
これから初めてマラミュートの仔犬を手に入れてみたいと考えているかた、いつか愛犬のマラミュートの子孫を取りたいとお考えのかたに、以下の情報が何らかの示唆を与えてくれることを願います。
堅い文章ばかりで窮屈とは思いますが、どうぞ一度全文に目をお通しいただければ幸いです。
純粋犬種とは、自然界に於いて“なるようになる”では決して生まれてこない、いわば人工的動物です。いわゆる純粋種として、現在、公認されている全ての犬種は、広くない血液プールから選択された近交系の組み合わせを重ねることにより固定化された経緯を持っています。目的に沿った肉体的構成、性能、それらの固定と同時に、生物学的に望ましくない部分もまた、その犬種の中に入り込んでしまうということがいえます。マラミュートに限らず、どの犬種に於いても何らかの形で遺伝的に不健全な部分を抱えているのです。マラミュートその他、純粋犬種の保存や育成を考えるならば、○◯チャンピオンというタイトルなどの見栄え以前に、動物として『健全』であることが大前提です。健全とは、その個体が、肉体的にも精神的にも、健康とはいえない部分を可能な限り持ち合わせていない、ということです。
私たちと共に暮らすマラミュートが、今日、私たちをこのように魅了する姿・性質の犬に至るまでには、気が遠くなるほどの永い年月、先人が取捨選択し苦労して作り上げてきた歴史があります。そこに思いを馳せ、あなたが次にとる行動に自覚と責任を持って、明日のマラミュートを考えてみましょう。
それぞれの犬種には特徴的に見られる遺伝的な疾患や症状がありますが、国内のマラミュートにも当然それらは存在します。それは眼科の範疇に入るもの、整形外科、循環器、内分泌、と様々です。
純粋犬の繁殖者としては、これら望ましくない部分を可能な限り事前に発見し、万一発見されたならば、キャリアである犬を繁殖候補から外します。こうすることで、その犬種に関わるものとして責任を全うすることに繋がります。犬にとっては苦痛のない簡単な検査一つで、生まれ来る犬自身もその飼い主をも、延々と続くことになる苦しみの日々から救うことが出来るのです。
犬の繁殖とは、純粋犬の「数を増やす」ことではありません。その犬種が作出された本来の目的に沿って---例えばマラミュートであれば、人のために極寒の地で最も重たい荷を長距離輸送するというタフな労働を奉仕する---その犬種の特質を維持・向上させ、次世代へ更に望ましい形態・性能として継承させていく、ということです。
しかしながら現在では、文明が進むにつれての省力化・機械化に伴い、極地でマラミュートを実際の労働に用いているケースは殆どないといっても過言ではありません。地球上に存在するといわれる何百種類の犬がそうであるように、マラミュートも一般家庭の家族の伴侶として飼育されるケースが殆どとなりました。このような場合、あくまでマラミュートの特質は際立たせたまま、人間との共同生活をより末永く愉快に健康的に続ける上で重要なのが、犬が素質的に「いかに健全であるか」ということなのです。“犬種名がつく”犬というものは「偶然の産物ではない」ということを心に留めておいてください。
「健全性」については身体面、精神面と色々な観点から考えることができます。このコーナーでは、主に身体面について「遺伝的な疾患」というポイントに絞って述べてみます。
マラミュートで時々見られる遺伝性疾患、遺伝的傾向の強い疾患・症状には幾つか代表的なものがあります。主なものを挙げてみましょう。
| 1. |
股関節形成不全症 |
| 2. |
前肢軟骨形成不全症 |
| 3. |
下垂体性矮小発育症 |
| 4. |
若年性白内障 |
| 5. |
昼盲症 |
| 6. |
腎皮質形成不全症 |
| 7. |
第[因子およびAHF欠乏症(ある種の血友病のようなもの) |
| 8. |
自己免疫性溶血性貧血 |
| 9. |
コートファンク |
| 10. |
8歳齢以前の突発的なブロート(急性胃拡張症) |
| 11. |
真性てんかん |
| 12. |
心臓弁膜の奇形・機能不全 |
| 13. |
甲状腺機能低下症 |
| 14. |
ポリニューロパシー(多発性の末梢神経障害。多くは後半身のどこかに現われる) |
このなかには、現在の日本でも比較的頻繁に見られるもの、海外の先人の行ってきた排除の努力の結果、滅多に見られなくなったもの、と色々あります。
さて、日本のマラミュートに多く見られるものは主に、股関節形成不全症、若年性白内障、8歳齢以前のブロート、真性てんかん、といえるかもしれません。それぞれについて簡単な解説、日本で可能な検査・登録先などについて紹介していますので、それぞれをクリックしてまずは一通り、目をお通しください。
新しい仔犬の購入を決める前に、以上のような点をあなた自身が把握し、候補犬の繁殖元に確認しましょう。充分な回答がすぐに得られない場合には遠慮せず、迷わず、納得がいくまでQ&Aを繰り返してみましょう。どの犬種でもそうですが、真剣に取り組んでいる研究熱心な犬種育成家であれば、自分の扱う犬種と、自ら行う繁殖にはこだわりを持っているものです。ショー歴やチャンピオンタイトル、ランキングは必ずしも質の高い健全な仔犬と繋がっているわけではありません。押さえるべきポイントは当然これだけではありませんが「生まれつきの病気」が無ければ、将来の愛犬と暮らす楽しみはより膨らみ、そして苦しみは半減する可能性が高くなるといっても過言ではありません。私たちからのアドバイスです。

AMCJでは、国内のマラミュート界に関わるあらゆる人々が正しい犬種知識を持って、自らの繁殖活動に責任を持ってくれることを願っています。このなかには、繁殖者が仔犬を新オーナーに譲るに於いて、良いこともそうでないことも正直に含むマラミュート特有の必要知識、適切な管理など、たくさんの情報を伝達すべきだということも含まれます。マラミュートと名の付く犬の数ばかりを増やして普及させ、人気犬種にしようという意図は、私たちマラミュート専門集団にはありません。
現在の日本のマラミュート界が抱える問題としては、過去のバブル期に乗じた幾らかの輸入エージェントが多数の「アメリカチャンピオン」を輸入して国内のあちらこちらに繁殖基礎犬として販売した経緯があります。これらの犬の中には、アメリカで遺伝疾患が見つかったために、チャンピオンの称号を取ったものの通用しなくなったというものが少なくありませんでした。上位ランキング犬でさえ、このような隠れた問題犬もあるのです。こうした宙ブラリンのチャンピオンたちが、遺伝疾患の知識に乏しい日本に次々売られることになって現在に引き続いている、というのが残念ながらの事実です。タイトルに目がくらんで買うほうも買うほうですが、“無知”の日本人向けに売るほうも売るほうです。歯がゆいとは思いませんか?
当然、それ以外の健全な犬たちもいることでしょう。しかし、日本以外の犬の先進国では当り前の行為である「繁殖前の検査登録」について、充分な知識もなく、実際に調べるという行為を取ることもなく、私たちはどのように見分けることが出来るでしょうか。お金を稼ぐことを目的とする日本の個人ブリーダーは、犬の初心者を相手にすると“親犬も祖父母犬も特に異常はありませんから大丈夫ですよ”と、一言で健全性を証明してみせようとします。まず自分たちが、何が正当なのかを「知る」ことで一つ賢くなれると思います。
あなたがマラミュートに興味がありましたら、私たちAMCJは喜んで学ぶお手伝いをします。
しかしながら、これら遺伝性疾患の仕組については遺伝子レベルで解明が進み、更に機能的・合理的な検査方法が研究途上にあります。登録機関とは、スクリーニングを行ったことを証明するために存在するのです。いつか将来は、犬の毛を1本取って封筒に入れて郵送すれば、あらゆる遺伝病の検査が安価で迅速に行える日も来るかもしれません。…しかし、そんな夢が実現するまでは、私たちマラミュート愛好者は地道に、次世代のために一つ一つ実践を積み重ねていくべきだと思うのです。

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