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宮下崇俊(みやした・たかとし) 1973年8月1日山梨生まれ。1993年4月東洋大学経営学部に入学。大学4年間は起業準備の期間と決め、特に就職活動期には、あらゆる起業家のイベントやセミナーに参加。大学卒業後、フリーランスとしてウェブの企画・制作で事業活動を開始。2000年3月1日株式会社イー・クラシスを設立し代表取締役社長に就任。2005年6月には福逓利信息技術(上海)有限公司設立、董事長就任。 【起業の頃について】 宮下: 当社は2000年3月1日の設立ですが、それとは別に、社内的に「創業記念日」というものがあります。1999年10月15日、今の会社を作ろうと思い立って、創業メンバーで現在は役員をやっている加藤に声をかけたのがその日です。 たまたま電話で彼と打ち合わせをしていて、特に何が起こったというのではなく、うまく言えないのですが、単純に、直感的に、「今がタイミングだ」と思って声をかけて、やろうということになりました。 ――起業の頃、ご苦労されたことは? 宮下: 1期目・2期目は事業自体が不安定な状況でしたから、一番労力を使って苦労したのは、やはり資金繰りです。その頃はまだ社歴も浅いので、銀行さんからの資金調達がなかなか難しい状態でした。 通常、月末に支払が発生して、月末に入金があります。完璧にショートしたということは1度もなく、この入金がないとショートする、というタイミングは2〜3回ありましたが、神がかり的に何とかなったということはありました。 ――それをどのように克服されたのでしょうか? 宮下: 一番工夫したことは、当然のことですが、「売掛金は早めに回収し、支払は極力遅く」です。 当時、当社は広告事業がメインでしたが、各広告企業様にお願いしたのは、「支払サイトを基本は1ヶ月、初回に関しては前金で」という交渉を常にして、売掛は早めに回収するようにしました。逆に、買掛は極力遅く、という当然のことをやって・・・今考えると、ぶしつけなお願いを取引先様にしていましたね。 ただそのときも、今だから言えますが、「資金繰りが厳しいですよ」ということは決して見せずに、当たり前のように交渉していました。 そして社員一同、これを常に意識して、支払サイト・回収サイトについては、妥協せずに、取引先様にお願いしていました。 ちょっと最近、多少余裕が出てきたためか、それらの要素が社内から消えているナ、ということに気がついて、去年もう一回締めなおしたんですが。以前のように、苦しいからやる、というのではなく、基本的に回収はシビアにしましょうということですね。 ――起業の頃、失敗したことは? 宮下: 創業時、色々な方に、「こういう会社を作るので応援して下さい」と声をかけさせていただき、有難いことに色々な方に株主として出資していただきました。 しかし、一番大切な、「この会社をどうしていきたい」とか「価値観として何を一番大切にするのか」ということの共有が一部できていなかったんですね。単純に、会社を立ち上げてうまくいくために力を借りたい、という安易な発想から、支援をお願いしたケースもありました。 最終的には、自分たちが「こういう会社にしたい」という思いを大切にした、ということがありました。 それが今思うと一番の失敗でしたね。 【経営理念について】 ――現在、次々と新事業を立ち上げていらっしゃいますが、その急成長の理由は何でしょうか。経営理念の「我々は大人(たいじん)を目指す」の、「大人(たいじん)」とは、どういう意味ですか? 宮下: 直訳すると、得のある人、立派な人、というような意味ですが、我々イー・クラシスという会社も、個人も、向上心を持って一緒に成長しよう、という思いが込められています。 ――「我々は海兵隊である」、「上品な海賊である」とは? 「海兵隊」なんて言うと、体育会系の会社かと思われそうですが、ここで言う「海兵隊」というのは、組織論の観点から、アメリカの海兵隊の組織を非常に参考にしているんですね。人を活かせる組織こそ全ての根源である、と考えています。 「上品な海賊である」についてですが・・・。私は基本的に、ビジネスというのは戦いである、と思うんですね。 イー・クラシスという会社は、普通よりも礼儀にこだわっています。そのため、「腰が低い、腰が弱い会社」と思われて、「この会社だったら何でも言うことを聞くだろう」という見られかたをすることがあるんですね。例えば、お金を払ってくれない、踏み倒される、というようなことが過去にありました。 礼儀作法や気配りを大切にしていても、ビジネスとしてやる以上、噛みつくときは噛みつかなきゃいけない、ということを社員に訴えたいのが、その言葉ですね。 【組織について】 ――人材の活用については、いかがでしょうか。月間MVPなどの表彰制度や独立起業支援制度、新規事業立案報奨金制度などを設けていらっしゃいますね。 宮下: 組織については、発展途上といいますか、永遠に完成形というのはないですね。上に立つものとして、「どうすれば彼らがやる気を出せるか、能力を引き出せるか」ということを、常に考える姿勢が大切で、これは永遠にやらなくてはいけないと思っています。 MVP制度など、試行錯誤しながら色々なことを試みているのですが、やはりまだ完璧ではないですね。社員の人数や会社の行う事業など、ステージによって組織を変えていく必要があると思います。このあたりを一生懸命考え出したのが一昨年ぐらいでしょうか。その頃はまだ社員も10数名ぐらいだったのですが、その時と今(社員約30名)では変わっています。 環境や状況の変化によって、常に組織のあり方を考える、そこに対する努力は惜しまない、ということが大切ではないかと思います。 ――組織を考える上で参考にされた会社(経営者)はありますか? 宮下: 日本電産の永守社長でしょうか。著書は全社員に配っています。100%全てをうちの会社に取り入れることはできませんが、非常に共感する部分が多いですね。 IT業界では、楽天さんです。「締めるところは締める」というか、自分に対する厳しさ、ストイックなところがありますね。楽天さんというのは、業界でも異質な社風を持っていて、すごく厳しいんです。人が2人以上集まればもう組織ですから、組織力をうまく出すためのしくみ・仕掛け、という点で大変参考になります。 【外部ブレーンの活用について】 ――外部ブレーン(専門家)の活用についてはいかがでしょうか。 宮下: 当社は、つい最近、2つの大きな動きがありました。 ひとつは、M&Aで、クリック保証型バナー広告のカスタムクリックの株式を、ライブドアマーケティングに売却したことです。 もうひとつは、エキサイトと、アフィリエイト広告の共同出資会社を設立することです。 これらの実行にあたり、M&A、法務、税務すべてに対応可能なコンサルティング会社にお願いをしました。今まで、税理士さん、社労士さんなど別々にお願いしていたのですが、窓口が一本化されて非常にやりやすく、頼りになりましたね。 【経営戦略について】 ――広告事業のカスタムクリックと、事業者向けサービスのフィデリという2本柱のうち、広告事業の売却は経営上とても大きな舵取りですね。なぜカスタムクリックを手放されたのですか? 成長性があまり見込めない事業だからというのが理由です。売却した事業というのは、成熟しきっている市場で安定的に利益を上げる事業なんですね。イー・クラシスという発展途上の会社が、そこに労力を集中してしまうと、あまり成長しない中小企業になってしまう。それでは満足できない、常に成長して新しい分野で勝負していきたいのです。 フィデリという事業を今後もっと発展させるためには、一番重要な人的リソースをそこに集中する必要があります。と同時に、売却により軍資金を得ることができる。これらのことから、今回のM&Aという決断に至ったわけです。 ――エキサイトとの共同出資会社設立についてはいかがでしょうか。一方で広告事業を売却し、同時に新たな広告会社を設立するというのはなぜですか? 宮下: こちらは、広告事業のうち「マセル・ネット」というアフィリエイト事業ですが、これを分社化して切り出して、先方主導で事業展開します。 アフィリエイト事業というのは、Eコマース業界と同じスピードで発展していくだろうといわれています。現在の日本のオンライン売買のうち15〜20%はアフィリエイト経由で、今後も成長が見込める市場なんですね。 ですから、本当は我々だけでやりたかったのですが、スピードと人的リソースを考えたとき、どちらに集中すべきかというと、間違いなくBtoB事業(フィデリ)ですから、そういうスキームになったわけです。 ――事業者向けポータルサイトとしてリニューアルオープンした「フィデリ」の今後の展開について教えて下さい。 宮下: サービスのコンテンツを大幅に増やしていきます。これまで3年間で17〜18コンテンツでしたが、今までの営業手法とは全く違った方法で、外部のリソースなども活用しながら、2ヶ月位で一気に60〜100コンテンツにしていく予定です。 ――個人向けのポータルサイトはいくつかありますが、法人向けのポータルサイトがあったら、中小企業にとっても、大変便利だと思います。 宮下: 個別のテーマでのサイトはありますが、事業者向けのポータルサイトというのは、誰もやっていないんです。「どこにもないのなら、うちがやってやろう」ということで、今一所懸命チャレンジしているところです。期待していてください。 【会計・財務について】 ――中小企業の社長さんの多くは、会社を作ってから会計を学んでいると思います。宮下社長は、会計については、どのように勉強されたのでしょうか。 宮下: 特に勉強したということはなく、その時々に必要なことを実践で覚えた、ということになるでしょうか。先ほどの件では、M&Aがらみのことなど、ずいぶんと勉強になりました。 創業当初は、会計業務についてはアウトソーシングして、管理部門の社員は1人もいませんでしたので、我々役員が、会計についても最低限知っておかなくてはならないことがあります。会計や税金のことは、そのアウトソーシング先の方に、教わりました。そういう意味では、当たり前のようにやってきたことが、今振り返れば勉強になっていたということでしょうか。 わからないことがあるのがいやだ、という性格でして、B/SにしろP/Lにしろ、わからないことはどんどん聞いていましたね。税効果なんて、はじめは全然わからなくて、すごくしつこく監査法人の方に聞いたりしました。 ――資金調達については、どのようにされていましたか? 間接金融について言えば、どうしてもお金が必要で借り入れをおこしたということは、今まで一度もありません。 創業時は資金繰りに苦労するということはありましたが、3期目以降は、カスタムクリックの事業で安定的にお金は回っていました。「前金で下さい」など、結構広告業界ではありえない条件でお願いをしていて、入金は早くて支払は遅いですから、特に借り入れをするというニーズがなかったんですね。 資本金もまだ薄いですし、借り入れで資金調達をして大きな広告宣伝費をかけるというようなこともしませんでした。 ――直接金融については、いかがでしょうか? 宮下: 今後のお話をさせていただくと、先ほどのライブドアマーケティングへのM&Aで得た資金で増資をし、この資金をもとに今後フィデリの事業を拡大していきます。 創業時から私がこだわっていたのは、必要のない安易な増資はやりたくない、ということです。増資をするということは株主を増やすということであり、株式会社であれば当然、株主の意向に沿わなくてはなりません。そういう観点から、安易な増資はやりたくないという考えがありました。 今回のM&Aのスキームでは、営業譲渡で会社にお金が入ってくるのではなく、既存株主経由でお金が入ってきて、それで増資ができますので、今後の資本政策がすごく描きやすくなってくるんですね。直近では我々身内で増資をして、次のタイミングでは、事業戦略上、資本関係を持ったほうがいい会社さんに(増資を)お願いしようと考えています。 ――将来はやはり公開を予定していらっしゃるのでしょうか。 宮下: そうですね。より会社を成長させるために、最短で2年後のIPOを目指してがんばっているところです。 【パーソナル情報について】 ――好きな言葉は? 宮下: ひとつは、基本社訓として掲げている、孔子の言葉で、「子曰く、位なきを患えず、立つ所以を患う。己を知ることを莫きを患えず、知られるべきを為さんことを求む。」です。 「地位が得られないことを気にかけず、それにふさわしい実力のないことを気にしなさい。自分を認める人がいないのを気にかけず、人に認められる実績をつくるよう努力しなさい。」つまり、自己責任の原則です。 もうひとつは、私のオリジナルですが、「ビジネスと恋愛は戦いだ!」です。 どういうことかと言いますと、ビジネスって、当然一所懸命やるじゃないですか。恋愛も同じように、誰にもその気持ちは止められないですよね。誰にも止められない、真剣なんだ、という意味で、ビジネスと恋愛には共通するものがあると思うんです。 ちなみに、うちの会社は表向きは社内恋愛禁止なんですが、でも本当に好きになったら、きっとそのフレーズになるんでしょうね。今のところまだ(社内恋愛は)ないようですが、こればかりはわからないですね(笑)。 ――尊敬する人、経営者はいますか? 宮下: ユニバーサルホームの加藤充社長です。創業時にポケットマネーで支援をしてくださり、現在も我社の株主でもある方ですが、経営者として一番尊敬しています。とても温厚な方ですが、叱咤激励をしていただけるんですね。 創業時に口をすっぱくして言われたのは、「経営者の考えと個人の考えを絶対に一緒にしてはいけない」ということです。例えば、Aという社員がいて、私個人としては彼が好きで一緒にやりたいと思っても、経営者として考えたときに、彼がいることが会社にとって悪い影響があるという場合には、経営者としての考えと個人としての考えをしっかり分けなさい、ということを徹底的に言われました。 そういった助言があったからこそ、今まで色々な局面があったのですが乗り越えてこられたのだと思います。本当に感謝しています。 宮下: 日本電産の永守重信社長の著書は、一度目を通されると良いのではないでしょうか。今年出版された『情熱・熱意・執念の経営 すぐやる! 必ずやる! 出来るまでやる!(PHP研究所)』は、人事、営業、財務などのテーマ毎に分かれていて、お忙しい社長さんでも読みやすいと思います。「こういう考えもあるんだ」とか「この部分は取り入れよう」という発想になると思います。あるいは、「この部分はちょっと違うな」と感じることもあるでしょう。どんな社風のどんな業種の社長さんにも、きっと参考になるのではないでしょうか。 ――本日は、お忙しいところありがとうございました。 宮下: こちらこそ、第1回にお声を掛けていただき光栄です。ありがとうございました。 |
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宮下社長は、慣れない私の取材にもひとつひとつ丁寧に答えてくださり、大変誠実な方という印象を受けました。 安定と成長――経営は相反することを同時に追求しなくてはなりません。成長のために安定した広告事業を売却。広告事業を続けても、「あまり成長しない中小企業になってしまう」という言葉が印象的でした。経営者として何を大切にするか、というお考えがしっかりあるからこそ、大きな決断ができるのだと思います。 事業者向けポータルサイト「フィデリ」の進化を楽しみにしています。 取材:2005/08/03
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