卵子凍結 「これで安心」ではない
独身の時に凍結保存した自分の卵子を使い、結婚後に出産したケースが明らかになった。この女性は41歳の時の凍結卵子を使ったが、加齢による卵子の老化に備え、若いうちに卵子を凍結保存しておく方法は「社会的卵子凍結」「卵活」などと呼ばれ、最近注目を集めている。
こうした技術の利用については、女性が高齢になっても出産できる選択肢の拡大として歓迎する声もあるだろう。しかし、その背景に、医学的なリスク、晩婚・晩産化が進む社会の問題があることを忘れてはならない。
日本産科婦人科学会も、こうした社会的卵子凍結について「推奨しない」との見解を示している。安易に頼ってよい技術ではない。
未受精の卵子を凍結する技術は、体外受精で作った受精卵を凍結する技術よりむずかしく、比較的最近になって可能になった。もともとは、がん治療によって卵巣機能が低下するのに備え卵子を保存しておくことを想定した技術だった。
それが、晩婚・晩産化による卵子の老化に対応する技術として注目が高まり、産婦人科クリニックがビジネスとして行うようになった。昨年4月に毎日新聞がクリニックを対象に行った調査によると全国12施設が卵子の凍結保存を行い、350人以上の女性が利用していた。
産科婦人科学会が推奨しない理由は、採卵に伴う卵巣出血や感染症などのリスクがある▽十分な症例がなく受精卵や胎児への影響が不明▽この方法で妊娠できる可能性は限られている−−といった点だ。高齢出産が母子に与える影響も見逃せない。
こうした女性本人と生まれてくる子どものリスク、妊娠・出産の不確実性は周知すべきだ。実際、この女性が卵子凍結したクリニックでも17人が凍結卵子を使って体外受精したが出産に至ったのはこの女性だけだったという。「凍結しておけば安心」というわけにはいかない。
「卵子凍結より、仕事と育児を両立しやすい社会環境の整備が先決だ」との声にも耳を傾けたい。クリニックを対象とした毎日新聞のアンケートでは、女性が卵子凍結を希望する理由は「パートナーが見つからない」に次いで「仕事を優先するため」が多かった。
晩婚・晩産化の理由はさまざまだとしても、女性が仕事と出産・育児を両立しにくい状況が晩産化を助長しているのは確かだろう。少子化に歯止めをかけつつ、女性が社会で活躍することを望むのなら、産みたい時に産める社会を実現することが欠かせない。それには、労働環境はもちろん、家庭における性別役割分業も柔軟に見直すことが大切だ。