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「探求」について 

 投稿者:アルベア  投稿日:2016年 3月15日(火)05時04分51秒
  通報 編集済
  「探求」について

「非二元」に至るまでの過程として「探求」がある。思考的なアプローチである

。私がここで投稿する内容は、知的「理解」を促すものである。動画の紹介、「

全体性」の促し等は「探求」となる。

促されたことをどのようにセレクトし把握するかは閲覧者の「意識」である。

「探求」は、どこまでも「見る側」のことである。「探求」を終わらせるのは「

見る側」しだいなのだ。

「探求」は「非二元」体感・体験の過程であり必要なことなのだ。当然、その過

程は求める個人の志向性により異なる。ただ「非二元体感・体験者」が多くなれ

ばなるほど、その過程は短くなっていく。

奇跡のリンゴの木村秋則氏は8年間のどん底生活・ジルボルト、テーラーは8年間

のリハビリ生活、「非二元」の体感・体験者は、おおむね5年から10年の「探求

」を要していた。

この期間の「始まり」は「いつから」と「自分自身で感じるかは」個人において

異なる。

私がスレッドで促しはじめて、まもなく3ケ月、閲覧者の中から「非二元」体感

・体験がまもなく現象化される兆しが現われている。閲覧者が読むことにより「

気づき」が促されているからである。

※紹介している朗読教材は、朗読者は「非二元」の体感・体験者ではない。朗読

教材の著者が「非二元者」なのだ。朗読者も「探求者」また視聴する者も「探求

者」なのだ。

「探求」の終わりは「気づき」による開示・開明という現象である。

 
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