さようなら、憂鬱な木曜日

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

さようなら、憂鬱な木曜日

サラリーマンの投資ログなど

「誠意を持って作られたコンテンツは観る者の心を動かす」/NHK『武井壮の鉄人列伝 騎手武豊』を観て

エッセイ エッセイ-武井壮

私は毎週、NHKで水曜日に放送している『爆笑問題の探検バクモン』を予約録画しているのだが、その週は特番をやっており、別の番組がハードディスクに記録されていた。

それは、『武井壮の鉄人列伝 騎手 武豊』という番組だった。

 

■「武豊を取材するのに、自分が馬に乗らないのは失礼」

番組は、武井壮が東京競馬場で武豊と対面するとことから始まる。武井は、その業界の超一流アスリートに会うということで、すごくワクワクしているのが伝わってきた。

その日の騎乗を終えた武豊が、武井の元にやってきた。一通りの挨拶をしたあと、武井は言った。

武さんの取材をするのに、自分が馬に乗らないというのは失礼だと思うので、乗馬のコツを教えてくれませんか

私はこの台詞を聞いた時に、胸にぐっと来るものがあった。

武井壮という人間は、それがTV番組の企画であったとしても、本気で取り組む人なんだなと思った。

騎手を取材するのに、馬に乗った時の気持ちを知らないのは失礼だ。

そういう考えが出来る事自体、私は素晴らしいと思ったし、取材する側の心持ちとして当然であるとも思った。

それを聞いた武豊は、とても嬉しそうな表情を浮かべて言った。「お、乗りますか!」

武豊としても、そういう真摯な姿勢で、本気でぶつかってきてくれる人は、嬉しいに違いない。彼は、乗馬の際のアドバイスを的確に武井へ与えるとともに、「一人で駈歩が出来るようになること」という課題を出した。

 

■「馬が嫌だと思わないように乗る」ということ

その後、武井は実際に新宿馬事公苑へ5日間通い、乗馬を始めた。私も乗馬を経験したことがあるが、初心者は正直、馬に乗って歩くのが精一杯だ。しかし武井は、その並外れた運動神経を持ってしてか、5日間で見事に駈歩まで出来るようになった。

武井は、武豊を取材するために、その取材を深くするために、この5日間の乗馬トレーニングを行った。おそらく、その過程で、いろいろと考えることがあったと思う。

馬が嫌だと思わないように乗ることを、ずっと考えていました」と武井は言った。武は「それが、馬乗りの基本なんですよ」と笑って言った。

 

■武井の「取材の対象に対する尊敬と誠意」

そうして、馬に乗るということを少しずつ理解し始めた武井は、最後の総括的なインタビューで、武豊の深いところにどんどん入り込んでいった。それは、真摯に武豊に対して向き合っていないと出来ないだろうな、と感じさせる素晴らしいインタビューだった。

長年武豊のことを追っている私でさえ、ハッとするような受け答えが武豊から聞けた。それは、紛れも無く武井の姿勢がもたらしたものだろう。

武井が武豊を取材することも、実際に乗馬を体験することも、すべては番組制作の企画で決められたことなのかもしれない。

しかし、決められたことであっても、武井からは確実に武豊という取材の対象に対する尊敬と誠意が感じられた。それは、武井を含めた番組制作者全体から感じられた。武豊も、その誠意に対して、同じくらいの温度で、誠実にレスポンスをしていた。

 

■誠意を持って作られたコンテンツは観る者の心を動かす

私は、何かを伝えようとする時に、その対象に対して、誠意を持って、誠実に向き合っているだろうか、と考えた。実際、なかなかそれは難しいことだ。

時間的な制約ももちろんあるだろうし、すべてに対してそこまでの誠意を持つことは大変なエネルギーを必要とする。それが、そのような情熱を持って接するべきものなのかどうかはわからない。もしかしたら、ある程度の距離を置いたほうが、良いものが作れるのかもしれない。

しかしながら、そんな障壁を乗り越えて、誠意を持って作られたコンテンツというのは、観る者の心をきっと動かす。

こうして自分で文章を発信できる場所を持つことができている一人の人間として、そういうコンテンツを一つでも多く発信できればこれ以上嬉しいことはないな、と思わせる、素晴らしい番組だった。