『アイマス シンデレラガールズ』ボイス争奪総選挙結果発表、1位は橘ありすちゃん CVは元AKBで現在声優の佐藤亜美菜さん|やらおん!
【モバマス】ボイスオーディション1位記念ガチャよりSR橘ありす!アイロワ上位は大和亜季か片桐早苗か相原雪乃か
アイマス声優としての佐藤亜美菜の船出は、疑いの余地なくデレマス史上最悪の状況であった。
だが、それから約一年経って、亜美菜がライブイベント「シンデレラの舞踏会」でデレマスPたちの前に初めて姿をあらわしたとき、彼女に向けられる声はほぼ絶賛一色に変わっていた。亜美菜が橘ありすのキャラクターソングを歌ったステージは大評判となって、その曲名「in fact」は(「Hotel Moonside」と並んで)ツイッターのトレンドにもなったのである。そこには、亜美菜のパフォーマンスに対する絶賛のツイートが無数に並んでいた。
当時の反応は、「in fact」「ありす」「亜美菜」「みーなさん」などのキーワードで2015年11月末頃のツイートを検索するとよくわかるだろう。たとえば以下のようにである。
《「in fact ありす」を11/29〜30の範囲で検索》
声優の発表から「シンデレラの舞踏会」までの一年間に、いったい何があったのか。またそもそも、亜美菜はAKBのメンバーだったのにどうして声優になったのか。この記事ではそんなことをストーリー風に説明していきたい。要するにこの記事は、デレマスやAKBに関する筆者の知識に加えて、亜美菜がこれまでにラジオで語ってきた内容などを筆者なりに再構成した、亜美菜とありすの物語である。
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高校生のとき、佐藤亜美菜はアイドルに憧れる少女であった。大好きなアイドルに亜美菜が会える場所は二つ。一つは、学校帰りに友達と通い詰めたゲームセンターで、そこには1回50円でプレイできるアーケード版のアイドルマスターがあった。プロデューサーとしてアイドルを育てることができるアイマスは、当時の亜美菜にとって生き甲斐だったのだという(伊織Pだったらしい)。そしてもう一つは、秋葉原のAKB48劇場であった。はじめは熱心なファンの一人に過ぎなかったが、アイドルへの憧れが高じ、2007年には自分自身が4期生としてAKBのメンバーになった。
亜美菜はAKBの運営から期待されていたメンバーではなかったが、努力家として知られていた。劇場公演への出演回数を増やすために他のチームの曲もすべて振り付けを覚え、欠員が出た際にアンダー(補充要員)として出演できるよう備えていたのである。同期や後輩がメディアで華々しく活躍する一方で、亜美菜にはメディアへの出演の機会はほとんど与えられなかったが、一部のファンは亜美菜のこうした地道な努力を見ていた。2009年に開催されたAKBの第一回総選挙において、亜美菜は大方の予想を裏切って8位という高順位を獲得する。
この結果を受けてのスピーチで、亜美菜は自分がAKBになりたかったということ、そしてAKBを踏み台にするのではなくAKBで役に立ちたいという思いを語った。一般にはあまり知られていないことだが、AKBには「夢を叶えるための通過点」というコンセプトがある。AKBのメンバーは各々が、AKBの卒業後に何をしたいかという夢(女優、歌手、タレント、モデル、声優など)を持っていて、それを叶えるためにAKBで仕事の経験を積む。つまりAKBは将来芸能界などで活躍する人材を育成するための学校であって、AKB自体がゴールなのではない。これはAKBの基本理念である。けれども、アイドルに憧れ続けてきた亜美菜にとっては、アイドルグループであるAKBで輝くことこそが終着点だったのだ。
しかし、AKBのコンセプトには沿わない目標を抱いていた亜美菜に対して、AKB運営の対応は冷淡なものであった。大人数のアイドルグループであるAKBには、いわゆる「推されメンバー」と「干されメンバー」が存在する。「推され」とは、運営に期待されていて仕事を多く回して貰えるメンバーのことであり、「干され」とは、運営に冷遇されているメンバーのことである。どんなに劇場公演などで人気を得ても、運営に認めてもらえなければ良い仕事はもらうことはできず、AKB内での待遇も悪いままなのだ。結果から言えば、亜美菜はAKB史上でも屈指の「干され」であった。実際、8位を獲得した総選挙の結果として発売されたシングル「言い訳maybe」で、亜美菜が画面に映った時間は約1秒しかなかった。この極端な扱いに象徴されるように、運営は亜美菜に対して実人気とはかけ離れた悪いポジションを与え続けた。アイドル市場で急拡大を続けるAKBのなかにあって、メディアへの露出度の低さは致命的であり、徐々に「推され」のメンバーとは知名度で大きな差をつけられていった。その後も亜美菜は総選挙では高い得票数を集め続け、その結果で決まるシングルでは3回の選抜入りを果たしたが、それ以外のシングルで選抜されることは遂に一度もなかった。AKBの歴史上でも、実際のファン人気に比してここまで極端に悪い扱いを受けたメンバーは数少ない。そのため亜美菜は、いつしかファンから「不遇のシンデレラ」という異名で呼ばれるようになっていた。トップアイドルへの道は、閉ざされつつあったのである。
だがそんな亜美菜にも、才能を存分に発揮できる場所があった。ラジオ番組「AKB48のオールナイトニッポン」がそれである。アイドルグループであるAKBにとってラジオの仕事は優先順位が低めであり、干されメンでも出演機会は比較的得やすかった。このラジオで特徴的なアニメ声や高いトークスキルを評価された亜美菜は徐々に出演頻度を上げていき、2011年にはラジオ日本で冠番組「佐藤亜美菜のこの世に小文字はいりません!」(よにこも)を得るに至る。AKBではいくら努力しても認められず上に進めないけれども、声の世界では違うかもしれない。このような状況を前にして、ただAKBになりたかったのだと語っていた亜美菜の決意にも、変化が生まれた。「声優」という夢を語るようになっていったのである。
2011年12月、そんな亜美菜の前にチャンスが降って湧いた。河森正治が総監督を務めるTVアニメ『AKB0048』の主役9人を、AKB48グループのメンバー総勢200人からオーディションで選出するというのである。運営の意向ではなく実力で勝負が決まるという、絶好の機会であった。亜美菜は「この仕事は私のための仕事。負ける気がしない」と宣言した通り、問題なく合格して一条友歌役に選出された。後に撮影された特典映像では、「声優選抜に自分が選ばれたのは奇跡だと思っているか?」という質問に対して、合格した9人のなかでただ一人「No」と答えていた。亜美菜はその理由を、「ここでならなかったら何のために生きてきたのかわからない」と語った。『AKB0048』は2012年から2013年にかけて分割2クールで放送されたが、亜美菜は9人のなかでも高いポテンシャルを発揮しており、評判の演技であった。
そして2013年末、声優を目指すという理由でAKBからの卒業を発表。このときには、「絶対に卒業して失敗しません」と宣言し、退路を絶った。2014年6月には、声優事務所の大沢事務所に入所することが発表された。
この年の年末に、亜美菜の運命は大きく動くことになる。11月から12月にかけて、ソーシャルゲーム『アイドルマスター シンデレラガールズ』(通称:デレマス)において「ボイス争奪選挙」が開催され、橘ありすが1位を獲得したのである。この企画は、デレマスにおいてまだ声がついていないアイドルのなかから、ファンの投票で1位になった一人だけがボイスを獲得できるというものであった。そして12月25日、最終投票結果の発表と同時に、ありすの声を担当するのが亜美菜であることが告知された。この発表に対する当時のネット上での反応は、冒頭に記した通りである。亜美菜は後にこのときのことを、「人生でもっともつらいクリスマスだった」と語っている。
新人声優・佐藤亜美菜にとって、試練の一年間はここから始まった。AKB出身という経歴や過去のスキャンダルはどうすることもできない。だが問題は、結果発表と同時に公開されていたありすのサンプルボイスの評判が芳しくないことであった。一体何が低評価の原因だったのか。橘ありすというキャラクターは、デレマス世界に2012年からずっと生きており、声はついていなくともたくさんのファン、もといプロデューサーを集めてきた。亜美菜がこれまで関わってこなかった、ありすとありすPによる2年間の積み重ねが存在していたのである。亜美菜は、ありすPが抱いているありすのイメージを自分が共有できていないことが問題だと分析した。公式のキャラクター設定を越えた部分で、ありすはいったいどういうキャラクターとして理解されているのか。ありすの何が魅力で、どんなところが可愛いと思われているのか。亜美菜はpixivをはじめとして、ありすが出てくる二次創作や感想を徹底的に調べた。そしてその調査の上で、ありすの声の試行錯誤を重ねていった。
このあいだ、亜美菜を突き動かしていたのは「ありすには自分と同じ思いをさせたくない」という強い感情であった。亜美菜はAKBの総選挙で8位になったが、結局その順位に相応しい仕事を得ることはできなかった。ありすはボイス争奪選挙で1位を獲得したけれども、その後もうまくいくという保証はない。シンデレラガールズの世界もAKBと似た競争社会であって、人気のないキャラクターは露出も減っていく。亜美菜は、自分とありすを重ねる一方で、ありすには自分と同じようになってほしくない、成功してほしいと願うようになっていた。アイドルとしての自分ができなかったことを、ありすに託したのである。
亜美菜の努力は、ありすの出番が増えた2015年8月頃から急速に実を結びはじめる。ラジオドラマ「マジックアワー」、TVアニメ版デレマス、リズムゲーム「スターライトステージ」(デレステ)での演技はいずれも以前とは比べものにならないレベルに到達しており、その進歩ぶりに驚きの声があがった。デレステには、初期の声も一部収録されている(N橘ありすの自己紹介ボイス)ので、新しい声と聴き比べることができる。そしてありすの声に対する評価の劇的な変化は、ニコニコ大百科における「橘ありす」の記事のコメント欄などで確かめることができるだろう。さらに、11月にはありすのソロCDが発売され、表題曲は難しいバラード曲「in fact」であった。だが亜美菜は、ありすの背伸びも、甘えも、生真面目さも、プロデューサーへの信頼も、寂しい気持ちも、素直になれないところも、まだ小学生なところも詰め込んだ、ありすだけの声を作り上げていた。声の演技が大きな変貌を遂げたことがはっきりするとともに、亜美菜のありすに対する愛の深さや真剣さが伝わったことで、亜美菜に対するネット上の非難の声は霧消していき、代わりに大きな声援が送られるようになった。こうして亜美菜は、ありすの声優として十二分に認められるようになったのである。
THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER 036橘ありす - 歌、トーク:橘ありす(CV:佐藤亜美菜)
だが、亜美菜にとって最大の試練はまだ終わっていなかった。プロデューサーたちの前に姿を見せる初めての機会、「THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 3rdLIVE シンデレラの舞踏会 - Power of Smile -」が11月末に控えていたのである。一年前のクリスマスに経験したバッシングの嵐は、亜美菜に簡単には拭いがたい恐怖心を植え付けており、絶対に失敗は許されないという感情に襲われていた。とりわけ、亜美菜はこのライブでソロ曲「in fact」を歌うことになっていた。誤魔化しの効かないバラード曲をたった一人で、観客17000人、ライブビューイングまで併せれば約4万人という大舞台で披露することになるのである。一人でこれほどの注目を浴びる経験はAKB時代にもまったくなかった。ライブ当日、亜美菜は極度の不安と緊張のために、一時はパニック状態に陥ったほどだった。
だがステージに立つときには、不思議と恐怖心は消えていた。一年間ありすのことを考え続けた亜美菜は、すぐ隣にいるありすのことを想像できるようになっていたのである。ありすと二人で立っていると思うと、この大舞台も怖いものではないと感じられたのだ。だが驚くべきことに、そのありすを目にしていたのは亜美菜だけではなかった。「in fact」を聞き終えた観客たちは口々に、「ありすがそこにいた」という不思議な感想を呟いたのである。バッシングという試練に立ち向かい、ありすを理解することに精力を注ぎ続けたことで、亜美菜はありすの声だけでなく表情や一挙一動に至るまでを再現できるようになっていたのだ。それはありすが亜美菜に憑依したかのようなステージであったと、多くの人が語っている。
終わってみれば、亜美菜とありすの「in fact」は、二日間にわたった「シンデレラの舞踏会」のなかでもトップクラスに注目と賛辞を集めたパフォーマンスであった。ライブのあと、ありすのCDは売上を大きく伸ばした。ありすはデレステ等でも出番を増やしつつあり、その魅力に嵌まる人の数も多くなってきている。
アイドルに憧れた少女の夢は道半ばで終わったが、もう一人の少女に受け継がれて、今なお生き続けているのである。
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今ではこんなスレも立てられるようになりました。
【モバマス】ありすの中の人が佐藤亜美菜さんでよかった - とりあえず速報
亜美菜さんは声優として、最近では『トリアージX』の梨田織葉役などメインキャラもこなしています。もう少し仕事が増えるといいのですが、どうかな!
もし本記事の内容に興味をもってくださった方がいたら、昨年の12月17日に放送されていた「よにこも」を聞いてもらえるといいんじゃないかと思います。「シンデレラの舞踏会」の感想戦で、なかなかにすごい回です。以下のリンクからPodcastを聞けます。
http://yokohama.jorf.co.jp/amina/2015/12/1217podcast-a93.html
そして4月4日から、文化放送の超!A&G+で「佐藤亜美菜のアミメン!」と題した新番組が始まるそうです。放送時間は毎週月曜日26:30〜27:00とのこと。良い番組になりますように。
http://www.agqr.jp/topics/archives/ag_11.php
亜美菜の干されエピソードとして、今でこそAKB筆頭級のメンバーを神8と呼び八傑とする扱いですが、
亜美菜が総選挙8位にいた当時は神7と呼ばれていたという露骨なヤツがありますよね。
ところで、亜美菜が総選挙8位に入って選抜歌唱の権利を経た「言い訳maybe」の作曲をしたのが
シンデレラで「SnowWings」を提供してアイマスシリーズ初参加した俊龍さんなんですよね。
CD収録のオリジナルメンバーに橘ありすは入っていませんが、
何かの巡り合わせで歌うときが来たら亜美菜のコメントを聞いてみたいモノです。