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 東日本大震災の津波で被災した宮城県名取市の民家に昨夏、一通の茶封筒が届いた。中に入っていたのは19年前に亡くなったおじいちゃんの従軍回想記。津波で遺品をすべて失っていた家族は「震災体験とともに、おじいちゃんの戦争体験も次世代に残したい」と話す。

 仙台市の会社員沼田佐和子さん(33)は、2011年3月の津波で被害を受けた名取市の閖上(ゆりあげ)地区の出身。高台が少ない上に津波が名取川をさかのぼり、全域が大きな被害を受けた。

 両親らは外出していたため無事だったが、閖上の実家はがれきに覆われていた。1階部分は波に流され、1996年に亡くなった祖父・敬治さんの遺品はすべてなくなり、ボランティアが見つけてくれた数枚の写真と、位牌(いはい)だけが家族の手元に残った。

 佐和子さんにとって敬治さんは「無口で、優しいおじいちゃんだった」という。いたずらで落とし穴にはめたときも「落ちた落ちた」とニコニコしていた。

 時間が経ち、日常が戻ってくるにつれて「おじいちゃんが写ったあの写真もあの写真もないんだ」と喪失感が募った。書類が流され、敬治さんの生年月日を証明するものもなくなった。「生きた証拠がなくなるようで悲しかった」

 修理された実家に帰省していた昨年8月14日。両親や娘(9)とテレビに流れる終戦70年の特集を見ていると、大判の茶封筒が郵送されてきた。中には「回想 沼田敬治著」とワープロで書かれた約35ページの冊子が入っていた。敬治さんが陸軍軍人として従軍した戦争中の体験談だった。