|
|
「対象化」する、「対象化」しない、
「対象化する」という現象は、「見る」という行為により生じる。「見る」とは
自分自身の「外界」への「眼差し」である。「見る」ことにより「自我機能」が
いろいろ活性化する。「思い」「思考」が湧いてくる。「見る」ことが「触れる
」ことであり「縁」となる。そして想起・生滅を繰り返し「妄想」を形成し「幻
想」を掻き立てる。
「対象化」する働き作用は「自我」の働き作用の特性でもあるのだ。そして、そ
れは絶えず「モノ化」されて現象化している。自分自身すら「モノ化」している
のが現代人なのだ。
内部観察は自身の内的世界を「対象化」することである。「対象化」しないと「
わからない」から「見える化」させる過程が必要だからだ。例⇒イメージする。
思い浮かべる等
「対象化しない」という現象は「身体的機能」に伴う反応を言う。感覚機能は完
全受容による反応だからだ。自然のままに起きて来る現象だからだ。朝が来たら
目覚め、空腹を感じたら食べる等の自然現象をいうのだ。そこには「対象化」す
る「見る」行為はない。そこにあるのは「感じる」反応だけである。
「見る」は「眼差し」の世界、「感じる」は「感覚」「感知」の世界である。現
代人はこの異なりが、わからず、常に「ごちゃごちゃ」の世界にある。ストーリ
ーという世界を自分勝手に作っている。本来は、必要ない事である。※「非二元」の感覚
※「見る」⇒「自我機能」⇒物語の作成⇒思考・概念⇒蓄積される⇒いわゆる「自我の形成」
※「感じる」⇒「自己機能」⇒生滅の世界⇒感覚⇒刺激・反応⇒消える
|
|