アピタル・大野智
2016年4月5日07時00分
《編集部より》「これって効きますか?」は、4月から毎週火曜日の更新になります。引き続きご愛読いただけますよう、お願い申し上げます。
先日、厚生労働省が、解熱鎮痛剤の「ロキソプロフェンナトリウム水和物(商品名:ロキソニン)」について、「小腸・大腸の狭窄・閉塞」を「重大な副作用」に追記するよう指示したことが報道されました。
■ロキソニンの「重大な副作用」に腸閉塞などを追加 厚労省が指示(ハフィントンポスト:2016年3月23日)(http://www.huffingtonpost.jp/2016/03/23/loxonin-side-effect_n_9537170.html)
■「ロキソニン」重大な副作用に…腸閉塞など(日テレNEWS24:2016年3月24日)(http://www.news24.jp/articles/2016/03/24/07325601.html)
実際に独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)が公表した情報は以下のとおりです。
================
【医薬品名】ロキソプロフェンナトリウム水和物(経口剤)
【措置内容】以下のように使用上の注意を改めること。
[副作用]の「重大な副作用」の項に
「小腸・大腸の狭窄・閉塞:
小腸・大腸の潰瘍に伴い、狭窄・閉塞があらわれることがあるので、観察を十分に行い、悪心・嘔吐、腹痛、腹部膨満等の症状が認められた場合には直ちに投与を中止し、適切な処置を行うこと。」
を追記する。
================
その理由として、直近3年度の国内副作用症例の集積情報として、「小腸・大腸の狭窄・閉塞関連症例6例(うち、因果関係が否定できない症例5例)(転帰死亡症例:0例)」があったことを指摘しています。
(出典 : https://www.pmda.go.jp/files/000210850.pdf)
腸閉塞を発症すれば、入院治療、場合によっては手術が必要となってきますので、重大な副作用であることは間違いありません。特にロキソニンは、市販薬(商品名:ロキソニンS)としても販売されていますので、注意喚起としてメディアは役割を果たそうとしたのだと思います。
(※補足 : 市販薬の「ロキソニンS」による「小腸・大腸の狭窄・閉塞」は、現時点では確認されていないそうです。)
昨年にも医薬品の副作用に関する情報は、便秘薬の「酸化マグネシウム製剤」で報道されました。
■酸化マグネシウム製剤で死亡例 厚労省、注意喚起を指示(朝日新聞:2015年10月21日)(http://www.asahi.com/articles/ASHBN4STHHBNULBJ009.html)
こちらは死亡例まで出ていますので事態は深刻です。
ですが、少し考えてみてください。
重大な副作用や死亡例などの報道記事をみると、驚いたり不安になったりした人が多いかもしれません。薬の副作用で、命を落とすことになってしまえば一大事ですが、「ロキソニン」や「酸化マグネシウム製剤」は危険な薬なのでしょうか。
「酸化マグネシウム製剤」については、PMDAの資料をみると、直近3年度(2012~14年度)の国内副作用症例の集積状況で、高マグネシウム血症が29例(うち、因果関係が否定できない症例19例)、死亡が4例(うち、因果関係が否定できない症例1例)となっています。
■酸化マグネシウム(医療用)の「使用上の注意」の改定について(PMDA:2015年10月20日)(https://www.pmda.go.jp/files/000207884.pdf)
そして、少し古い情報になってしまいますが、「医薬品・医療機器等安全性情報」(No.252、08年11月)(http://www1.mhlw.go.jp/kinkyu/iyaku_j/iyaku_j/anzenseijyouhou/252.pdf)によると、「年間使用者数は約4500万人(05年推計)」となっています。
ここで、実際に「酸化マグネシウム製剤」を服用している人のうち、どれくらいの割合の人が副作用で死亡してしまうのかを推計してみましょう。問題となる死亡の4例は3年間の数字なので、分母は年間4500万人を3倍した1億3500万人。これらの数字を元に計算します。
<因果関係の有無は関係なし>
4人 ÷ 1億3500万人 × 100 = 約0.000003%
<因果関係が否定できない症例のみ>
1人 ÷ 1億3500万人 × 100 = 約0.0000007%
ちょっと数字が小さすぎて、想像がつかないですね。ほかの確率と比較してみます。
<交通事故で死亡する確率(2014年度)>
4113人(14年度中交通事故死者数) ÷ 1億2708万3000人(14年10月1日の人口推計) × 100 = 約0.003%
単純比較はできませんが、「酸化マグネシウム製剤」で死亡する確率は、交通事故で死亡する確率の1000分の1という事になります。
これでも、なかなか実感がわかないという人がいるかもしれません。
そのほかにも、人を死に至らしめる原因を、その確率が高い順に並べてみます。
あくまで数字上の話ではありますが、「がん」はもちろん、「殺人事件」や「飛行機事故」で死ぬ確率よりも低いことがわかります。
計算方法や年によって若干数字は変わってきますが、皆さんが「普段なんとなくイメージしていた確率」と「実際の確率」にギャップがあったのではないでしょうか。
もう少し違ったたとえで考えてみます。
最近、ビデオリサーチ社が行ったタレントイメージ調査(http://www.videor.co.jp/talent/woman/index.htm)で、女性タレント人気1位は「綾瀬はるか」さんでした。この「綾瀬はるか」さんが、「日本人男性の中で誰が一番好きか?」との問いに、著者が選ばれる確率はどれくらいでしょうか?
実際には様々な条件が関わってきますが、ここでは単純に対象となる人数から考えてみます。
2015年10月時点で日本人男性は約6100万人。年齢を20~59歳に限定すると約3100万人です(筆者が少しでも確率を上げたいためのインチキですが……)。
■人口推計(総務省統計局:平成28年3月22日)(http://www.stat.go.jp/data/jinsui/pdf/201603.pdf)
では、確率を計算してみます。
1人(選ばれる人) ÷ 3100万人(20~59歳の日本人男性) × 100 = 約0.000003%
「酸化マグネシウム製剤の副作用で死亡する確率」と「『綾瀬はるか』さんが好きな男性として著者を選んでくれる確率」は同じという結果です。
現実的には、「『綾瀬はるか』さんが好きな男性として著者を選んでくれる確率」は、ほぼゼロだと思います(というより、まずありえないですし。自分で書いていて、なんだか悲しくなってきます……)。
数字だけで単純比較できるわけではありませんが、「酸化マグネシウム製剤の副作用で死亡する確率」をイメージすることはできましたでしょうか。
もちろん、「確率」を数字で示されても、感情的に不安を感じている人、納得できない人はいると思います。
以前、このコラムで、人がリスクを過大視してしまうケース、言い換えると「認知バイアス(偏り)」が起こりやすい条件や背景などについて紹介しました。
「ロキソニン」や「酸化マグネシウム製剤」に関して言えば、「意図せず受ける」「天然より人工的」「死、病気、ケガなどのおそれ」などが当てはまることから、多くの人がリスクを過大視している可能性が高いことが予想されます。
今回のコラムでお伝えしたいことは、ほとんど危なくないことを過剰に心配して不安に駆られてしまい、冷静な判断ができなくなってしまっては問題だということです。
薬を使う/使わないの判断は、「有効性」と「安全性」を吟味して、バランスよく考える必要があります。このコラムで何回も指摘していますが、「副作用が全くない薬」というものは残念ながらありません。過度な安全性の要求やゼロリスク信仰によって、得られるであろう利益(薬の有効性)を逃してしまうことは避けなければなりません。
リスクを伝える記事を目にした時、そのリスクの大きさはどれくらいなのかということについて、冷静に読み解いてもらえたらと思います。
《補足》
今回のコラムでは、薬の副作用が発生する確率が低いからといって、副作用のことをないがしろにして良いということを言いたいわけではありません。ロキソニンによる腸閉塞のリスクについては、今後、慎重に評価されていく必要があります。また、ロキソニンには、腸閉塞以外にも消化管出血や腎機能障害などの副作用もあります。
<アピタル:これって効きますか?>
大阪大学大学院医学系研究科統合医療学寄附講座 准教授/早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構 客員准教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大医学部)卒。主な研究テーマは腫瘍免疫学、がん免疫療法。補完代替医療や健康食品にも詳しく、厚労省『「統合医療」情報発信サイト』の作成に取り組む。
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