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外伝第4話 剣の聖女(裏)
エイプリルフール企画に使いました。
色々と変わった試みをします。話は仁の幼馴染、水原咲が主役です。
エイプリルフープ企画が終了したので裏で固定されています。
エイプリルフール中に見た方は出来れば最初から、少なくとも盗賊のアジトの辺りから読み直してくれると幸いです。
この世界に転移してきた勇者の1人である水原咲と言う少女は、現在、エルディア王国から見て北にある街・国において『剣の聖女』と呼ばれている。
現在、水原咲はエルディア王国北部に位置するサノキア王国を中心に活動をしている。
サノキア王国は貧富の差がとても激しく、王族・貴族の権力がとても強い。貧しい村の住人は奴隷に落ちるか、餓死するかと言う苦しい状況にあるのに対し、貴族は見栄のために豪華な料理を食べ、食べきれなければ迷わず捨てるといった有様である。
エルディア王国の西部、大山脈を超えた先には魔王が住むと言われている魔族領がある。つまり、エルディア王国に近いサノキア王国も、魔族領に比較的近いということになる。そのため、魔族に狙われたときのことを考え、勇者支援国と言う立場をとっている。
この勇者支援国とは、エルディア王国に召喚された勇者を支援することを表明した国のことで、万が一魔族の脅威にさらされた際には、勇者による救援をエルディア王国より約束されている。
エルディア王国の東部に位置するカスタール女王国は、サノキア王国と類似する立地でありながらも勇者支援国になることを選ばなかったが、これは多くのSランク冒険者や女王騎士を有し、独自の戦力で魔王軍を相手取れる自信があるからの選択であると、周辺諸国は判断している。
実は全く別の理由であると知っている者は、周辺諸国にすら誰もいない。
話を戻そう。
勇者支援国での勇者の扱いと言うのは非常に好待遇である。基本的に勇者はエルディア王国の所属と言うことになっている。しかし、この関係性というモノは実は絶対ではない。
勇者が強く望めば、他の国の所属となることも不可能ではない。そのため、勇者支援国の各国は訪問してきた勇者を取り込むために、必要以上の好待遇で迎え入れることにしているのだ。
当然、水原咲もサノキア王国に来たとき、非常に熱い歓迎を受けたのだが、彼女はこれを断った。
『私の歓待にお金を使うくらいなら、貧しい村に少しでも食料を分けてあげてください』
国としても勇者の言い分を否定するわけにもいかないので、仕方なく各地の貧しい村に補給物資を届けた。当然、一部の者が物資のピンハネを行ったりもしたのだが、それでも幾らかの物資は村々に届いた。そして物資とともに水原咲の名前は広く知れ渡ることになったのだ。
もちろん、その程度の事で『剣の聖女』とまでは呼ばれないだろう。それはあくまでも切っ掛けである。『剣の聖女』と呼ばれるようになったのは、その後の水原咲の行動によるものである。
「はい、これでお終い。もう動いても大丈夫だよ」
水原咲は老人にかけていた回復魔法を止めた。
「おお、聖女様。ありがとうごぜえます……」
「聖女は止めてほしいんだけど……」
「おお、すんません。聖女様……」
聖女呼びは柄ではないと言っているのだが、誰も聞き入れてくれないので、最近は少し諦め気味となっている。
「……はあ。また腰痛が酷くなってきたら言ってね?後数日はこの村にいる予定だから」
「本当に、本当にありがとうごぜえます」
そう言って腰痛が酷く、歩けなくなっていた老人は、立ち上がって自分の家に戻っていった。
水原咲は現在、サノキア王国各地の街や村を巡り、無償の治療行為と魔物の間引きなどの慈善活動を行っている。勇者である以上、戦闘能力は低くなく、今も学生服の上から軽鎧をつけた姿で治療を行っていた。
「咲様、態々病人の元に足を運んでいただかなくても、私に言ってくだされば病人の方を運んできますよ?」
そういったのは水原咲の横にいる鎧を着こんだ少女だ。年齢は水原咲よりも1つ上で背も高いのだが、水原咲を見る目には敬意などの感情が見て取れる。その姿はまさに主に忠誠を誓う騎士である。
「でも、貴女が走るよりも、私が走る方が速いでしょ?怪我や病気で苦しんでいる人は、1秒でも早く良くしてあげたいの」
学生服に軽鎧と言う軽装に加え、勇者になったことで上がった身体能力のある水原咲に対し、もう1人の少女は鎧をしっかり着込んだ姿である。どちらが速く動けるかは一目瞭然だ。
「申し訳ありませんでした。咲様の慈悲の心を計りとれない私をお許しください」
「もう。相変わらず堅苦しいんだから……」
苦笑しながらも、水原咲の対応には慣れが見える。鎧姿の少女は、現在の水原咲のパーティの中で、最も古くから一緒にいるからだろう。
彼女は元々エルディア王国の騎士だったが、無実の罪で処刑されそうだった所を水原咲に救われた。その後は騎士を辞め、ただ水原咲に忠誠を誓い、仕えることを選び今に至ると言う訳だ。中々に劇的な経緯ではあるが、長くなるのでここでは割愛する。
「申し訳ありません……」
「気にしないで。それが貴女のいいところでもあるんだから。それよりも、盗賊の情報は集まったのかな?」
「そうですね。そろそろ集合時間ですので、何かしらの情報は掴めているでしょう。我がパーティの斥候は優秀ですからね」
現在、水原咲をリーダーとするパーティには、水原咲を除いて5人のメンバーがいる。その内の1人は鎧を着た少女だ。些か古典的な発想ではあるが、彼女を職業『騎士』とした場合、他のメンバーはそれぞれ、『斥候』、『魔法使い』、『神官』、『狩人』に該当することになる。
そして、水原咲、『騎士』、『神官』が村で治療行為をしている間、『斥候』、『魔法使い』、『狩人』の3人は、付近を荒らしまわっている盗賊団の情報を集めていたのだ。
患者がいなくなり、することがなくなった水原咲と『騎士』は、時間より少し早いが集合場所の宿に戻ることにした。
「帰った。咲……会いたかった」
「オホホホホ、今帰りましたわ!咲さん、頑張りましたから褒めてくださいまし!」
「咲お姉様!ただいま帰りました!」
「今帰ったベさ。咲っちも元気そうで何よりだべ」
『斥候』、『魔法使い』、『神官』、『狩人』の順で宿に戻ってきたパーティメンバーの少女たちが、次々に水原咲を取り囲んでいく。
彼女たちも色々な出来事があって、母のように、恋人のように、姉のように、孫のように咲を慕い、愛するようになったのだが、長くなるのでここでは割愛する。
「それで盗賊の件はどうだったの?」
「ん……」
水原咲が場を仕切ると、『斥候』が話し始めた。
この村は実は何度も盗賊団に襲われており、その討伐を水原咲は村から依頼されていたのだ。
「結論から言う。この村にスパイが紛れ込んでいた」
「それは大変じゃないか!そのスパイはどうしたんだ!?」
『騎士』が驚愕を露わにした。ちなみに彼女は水原咲以外のパーティメンバーには比較的フランクな口調だ。
「後を付けてアジトの位置を突き止めた。村に私たちがいることを知って、別の村を襲撃する気みたい。潰すなら今がおススメ」
「そうだべな。折角アジトを突き止めたんなら、こっちから攻めた方が速いし、安全だべさ」
「オホホホホ、そうですわね。私の魔法でアジトを木っ端みじんにしてあげますわ!」
「駄目ですよ!中に攫った人とかいるかもしれないんですよ!咲お姉様もこの魔法バカに何か言ってやってください」
『神官』に話を振られ、水原咲が『魔法使い』の方を見て笑顔で宣言する。
「もう、駄目だよ。そんなことしたら……嫌いになっちゃうかも」
「オホホ、絶対にやりませんわ!だから咲さん!嫌わないでくださいまし!」
涙目で水原咲に縋り付く『魔法使い』。水原咲に対する過剰な執着心が見て取れる。
「大切な仲間だから、本気で嫌ったりはしないよ。でも、あんまり過激なことはしちゃだめだよ」
「オホホ、わかっていますわ!」
『魔法使い』が大人しくなったので話を再開する。
「それで咲様、出発はどうしましょうか?出来るだけ早い方がいいと思います」
『騎士』が水原咲に判断を委ねる。
「うん。じゃあ出来るだけ早く出るようにしようかな。盗賊のアジトまではどのくらいかかるの?」
「徒歩で2時間。馬車を使えば1時間かからないくらい。だと思う」
「馬車がいいです。咲お姉様!」
『斥候』の回答に真っ先に反応したのは『神官』である。彼女は元々箱入り娘だったため、体力には自信がない様だ。
「オホホホホ、貴女そんな貧弱な体力で咲さんの旅についていくのは、無理があるのではありませんこと?」
「むむむ……。そういう貴女こそ、余計なトラブルを引き込んでばかりじゃありませんか。咲お姉様の迷惑になる人は、旅に同行するべきじゃないと思います!」
「オホホホホ、言ってくれるじゃありませんか」
「貴女こそ」
先ほどのお返しとばかりに『神官』を挑発する『魔法使い』。さらに挑発を返す『神官』。この2人は水原咲のパーティの中では唯一仲の悪い組み合わせで、ことあるごとに衝突している。
「2人とも、そこまでにしておいてね」
「「はい……」」
水原咲にたしなめられ、肩を落とす『神官』と『魔法使い』。ことあるごとに水原咲に叱られ、いつも2人して肩を落としている。
「2時間は歩くには少し長いから、ここは馬車にしようかな。でも、馬車であまり近づきすぎるのも危険かな?」
「そもそも無理。アジトは森の中」
水原咲の質問に答える『斥候』。森の中でバレずに尾行するのは中々に難しい。それだけの実力がこの『斥候』にはあるということだろう。
「ほんなら、森の近くまでは馬車で、そこからは歩きと言うことになるべさ?」
「そうだな。それが無難だろう。それでよろしいですか?咲様」
リーダーと言うこともあり、このパーティの最終決定権は水原咲が持っている。水原咲が『NO』と言ったら、それまでの話し合いに関わらず『NO』がメンバー全員の総意となる。
「うん、大丈夫だよ。それじゃあ、準備が終わり次第出発だね」
「はっ!」
「「はい!」」
「だべ」
「ん……」
それから1時間後、水原咲たちは盗賊団のアジトがある森を進んでいた。
「もうすぐ着く。戦いの準備をして」
『斥候』の言葉を聞いた4人のメンバーたちは、各々武器を構える。
「見えた。見張りは2人。1人はさっきのスパイ。脅威度低」
「雑魚ってことですね」
「オホホ、私のまほ……何でもありませんわ」
余計なことを言おうとして、自分で気付いた『魔法使い』が口をつぐむ。『魔法使い』は失言が多いのである。
「じゃあ、いつも通りでお願いね」
水原咲の一言に、メンバー5人全員が頷く。
水原咲はその様子を見ると自身も頷き、6人は揃って盗賊のアジトの方に向かって歩き始めた。姿を隠すことも先制攻撃を仕掛けることもなく、ただ普通に見張りのいる方向に歩いて行ったのだ。
当然、ある程度近づいた段階で盗賊たちもその存在には気づく。
「げっ!てめえは村に来てやがった『剣の聖女』じゃねえか!?」
「何だと!?最近この国の盗賊団を潰して回っているあの『剣の聖女』か!?敵襲!敵襲!!」
2人の見張りが丁寧に説明した通り、水原咲のパーティはすでにいくつもの盗賊団を壊滅に追いやっている。
水原咲の行っている慈善活動の中には、盗賊の討伐も含まれている。本来、盗賊などの討伐は冒険者や各地の騎士団、兵士が行うのが普通だが、腐敗したこの国ではそれはほとんど期待できない。それ故に確かな実力で盗賊を倒す水原咲は『剣の聖女』と呼ばれるに至ったのだ。
「貴方たち、盗賊団だよね?」
「だ、だとしたら何だっていうんだ!?」
明らかに腰の引けている盗賊の見張り達に水原咲が質問する。その声色には一切の緊張が感じられず、完全な自然体と言えた。
「私たちは今から貴方たちを捕縛するつもりなの。抵抗してもいいし、降参してもいいけど、降参するなら早めにした方がいいよ。その方が痛い思いをしなくて済むから」
それは控えめに言っても挑発にしか聞こえなかった。しかし、水原咲の顔には嘲るような様子はなく、むしろ心配しているようだった。では、逆に油断しているのかと言えばそれも違う。自然体でありながら、水原咲の立ち姿には一切の隙がない。
「何事だ!」
水原咲が言い終わるとほとんど同時に、アジトの洞窟から盗賊団が20名以上出てきた。
全員武装した男でむさ苦しい。その中でとりわけ巨大な男が大剣を片手で持ちながら近づいてきた。
「敵襲というからどんな奴らかと思ったら、女が6人来ただけじゃねえか。獲物が近づいてきたのを敵襲とは言わないぜ?」
「ボス!違います!こいつ等『剣の聖女』のパーティです!」
「何?」
ボスの目に剣呑な光が宿る。
「てめえらが最近、『革命軍』を潰しまわっているっつー『剣の聖女』のパーティだって言うのか?」
「不本意ながら私が『剣の聖女』と呼ばれている勇者の水原咲だよ。それよりも『革命軍』って何?聞いたことないんだけど?私が捕縛したのは盗賊団だけだよ?」
理解が出来なかったのか、水原咲が首をかしげる。ただし隙はない。
「その盗賊団扱いされた連中の本来の姿だ。俺たちも含めた『革命軍』はこの国の現状を憂い、力を蓄えていずれこの国の王権をひっくり返してやるつもりなんだ。壊滅したといういくつかの部隊には、気概のある連中もいたんだよ!それをてめえらが!!!」
怒りの形相を浮かべる盗賊団改め『革命軍』の首領。
しかし、その言葉を聞いても水原咲は首をかしげたままだった。
「この国の現状を憂いているのに、何の罪もない村からモノを奪うの?」
「必要な犠牲だ!!!いつか王政を崩し、『革命軍』がこの国のトップに立った時には何倍にでもして返してやるつもりだ!!!」
これが『革命軍』の理念である。現状を変えるには個人の持つ力だけでは不可能だと考え、「必要な犠牲」と称して略奪を行う。略奪を繰り返し力を付け、いずれは王政・貴族制を打倒する。その後は善政を敷いて、奪ったものを国民に返すというモノだ。
「それは村の女性に暴行を加えていても?」
「必要な犠牲だ!『革命軍』はほとんどが男だからな!」
「女子供を攫い、奴隷として売っていても?」
「必要な犠牲だ!貴重な資金源だ!」
「その過程で罪もない村人を殺していても?」
「必要な犠牲だ!戦いの経験になる!」
「ふう……」
(こんな人間に仁君は興味を持たないだろうな。でも、一応、念のためいつも通りで行こう)
水原咲は疲れたかのようにため息をついて何かを諦めた。
「やっぱり、貴方たちは『盗賊団』だったみたい。もう1度言うね。今から貴方たちを捕まえるから、降参・投降するなら言ってね?いつでも受け付けているから」
そう言って水原咲は腰に下げた『宝剣』を抜き放つ。
「舐めたこと言いやがって!この貴族の犬どもが!野郎ども、こいつ等に地獄って奴を見せてやれ!」
ボスの合図に全員が「おう!」と声を上げ、水原咲たちに襲い掛かってきた。
「おらおら!」
特に盗賊団のボスは水原咲に狙いを絞っているようで、手にした大剣で水原咲を執拗に狙っている。水原咲は振るわれる大剣を右に左にと体をずらして避け続けていた。
他の盗賊団は大体4人がかりで1人を相手取っているのに対し、ボスだけは水原咲と1対1を繰り広げている。ボスの戦いに加わろうとすると、仲間でも巻き添えを食らう可能性があるからだ。
水原咲に与えられた祝福は<剣聖>。これは、祝福を得るだけで剣の達人になれるというモノだ。剣の達人と言うのは、ただ剣を振るうのが上手いだけの人間を指す言葉ではない。人を切る技術を持ち、自分は切られないようにする技術を持った人間こそが、正しい意味での『剣の達人』である。
この<剣聖>という祝福は正しい意味での『剣の達人』になれる祝福である。つまり、祝福を得た段階で、戦いのスペシャリストになれるということに他ならない。
ボスの振るう剣を紙一重のところでかわし続ける。もちろん、これは避けるのに使う労力を最小限に抑えるためだ。しかし、盗賊団のボスは「ギリギリで避けている」と勘違いをし、攻め続ければいずれ当てられると思ってしまっている。
「おらおら!逃げてばっかだなあ『剣の聖女』!その無駄に高そうな剣は飾りか?」
調子に乗って喋りながら剣を振るうボス。それに対し水原咲は戦闘が始まってから一言も発していない。
水原咲は冷静に、大剣を避けながらも仲間の戦いを確認していたのだ。
『騎士』は今のところ問題がない。盾を上手く使って多対一でも上手く立ち回っている。4人がかりで何とか対等な戦いとなっていたのだが、得意の槍が盗賊の1人の足を貫いたところで大勢が決まった。後は徐々に人が減り、その内勝負が決まるだろう。
『狩人』は完全に優勢だ。森の中で一定の距離を保ちながら矢を放っている。『狩人』に匹敵する遠距離攻撃の使い手はいないらしく、彼女を追っていたものは次々に手や足に矢を生やすことになった。
『神官』はやや厳しいだろうか。杖に仕込んだ剣(の毒)で1人を戦闘不能にしたのはいいのだが、タネが割れてからは若干不利な形勢を強いられている。しかし、どこからか飛んできた『狩人』の矢が『神官』に攻撃を仕掛けようとしていた盗賊に当たった。『神官』も2人くらいなら何とかなるだろう。
『斥候』はすでに戦いを終えていた。気配を消すのが上手な『斥候』は、相手が意識を向ける前にその意識を刈り取っている。1人分のノルマを終えた『斥候』は、他のメンバーへの加勢などせず、ただひたすらに水原咲のことを見つめていた。
『魔法使い』の服はボロボロになっていた。……自分の<火魔法>で。火力は高いのだが制御の甘い彼女の魔法は効果範囲の目測をよく間違え、自分にもダメージを与えてしまうことが多い。『魔法使い』の特性として魔法に対する耐性があるから本人へのダメージはほぼない。しかし、服はそう言う訳にもいかないので、常に戦闘終了後には服だけボロボロになっているのである。
この様子ならば問題はないと判断した水原咲は、そろそろ勝負を決めようと意識を向ける。次の瞬間、全身に強い衝撃を受け、意識を刈り取られた盗賊団のボスが地面に倒れ伏した。
「ふう、これで終わりだね」
一瞬で勝負を決めた水原咲は、持っていたロープで気絶している盗賊団のボスを縛り始めた。
それからそれほど時間が経たない内に、盗賊団は全員地に伏すことになった。
その後は当然気絶させた盗賊団たち全員を縛り上げる作業が待っている。……そう、水原咲のパーティは、盗賊団を1人も殺害していないのである。毒も麻痺毒である。
これも水原咲が『剣の聖女』と言われる1つの理由になっている。水原咲は、異世界に転移させられてから、ただの1度も生き物の命を奪ったことがない。相手が人であるときはもちろんのこと、魔物であろうとも止めを刺したことがないのだ。
……厳密にはダメージを与えて弱らせたところで、他の人が殺すということはある。『騎士』や『狩人』、『斥候』も、水原咲がダメージを与えた相手に止めを刺したことはある。それでも、水原咲が直接止めを刺したことだけはないのである。
「もう、いつもいつも貴女はボロボロになるんだから……」
「オホホ、面目ありませんわ……」
水原咲はそう言って<回復魔法>を『魔法使い』にかける。余談だが、この回復魔法はこの世界に来た水原咲が自力で習得したものである。
「いくらほとんどダメージがないって言っても、多少は肌が焼けるんだからね。女の子なんだからきれいな肌は大切にしないと」
(仁君に渡すときに傷物だったら、価値が減っちゃうじゃない)
「咲さん……」
口癖も忘れて潤んだ瞳で水原咲を見つめる『魔法使い』。完全に恋する乙女の顔である。
「他の皆も怪我があったら、どんな小さなものでも報告してよね。私がしっかり治してあげるから。皆は大切な仲間なんだから、遠慮なんかしなくていいんだからね」
(皆は仁君に許してもらうための大切な手土産なんだから、傷があるならちゃんと治してきれいにしなきゃ)
その言葉に感動して潤んだ瞳で水原咲を見つめる5人の少女たち。
洞窟の中には様々な盗品が所狭しと並んでいた。幸いと言っていいのかはわからないが、捕らえられている人はいなかった。
それらの盗品を可能な限りアイテムボックスに入れていく水原咲。盗品の持ち主への返却も慈善活動の一環である。
それが終わったら、捕らえた盗賊たちを森の外の馬車まで連れていく。そこにはあらかじめ6台もの馬車が用意されていた。あらかじめ盗賊団のある程度の人数がわかっていたため、御者も含めて準備していたのだ。メンバーそれぞれが1台の馬車に乗ることで、盗賊に対する抑止力にもなっている。
「どうして、俺たちを殺さなかった……?」
帰りの馬車の中で目を覚ました盗賊団のボスが言う。仲間が1人も欠けていないことに戸惑いを隠せなかったようだ。
「私はこの世界で生き物を殺さないと決めているの。例えそれがどんな悪人であろうとも」
(もし、私が殺した相手が、仁君の興味を引くような相手だったら、私が嫌われちゃうかもしれないからね。そんなリスクは冒せないもの。だから、私は生き物を殺さない)
「とんだ甘ちゃんだぜ。俺は全く改心もしてねえぞ。この場で殺さなかったことをいつか後悔させてやる」
馬鹿にするように水原咲を睨み付ける盗賊団のボス。
「お好きにどうぞ」
「ちっ、つまらねえ反応しやがって……」
それからは無言で村までの道を馬車で揺られ続けていた。
村に入るなり、村人たちの歓声が聞こえる
「聖女様が盗賊団を捕らえてくださったぞ!」
「ありがとうございます!これで殺されていった人たちも浮かばれます!」
「ありがたやー、ありがたやー」
治療行為だけで村人たちから感謝されていた水原咲たちは、この一件によりこの村での立場を確固たるものにしたのだった。
「本当にありがとうございます。これは少ないですけど、村人で出し合ったお金です。お受け取り下さい」
「ありがたく頂戴します」
あまり大きくはない袋に入った、それでもなけなしのお金を水原咲は村長から受け取った。
「では、これをお受け取り下さい。村の復興資金として、私からの気持ちです」
そう言って、水原咲は受け取った袋を村長に渡し返す。
「え?」
「村が大変な時に、お金なんか受け取れません。感謝の気持ちだけで十分です。そのお金は村の復興に当ててください」
「しかし……」
「どうしてもと言うのなら、私から借りていると思ってください。無利子、無担保、無期限ですから安心してくれていいですよ」
(信頼とお金を秤にかけたら信頼の方が高そうだし、このお金で信頼を買った方がお得だよね)
「聖女様……。ありがとうございます……」
深々と頭を下げる村長。こうして、水原咲によってまた1つの村が救われた。
数日後、取り調べの終わった盗賊たち全員の処刑が始まろうとしていた。
村人としては、捕らえられた当日に処刑をしたかったのだが、背後関係などの把握のために大きな街から取り調べのプロがやってきて、洗いざらい吐かせてからの処刑となったのだ。
「おい!話が違うぞ!お前は人を殺さないんじゃなかったのか!?何で全員死刑なんだよ!?」
そう怒鳴ったのは拘束され、処刑を待つばかりの盗賊団のボスだ。
水原咲の言葉を聞いた盗賊団員たちは、「生き物を殺さない」と言う主義と、実際に戦って1人の死者もいないという結果から、さすがに全員死刑になることはないと思っていた。さすがにボスは死刑を覚悟していたが、罪の軽い者や入って間もない者まで、もれなく死刑になるとは思わなかったのだ。
「この村の人たちは貴方の、貴方たちの死を望んでいるの。貴方たちは貴方たちの行いの報いで死ぬのに、それを私が殺した扱いにされるのはひどく心外だよ?」
水原咲は生き物を殺さない。それは自ら手を下すことがないというだけで、死刑に反対するわけでも、復讐を否定するわけでもない。
「これは、貴方たちの言う「必要な犠牲」に対する当然の報い。奪われたものを後で返す?失って取り戻せないモノって世の中にはたくさんあるんだよ?」
(仁君にあんな目を向けてしまった私は、自分が許せない。仁君に許してもらうためなら、仁君の信頼を取り戻すためならなんだってする。お金も、女性も、国だって仁君に捧げてみせる。準備が整うまでは会えないけど、それは私への罰だから仕方がないんだ)
「じゃあどうすればよかったというんだ!この国を変えるには、奪って強くなるしかないじゃないか!」
叫ぶ盗賊団のボス。悪事は悪事であるが、その根底にはこの国を想う心があったことは事実だったのだろう。
「それが間違いだと思うよ。貴方たちが「必要な犠牲」と呼んで切り捨てた民は、貴方たちが嫌っている王族・貴族が切り捨てている民と同じものなんだから」
(本当にこの国を変えたいと思っているんだったら、全ての街・村を1つにまとめてから王族・貴族に反逆するくらいのことはするべきだったんだよね。……今の私のように)
「ぁ……」
言葉を失う盗賊団のボス。
民を蔑ろにしているという意味では、王族・貴族も盗賊も変わらない。直接的な被害のある分、盗賊の方が世間的には敵として扱われる。
「断言してもいいよ。貴方たち『革命軍』がこの国のトップになっても、絶対に善政は敷かれない。ただ頭が替わるだけで同じことの繰り返しだったろうね。それまでに流れた血を考えれば、むしろマイナスかもしれないよ?」
(仁君なら善政を敷くのかな?国なんていらないって言いそうだけど、欲しいって言われたらすぐに渡せる準備だけはしておかないと……)
「うう……」
完全に気力を失った盗賊団のボスが蹲る。
それから1時間かからずに、全ての盗賊の首が並ぶことになった。
水原咲は処刑が始まる前に処刑場を抜け出し、次の村に行く準備を進めていた。
「次はどこの村に行こうかな?」
「南西のカスタール近くの村はいかがですか?」
『騎士』の言葉に水原咲は少し複雑そうな顔をする。
「南西は……、まだちょっと行きたくないんだよね」
「オホホ、また『彼』のことですの?こんな可愛い幼馴染を放っておくような酷いお方、忘れ……もごっ」
「馬鹿!」
『魔法使い』が致命的な失言を言いかけたところで、慌てて『神官』が口を塞ぐ。しかし、一瞬遅かったようだ。
「……ん君の悪口を言うの?」
(仁君に捧げるために一緒にいるけど、仁君の悪口を言うのなら、『要らない』かな)
底冷えするような眼差しで『魔法使い』を睨み付ける水原咲。
人には誰しも譲れないことがいくつかある。そこを無遠慮に踏み抜いてしまえば、後はもう戦争である。
「言いいいいいいいっててててててままままままませせせせせせせせんんんんんん」
震えて言葉にならない『魔法使い』。あまりの殺気によりガクガク震えている。
近くにいた『神官』、『騎士』、『斥候』も余波を受けて震え出す。
「すとっぷ。すとっぷだべ!悪気はないはずだべ!!」
たまたま別方向にいた『狩人』が水原咲の目を塞ぐ。その瞬間、力の抜けた4人がその場にへたり込む。
「落ち着いたから放してくれるかな?」
(失言の多い子っていうのはわかっていたじゃない。ちょっと取り乱しすぎたかな。でも、仁君に会うときまでには、しっかりと教育しておかないダメだね)
「だべ」
水原咲のパーティメンバーには暗黙の了解がある。
それは極力水原咲の思い人である『彼』に関する話題を出さないこと。決して『彼』を悪く言わないことの2つである。特に後者は致命的で、以前に暗黙の了解を全力で踏み抜いた勇者(異世界から召喚された勇者のこと。馬鹿なことに挑戦する者という意味ではない)は、現在エルディア王宮でカウンセリングを受けているが、社会復帰は絶望的と考えられている。
次の日、水原咲たちは村中の人間に見送られながら北西の村へと旅立っていった。
『剣の聖女』はその後も旅を続け、各地で慈善活動を続けていった。その結果、各地に散らばっていた盗賊団の多くは壊滅し、新しく団を作ろうにも水原咲が怖くて作れないといった状態になることで治安が向上した。治安が向上することで生活圏が広がり、農作物を多く収穫できるようになった。厳しいのは変わらないが、それでも以前よりは餓死者・魔物や盗賊に殺される人間の数は激減することになった。
これは、この世界に転移してきた800人の勇者たちの中で、数少ない『よい影響』を与えた勇者の物語である。
エイプリルフール中の前書きです。
・4/2になった時点で改稿されます(表->裏)。
・ただし、話の流れ自体は変わりません。
・この話はIFの話ではなく、作中の事実です。
・不自然さには目を瞑ってください。
・新規の固有名詞は『剣の聖女』以外一切出てきません。
仁に関する記述の有無で話の印象を変えようという試みです。
咲は嘘をついているわけではありませんが、本心を話しているわけでもありません。
一応、外伝3で咲の贈り物に関するスタンスは書かれているんですよね。
『要るか要らないかわからないけど用意する』
『要らないようなら迷わずに捨てる』
固有名詞が出てこない理由も考えていただけると、もう少し咲が理解できると思います。
この外伝は続く予定はありません。
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