パナマ文書、盛り上がっていますね。(そうですか?)
パナマ文書についてはニュースやWikipediaでも見ていただければいいのですが、これに絡んだ「租税回避」行為について、どうも前提知識を飛ばして「脱税(=違法)」であるという論調で企業や個人を非難しているツイートや記事が散見されているので、その法的な前提知識として「租税回避」とはどういう構造になっているのか、果たしてどこまで非難されるものなのか、という点を確認していきたいと思います。
パナマ文書について、オバマ米大統領が発言していますが、
「税逃れは世界的に大きな問題だということを改めて思い起こさせた。多くの取引が合法で、それがまさに問題だ」
パナマ文書「大きな問題」 オバマ大統領、税逃れを批判:朝日新聞デジタル
というのが、問題をきちんと認識している発言だと思います。
そう、つまり、これらの行為は現時点では「合法」であることが多いのです。
タックスヘイブンを利用して課税逃れをしていた個人や企業が明るみになり、やいのやいの喧々囂々意見が出ていますが、そもそも「租税回避」とはどういった理屈で行われているのか、という前提知識がないと、善悪が判断できない(はずな)ので、少しだけ、その仕組みそのものについて理解しておきましょう。
1~7までのステップがあります。
1.自国の租税に関する権利はその国にある。
これがまず大原則です。
国民から租税を徴収する権利は自国の固有の権利です。
ですから他国に指示されるいわれはなく、自国がどのような国や経済で、どのように税を徴収すべきか、というのは自国が決めることです。
「租税回避地」といわれているところはほとんどが小国や自治区で、自国産業が弱いところが多く、それらは「税率を低く/課税なし」にすることで人や企業を集めるという政策を取っています。
あるいは法人税を抑えるかわりに、登記手数料を取ることをメインにしているところもあります。
それらを大国の論理で自分たちと同じように課税せよ、というのはいささか干渉が過ぎるでしょう。
(もちろん、実態は様々な方法で干渉しているわけですが)
(tax havenという言葉の「haven」というのは「港、避難港、避難所」という意味で、産業のない島国等の小国が貿易中継点となることで物や人の流れを作り、そこで収入を上げるために関税などを免除したことに由来しています)
2.複数国間にまたがる税問題は租税条約を結ぶ。
1の論理があるため、二国間にまたがる取引において税法の違いにより、両国で課税されてしまう(二重課税)場合や、どちらでも課税されない(二重非課税)場合が発生してしまいます。
そういったケースに対処するために、二国は租税条約という条約を結ぶことで、お互いの利益を調整します。
(日本と米国なら日米租税条約、日本と中国なら日中租税協定があります)
しかし、「全世界統一の課税条約」というのは存在しません。1にもあるように、課税権は原則自国の権利であって、すべての国が満足するような条約は制定できませんし、国際取引に課税する組織を作るわけにもいきません。
オバマ米大統領の発言にもあるように、ここが悩ましいところで、米国は米国で、米国の「利益」になるように法律を作っていますし、本音は「課税を公平にしたい」のではなく「自国の課税利益を最大化したい」だからです。
「租税条約」ってなに?──ものすごくカンタンな3分間レクチャー (2006.6/5)
3.企業や個人は税金が安い方がいい。
当然の話です。
たとえば日本では、日本国憲法に財産権の条文があります。
第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。
また、第八十四条に、
第八十四条 あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
ともあり(租税法律主義)、国家が国民から租税を徴収するためには、そのための法律を作らなければなりません。
つまり、裏を返せば、法律に書かれていない方法であれば原則的には「合法」という扱いをしなければいけないのです。
国が法の根拠なく税を徴収するような暴走をしないためには必要な考えですが、一方、実際の経済活動よりも立法の方が後手に回ってしまう欠点があります。
(租税法律主義には、「国税庁の出す行政通達は法律ではないから違憲ではないのか」、「社会保険料は実質的な税にもかかわらず、法に料率が書かれないのは違憲ではないのか」(旭川市国保料訴訟 - Wikipedia)、「政府主導のインフレは現金資産に対する実質的な資産課税ではないのか」などの意見もあります)
企業についても、選択できるのにわざわざ税金の高いところで納めるのは株主に対する背信行為にも繋がってしまいます。
4.物品や情報はデータだけで売買される。
貿易中継点として実際に物や人が行き交う時代はまだ良かったのですが、現代では「データ」のやり取りだけで商取引が完結してしまうケースが多数です。
買った、売った、というデータで、どんどん転売することもできますし、「本社」が世界のどこにあるかなどはほとんど意味をなくしてしまいました。
5.代表的な租税回避スキームにはどのようなものがあるか?(実例)
1~4を前提とすると、
政策上課税優遇している国や地域(1)で、メインの会社が属する国と租税条約を結んでいないところ、もしくは租税条約を逆手に取れるところ(2)で、税金が安いところ(3)かつ情報保護に厳しいところで、データ上で取引できる事項(4)について、租税回避の芽があるということです。
例1) 「ダブルアイリッシュ、ダッチサンドイッチ」方式
開発したのはAppleと言われています。
これはその名前が示すように、
「アイルランドに二つの法人と、その間の取引にオランダの一つの法人を設立させる」
ことにより売上を米国での課税から逃れる方法です。
まず、米国A社はアイルランドに会社Bを設立し、ライセンスを付与します。
A社は、外国のB社について、まあ、なんやかんやあって、米国での課税対象外を選択できます。(なんやかんや=チェック・ザ・ボックス規則 - Wikipedia)
アイルランドは「会社の設立国」ではなく、「活動実態のある国」で課税せよ、という法律になっています。
ですので、B社はアイルランドでは「活動実態」がないようにします。
つぎに、「活動実態」で課税しない国で、実際の取引を行います。
例として「バミューダ諸島」に設定しましょう。
(バミューダ諸島自体、法人税がないのでタックスヘイブンで有名なところなのです)
しかしここで問題があり、バミューダ諸島自体がタックスヘイブンの温床であると米国などに知られているために、直接的な活動ができません。
そこで、アイルランドにもう一つ、ライセンス収入が入るための法人Cを設立します。(「なんやかんや」の一端。C社は持ち株会社B社の子会社扱いになる)
C社はB社からサブライセンスの付与を受けて、世界中からライセンス料を回収する実態のある会社です。C社はアイルランドに実態のある会社ですから、このまま溜め込んでは税金がかかってしまいます。かといって、C社はどこかにお金を吐き出そうとするとアイルランドで源泉徴収の対象となってしまいます。
そこで、「アイルランドーオランダ租税条約により、アイルランドからオランダへのライセンス料の支払には源泉税を徴収しない」という項目を利用し、オランダに新しく迂回をするためだけの法人Dを設立します。
オランダはライセンス料の支払いについては源泉税を徴収しない法律になっているので、オランダのD社から、アイルランドのB社(実質バミューダ管理)にライセンス料を支払う際にも無税のままお金が移動します。
かくして、B社(アイルランド法人、実質バミューダ管理)にライセンス料が無税のまま入り、米国からもアイルランドからもオランダからもバミューダからも税金がかからない資産が誕生しました。
このダブルアイリッシュダッチサンドイッチ方式はappleが開発したと言われていますが、多くのIT企業で取り入れてられています。
上の例ですが、Googleを元に作成しました。
ASSIOMA(アショーマ) » グーグルの節税策 ダブルアイリッシュ、ダッチ・サンドウィッチとは?
グーグルの租税回避に関する報道について(1) - ライブラリ - コスモス国際マネジメント
例2) 移転価格方式
これは、本社Aが外国に子会社Bを設立し、本社と子会社で取引を行う際、本社Aが子会社Bに、本来想定されるべき価格未満で売り渡し、本社Aの利益を圧縮し、B社に利益を移転する方法です。
たとえば、
1.本社Aが50円で商品を仕入れる(あるいは製造する)。
2.本社Aは子会社Bに70円で売る(本社Aの利益は70-50=20円)。
3.子会社Bは100円で消費者に売る(子会社Bの利益は100-70=30円)。
4.連結決算的には、全体で50円の利益。
しかし、
2の段階で、本社Aが50円で子会社Bに売った場合はどうでしょうか。
1.本社Aが50円で商品を仕入れる(あるいは製造する)。
2.本社Aは子会社Bに50円で売る(本社Aの利益は50-50=0円)。
3.子会社Bは100円で消費者に売る(子会社Bの利益は100-50=50円)。
4.連結決算的には、全体で50円の利益。
連結決算では何も変わらないように見えて、本社Aと支社Bで法人税率が異なった場合はこれが変わってきます。
本社Aの国の法人税率が20%、支社Bの国の法人税率が10%だとすると、
前者は(本社Aの利益20円×税率20%=4円)+(支社Bの利益30円×税率10%=3円)=法人税7円
後者は(本社Aの利益0円×税率20%=0円)+(支社Bの利益50円×税率10%=5円)=法人税5円
となり、2円のズレが出てしまいます。
法人税は安い方がいいので、後者を採用した方が節税効果があります。
移転価格とは?|移転価格サービス新卒採用|デロイト トーマツ税理士法人 採用情報
現在の日本では「移転価格税制」というのがあり、独立企業間価格(つまり資本関係のない第三者に販売するときの価格)と大きく乖離をしてれば、その乖離分は移転があったとみなして課税をする、という方法をとっています。
もちろん、この価格算定方式もいくつかあり、その中で自分たちの都合が良い方式を選び、なるべく法人税を安く済むように調整をします。
しかし、この方式は仕組みが簡単な上に「適正価格」とは何なのか、という点を巡って税務当局と企業側が対立するケースが多く、ホンダ、武田薬品工業などが不服として勝訴するなど、種々の問題もはらんでいます。
ホンダ、移転価格巡り二審も国に勝訴 東京高裁 :日本経済新聞
ホンダが、海外子会社との取引を巡って「移転価格税制」に基づく追徴課税の取り消しを国に求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(杉原則彦裁判長)は13日、約75億円の課税処分を取り消した一審・東京地裁判決を支持し、国側の控訴を棄却した。課税処分が取り消された場合、ホンダへの還付に上乗せされる加算金は現時点で30億円を超えているとみられる。
あるいは、この方式ではないのですが、直近の日本では「業務スーパー」有する神戸物産が税率の低い香港にある子会社との取引が「実態のない子会社との取引であり」、「香港子会社の所得を日本本社の所得と合算していない」と認定され、追徴課税されることになりました。
神戸物産が2億8千万円の所得隠し 大阪国税局指摘 :日本経済新聞
関係者によると、同社は香港の子会社について、税負担の低い外国子会社の所得を国内所得と合算して申告するよう定めた「外国子会社合算税制」の適用除外とした。しかし同国税局は適用除外の要件を満たしていないと判断、合算せずに申告したのは仮装・隠蔽に当たると指摘した。
6.今、パナマ文書で何が問題になっているの?
ここまでで、租税回避が各国の思惑と法の隙間をついて行われていることがわかりました。これらは現時点では「合法」であることもポイントです。合法である限り、企業や個人はこれらの租税回避を行いますし、その権利もあります。
企業の租税回避はこれまでも問題視されていましたし、法の隙間も見つけては埋め、新たなスキームが開発され利用され、また埋め、というイタチごっこの作業で少しずつ改善させています。
パナマ文書で問題になったのは、あろうことかこれらの租税回避を問題視し、自国利益のために法の隙間を埋めるはずの当事者である首相や大統領といった政治家の名前が出てきてしまったことです。
違法ではないとは言え、租税を取り仕切り、国民から徴税をする責任者が租税回避行為をしていたのですから、道義的な責任は免れません。
アイスランド首相辞任、憤る国民 資産隠し疑惑 :日本経済新聞
当初、グンロイグソン首相は取引に違法性はないとして辞任を否定した。5日夕に首相府は同首相に代わり、進歩党副党首のヨハンソン漁業・農業相に当面首相の座を譲ると表明、事実上の辞任と受け止められた。だが辞任だけでは不十分とする大規模デモが再び起き、事態は収束していない。
パナマの法律事務所から流出したタックスヘイブン(租税回避地)の利用実態を示す「パナマ文書」が各国首脳を揺さぶっている。キャメロン英首相は7日、亡父が設けたファンドに投資していたことを一転認めた。アイスランドのグンロイグソン首相は同日、正式辞任し、アルゼンチンでは検察がマクリ大統領の捜査開始に向け動き出した。自国の税収増をめざすことを求められるにもかかわらず自ら租税を回避していたことで、厳しい状況に追い込まれつつある。
それにくわえて、この「租税回避」が「税法や条約の穴を狙う」行為であり、多くの国の法律や条約に詳しい会計士や弁護士といった専門家が必要で、それらを利用できるのが「富裕層」に限定されてしまう、というのも大多数の国民の怒りを買った一端でしょう。(もちろん、合法なのですが、合法と国民の怒りは別です)
7. じゃあ、どうすればいいの?(EU金融取引税に見る国際連帯税の可能性)
これらの租税回避に対する抜本的な解決策はかなり難しい問題と言わざるを得ないのですが、2に示すように、強制力を持つ国際的な統一課税ルールを作るしかありません。
すでに述べたように、課税権は自国の権利ですから、一筋縄ではいきません。
どんなルールにしても、不利益を被ってしまう国が出てきてしまうでしょう。
このような包括的な課税ルールの先駆けとして、EUが策定した金融取引税があります。
主たる目的は、金融取引の投機化を防ぎ、経済の安定を目指すものですが、同時に「その税収の一部をEUとして管理する」という画期的な税制度でもあります。
1981年にノーベル経済学賞を受賞したトービン氏が1972年に提唱した理論で、「トービン税」とも呼ばれています。
その税収を途上国の開発に充てよう、など、理念は良いものなのですが、当然のことながら「非参加国」があった場合(EUではイギリスが反対していました)、その非参加国に租税回避が集中するという問題もあり、世界同時採用が鍵となります。(国連ができればいいんでしょうけどね……)
日本にも、議連はあるようです。
以上、基礎的な租税回避の知識ですので、これらを前提におきつつ、これからの税制度がどうあるべきか、をみんなで考えていきたいですね。
え、パナマ文書に日本の政治家の名前がない?
ほら、日本は政治家個人が自分の資金管理団体に寄付して、子供が非課税で相続すればいいし、資金管理団体間なら年5千万まで移転できるから、複雑な租税回避をするメリットがない……
(さすがに2006-2007年の事務所費問題で、不動産の取得はできないよう改正されましたが)
そんなわけですが、ここから宣伝です。
4/15にKADOKAWAのノベルゼロより、マネーロンダリングや詐欺等犯罪収益にかかわる小説「トクシュー!―特殊債権回収室―」が発売されます。租税回避については(物語のメインにするには)ちょっと難しすぎるのではという思いからあまり触れていませんが(一部あります)、昨今の情勢を含んだ小説になったと思いますので、是非ともご購入の上、お読みください。
レーベル的には30代男性をメインターゲットにしていますが、老若男女、読んでいただければと思います。
金曜発売ですが、はやい書店ではそれより前に見つかるかもしれません。今週末に読んでいただいて、得た知識でいち早く週明けにドヤっていただきたいな、と思います。
次が出せたら租税回避も盛り込みますゆえ、ご支援ください……
巖本英利様のイラストが超イカす!!
「今日からできる! マネーロンダリング!!」というキャッチフレーズ案もありましたが、犯罪を推奨しているわけではありませんので没になりました。
それくらいなるべく簡単に書いています。
よろしくお願いいたします。