“第2のアン・ヒョンス”と呼ばれ、韓国ショートトラックの大きな期待を集めていたノ・ジンギュが、骨肉腫の闘病の末に23歳の若さでこの世を旅立った。
アン・ヒョンス(ヴィクトル・アン)のプロフィールと写真
ノ・ジンギュの姉であるノ・ソンヨン氏は4日午前、ノ・ジンギュのSNSを通じて「ジンギュが4月3日午後8時に旅立ちました。ジンギュが天国へ行けるように祈ってください」とし、ノ・ジンギュの死去を伝えた。
ノ・ジンギュは2010年国際スケート連盟(ISU)世界ジュニア選手権大会で総合優勝をした後、その年W杯4次大会で3冠王になるなど、韓国ショートトラックの期待の星として注目された。
その後、ノ・ジンギュは2011年1500メートルと3000メートルスーパーファイナルで世界新記録を出して世界選手権大会で個人総合優勝を手にするなど最高の活躍を広げた。“第2のアン・ヒョンス”と称賛されていた。
しかし2013年9月に初めて体に腫瘍があるという事実がわかった。当時、彼は組織検査の結果、良性腫瘍という判定を受けて手術を先送りしたままW杯シリーズを終えた。
2014年1月、彼は訓練中に転倒し、肩と肘を骨折する大怪我を負い、結局代表チームのリストから除外された。
ノ・ジンギュは肩と肘を治療する過程で腫瘍を取り除こうとしたが、当初わかっていたものとは異なり、腫瘍が悪性であると判明した。ノ・ジンギュが患っていた骨肉腫は骨のがんの一種で、10~20代男性の膝や肘などで最も多く発病する。100万人のうち15人程度発病する珍しくない病だ。
ノ・ジンギュはその後、抗がん剤治療を受けていたが、3日にこの世を旅立った。
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