イメージング開拓史 ~長年にわたる技術開拓の歩み~発想力と地道な努力でこれまでにないプリント技術を創造

常識をくつがえしたキヤノンの電子写真技術

電子写真の基礎技術は、1938年アメリカのチェスター・F・カールソンによって発明されました。この技術を用いた米ハロイド社(現在のゼロックス社)が初の普通紙複写機(PPC)を開発した1959年以降、電子写真は、さまざまな世界で用いられる重要な産業技術として発展を遂げます。

キヤノンがこの分野に本格的に取り組み始めたのは1962年。世界中で繰り広げられていた技術開発競争の中で「NP方式」を発明したのは、その3年後のことでした。

キヤノンがNP方式で感光材料として採用したのは、ゼロックス社が採用したセレンではなく、カメラの露出計の材料で社内にあったCdS(硫化カドミウム)でした。その上に固い絶縁層をコーティングした3層構造のドラムが特徴で、メンテナンスが随時必要で極めてデリケートなセレンドラムに比べ、はるかに高い耐久性を実現しました。

二成分方式と乾式一成分ジャンピング方式の違い

1979年には、それまでの二成分(導電性トナーと鉄粉)方式では不可欠だった濃度調整機構を廃し、数μmの絶縁性トナーを正確に感光ドラム上に飛ばすことで画像鮮鋭度を格段に高めた「乾式一成分ジャンピング現像方式」のNP-200Jを発表します。微量の外添剤を加えた新しいトナーの開発、現像時のキャリア電圧に常識をくつがえす交流方式の採用、セルフォックレンズをはじめとした新しい光学系の搭載などにより、構造はシンプルとなり、圧倒的な小型化、低価格化を実現、世界中で大好評を博しました。

その陰には、難しいアイデアでも可能性があれば「徹底してチャレンジしよう」という、キヤノンの開発風土がありました。

電子写真技術のプリントプロセス

レーザープリンター、オフィス向け複合機、デジタルプロダクションプリンティングシステムなどは、同じ原理でプリントを行っています。

1 帯電

感光ドラム表面にマイナスの静電気を帯びさせます。

2 露光

光で感光ドラムに画像を描きます。レーザー光の照射部分は静電気がなくなります。

3 現像

トナーを感光ドラムに近づけると、静電気のない部分にだけトナーが付着します。

4 転写

感光ドラムを用紙に密着させ*、用紙裏側からプラス電荷を与えて、トナーを用紙に移します。

5 定着

トナーが転写された用紙に熱と圧力を加えて、トナーを用紙に定着させます。

  • *
    カラー製品のほとんどは、感光ドラムから中間転写ベルトにトナーを移し、それを用紙に移す方式になっています。

目からウロコがおちた!一体型カートリッジ

革命的な発想の転換が1982 年に起きます。それまでの複写機は、定期的なメンテナンスが必要だったため業務用としてしか使用が見込めませんでした。しかし、「トナーとドラムなど主要部品をまとめて交換する」という「一体型トナーカートリッジ方式」の技術を開発したことにより、キヤノンは家庭で複写機を使用するという新たな分野を開拓しました。製品となったPC-10/20とその発展形である「ファミリーコピア」は、電子写真の技術と生産から販売までのビジネスを大きく様変わりさせるほどのインパクトをもっていました。

着想から「確信」へと変わったインクジェット技術

発明のきっかけとなった「ハンダごてと注射針」

1970年代半ば、キヤノンはいち早くインクジェット技術の幅広い可能性に着目し、開発を進めていました。当時、いくつもの企業が圧電素子を利用するピエゾ方式での実用化を競う中、キヤノンは1981年に、ピエゾ方式の電卓用モノクロ印字装置を製品化します。しかし、その一方で、キヤノンはさらなる進化に向けて、ピエゾ方式を凌駕する新たな原理のインクジェット技術も追究していました。

そんなある日、小さなアクシデントが起こりました。ある技術者が実験中、身近にあったインクを詰めた注射器の針に熱したハンダごてが触れ、針先からインク滴が勢いよく噴出したのです。熱を利用できないかという着想が「確信」へと変わった瞬間でした。これをきっかけにさまざまな実験と検証を重ね、ヒーターの加熱でインク滴を吐出させるという独自のインクジェット技術が誕生。1977年10月3日、キヤノンは世界初のサーマルインクジェット(バブルジェット)技術の基本特許を出願しました。

キヤノン初のインクジェットプリンター、発売

しかし、製品化に至るまでにはたくさんの障害がありました。その一つがヒーターの耐久性。ヒーターは、インクを吐出する微小なノズルの内壁に半導体製造技術を用いてつくられています。半導体素子にとって水分や電解質は大敵ですが、キヤノンはあえてその大敵であるインクをヒーターに接触させ、気化させるという非常識に挑戦しました。粘り強い研究開発の結果、薄くても確実にインクと電気的に絶縁でき、かつ気泡の生成時および消滅時の強い衝撃に耐えられる高性能な絶縁膜を開発。ヒーターを保護することで実用化に成功しました。

また、インクの「コゲ」も大きな課題でした。100万分の1秒で数百℃にも達するヒーター表面ではインク成分が分解・変性してコゲが発生し、熱が伝わらなくなることがあります。“Kogation(コゲーション)”という国際的共通語にもなったこの現象は難題でしたが、さまざまな開発と実験を繰り返し、ついに問題を解決。そして、特許出願から8年後の1985年、キヤノン初のバブルジェット方式インクジェットプリンターBJ-80を発売しました。

世界初、光でノズルをつくる技術「FINE」

FINEノズルの模式図

BJ-80登場から20年余り。その間、印刷の内容はモノクロからカラーへ、文字中心からグラフィックスへ、さらには写真へと進化してきました。写真画質の実現には、インク滴の微小化が必須ですが、そこには多くの課題がありました。特に数千個以上のノズルを高精度につくり込む技術は最も重要です。従来、どのメーカーもインクジェットの微細で複雑なノズルをつくるためには、精密に加工したいくつもの部品を貼り合わせる方法しかありませんでした。しかし、微細加工の貼り合わせで数千ものノズルをすべて高精度につくることは、原理的に極めて困難です。

キヤノンはいち早くこの従来の製造方法の限界を見極め、1992年から革新的な製法技術に挑戦します。それは、半導体製造に用いるフォトリソグラフィ技術を駆使し、貼り合わせなしで精密なノズルをつくる世界初の製法です。しかし、既存の材料でこの製法を実現することは不可能でした。そこでキヤノンでは、独自の高性能材料を分子レベルから開発し、それを使いこなす技術を確立しました。“光”でノズルをつくるこの技術は「FINE」と名付けられ、約7年間におよぶ開発期間を経て、1999年発売のBJ F8500に搭載されました。その後、キヤノンはFINEのブラッシュアップをさらに進めて、あらゆるインクジェット製品に採用。圧倒的な高画質と高速性でインクジェットプリンターの歴史を塗り替えてきました。