新年度が始まりましたね。研究室に配属される理系学生は、いよいよ始まる研究生活に心躍らせていることでしょう。
しかし脅かすようですが、学生でありながら研究室で心の健康を崩してしまう人って、結構多いのです。
研究って属人的な作業で、基本的に学生といえども与えられたテーマに対してすごく大きな責任を追うことになります。
だから、責任感が強い人ほど、研究がうまくいかない時に一人で抱え込んでしまってつらい思いをすることになります。
そうならないために、学位取得まで研究生活を生き残ったサバイバーとして、研究生活で心を平穏に保つコツを、思いつくままに書いてみます。誰かの役に立つと良いのですが。
とりあえず私が伝えたいのはおおまかに言うと以下の三点です。
- 自分の健康管理をきちんとする
- ポジティブデータを求めて同じ実験を何度も繰り返さない
- 自分が責任を取るべき領域を明確にしてそれ以上の重荷を背負わない
これができれば、研究者として生き残れるかどうかは知りませんが、
心や体を壊して数年間を棒に振ることはないはずです。
これだけでは難なので、ちょっと長いですが私の思いを綴ってみました。
お時間があればどうぞ。
研究者にありがちな心が削られるシーン4パターン
まず、どんな状況で研究者の心がダメージを受けやすいかを考えてみました。
私が思いつく典型的なパターンは以下の5つです。
1.やろうと予定していた行程が終わらない
研究室に配属したての、やる気のある学生にありがちな行動です。
張り切って計画をたてるものの、予定通りに一日のスケジュールを終える事ができず、
翌日に作業を回すことになります。
するとどんどん後回しの作業が増えていき、負担がのしかかってきます。
これをやる新入生はとっても多い!そしてたいてい、スケジュールを終えることができない原因を
「自分が実験に慣れていないせいだ」
「自分が本気出してなかったせいだ」
と読み違えて、ダメージを食らっていきます。
つまり、「自分、本気出せばちゃんとスケジュール通りにできたんです」と思っているわけです。
おこがましいですよ!
あなたがスケジュール通りに実験を終えることができなかった理由は、
「スケジュールがそもそも実現不可能なほど過密だったから」です。
新人っていうのは、見積もりが甘いモノなんですよね、で、無理な計画を立てて潰れていくわけです。もったいないですよ。
自分がそんなに有能じゃないってことを自覚してください。
余裕のあるスケジュールを立ててください。
おっこんなん余裕やんけ~、っていうくらいのスケジュールにしてください。
時間が余ったら?論文読むか、実験ノートでも見返していると良いですよ。
最初のうちは小さな成功体験を積み重ねていくこと、
これが、研究を嫌いにならず、長く続ける秘訣です。
2.実験の再現性が取れない
先行研究を引き継いだ学生にありがちなパターン。
優秀な先輩さんの出したデータ、いざ自分がやってみたら全く違うデータになってしまった。
これは結構精神的に来るものがあります。辛いです。そして、新人はそのまま一番やっちゃいけないドツボにはまっていきます。
「先輩と同じデータが取れるようになるまで何度も繰り返し同じ実験をする」
これはもうただただ心をナイフで削り取っていき、しかも実験室のリソースを無駄に消費していくだけの無意味極まりない作業です。すぐに辞めましょう。
まず、自分を信じます。2人が出したデータが異なるという事実を客観的に受け止めます。
次に、先輩につきっきりで見てもらいます。先輩と自分で違うところがあれば改善します。
試薬から何から、先輩のものを使って実験します。
先輩に見てもらって相違点が見つからないにもかかわらずやはりデータの再現性が取れない場合。
それはあなたが悪いんじゃなくて、その実験系がクソなんです。
一研究室内で実験者によって結果が異なるようなデータ、世界的に見て消しカスほどの価値もありません。さっさとその系を見限って、新しく系を構築しましょう。
それでもダメなら実験テーマを変えましょう。あなたが心を病んだり、世界の多くの研究者が再現性の取れないくだらない研究の論文を読まされる損失に比べれば、遥かにマシな選択肢です。
3.取り組んでいる研究に意味が見出せない/興味が持てない
この境地に至る学生の心理としては2パターンあります。
一つは、知識不足で当該研究の意味や面白さがよくわかっていないために、その研究が無価値だと感じてしまっているパターン。もう一つは、先行研究にあたって知識を十分に持っているにも関わらず、やっぱりその研究に意味を見いだせなくなってしまったパターンです。
アドバイスとしては、とりあえず期限を区切って、その間は実験の手を止めて論文をたくさん読むことです。十分にそのテーマに対する知識をつけてください。レビューや最新の研究をたくさん読んでください。ラボの他のメンバーとディスカッションするのも有効です。
なぜ、自分がその研究がつまらないと思ったのか考察してください。
そのテーマで解決しようとしている目的を、自分が共有できるか考えてください。
無理ならテーマを変えましょう。この時には、潔くスッパリと前のテーマを忘れて次に行きましょう。
重要なのは、論文を読む時間に制限を設けることです。そして、「自分は自分の研究テーマに興味が持てるかどうかを見極めるために論文を呼んでいる」という自覚をしっかり持つことです。無目的に、無制限に論文を読んで、ただの論文読解マシーンになってはダメです。
そして、次のテーマは本当に自分にあったものを、自分の目で見極めて選んでください。
4.思ったほど研究成果が出ない/指導者の要求が高すぎる
これは、研究を始めて1年くらい経った頃から徐々に心理的負担が強まってくる厄介なパターンです。
やってもやってもネガティブデータばかり。意味のあるデータが全然出てこない。
「自分がこんなにやってるのに、なんで結果がついてこないんだよぉ」
と、研究に真剣に向き合っている人ほど取り憑かれやすい悩みでも有ります。
しかも「全然進んでないじゃん」というボスの心無い言葉。
そんなの自分がいちばんわかってます。ボスの要求は聞き流しましょう。
まず、「努力は人を裏切ります」。かの水木しげる先生もこんなことを言っていたそうです。
研究では、努力しなければ結果は出ませんが、努力したからといって結果が出るものではありません。みんなそうです。
簡単に結果を出しているように見える先輩は、多分あなたが思っているのの3倍位実験していますし、ミスもしています。そういうものです。苦しんでいるのはあなただけではありません。
ま、結果が出なくても死ぬわけじゃありませんから。とりあえず気楽に行きましょう。
次に、とりあえず、心ないボスも含めてラボのメンバーに研究の現状を正直に話して、アドバイスが得られないか聞いてみましょう。ここで一人で抱え込むのは絶対に絶対にダメです。ヘタしたら死にますよ。研究は確かに個人の責任が重いけれど、研究室の人たちはみんな仲間です。昼飯のついででもいいので、「自分は今本当に苦しんでいるんです」ってことを、周りに伝えてください。
有効な打開策がすぐに出てこなくても、少なくとも苦しみをある程度シェアできます。
「打つ手が無い」状況になると精神的にかなり追い込まれますので、
そうなる前に可能性を広げることが大切です。
ここでいう「打つ手がない」というのは、想定できる可能性を検証し尽くすことです。
サブでもう一個実験を始めるという手も有ります。
まだ、自分には打つ手が残っているというだけで、心理的負担は軽くなります。
うまくいかない時はうまくいかないけど、うまくいく時は驚くほどうまくいくものです。続けていれば、きっといいこと有りますよ。なかったらごめん。
次に、研究生活を続けていく上で心がけてほしいことを伝えてみます。
食事、睡眠、運動を大切に
研究者の商売道具は頭です。明晰な頭脳を維持するためには栄養に偏りのない食事を取ること、
ちゃんと睡眠をとること、適度に運動することを心がけること。
「おっ、4時間寝ただけも意外と行けるじゃん。このまま実験しよ」
「夕飯とかカロリーメイトでいいや」
これをやってるといつか絶対壊れます。ミスが多くなって、朝起きられんようになって、
そしてある日、学校に来れなくなります。
たまに「こんなに頑張ってる俺TUEEEE!」みたいな新人が入ってくるんですけど、
私に言わせればプロ意識が欠けてますね。学生なんだけどさ。
寝てなくても食べてなくても評価は上がりません。結果を残してください。
頭を大切にしてください。あなたの商売道具です。
体の変調を見逃すな/いつもよりミスが増えてない?
体重は減っていないですか?夜、ちゃんと寝れていますか?
朝起きられますか?急に実験のミスが増えていませんか?
上記のような症状が出たら、体からの最終警告だと思ってください。
ペースを緩めずに実験し続けた場合、必ず、取り返しの付かないことになります。
絶対長くは続きません。
学内カウンセリングを有効に使う
学校に来れなくなってからでは遅すぎます。
夜寝付きが悪いとか、数時間寝ただけで目が覚めちゃうとか、
朝起きて学校に行くのが辛いとか、そういう日が続いたら。
「こんなんでカウンセリングなんて大げさ」
なんて思わずに、カウンセリングに行ってください。
行ったほうが良いのかな…?と感じたら、もうだいぶ症状は進行してます。
行ってください。
普通に受けたら1万円位するものが、学内ならタダです、多分。
躊躇することは何もありません。行ってください。
自分が行ったことがあるから言います。彼らはプロです。
大丈夫です。行ってください。
研究はいつやめたって良い/研究室のことを心配するのは学生の仕事じゃない
これは重要な事なんですけどね?
学生は、いつでも研究室をやめる/休学する権利があるんですよ。
それに、雇用契約を交わしているわけではないのですから、
ちょっと体調が悪いなって言う時は、
無理せず休んで良いんですよ?
(もちろん何の成果も出さずに遊び呆けるのはダメですよ。)
研究を続けるのが辛くなってきた学生さんって、
なぜか「僕/私がやめたら、研究室の他の人が困るんじゃないか」
「先生が僕/私の研究で予算取ってきたって言ってた。ここでやめたら、研究室の成果がなくなる」
とか、いらん心配をし始めるんです。
はっきりいいます。
それを心配するのは10年早いわ!とっととPIになってから言え、学生風情が!
研究室の予算を取ってくる、ラボをうまく運営する。
それは、学生の仕事ではない。
ボスと、助教とかポスドクとか、研究室に雇われているスタッフの仕事です。
学生の仕事は、卒業するために研究を進めること、
博士課程なら論文を書くこと、それだけです。
もし、ボスが「君がやめたら困る、どうしてくれるんだ」
と言ってきても、それは無能なボスが本来ボスが負うべき荷物を学生におっかぶせているだけです。学生が背負い込むべき荷物ではありません。背負いすぎた荷物は、本来その荷を負うべき人のもとに、きちんと返してあげましょう。
一人でするのが難しければ、相談室に行って、自分の荷物と他人の荷物をわけるのを手伝ってもらってください。
どうか、あなたが背負わなくても良い荷物の重みで、潰れないでください。
最後に
苦しんで苦しんで、大学を去っていく学生さんがたくさん居ます。
博士はともかく、修士の学生さんの中にも、来なくなってしまう人が居ます。
そんな人を、少しでも減らせればいいと思ってこの記事を書きました。
「科学は苦しい物」という思い込みは捨ててください。
自分の体を、心を大事にしてください。
楽しく、実験してください。そして、科学に対して、いつも謙虚で居てください。
それが、科学を歩み始めた皆さんへの、私からのメッセージです。
終わり