殺人罪に問われた勝又拓哉被告(33)に求刑通り無期懲役の判決を言い渡した。勝又被告は捜査段階で自白したものの、公判では起訴内容を全面否認。裁判は被告の事件への関与を直接裏付ける物証、目撃証言が一切ないまま自白の信用性だけを争う異例の展開となったが、裁判所は自白調書をよりどころに勝又被告の犯行と認定した。
自白調書を裁判所が「信用できる」と結論付ける上で有力な手立てとなったのは、勝又被告が取り調べに応じる模様を収めた録音・録画だ。
法廷で公開された計7時間超の録音・録画のうち、逮捕前の取り調べ映像には殺人について尋ねられ「はーはー」と息を荒くし「それは後にしてください」と体を震わせる姿があった。殺人容疑での逮捕後8日目の映像にはすっかり観念した様子で、検事に「殺したのは君だね」と語り掛けられると「はい」と答え、殺害状況を身ぶり手ぶりで語る様子が写っていた。判決は、こうした映像で明らかになった「自白すべきか否か逡巡(しゅんじゅん)、葛藤している様子」「供述態度から認められる…迷いや葛藤」を、自白を信用できる理由の一つに挙げた。
取り調べの録音・録画はもともと自白の任意性を立証するために法廷で公開されたが、実際には犯人でなければなし得ないような表情、心の揺れを克明に映し出し、勝又被告の犯人性を裁判員らに強く印象付ける効果も生んだとみられる。仮に、録音・録画の公開がなかったとしたら、裁判員らの自白調書の見方も微妙に変わった可能性がある。
取り調べの「可視化」は今後、客観的証拠の乏しい否認事件では検察にとって有力な立証の武器となろう。ただ、取調室内の自白にはおのずから一定のバイアスがあり、これまで数多くの冤罪(えんざい)の誘因にもなってきた。裁判員裁判では録音・録画の公開に何らかのルール作りを検討してもいいだろう。
今回の裁判が自白頼りになった最大の理由は事件の長期化だ。時間の経過とともに物的証拠は散逸し、目撃者の記憶はあいまいになり証言を名乗り出る人もいなくなる。今度の事件でいかに証拠が乏しかったかは検察が禁じ手の「Nシステム」の記録まで提出せざるを得なかった事情が物語る。発生直後の初動捜査に問題がなかったか、栃木・茨城両県警には十分な検証を求めたい。
お粗末なミスも目立った。遺体に付着していたDNAは当初犯人に直接結び付き早期解決の手立てとみられたが、後に栃木県警捜査1課長の物と判明。捜査は振り出しに戻った。また、遺体の髪の毛に付着していたガムテープ片のDNA型鑑定を3回実施したところ、栃木県警科捜研職員2人のDNAが混濁していたことも明らかになった。
有希ちゃん事件は当時社会に強い衝撃を与え、地域防犯の在り方にも一石を投じた。事件は一応の解決を見たが、少女を狙った類似の事件はいまも続く。子どもたちを卑劣な犯罪者たちからいかに守っていくか、地域の私たちに突き付けられた課題は依然解決に至っていない。