えぇ!?今、アダ名がなくなりつつある!?
先日、ニュースサイトを見ていて気になるニュースを見つけました。
「え、何言ってるのか解らない。教えて偉い人」
そんな気持ちになったのですが、例えば二宮金次郎の像がなくなりつつあるのは歩きながら勉強をするのは危ないから。時代に合わせて撤去をするというのはどうなのかと私は思うのですがね。二宮金次郎は元々は農家出身で苦労ながら勉強をし、成功をした人です。農家の人間が武士になるというのは当時では非常に珍しいのです。まさに「勤勉」の象徴だったのですが、それでも昔から学校を見守ってきた像を時代に合わせて撤去するのは悩みどころ。
そして内容は「アダ名」ですよ。
今の小学校では、あだ名がなくなっているという。いじめにつながることが懸念され、名前で呼ぶことを推奨する学校が増えているそうだ。苗字+さんで呼ぶことを推奨されており、●●くんも、男女差別につながるので男子も女子も苗字+さんで呼ぶという
子供というのは残酷ですから酷いアダ名をつけてしまいます。でも、子供ってアダ名を呼ぶ時にそこまで悪意を考えて付けるのかな?と考えてしまいます。私が子供時代のアダ名は「○○っち」という言い方が多かったのですが、周りを見ていてもそんなに酷いアダ名の人はいなかったですよ。喧嘩になれば私は太っていましたから「デブ」とか言われていましたが、それは仕方ないと思って子供ながら諦めていました。
でも大人が苗字+さんで呼びなさいと声かけるのは・・・私の予想ですが良い大人に成長しないような気がします。子供の頃のルールというのは大人になっても中々抜けませんからね。そんな癖付けたら面白くない大人になってしまいますよ。
アダ名を禁止する事でいじめ対策になるとは思えない
アダ名で呼ぶのはやめなさい。というと私が子供時代なら大人が見てない所で呼びますね。「アダ名=悪い」という定着を付けるとイジメっ子からすれば余計にアダ名を付けたくなるものです。それを考えるといじめ対策というよりは「いじめが起こりやすい環境を更に作ってしまった」というのが正しい気がします。
正直に言って何から何まで大人が規制をかけてしまうと子供自身が良し悪しの判断が出来なくなりますし、大人になった時に必ず面白くない融通が利かない人間が沢山出来てしまうような気がしてならないです。
上記の記事の中ではこんな内容もありましたね。
チャイムも近所迷惑だとして鳴らさない学校も増えてきたという。学校が怒られてしまうからだ。
ここまで行くとクレーマーに近いですよ。小学校の周りが物価が安い理由はそういった問題を含めてなんですけどね。それを「近所迷惑だ!」と言われると・・なんて生きにくい世の中だろうか。学校のチャイムも学校によって個性を出したりするのが私は好きなんですけどね。大人になってから生きにくい世の中を実感すれば良いのに、子供時代から色々制限があるのは可哀想だな。
イジメだとか先生の問題発言だとか。連日ニュースで取り上げられれば仕方ないか。昔は怖い先生が入ってきただけで緊張した授業を経験していましたが、今思えば良い先生でした。大人になったら解るんですよ。「あの先生は私達の事を思って厳しくしてくれたんだ」という事が。そういった先生が減っていくのも悲しい事だと感じます。