特定の人種や民族への差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)の法規制に向けた議論が、ようやく国会でも進みそうだ。 旧民主、社民両党などが昨年5月に参院へ提出した人種差別撤廃法案の対案として、自民、公明両党も「不当な差別的言動は許されない」とする法案を策定し、今国会での成立を目指す方針だ。 差別と憎悪をむき出しにした主張が街頭デモやネット上で声高に流布されるのは常軌を逸している。与野党の国会論議に注視し、市民レベルでも関心を高めたい。 与党案は日本以外の出身者や子孫に「差別意識を助長する目的で、公然と生命や身体、名誉、財産に危害を加える旨を告知する」ことを差別的言動と定義。それを許さない社会を実現する国と自治体の責務、国民の努力義務を定める。ただ、憲法が保障する「表現の自由」を侵害する恐れがあるとして禁止規定や罰則を設けない理念法と位置付けた。 「人種等を理由とする不当な行為」を禁止する野党案に対し、与党側は「規制の幅が広すぎる」と批判するものの、卑劣なヘイトスピーチは絶対に許さないという考えで与野党が足並みをそろえたと言える。両案の溝を埋める努力を双方に求めたい。 法務省も初の実態調査に乗りだし、2012年4月~15年9月にヘイトスピーチをしているとされる団体のデモなどを全国で1152件確認したと先月発表した。 京都朝鮮学園の授業妨害を巡る訴訟で賠償と街宣活動の禁止を命じた判決が最高裁で14年に確定し、大阪市では今年1月、全国初のヘイトスピーチを抑止するための条例も成立した。それでもヘイトスピーチが横行し、拉致問題などのデモを装うといった巧妙化も指摘されている。 国連の自由権規約でヘイトスピーチを違法とする義務を負っているのに、日本は差別禁止や差別撤廃教育の取り組みが遅れているとして国連の委員会から再三、勧告を受けてきた。 ヘイトスピーチは少数者を狙い撃ちにする許し難い言葉の暴力だ。国際社会の常識からみても、もはやこれ以上野放しにできない。だが、与野党案とも罰則を科さない理念法にとどまり、実効性は疑わしい。 法律の内容や運用次第では表現の自由を制約しかねないとの懸念も無視できないとはいえ、どう折り合いをつけ、実効性を高めるか。欧州などの法規制も参考に慎重で活発な議論を期待したい。
[京都新聞 2016年04月08日掲載] |