再起動する老舗ギターメーカー・フェンダーがつくる、 音楽を救うための「エコシステム」
1946年創業の老舗ギターメーカー、フェンダー。伝統とテクノロジーをあわせもつ彼らはいま、楽器とデジタルサーヴィスからなる“フェンダーエコシステム”をつくり、すべてのギタープレイヤーを支えようとしている。同社の傘下でアジアマーケットを統括するエドワード・コールが語る、フェンダーのリブートと日本の音楽シーンのいま。
PHOTOGRAPHS BY YOICHI ONODA
TEXT BY JAY KOGAMI @ALL DIGITAL MUSIC
フェンダー・ミュージカル・インストゥルメンツ(以下、フェンダー)の日本法人、フェンダーミュージック株式会社 代表取締役社長。日本を拠点とし、アジアマーケットを統括する。ラルフローレン・ジャパン社長などを経て、2014年にフェンダーに移籍。80〜90年代、自身もミュージシャンとして活動していた経験をもつ。fender.co.jp
フェンダーがいま、変わろうとしている。
このギターのトップブランドは昨年、ディズニーやナイキで成功を収めたアンディ・ムーニーを新CEOに迎えて、オールドタイプのブランドをアップグレードする展開に向けて動き出した。
伝統ある製品にテクノロジーの革新を加え、自らのエコシステムを拡張することでプレイヤーたちを支える取り組みは、次世代のハードウェアメーカー、そして音楽ビジネスのあり方を提示しているようにみえる。
デジタルで激変する音楽産業におけるフェンダーのヴィジョンを、アジアマーケットを率いるエドワード・コールがインタヴューで答えてくれた。
INFORMATION
『WIRED』VOL.21「Music / School 音楽の学校」
音楽家を育てるだけが音楽教育ではない。文化、あるいはビジネスとして音楽をよりよく循環させる「エコシステム」を育てることが「音楽の学校」の使命だ。ドクター・ドレーとジミー・アイオヴィンが生んだ、音楽の未来を救う学びの場や、アデルらを輩出した英国ブリットスクールの挑戦、Redbull Music Academyの“卒業生”へのアンケートやオーディオ・スタートアップへのインタヴューなど、これからの学校のあり方を音楽の世界を通して探る特集。
──まず、フェンダーがいま進めているデジタル戦略がどのようなものか、教えていただけますか?
フェンダーはCEOアンディ・ムーニーのリーダーシップのもと、レガシービジネス、つまり市場で最高のギターとアンプ、その他音楽を演奏するためのツールをあらゆるレヴェルのプレイヤーに向けてつくることをコアビジネスとして継続する一方で、デジタルの世界であらゆるツールを活用したプレイヤー支援の取り組みに注力している。
「どのようにしてプレイヤーを支援し続けられるか?」
これが、ぼくたちがデジタルを考えるうえで常に考える質問だ。ここでいう“プレイヤー”とは、CharやTOMOMI(SCANDAL)、ハマ・オカモトのようなプロフェッショナルプレイヤーだけじゃない。ギターを買ったばかりの人も、そしてまだギターを手にしていないがプレイしたい欲求に迫られているという人も、ぼくたちにとってはプレイヤーなんだ。
だからぼくたちは、「すべてのプレイヤーたちのギター人生をあらゆるかたちで支援するには、何ができるだろうか?」と常に自分たちに問いかけている。そのためには、まず素晴らしい製品をつくることが求められる。ほかのブランドはジャンルに注力した楽器をつくっているが、フェンダーはすべてのジャンルでプレイされている。パンク、メタル、ジャズ、カントリー…。世界中で生まれたヒット曲の多くに、フェンダーが貢献してきたんだ。
これまでの大きな問題は、90パーセントの人がギターを手にしてから1年でプレイすることを辞めてしまうことだ。これはとても悲しい。でも、根気よく続ければ彼らも素晴らしいギター人生を過ごせるはずだ。フェンダーではこの課題を解決するために、70年の歴史で蓄積してきた製品づくりを取り囲む“デジタルエコシステム”の開発を進めている。今後フェンダーでは、プレイヤーたちのギター人生をさまざまな過程から支援する、包括的なフェンダー独自の取り組みを行う予定だ。ギターを買ったばかりの人、スキルを磨いている人、共演者を探している人、すべての人が参加できるコミュニティーづくりに取り組んでいく。
ただ、ここで重要なことは、フェンダーはデジタルテクノロジーが生まれる前から、すでに「コミュニティー」を形成してきたということ。ぼくたちのゴールは、このコミュニティーをフィジカルな世界からデジタルの世界まで広げることにあるんだ。
──ギターを初めて手にする体験をつくるうえで、フェンダーが重要にしている価値は何でしょうか?
いい質問だ。ぼくたちが重要視しているのは、業界最高のクラフトマンシップとクリエイティヴィティ、そしてテクノロジーの集合体としてのギターをつくることだ。フェンダーの創業者レオ・フェンダーが最初につくったギターが、それまで存在しなかったテクノロジーで見るものを驚愕させ、ミュージシャンの音づくりを根底から覆したようにね。
次に大切なことは、テクノロジーを理解すること。ギターとは、美しさと複雑さが共存しているアートとテクノロジーの集合体。音楽のサイエンスと数学とをミックスさせて生まれた楽器なんだ。小さなパーツから素材の組み合わせに至るまで、ギターはテクノロジーを極めた楽器だと言える。そこでフェンダーが目指すべきことは、楽器に対する理解を深めるための安心感を届けることである。ぼくたちは、人と楽器の心地よい関係をテクノロジーとサイエンスで実現しようとしているんだ。
もうひとつ、ぼくが強調して伝えたいことがある。それはエモーションが絶対に必要だということ。ギターをつくるために注がれる技術者たちの感情。ギターコミュニティーを支えている人たちの感情。楽器をプレイし続けているプレイヤーたちの感情。これらは音楽を語るうえで、忘れてはいけない重要な要素だと思う。
インタヴュー中、コールはフェンダーのギターを見せながら、そこにいかに素晴らしいクラフトマンシップ、クリエイティヴィティ、テクノロジーが込められているのかを語ってくれた。
──デジタルツールやSNSが一般化している現代で、フェンダーのブランドに対する認識はどう変化してきたとお考えですか?
現代は、摂取する情報量が飛躍的に増えている。iPhoneやiPadが生まれたこともあって、音楽を聴いたりプレイしたりする以外の選択肢が増えた。70年前や50年前、いや30年前でも、自らを表現する方法として人々が選んだのは、バンドを組んだり曲を書いたりライヴで演奏したりすることだった。表現者たちのもとには、フォローしてくれるファンが集まり、Tシャツやグッズを買うことでビジネスも同時に生まれていった。
もうわかるだろうか? これはFacebookやTwitterで行われているアーティストとファンの関係と同じなんだよ。以前はバンドを見るためにライヴ会場に足を運んでいた。でもいまは好きなアーティストをSNSでフォローしたり、オンラインで情報を見たり、写真を共有する人同士がコミュニケーションを楽しむ生活がデジタルツールのおかげで生まれているだろう?
ぼくが面白いと思うのは、人はテキストメッセージを送ったり写真を見ているうちに、「生で人を見たい」と願うようになることだ。実際に、フェンダーに代表されるアナログの楽器を使って演奏をしたり曲を書いたり自己表現をしている人たちを、目の前で見る機会が増え始めた。また同時に、デジタル世界のなかでアナログの楽器を使う人が増えていくだろうね。彼らこそが、アナログとデジタルを融合させた新しい音づくり、新たな表現方法を生み出している存在だ。
──現代の音楽ビジネス業界で無視できない存在なのが、ライヴ音楽の市場です。フェンダーは、今後のライヴビジネスはどのように変化していくとお考えでしょうか?
30〜40年前の時代では、人が音楽を知る方法、音楽を学ぶ方法は、雑誌、テレビ、ライヴ、レコードと選択肢が限られていた。やがてテクノロジーが進化しはじめ、プレイヤーたちは楽器や録音機器を安価で入手できるようになった。PCでの制作が可能になり、SNSでプロモーションができる時代が来たんだ。しかしこれらの進化は、消費できないほどの情報を生み出してしまった。その結果、人々はよりリアルな体験を求め始めた。ライヴビジネスが好調な事情はそこにある。
具体的には3つの理由が関係していると思っている。1つ目には、音楽を録音して流通できる仕組みが増えたことで、世の中に溢れる音楽の量が飛躍的に増えたことだ。2つ目は、人とリアルの世界で会うアナログな体験が音楽の世界で好まれるようになったこと。検索して知るだけのデジタル情報よりも楽しいと感じ始めたんだ。最後に興味深い現象としては、人が他人の情報にアクセスできるようになったことで、自分たちのiPhoneでセルフィー(自撮り)して、どのライヴに行ったかを友人に見せたいと思う人が増えたことだ。みんな、自分がいるライヴのポスターやステージの写真をSNSにアップしたがっているよね。ライヴは体験へのアクセスとコミュニティの一部になることができる。ディスプレイを見続けるだけじゃ得られないたくさんの音楽がそこにあるからね。
──以前と比べてCDが売れなくなり音楽ストリーミングが台頭している現代の音楽産業で、フェンダーは産業構造の変化をどうとらえていますか?
これまで音楽産業は、素晴らしいミュージシャンたちがつくる作品がレコード会社によって流通することで支えられてきた。この仕組みは非常に制御された構造だったと思う。やがてCD、そしてダウンロードが生まれたことによって、これまで不可能だったCDの自主製造やデータの交換ができるようになった。さらに、レコード会社がテクノロジーを受けいれはじめたことで、それまでコントロールされていた音楽産業の構造に変化を自ら呼び起こした。音楽ストリーミングはいい例だね。この流れをぼくは素晴らしいと思う。つくった音楽を流通させる意味では、画期的な進化だよ。レコード会社に依存しなくても音楽をつくれて、成功すればキャリアを始められるなんて最高だね。
レコード会社はビジネス的に面白くないはずだ。これまではレコード会社がアーティストを支配してきた。今日では、楽器をマスターして素晴らしいライヴをするアーティスト、感動を呼ぶ曲を書けるアーティスト、強力なコミュニティを形成するアーティストが生まれている。彼らが、30〜40年前には考えられなかったほど活躍ができる世界になってきているんだ。
その名の通りフェンダーギターのスタンダードともいえる「AMERICAN STANDARD TELECASTER®」。
──テイラー・スウィフトがアーティストへのロイヤリティー分配の不平等を理由にSpotifyから楽曲を取り下げたことが、音楽産業にとって大きな影響となりました。デジタル音楽に関して意見を述べるクリエイターが増え始めた一方、クリエイターが自立するための難しさも顕著になっていることは、音楽産業がテクノロジーで進化するうえで解決しなければいけない課題だと思っています。フェンダーのエコシステムは、クリエイターと産業の関係を改善するためにどう貢献できると考えられますか?
この問題は音楽業界で連日議論されるほど深刻になっている。ぼくも80〜90年代にミュージシャンとして活動していたので、この問題に対しては意見があるよ。
まず、そういったアーティストたちは影響力をすでにもっている。そのうえで、Spotifyなど音楽ストリーミングに配信を拒否するもできる。そのことはまったく構わないと思うよ。ただこのテクノロジーの流れは止めることはできない。以前と比べて、音楽を流通させる方法、録音する方法、プロモーションする方法、コミュニティーをつくる方法が飛躍的に進化して身近になっていることは事実だ。ぼくがバンドをしていたころは、ライヴのたびに情報を載せたハガキ1,000枚以上を用意して送ったり、フライヤーをつくって貼ったり、自分たちでプロモーションを行わなければコミュニティーづくりさえもできなかった。でもいまじゃ、SNSを使ってコミュニティーづくりも可能になったし、デジタルツールを使えばマネタイズすることだってできる。
アーティストとして成功することは簡単じゃない。しかしアーティストとして確立できれば、それによって受ける恩恵は非常に大きい。だから、Spotifyを使う人、CDをつくる人、アナログLPをつくる人がいてもいいと思う。肝心なことは、いくら新しいテクノロジーを駆使しても、古いルールに則っている限り成功できないということだ。そのうえで重要になってくるのが、楽器を理解することとソングライティングをマスターすること、そしてコミュニティを形成することだと思っている。
フェンダーのゴールは、今日、そして次世代のアーティストが成功するために、楽器のマスターとソングライティングのマスターになるための支援を行うことなんだ。フェンダーのエコシステムは、楽器をライヴで演奏するすべてのプレイヤーのために存在する。そのために、デジタルテクノロジーを使い、技術の習得、そしてコミュニティーづくりのサポートをしていくことを目指している。複雑な問題だけど、プレイヤーと彼らの音楽を救うための答えはシンプルだと思う。
いまの音楽ビジネスはお金にならない、と言う人も大勢いる。昔、ぼくの友人でもある、シカゴのブルースギタリスト、メルヴィン・テイラーを見たことがあった。世界的なプレイヤーのひとりで、ぼくがこれまで見たなかで最高なブルースギタリストだ。お客は40人ほどの小規模なライヴだった。だけど彼は、ギターをライヴで演奏することを愛していることが演奏から伝わってくるんだ。
テクノロジーは流通やプロモーションを容易にしただけじゃない。楽器の習得、コミュニティーの形成にもテクノロジーは欠かせない。すべてのアーティストが、数十億円の収益を上げられるわけではないし、それが成功の基準なのかもはやわからなくなっている。だけど、ソングライティングとライヴ演奏をマスターすれば、アーティストとして自分自身を表現し続け、クリエイターとして成功を収められるとぼくは信じている。
フェンダーがつくるのはギターだけではない。アンプなどの演奏を支える製品やギター技術の上達をサポートするサーヴィスからなるエコシステムによって、プレイヤーの音楽体験全体を支援しようとしている。
──フェンダーはギターをマスターするための特別なアプリを開発していると聞きましたが、具体的にどんなものなのか教えて頂けますか?
アプリはあらゆるレヴェルのプレイヤーに焦点を向けてつくっている。いまはまだ戦略の詳細は明かせないが、ギター人生をより豊かにするためにプレイヤー同士が集まり、つながる場所を最終的にはつくりたい。コラボレーション、レコーディング、トレーニングなどにアクセスができる、フェンダーブランドが支援するプレイヤー向けのエコシステムを実現することで、演奏する楽しみが高まると期待しているよ。
──アジア市場をフェンダーはどうご覧になっていますか?
素晴らしい多様性がある市場だよ。例えば、プレイヤーとしてのスキルが素晴らしいバンドがあちこちで生まれている。日本人バンドならSCANDAL。彼女たちは真のミュージシャンだ。演奏が信じられないほどパワフルだ。同じような流れは、中国、タイ、インドネシアとあらゆる都市で起きている。ぼくは、次世代の音楽革命はアジアから起きると思っているよ。
とくに重要なのが、日本の市場だ。日本はこれまでも音楽、テクノロジー、ファッション、ライフスタイルなど世界に影響を与える文化の多くを独自形成して、発信してきた。日本は最新トレンド発祥の地なんだ。そして、プレイヤーのクオリティー、細部にいたるまでのこだわり、熟練の技。これらの質は世界のどの市場でも敵わない。
いま、日本人プレイヤーは、日本の音楽ファンだけでなく、アジアの音楽ファンまでも魅了し始めている。ぼくは今後も日本人プレイヤーがアジアで影響力を放ち続け、楽器を始めたい人にとってのインスピレーションとなると信じている。それに伴いビジネスの規模も拡大していくだろう。
──注目している日本人アーティストは誰でしょうか?
いちばん難しい質問だね。さっきから何度も名前が出ているSCANDAL。彼女たちは音楽性もヴィジュアルも素晴らしい。だけど、それ以上のものがある。彼女たちはソングライターとして進化している。だからライヴも曲もレヴェルが上がり続けているんだ。そして彼女たちのファンも彼女たちとともに成長しているところも素晴らしい。
ハマ・オカモトも才能あるプレイヤーだ。彼の音楽に対する献身的な姿勢を見るたびに、ベーシストとして常に進化し続けていることがわかる。L’Arc〜en〜Cielのkenをぼくのリストから外すことは出来ない。そしてChar。彼を表す言葉は見つからないよ。あえて言えば、日本人ギタリストの父親的存在かもしれない。東京スカパラダイスオーケストラの加藤隆志も素晴らしいプレイヤーだね。彼が奏でるリズム、トーン、演奏スタイル。すべてが最高レヴェルだ。
そのほかにも大勢の素晴らしいプレイヤーが日々音楽を演奏している。ぼくはこれらのプレイヤーたちと仕事ができることを誇りに感じてるよ。
デジタル音楽ジャーナリスト。音楽ブログ「All Digital Music」(facebookページ)編集長。「世界のデジタル音楽」をテーマに、日本では紹介されないサーヴィスやテクノロジー、ビジネス、最新トレンドを幅広く分析し紹介する。オンラインメディアや経済誌での寄稿のほか、テレビ、ラジオなどで活動中。デジタル音楽ビジネスに関する講演や企画に多数携わる。@jaykogami
jaykogami.com
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