「僕は慶応病院時代、上皮内がんを治療しないで放置した人たちをたくさん診てきたけど、ほとんどが何年たってもそのままか、消えてしまった。定年退職して診察は終了したけど、もっと長く診ていれば、全員のがんが消えたんじゃないかな。
放っておくと、上皮内がんの99%以上が消えてしまうと指摘した研究があります。つまり、この場合のがんは“本物のがん”ではなく、“がんもどき”なのです」
「そうなんですか」
「上皮内がんは、ウイルス感染症の一場面なのでしょう。ヒトパピローマウイルス(HPV)というのを知っていますか?」
「いや、知りません」
「セックスでうつるウイルスで、女性のほとんどが一度は感染するけど、ごく一部の人たちでは、感染した頸部の細胞が“がん細胞”に似てくるんだ。それが“上皮内がん”と診断されてしまうことが非常に多いんです。
診断は顕微鏡でするけど、細胞の顔つきを見て、がんか否かを決めようとするのは無理がある。人相を見ただけでは、善人か悪人かを見分けられないのと同じだね。
典型的なのは、がんの一種である胃の“悪性リンパ腫”。その一部は、抗生物質で治ってしまうから感染症だとわかっているのに、医者たちはいまだに”がんだ”、”悪性腫瘍だ”と言い張っています。がんの顕微鏡診断は、ある意味”破綻”しているんです。」
「はあ……」
「ただ子宮の領域では、がんと感染症が顕微鏡で区別できないことを認めて、上皮内がんという呼び名をやめる動きがあります。代わりに、“CIN3”(Cervical Intraepithelial Neoplasia)と呼ぼうと。
日本語だと“子宮頸部上皮内腫瘍”で、“がん”と言わなくしたところがミソ。これまでの“上皮内がん”と“高度異形成”をまとめて、こう呼ぶようにしたのです。
高度異形成というのは、“行列のできる法律相談所”に出演している大渕愛子弁護士が円錐切除術をうけたという病変で、異形成には、軽度、中等度、高度の3段階があります。いずれもヒトパピローマウイルス感染症の一場面だから、放っておけばいいのですが、顕微鏡では、高度異形成と上皮内がんの区別が難しいので、両者をまとめてCIN3と呼ぶようになりました。しかしこれが、別の問題を引き起こしてしまったんです」
「どんな問題ですか?」
「“高度異形成”より、従来の“上皮内がん”も含まれているという“CIN3”と診断されるほうが心理的にもインパクトがあるでしょう。それで“高度異形成”のケースでも、円錐切除という手術の押し付けをしやすくなったんです。
いまは、円錐切除専門のクリニックがあってかなり繁盛しているようです。中等度異形成で手術されてしまうことさえあるんですよ」
「私はこれからどうしたらいいでしょうか?」
「まず、上皮内がんに円錐切除術は勧められない。というより、やめたほうがいい。感染症なのに子宮頸部を取られてしまう。
ひとつの選択肢は、悪い夢を見たと思って忘れること。これが一番かな」
「そうですか……」
「もし忘れて生活するのが困難なら、ときどき調べる、という選択肢もあります。ただ事情を知っている婦人科医だと、行くたびに『円錐切除の手術を!』と言われてストレスになるでしょう。ですから上皮内がんのことを話さず、別の医療機関で子宮がん検診をうけてみるのが一法です。そうしているうちに上皮内がんが消えたという話もよく聞きます」
「よくわかりました。どうもありがとうございました」
※第5回からは「前立腺がん」について。4月3日(日)公開予定です。
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