現地時間24日0時、TPP交渉会合に米NGOパブリックシチズンのメンバーとして参加したアジア太平洋資料センター(PARC)事務局長の内田聖子氏に、帰国の直前、リマの空港にてインタビューを行った。ここでは、インタビューの模様と、内田氏がこれまでに発信している情報のまとめ、TPP関連での周辺情報なども合わせて報告する。
まず、おさらいの意味で、交渉会合での交渉官の構成について確認したい。各国の交渉官は首席交渉官が一人、各分野のチーフ交渉官が一人、その下に数人の交渉官で構成されている。総数は約200名から250名と推察されるという。交渉会合全体の規模にとしては、シンガポールよりもやや小さめとのこと。
交渉内容については口止めされているため、メディアが交渉官から情報を引き出すことはほとんど不可能。NGOなどのステークホルダーから話を聞くことに限られる。シンガポールの交渉会合から取材しているメディア関係者に聞いたところ、シンガポールよりもペルーの方がセキュリティガードが厳しいとのこと。
ステークホルダーの一人として参加している内田氏も、「シンガポール交渉時よりも交渉官のガードは固くなったというのが国際NGOの共通認識で、情報をとるのにも苦戦している。国柄もあるが、交渉が最終ステージに向かっていることも影響し、交渉官たちの間で情報を漏らさないという合意が図られている」と語っている。
現地時間19日の午前に行われた「ステークホルダー会議」は、約50のステークホルダーが分単位でプレゼンを行ったという。内田氏によれば、ステークホルダーの参加者数は約200名とのこと。午後の「ステークホルダーカンファレンス」では、各国の首席交渉官に対し、ステークホルダーが自由に質問。NGOもこの時のために準備を重ね、質疑を行ったという。
内田氏は今回の会合で焦点となっている「10月最終合意」のリアリティについて「予定通り10月の最終合意を目指しているか?」「(10月の最終合意が)無理だとしたらどのような形で10月を迎えるのか?」等を質問。議長国ペルーの首席交渉官は「10月合意を目指し努力している。年内妥結の線は崩していない」などと回答したという。10月の最終合意が「年内妥結」とトーンダウンしていることがうかがわれる。内田氏は、公式見解では、あくまでも「10月妥結」と主張しているが、会合に参加していた多くの人が「絶対に無理」だと話していたと述べた。
日本が次回の交渉会合に参加できるか否かはそれなりに注目されており、交渉会合最終日の24日に、次回の会合がマレーシアで7月15日から25日に開催されると発表された。日本は長くても2~3日間のみ参加が可能となる見通しである。しかし、参加各国は「2、3日の参加は無意味」であり、「遅れて交渉に参加してきた国には大した発言力もない」ことを知っており、これは形式的なものにしか過ぎないという。
それよりも、次回の交渉会合前までの水面下での交渉が重要との見方もある。「日本は会議日程を延長してもらうよう交渉国に要請し、そのための費用を出してもいいという案も政府にある」と言うと皆、苦笑いであったとした。つまり、大筋では、「日本が参加したところで、(交渉を)かき乱すようなことはできない」というのが周知の事実というわけだ。ただ、個別の分野、「市場アクセスにおける関税問題」などについては「カナダ・オーストラリア・アメリカなどが、かなり気にしている様子があった」と内田氏は報告した。
5月18日には、チリの元TPP首席交渉官ロドリゴ・コントレラス氏が「10月にTPPが大枠合意するのは難しいだろう」との興味深い見解を示した。理由は「日本の参加によって交渉に遅滞がもたらされる(特にセンシティブ品目)」のと「懸案のイシューが多く間に合わない」からだという。さらに、メキシコ、ペルーという他の中南米参加国に「TPPで豊かな国のルールに一方的に従えば自国の社会開発や経済そのものに対して大打撃になる」と警告を発したとのこと。また「私たちの目指す発展のモデルを大きく歪める」とも語っている。
23日で参加日程を終えた内田氏は、インタビューにて、「まだまだ重要課題が山積みになっている」と指摘。特に知的財産や環境といった分野に多くの日程が割かれていたが、情報を入手することが非常に困難を強いられ、「具体的な中身の分析にはまだ時間が必要」と語った。
5月20日、交渉会合の公式なプログラムとは別に、リマでTPP交渉官(首席交渉官レベル)と各国企業が参加したビジネスフォーラムでは、米国商工会議所、米国貿易緊急委員会(ECAT)、APECのための米国ナショナル・センター、カナダ農産物輸出連合、ペルー外国貿易協会(COMEXPERU)、ペルー企業連合会議(CONFIEP)、ニュージーランド国際ビジネスフォーラム、シンガポールビジネス連合、チリ産業連合(SOFOFA)、アジア太平洋商工会議所などの企業連合が顔をそろえた。
また、この会では、日本の亀崎英敏氏(三菱商事常勤顧問)が米国首席交渉官バーバラ・ワイゼル氏と、ペルー首席交渉官に対し、日本が次回TPP交渉に参加するために交渉日程を遅らせるよう要請。今回の交渉会合では日本の参加について、決定はされていないが、交渉最終日までには会合の日程も含め、決まることになっているとのこと。
日本政府も財界も開始日を少しでも遅らせ、日本が参加できる日数を増やすことに必死になっているようである。しかし、交渉日程が延ばされ、最後の数日だけ参加できたとしても、日本が交渉中のテキストを見られるのは米国議会の承認を得た後となる7月23日以降で実質的な交渉に参加できる見込みは少ない。膨大な交渉テキストを読み戦略を立てるだけで何週間もかかるはずだが、形式的にでも「参加した」と国内でアピールをしたいというのが日本政府の目論見と考えられるという。
さらに、同会議において、参加した企業連合らはTPP交渉官らに対し、交渉を今年中に妥結するよう要請したとのこと。財界は、早急に交渉をまとめあげるようあらゆる手を尽くしてプレッシャーをかけているとみられる。これに対し、ワイゼル米首席交渉官は「今がんばっているから」と苦し紛れに答えていたという。
ペルーにてTPPを推進する財界の中心はペルー外国貿易協会(COMEXPERU)で、日本の経団連といった位置づけと見られ、同会のフェレイロス会長は17日、日本の参加も「歓迎」と表明。国家間の交渉の裏側で財界も盛んに動いているようだ。同時に、フェレイロス会長は「すべての品目を交渉のテーブルに上げなくてはいけない。日本のように例外を求めていたら合意できない」と主張。つまりこれは米国財界と同様、「例外なき関税撤廃」という条件で「歓迎」していることを指している。ペルーの多くの国民がTPPすら知らない一方で、財界はTPPを強烈に推進している。
また、カナダ農産物輸出連合のキャサリン・サリヴァン氏は、「我々、TPP交渉参加11ヶ国における『交渉パートナー』は、日本のTPP参加を支持している。日本の参加によって、アジア太平洋地域の経済規模はさらに大きくなり、この地域での自由貿易は推進される」。「TPPは日本および他の交渉国に、包括的で、どのセクター・品目にも例外を認めない、ハイレベルの貿易水準を要求している」と主張。この場においても、すべての品目は「例外なき関税撤廃」の対象となることが改めて確認されたとのことであった。
内田氏は、交渉会合中、交渉官やステークホルダーに対し、「日本の参加がどのような意味を持つのか」と質問。これに関するリアクションとして、各国は「それほど大きな脅威」とまでは思っていないという印象を受けたという。本音と建前の微妙な線を読むしかないが、皆自国の利益になるような流れで日本が抵抗し、交渉がもめてくれればありがたいし、そうでなければ迷惑といったところではないか、とのことである。さらに内田氏は、日本の「参加問題」をめぐり日本政府の国内的な説明が交渉の実態と異なる点について、NGOも含め、未だにあまり知られていないことに懸念を示した。
TPP問題をめぐる今後の取り組みに関する質問では、「国内では、参加表明撤回を求める運動を続けていく」とし、「そもそも公約破りでひどい条件の中で参加するということはありえない」と述べ、「日本が7月に参加してしまうという最悪の事態も考え、さらに国際NGOとも連携しながら情報を入手し、市民社会の声をいかに反映させていけるか、努力していきたい」と語った。
また、7月からの交渉参加では、交渉官との関係性も構築できていないため、「非常に厳しい闘いになる」との見解を示し、企業や労働組合もステークホルダーとして会議に参加することはできない可能性が極めて高いと報告。しかし、7月のマレーシア会合では、日本のステークホルダーにも会合の参加資格が受けられるため、NGOなど可能な限り多くの人に参加してもらうよう呼びかけ、関係各所とあらゆる戦略を練って協力し合い、情報の発信にも努めていく姿勢を示した。
内田氏のペルーでの交渉会合に関する詳細な報告は、別途、インタビューを実施する予定です。
【IWJ・安斎さや香】
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