千葉大の卒業留保が正しく、容疑者の企業選びが謎な件
千葉大、3月31日にギリギリの「卒業取り消し」
埼玉少女誘拐事件の寺内容疑者が逮捕されました。
同容疑者の学位について、千葉大は卒業を取り消し(留保)、検討することになりました。
この処分について、議論が起きています。
まずはここまでの時系列を。
3月27日
誘拐された少女、保護され事件が発覚。
寺内容疑者、逃亡。
3月28日
寺内容疑者、静岡県伊東市で警察が確保。
千葉大、記者会見
渡辺誠理事「本学卒業生がこのような事件を起こし、誠に申し訳ない」と陳謝、寺内容疑者の卒業取り消し処分を検討することを明らかにした
埼玉失踪少女保護 千葉大、寺内容疑者の卒業取り消しも検討(2016年3月28日 産経新聞)
→このあたりから、卒業間際(卒業式後)の学位取り消しを巡り、ネットで議論されるようになる
3月29日
Yahoo!個人オーサーの藤代裕之氏、千葉大の学位取り消しを批判する記事を掲載
誘拐事件に関し、千葉大が卒業取り消しを検討することは「推定無罪」の原則に反する
3月29日
千葉大、対応に苦慮することに
「さかのぼって処分することは困難」少女誘拐「卒業取り消し」問題で揺れる千葉大
3月31日
寺内容疑者、逮捕
千葉大、卒業認定を取り消し留保
千葉大サイト(学長名)
「3月29日(火)、工学部の教授会において、本学の『学位授与の方針』では、社会規範の遵守を求めているところ、当該学生の行動は『懲戒処分事由』が疑われ再考の必要があるため、一旦、卒業認定及び学位授与を取り消し、卒業を留保することを決定しました」
4月2日
尾木ママ(尾木直樹)、卒業取り消しをブログで批判
ふーん…尾木ママ少数派ですね!! 後だしじゃんけんってありなんでしょうか!?
千葉大処分批判論を整理する
議論の整理をします。
Yahoo!オーサーの藤代氏や尾木ママなど、千葉大の処分を批判する方の意見は以下の通り。
卒業式後の学位取り消しはおかしい
→尾木ママ「大学の一旦知らずに『認定してしまった卒業』あとからギリギリ31日に取り消しにするのは話が違うと考えます」
→藤代氏「『事後的』に停学するとなると卒業してから有罪となると、あらゆる卒業生が取り消しになりかねません」
千葉大の規定にない
→藤代氏「千葉大学の学位規程には第21条に『学位授与の取り消し』という項目がありますが対象は修士や博士であり、大学卒業の『学士』は含まれていません」
とりあえず、こんなところでしょうか。
卒業式はあくまでも行事
まず、「認定してしまった卒業」との尾木ママに対して。
おそらく、「認定してしまった」とは卒業式や卒業証書授与のことでしょう。
ただ、卒業式はあくまでも行事です。
「千葉大学学則第14条『学年は、4月1日に始まり、翌年3月31日に終わる』」
つまり、学籍は、卒業式後の「3月31日」まで続いていることになります。
学則は「学士(学部卒)」も対象
藤代氏は学位規定に「学士」がない、としていますが、これは誤解ですね。
Yahoo!オーサーの碓井真史氏(新潟青陵大教授)が
がんばれ千葉大2:尾木ママ先生のご批判もありますが:事件で傷つくすべての人のために
の中で、解説してくれていました。
「なお、以前は学位とは修士や博士のことで、学士は称号でしたが、現在では全て学位とされます」
千葉大の学位規定にも、第2条にこうあります。
「第2条 本学において授与する学位は,学士,修士,博士及び専門職学位とする」
この点、藤代氏は誤解されているのではないでしょうか。
事件が起きれば処分の検討は当たり前
藤代氏などは、事後の卒業取り消しがおかしい、と主張しています。
「あらゆる卒業生が取り消しになりかねません」
と藤代氏は書かれていますが、そんなわけありません。
寺内容疑者やこれまで退学処分まで至った学生は逮捕まで至る不祥事を起こしたからこそ、処分を受けています。
多くの学生はそうした不祥事とは無縁だからこそ、卒業後に取り消し処分を受けるものではありません。
法治国家ならぬ人治国家で恣意的に決める某独裁国家ならまだしも、日本は法治国家です。
これまでも、学生が逮捕まで至るほどの不祥事を起こした場合、退学を含め処分されてきました。
それがなぜ、今回の千葉大の対応のみ、批判されるのでしょうか。
藤代氏は、Yahoo!個人記事で、
松本サリン事件のように逮捕どころか重要参考人となっただけでも犯人扱いした報道が行われて社会問題になってきました。千葉大学の動きは、逮捕段階で職場を懲戒解雇になったり、資格が取り消しになったり、して生活基盤を奪わることと同様です。後に冤罪と分かっても、奪われた名誉や基盤は十分に回復せず、報道で受けた社会的な制裁が消えないことはこれまでにも明らかなのです。
と、松本サリン事件など冤罪事件と同一視しているようです。
松本サリン事件の場合、第一通報者の河野義行さんを警察もマスコミも犯人扱いをして、その後、冤罪であることが判明しました。
今回の事件では、藤代氏の記事発表時点(3月29日)はまだしも、その後、本人も誘拐・監禁を認めています。
それを、冤罪事件と同一視しているかのような記事を出すのはいかがなものでしょうか。
仮に、ですが、監禁などの犯罪行為も逮捕も大学卒業後、ということであれば大学は一切無関係です。
そこに学位取り消しなどの処分を大学が下せば、それは「私刑」ですし、尾木ママ・藤代氏の批判も当てはまります。
ですが、監禁などの犯罪行為は、大学在学中の話です。
それを、松本サリン事件など冤罪事件を持ち出すあたり、無理がある、と思わざるを得ません。
卒業留保が「推定無罪」で千葉大生を守る
千葉大は学生の犯罪行為について、これまでの慣例通り、他大学と同じように処分の是非を決めるために卒業を取り消し(留保)ました。
もし、仮に何の処分もなかった場合はどうでしょうか。
今の時点でもすでに、真面目に勉強をして社会規範を守った大多数の千葉大生が、
「ああ、あの少女誘拐と同じの」
と言われている状況です。
こうした批判がさらに続くことになります。
卒業留保という処分は、千葉大生を守るための手段なのです。
卒業留保イコールすぐ退学、ではない
しかも、懲戒委員会を含め、大学は学生の処分についてすぐに結論を出すわけではありません。
相当時間をかけて学内で議論をします。
わかりやすい例として、小保方晴子氏STAP細胞事件と、京大アメフト部レイプ事件を挙げましょう。
小保方晴子氏のSTAP細胞事件で早稲田大は2011年に授与した博士号について調査委員会を設置、半年以上の時間をかけて2014年10月に取り消し処分と1年間の猶予期間を通達。
それでも十分に修正されなかったために2015年11月、博士号の取り消しを決定しました。
2005年の京都大学アメリカンフットボール部レイプ事件でも学生は事件後に逮捕されました。
京都大が退学処分(復学を認めない放校処分)を決めた時期は不明ですが、京都大学のプレスリリースバックナンバーには2006年11月22日に記録が残されています。
3.アメリカンフットボール部調査に関する作業部会報告と同部への指導
元本学学生の放学処分後に学生部委員会の下の設置した「作業部会」で検討していた事件の再発防止と教育・課外活動における指導方策について、このたび報告書の提出があり、学生部委員会及び研究科長部会に報告し了承されました。
アメリカンフットボール部監督、コーチ、主将、主務に対して、作業部会の松田座長(文学研究科教授・副学長補佐)から約1時間にわたって調査報告の伝達と指導を行いました。
ここからも、一定期間かけて議論したことがうかがえます。
卒業留保という処分、感情論でも何でもありません。
これを感情論などと同一視してしまう方こそ、感情論と言わざるを得ません。
過去の学位取り消し・除籍のトラブルは?
学位取り消しや除籍をめぐり、裁判にまで発展した事例はいくつかあります。
昭和女子大事件
学生運動に参加した学生が署名活動を学内で実施。学生手帳(全員に配布)に記載の学内規定では署名活動などは大学に事前に届け出ること、許可なく学外団体に所属しないこと、としていました。
しかし、無断で署名活動を実施、しかも学外の政治団体に参加しており、学生に反省と政治団体からの脱退を要請しました。
が、学生3人のうち2人が大学側の要請を拒否。
学生側は政治団体主催のイベントやマスコミ取材では、大学側の対応を批判。
大学側は「学校の秩序を乱した」として退学処分。
それに対して学生側は裁判を起こします。
東京地裁判決では、「退学処分無効」。
学生の署名活動が大学での秩序をそれほど乱していない、退学処分の前に本人に反省するよう過程を経るべきなのに大学が怠っている、などが理由です。
しかし、東京高裁、東京最高裁(1974年7月19日)では逆転し「退学処分有効」。
「懲戒の裁量権内」としました。
修徳高校バイク中退事件
校則で無届の自動車免許取得、乗車は退学勧告とするとしていた修徳高校。
同校で免許取得、バイクに乗っていた生徒の退学処分に対して生徒側が提訴。
東京地裁では「退学処分有効」でしたが、東京高裁(1992年3月19日)判決では「退学処分無効」。
その後、同判決が確定します。
自宅周辺で無免許で乗り回したことが認定される反面、改善の可能性を探るなど退学処分以外の可能性を探る教育的配慮のないことが理由です。
「退学処分は当該生徒に改善の見込みがなく、教育上やむを得ないと認められる場合に限って選択すべき」
小泉麻耶・桐朋女子高校退学事件
2006年、桐朋女子高校普通科に通っていたグラビアタレント・小泉麻耶が卒業半年前に退学処分。
小泉側が処分無効を求めて提訴。
2008年2月27日、東京地裁八王子支部は
「原告は、(高校側の)芸能活動の禁止を知っていたと認められる」
として、退学処分を有効とする。
小泉側が控訴せず、判決が確定。
モード学園(大阪医専)・刺青通学拒否事件
「約5カ月以内に入れ墨を消せなければ、休学」という学校側が示した条件に対し、男性は「通学しながらの治療」を申し入れたが拒否され、休学、ひいては除籍処分となった。訴訟で学校側は「入れ墨の消去を要請しただけだ」と正当性を主張したが、今年3月の1審大阪地裁判決、同9月の2審大阪高裁判決はいずれも「消去を指導したのは正当だが、手術を受けながらの通学を認めないのは指導の範囲を超えた就学拒否にあたる」と違法性を認めた。
※その後の裁判の是非は不明
冷たい専門学校…“入れ墨退学裁判”2審も学校「負け」にした裁判所の「判断」
色々ありますが、学生の不祥事(逮捕されるほどの事件)から除籍・退学処分について、裁判で争った例、というのは探したのですがありませんでした。
今回の事件の場合、どうでしょうね。
寺内容疑者側が卒業取り消しから除籍・放校処分まで行った場合、争うでしょうか。
千葉大の懲戒委員会が性急に結論を出してしまえば別ですが、そうでなければ、無理がある、と考えます。
謎残る、寺内容疑者が選んだA社
さて、続いて、寺内容疑者の企業選びについて。
寺内容疑者が大阪の某名門の中高一貫校であること、そこから千葉大学工学部情報画像学科に進学、1年休学して小型飛行機免許取得のためにアメリカに留学していたことなどはすでに報道に出ている通りです。
そして、この4月から、とある消防設備会社に就職する予定であったことなども判明しています。
が、なぜか、就職先について触れている記事がありません。
まあ、この企業自体に何か過失があるわけでなく、風評被害にさらされる可能性もある、ということもあるのでしょう。
当記事でも、企業名は伏せます(以下、「A社」とします)。
私が関心を持ったのは、A社の規模・募集職種と寺内容疑者の選び方です。
小規模でベンチャーというほどでもなく
A社は社員数を考えれば小規模です。
社歴はそれなりに長く、それなりに堅実なビジネスを展開している模様。
「それなり」とぼやかす書き方で申し訳ありませんが、事件について同社は今のところ単なる被害者なので特定されないような書き方にあえてしています。その点、ご容赦ください。
A社は大手就職情報会社が展開する就職情報サイトに採用広告を掲載していました。
A社には申し訳ないのですが、就職情報サイトへの採用広告掲載は当然ながら有料です。
財務状態にすぐれた企業でなければ、真っ先に支出カットを考えるのが採用予算。
しかも、採用意欲があっても、就職情報サイト以外にも採用の告知方法は今ならいくらでもあります。
最低でも100万円以上の予算を掛けるのは、なかなかできることではありません。
こんな小規模な企業でも採用広告を出すのか、と思いました。
気になるのは採用広告の掲載だけではありません。その募集職種もです。募集職種は総合職採用。
出身校を見ると、早慶上智クラス、日東駒専クラス、大東亜拓桜帝国クラスなどバラバラです。
企業規模やこの採用情報などを見ると、千葉大工学部出身の寺内容疑者がなぜわざわざ同社を選んだのか、謎です。
一部報道では「技術職」採用とも出ていました。
もし、このA社が初めて技術職採用をしたのだとしたらどうでしょうか。
初採用の予定がこういう事態になってしまったわけで、ご愁傷さまです、としか言いようがありません。
なぜ学部卒で就職?
そもそも理工系、それも国立大だと中堅クラスでも半数以上が大学院進学を選択します。
修士課程まで出た後に専門分野での就職をすると、技術職・研修職を選択でき、それだけ高年収の企業を選ぶことができます。
千葉大だと難関大の位置づけなので、この大学院進学はさらに多く、例年70%台。学部卒で就職を選択する学生自体、それほど多くありません。
理工系学部から学部卒で就職する場合はどうでしょうか。
修士出身者ほど技術職・研究職に就職できるわけではありません。
学部卒でも技術職・研究職として受け入れる企業もあるのですが、大半は修士課程以上。
学部卒は、文系学部などと同じように総合職としての採用になります。
総合職としての採用だと、理工系学部出身であることがそれほどメリットになるわけではありません。
理工系学部の学部卒で就職を選択する学生はいくつかの傾向があります。
1.所属学科での専門が修士に進学しても、それほど期待できない(それくらい、専門分野が狭すぎる)
2.所属学科での研究に見切りをつけた
3.奨学金返済を考えて早く就職したい
1は物理学、地質学などでよくある話です。
理工系学部卒で企業からもてる学科・専門分野は、機械工学、電気・電子工学など。
2は本人が自身の適性を見極めたということでしょう。
3は本人に適性があっても、経済状況がそれを許さなかったということで、これもそこそこあります。
寺内容疑者の場合はどうでしょうか。
1は、情報画像学科なので、情報工学または画像工学を学ぶ学科です。
所属研究室は情報工学が中心だった模様。
情報工学だとIT業界が中心で、ここ10年は自動車・電機・機械メーカーなども受け入れている学科・専門分野です。
寺内容疑者については該当するとは思えません。
3も、パイロット免許取得のためにアメリカ留学をするなど、家計を考えれば、まずないでしょう。
となると、2でしょうか?
実際、「パイロット」とあだ名されるほどで、パイロット免許も取得しているわけですから、これはありそうです。
ただ、そうだとしたら、大学2年修了時に航空大学校に進学するか、学部卒で航空会社のパイロット職を目指しているはず。
それか、東海大などパイロット養成をする大学に編入学をするか。
東海大のパイロット養成学科、工学部航空宇宙学科航空操縦学専攻は初年度納付金196万円。
それに2年次以降が176万円、それにアメリカ留学8万3800ドル、生活費、渡航費などがかかります。
総計1500万円以上かかるわけです。
が、寺内容疑者の実家の経済状況を考えればそれほど無理はないはずなのですが……。
なぜA社?
あくまでも飛行機関連は趣味にしておく、という発想もあります。
あるいは、まだ報道されていないだけで、航空会社を受けて落ちているかもしれません。
だとしても、寺内容疑者の企業選びはかなり奇妙です。
千葉大工学部卒なら、IT業界でもそれ以外の業界の総合職でも、高待遇の企業に就職することが可能です。
それが、わざわざ小規模なA社を選んだのはどうしてでしょうか。考えられる理由は以下の5点。
1.コミュニケーション能力がかなり低く、就活に失敗した
2.勉強をきちんとアピールできなかったので、就活に失敗した
3.家業を継ぐための準備として関連企業に就職することにした
4.防犯グッズなどを悪用するために関連企業に就職することにした
5.就活自体が面倒で、何らかの縁があるところに即決した
1・2は理工系学部の学部生・院生、ともによくあるパターンです。
なお、1と2、似ているように見えますが、実は大きく異なります。
2はそれなりにコミュニケーション能力があるのですが、文系学部生と同じく、サークルやアルバイトネタでアピールしようとして自滅するパターンです。
理工系学生なら地味でも勉強、研究を話せば十分。学科・専門分野が異なる業界の総合職採用でも同じ。
このあたりは、『理系のためのキャリアデザイン 戦略的就活術』(増沢隆太)に詳しいのでそちらに譲ります。
ただ、寺内容疑者は1・2、ともに違いそうです。
3も、A社と父親の会社(防犯グッズ通販サイトを運営)とあまり関連はなさそうです。
4も同じ。火災報知器を悪用する犯罪って、「相棒」などのネタにはなりそうですが、ちょっと遠大すぎます。
となると、残りは5でしょうか…。
週刊文春には、
「いずれ家業を継ぐ予定」
と出ていたので、3が今のところ、有力でしょうか。
ただ、だとしたら、それはそれで不明です。
いずれにせよ、寺内容疑者がどのような思いで企業選びをしたのか、今後の解明が待たれます。