澤口たまみ「水仙月の三日」は、結婚する約束をしていた恋人があの日以来戻ってこないことの理由を探す女主人公の話。宮沢賢治の「水仙月の四日」と交差させながら、恋人の手帳に残された記録の意味が解かれるのがスリリングだ。物語の終盤、主人公は、あの日、恋人に最後に会った人たちと出逢い、死の真相を知る。
なぜ亡くなったのか、どのように亡くなったのかを知ることは、残された者にとって大切な一歩だ。遺族たちは、そうした一つ一つの「なぜ?」に答えを探しながら、一歩一歩進んできた4年であったろうと思う。
他に、自らが死んだことに気づいていない主人公がそれを受け入れていく話(高橋克彦「さるの湯」)、津波で亡くなったはずの先生がバーにやってきてビールを飲んでは水にべったりとぬれた千円札を残して去って行く話(菊池幸見「海辺のカウンター」)が印象を残す。
アンソロジーのあとがきは次の一文で結ばれている。
〈 『あの日から』は、まさに現代の『遠野物語』でもあるのだ。 〉
たしかに被災地で生まれた物語は、かつての昔話がそうであったように、共同体の記憶を残す手立てとなるだろう。
東日本大震災と死者の無念
東北学院大学の卒業論文をまとめた『呼び覚まされる霊性の震災学―3.11の生と死のはざまで』(新曜社2016)は、小説ではないが、被災地からの発信として読むことができる。
なかでも、工藤優花さんの「死者たちが通う街」が、石巻で複数のタクシードライバーが死者とおぼしき乗客を乗せていることを報告していて興味深い。まさに昔語りの発生に立ちあっているかのようである。こうした不思議な出来事が、石巻で実際に起こっているのは、津波で突然に生きる道を絶たれた死者の無念を共同体全体がかかえもっているからであろう。
死者が死んだことを理解しきれていない、あるいは納得できないという主題は、早くにいとうせいこう『想像ラジオ』(河出文庫2015、ハードカバーは河出書房新社2013)が描いた。
津波では多くの行方不明者があった。その人を死んだと決め込んでよいものか。ある日、ふらりと帰ってくるのではないか。そんなあきらめがたさを残された者は背負って生きているにちがいない。
天童荒太『ムーンナイト・ダイバー』(文藝春秋2016)は、そうした遺体なき死に直面した遺族が、亡くなったことを認めようとするために、あるいは亡くなった者を身近に感じるために、海の底に沈んだ遺品をダイバーに持ち帰ってもらう話。
実際に被災地ではダイバーが海を探っているが、この小説では、表立って遺品を探すことのできない海に潜るのである。はっきりと地名は書かれていないが、震災後の読者にはそこが福島第一原子力発電所の前の海、すなわち帰還困難区域の海だということはすぐにピンとくる。
秘密裏に行われるダイブは月夜の晩にのみ行われるのである。あえて原発事故の被災地で、なおかつ津波の被害のあった場所を取り上げたからには、その後の原発政策に対する作家の憤りがあったにちがいない。けれどもこの小説はおだやかでやさしい顔をしている。
津波で大切な人を失った人とその死者自身との両方を同時に描いたのが、彩瀬まる『やがて海へと届く』(講談社2016)である。津波による死は、遺族だけでなく、死者自身にもあまりに突然だった。死者の想念を描くなど小説ならではの表現だろう。
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