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法華狼の日記

2016-04-03 上げたのは3日後

[]『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』第23話 最後の嘘/第24話 未来の報酬/第25話 鉄華団

第23話、列車でカナダへ向かう鉄華団にカルタ隊の残党が決闘をいどんでくる。しかし三日月は交渉を待たず、ひとり戦端をひらいた……

残党を整理することで、結果的に1対1の決闘になっていく展開がアクション娯楽としてよくできている。それでメカ戦闘の見せ場もたっぷりあったし、馬上騎士のようなデザインのMSのホバーするような動きも楽しい。もっと線路をめぐる駆け引きを描いて決闘に持ちこもうとして失敗すればベストだった。

鉄華団が幼い子供まで一丸となって決意したかのように描きつつ、同行してきた女性メリビットのきちんとした批判を描写しているのも良い。他に選択肢もあるのだと訴え、自身の言葉がとどかないことに苦しむ。序盤のクーデリアと違って、妥当な見解ではあると演出されているように感じた。

ただ、見かけほど戦死をドライに描いていないのは、悪くはないが好みでもない。もともと序盤から三日月に切りすてさせるためウェットに描きつづけてきたし、今回にいたっては三日月自身も弔い合戦として戦っている。


第24話、目的の街にたどりついた鉄華団だが、ギャラルホルンの防衛で渡河できない。善戦していた後方でも、新たな敵MSが降り立った……

録画を連続視聴したこともあって、アバンタイトルでいきなり打撃を受けている鉄華団に面食らった。都市戦闘に何話もつかう制作リソースが大変なのもわかるし、待ち伏せされたエピソードだけにつかう尺も残っていないことも理解できる。それでも、これまで戦闘のない話数が何度もあったことから、ここで余裕が残っていないことには文句のひとつもいいたくはなる。

とはいえ、多対多の攻防を描くエピソードとしてはよくできていた。期限内に重要人物を運ぶというタイムリミットが明確で、橋をわたって都市部に入りたいという目標も映像としてわかりやすい。後方の開けた草原で巨大なMSが戦い、都市部に近い場所では小型のMWが戦うという分担も、物語として映像として明確。TVアニメの歴代作品において、多対多のアクションを戦術と戦略の両面でわかりやすく表現できたエピソードとして、最高峰のひとつだと思えるほどだった。止め絵をつかわずに、手描きで多数のメカを動かしつづけていたことにも感心した。

ドラマとしては、これまで描かれなかったギャラルホルン側の末端が、けっこう戦闘に消極的だったのが良かった。これまで無機的な兵士としてか、やたら華美な騎士モドキばかりが登場してきたから、遅まきながら良いギャップを感じた。


第25話、ついに重要人物を街へ送りこむことに成功したが、まだ議事堂までは遠い。そして都市部での本格的なMS戦が始まる……

まず、MSによる都市部の攻防は良かった。都市部に銃火器を持ちこむことを批判した陣営側が、より強力な兵器を持ちこんでいく皮肉な展開と、それで生まれるギャラルホルンへの嫌悪こそが黒幕の目的という構図がおもしろい。怪獣映画のような巨大感ある構図でMSが戦うコンテと、阿頼耶識システムの真価を発揮したMSの動きを表現できた作画に、ロボットアニメに求めたものは満足できた。

一方、草原の戦闘で明かされた陰謀の目的は、初代ガンダムの構図を引いた範囲にとどまった。これまでに陰謀をめぐらせるだけの動機や意義が描かれてこなかった問題がある。それに鉄華団はいきあたりばったりで動いてきたから、それが計画通りと語られても衝撃を生まない。きちんと構築された表があってこそ、隠された裏があることに驚きが生まれる。鉄華団の成功が偶然によるものではないと説明できるほど説得的な陰謀でもない。戦闘そのものは、いかにもガンダム的な情念のやりとりさえ許せればよくできていただけに、物語としての新鮮味のなさが残念。


続編も発表されたものの、とりあえず目的地にはたどりついて最終回をむかえたので、全体の感想も書いておく。

これまでの感想でくりかえし書いたことだが、終盤に覚悟を決めるまではクーデリアというメインキャラクターの位置づけがはっきりせず、それが世界観を根本からあやふやにしていた。

『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』#3 散華 - 法華狼の日記

独立運動のカリスマになるだけの説得力を描かないまま、カリスマ性に欠けた実態をあばかれても、キャラクターが成立していないと感じるだけ。せめて序盤はカリスマとして選ばれた説得的な経緯を描いて、そこからキャラクターを崩していってほしい。

『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』第17話 クーデリアの決意 - 法華狼の日記

今回でクーデリアに覚悟を決めさせる結末は、つまりこれまでクーデリアに覚悟がなかったのに革命の象徴になっていたということ。覚悟を決めさせる状況へクーデリアをひきずりだすため、以前から覚悟していたかのような立場に設定するという前後関係の混乱がある。ここで覚悟を決めさせるなら、やはりクーデリア自身は知らないまま第三者の陰謀で革命に利用されていた設定にするしかないのでは。

『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』第20話 相棒/第21話 還るべき場所へ/第22話 まだ還れない - 法華狼の日記

途中で同行者のフミタンを死なせる展開をするなら、たとえば病に苦しんでいる独立運動家のつきそいとしてクーデリアが同行していて途中で遺志を受けつぐとか。あるいは、旅の始まりにおいては、ハーフメタル採掘の権利書を運ぶ広告塔にすぎなかったと位置づけるとか。ふりかえって考えても、やりようはいくらでもあったはず。

まったく世間知らずな理想家なのか、革命の象徴になる覚悟だけはあるのか、陰謀の手段としてつかわれた人形なのか、自他の認識がエピソードごとに混乱しつづけた。

せめて火星独立運動の内部における位置づけを描いてほしかったが、火星独立運動そのものが表層的に説明されただけで、参加した個々の思いは全く描かれないまま終わった。代替するように中継地点のドルトコロニーの革命運動が描かれたが、その最終的な達成は台詞の説明ですまされてしまった。


思えば、岡田麿里シリーズ構成作品は、さまざまな人々が迷走しながら出口にたどりついていく展開は素晴らしいが、作品世界の基盤を構築する方向で良さを感じたことがない。いわばエピソードを重ねて世界観をかためていく作風ではなく、エピソードごとに世界観を懐疑して崩していく作風。

この作品で良いと思ったのは他の脚本家が担当した回ばかり。鴨志田一脚本の、すみずみまでSF設定とキャラクターを活用した戦闘回は、どれも良いものだった。土屋理敬脚本は、ドライさを不自然にアピールしようとせず、悲劇との距離感が良かった。

統一感があるようで長所短所が極端だったのはメカ戦闘も同じ。全く戦闘しない回と、全編で戦闘する回とで、面白味がまったくちがっていた。戦闘しない回に必然的な見どころがあれば良かったが、この作品世界でしか描けない日常や政治を描くまでにはいたらなかった。せめて火星の風景が地球とまったく違っていれば良かったのだが。


映像面では、近年では珍しいグラデーション処理を多用した質感や、鈍器を多用しての重量感ある格闘戦は楽しかった。線の多いメカ作画をTVアニメでよく動かしたものだと思う。

一方、キャラ作画は特に良さを感じなかった。伊藤悠自身の絵はうまいのに、その原案アニメ用に整理すると、さして独自性のないデザインになってしまった。やたら目が大きくて睫毛も長く、原案にあっただろう生々しさより松本零士がごとき古臭さすら感じた。たぶん描線レベルでアニメ作画に落としこまないと魅力を再現しづらい絵柄なのだろう。

くま(仮)くま(仮) 2016/04/06 23:38  オルフェンズ飛び飛びに見ました。

 最初にギャングボスが冴えたとこを見せる。視聴者「ああこれなら人もついてくるわ」と納得する。しかるにそのボス2話以降さっぱり冴えず、ついてきた連中ひどい目にあう、という展開はああ考えたなって感じです。火星の小陳勝。
 ……と思ってたらなんかそこまでひどい目にあわずに突然第一期が終ったぞ。というかこれ00と同様の二部構成だったんですね。

 「唐傘めいたフォルムの鈍器」「長ドス」とロボの絵的には『仁義なき戦い』以前のヤクザ映画っぽく、ストーリー的には『仁義なき戦い』以後のヤクザ映画っぽく見えます。これをチグハグと言う人もありましょうし「味や!」と言う人もありましょう。個人的には後者かな(安い視聴者)

 重力周りは終始デタラメでした。ロボの残骸の重力制御システムがデブリを引き寄せ暗礁宙域をつくりだすとデブちゃんが真顔で言い出した瞬間目をむくわたくし。おまえ距離の自乗て聞いたことあるか。
 おかげで地球編の頃には、たとえボスが「こんなこともあろうかと火星の高重力環境下で鍛え続けたあの体! やっぱりミカはすげえぜ!」とか言い出したって驚かないだけの覚悟はできておりましたよ。

 とはいえまあ何一つ決着してないので評価は後半見てからにすべきでしょう!

hokke-ookamihokke-ookami 2016/04/07 23:58 >と思ってたらなんかそこまでひどい目にあわずに突然第一期が終ったぞ。

たぶん先週分のエントリで感想を書いた範囲がその「ひどい目」なんだと思います。特に第22話は明らかにオルガの実態を冴えないものとして見せていました。
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20160327/1459875918
で、たぶんこのエントリで感想を書いた範囲が、「ひどい目」にあっているという自覚もなく“鉄華団という絆=奴隷の鎖”を自ら維持していると示すエピソードなんでしょう。
ただ感想を見てまわると、この最終回で子供らしく戻れたと素直に喜んでいる視聴者も多いようですが……

>ロボの残骸の重力制御システムがデブリを引き寄せ暗礁宙域をつくりだすとデブちゃんが真顔で言い出した瞬間目をむくわたくし。おまえ距離の自乗て聞いたことあるか。

そこはSF設定で説明がされていただけでも、他よりずっと良い場面だったと思います。むしろ現実にはあんなデブリの密集度はありえませんし。たとえばレーザーのように減衰しない設定の重力なのかもしれない。

>たとえボスが「こんなこともあろうかと火星の高重力環境下で鍛え続けたあの体! やっぱりミカはすげえぜ!」とか言い出したって驚かないだけの覚悟はできておりましたよ。

むしろ、それくらい火星と地級の重力が本来は違うという描写がほしかったところです。
たとえば火星の地表には数kmおきに巨大な塔が立っていて、それが火星に重力を生みだしていた。そこで鉄華団が戦闘することで塔が壊れて近隣の都市で事故が多発するわ、周囲の空気が集まってきて気候異変が起きるわ……というカタストロフを描くくらいしてほしかったものです。たしか本編で人工重力が明確に描写されたのって、2回目くらいの宇宙戦闘で、艦内で少女が浮きそうになる場面が初めてで、遅かったし地味でした。

    555    555 2016/04/08 02:56 Simoun辺りから感じていた事ですが岡田麿理の脚本は感覚地理の表現を基礎にしたもので歴史や社会に切り込むものとは違う。
これはヒットした「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。」や「心が叫びたがってるんだ。」にも
実は作中での社会政策での不備が登場人物を苦しめていることがうかがえているのにそれを告発しない傾向がある。
その社会的性格への切込みの不十分さがシリーズ構成や設定考証で出たんだと思います。


あとうちの会社では第17話「クーデリアの決意」のあたりから組合活動に熱心な人が話題にしていました。

くま(仮)くま(仮) 2016/04/08 07:13 >たぶん先週分のエントリで感想を書いた範囲がその「ひどい目」なんだと思います。特に第22話は明らかにオルガの実態を冴えないものとして見せていました。
 そうだったのか! しまった20-22話すべてすっとばしていたのです。

>レーザーのように減衰しない設定の重力
 なんかガイナックスっぽいですがそれ悪くないな!

>火星の地表には数kmおきに巨大な塔が立っていて、それが火星に重力を生みだしていた。そこで鉄華団が戦闘することで塔が壊れて近隣の都市で事故が多発するわ、周囲の空気が集まってきて気候異変が起きるわ
 なんかエウレカっぽいですがそれ悪くないな!

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