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池田先生のご構想から考えて
政治参加は化儀である。
信仰の対象は化法である。
その両極への人間のダイナミズム
による個々人の幸福と
まぁ、この場合日本政治の安定。
そこまで含めての創価学会の
存在意義であると思う。
山にこもって悟りを得るだけの
宗教では無いですからね。
さて、化法と化儀の両面を
一本の思考上で捉えようとする
「おかしさ」が垣間見える。
化法は、絶対不変の真実に立脚するための
生命感覚の感得・体得とも呼べるような
方向性だと思う。
一方の政治参加を含める、民衆の実生活は
直面する理不尽な諸問題への
対処や決断の連続である。
立脚点が深く真っ直ぐならば
対処や決断も深く真っ直ぐなものになる。
これが仏法の法理である。
問題なのは
化法を直面する諸問題と見て
政治的判断を下す愚行にある。
そうして深さ真っ直ぐさを失った所に
立脚しても
それは深さも真っ直ぐさもない
対処や決断となるのである。
ともあれ、しっかりとした
信仰を土台として
理不尽な諸問題にも向き合い
対処、解決していける人材の育成こそが
本来の創価学会であると思う。
そこには、多様な意見も
存在してしかるべきだ。
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