米アップルの最高経営責任者(CEO)ティム・クック氏のような人物が、共和党大統領候補としてのし上がるドナルド・トランプ氏と意見を同じにするような問題は多くないが、法人税はその一つだ。
アップルは世界各地で稼いだ利益を海外に保有している。だが近年、その利益を低い税率で本国に還流できるようにする措置を求めて、ほかの米ハイテク企業とロビー活動をしてきた。
今のところ、この活動は具体的成果を生んでいない。米企業が海外にため込んでいる利益額が膨らんでいるのは(ブルームバーグによると、その額は内部留保を含めると2兆ドルを超える)、アップルなどの企業がこうした資金を米国に還流させる際、課せられる35%の税金を払いたくないからだ。
資金を還流させる際の税負担の軽減は検討されたが、米議会における政治の停滞により何度も阻止されてきた。例えばオバマ大統領は昨年、海外で生じた利益の蓄積をインフラ投資に使うため米国に還流させる場合は、一度だけの例外措置として14%という低い税率を適用することで2380億ドルの追加税収を確保することを提案した。翌年以降は海外利益に19%を課税する計画だったが、この提案は議会でつぶされた。
■米規制、大統領選の論争がきっかけ
だが米財務省が4日に、企業のタックス・インバージョン(租税地変換)を阻止しようと発表した規制が、いかに市場に衝撃を与えたか見てほしい。これを受け米医薬品大手ファイザーはアイルランドの同業アラガンとの1600億ドルに上る合併計画を撤回した。
この措置が導入されたのは、トランプ氏や民主党の大統領候補指名争いでリードするクリントン氏らが選挙戦でインバージョンの問題点を痛烈に批判した後のことだ。アイルランドのような税率の低い国に本社を移すことを目的に合併を進め、米国での納税額を減らすのは問題だと彼らは強く指摘したのだった。
だから投資家は、利益の還流は、トランプ氏の意見が明瞭で、かつ珍しく的確なテーマの一つであることに留意した方がいい。同氏は、米企業が「現金を持ち帰り、米国で活用する」場合は、一度だけ税率を10%に引き下げるという税制案を提案している。トランプ氏の顧問は、現金が雇用創出に使われる明確な証拠があれば、税率をさらに下げることも可能だと非公式に話している。
これをポピュリストの票集めのための提案だと片付けるのは簡単だし、トランプ氏が大統領に就任すると考えるのはまだかなり非現実的に思える。だが、それは今の問題の本質と関係ない。トランプ氏はこの数カ月、有権者がどんなことを考えているかをつかむにあたり見事な能力を発揮してきた。そのため、かつては資金還流を巡るマニアックな議論が、来年はしっかり主流になっていそうだ。
これは意外に思えるかもしれない。というのも今はポピュリズムが台頭しており、怒れる有権者は通常、経済が厳しいこの時期に裕福な企業を税制上優遇することを好まない。だが、トランプ氏の選挙運動、そして次第にクリントン氏、民主党指名争いのライバルであるサンダース氏の言葉遣いを見ていると、雇用創出や米国の利益の保護ということが、今回の選挙の重要なテーマとなっていることが分かる。数十年前にフランクリン・ルーズベルト大統領が行ったような大規模インフラ投資を進めるというのも重要なテーマだ。
従って、税の還流をナショナリストの言葉に包み直せば、オバマ氏が通すのに失敗したような理屈っぽい提案が大きく進展する可能性がある。米産業界には、そうした提案を支持する強いインセンティブがある。まず、パナマ文書の公表でオフショアのタックスヘイブン(租税回避地)に対する反発が高まっている。また、アップルのクック氏のような経営者は、米企業が海外で積み上げた利益に課税する権利が欧州連合(EU)加盟国にあるかどうかを巡り、EU本部と激しい政治的な戦いを繰り広げているという点がある。
■競争力高め、抜け穴防ぐ改革必要
これはもちろん賢明な租税政策を生み出す方法ではない。米経済に必要なのは、大衆受けする一時的な租税地変換の禁止や海外利益の本国還流に対する税の優遇措置ではない。国の法人税率を競争力あるグローバルな水準(例えば25%)に引き下げる一方、税の抜け穴をふさぐ包括的な改革案を進める方が望ましい。そうすれば、海外に資金をため込む合理的理由がなくなるからだ。
だが現実には、本国還流に対する税率を10%に下げるだけでも、間違いなく今の悲惨な状況よりはましだ。米企業の海外に保有する現金が増え続け、欧州との税を巡る闘いが展開され、インフラがお粗末なまま放置されるのは、誰にもプラスにならない。
いずれにせよ重要な点は、投資家が税の還流を巡る行き詰まりが今後も続くと考えるとしたら、それは違うということだ。ポピュリズムは時折、驚くようないい政策を生み出すことがある。つまり、ポピュリズムは何もかもが悪いということではないのだ。
By Gillian Tett
(2016年4月7日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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