時代の正体〈284〉現状認識欠く慎重論 桜本と国会(1)

ヘイトスピーチ考

 特定の人種、民族への差別をあおるヘイトスピーチを抑止する法整備の議論が国会で進んでいる。野党が提出した人種差別撤廃施策推進法案に対し自民、公明両党はヘイトスピーチに特化した抑止法案の検討を始めた。なぜ法制化が必要なのか、その答えを明瞭に浮かび上がらせたのが、参院法務委員会で先月22日に行われた意見陳述と参考人質疑だった。川崎・桜本から被害を訴えに立った崔江以子(チェ・カンイジャ)さん(42)の意見陳述の全文とともに振り返る。

 バスとJR、地下鉄を乗り継ぎ1時間ほどで着いた参院別館第22委員会室。濃紺のスーツ姿で席に着き、崔は胸の高鳴りを覚えていた。「国会にまで呼ばれ、話を聞いてもらえるなんて」。一方で「一体どんな質問をされるのだろう」と気が気ではなかった。

 左右と正面に居並ぶ法務委員会所属の議員18人を前に、崔はこの4カ月余りの出来事を思い返していた。絶望と希望が交錯したわが街、桜本での日々を-。

 川崎市臨海部の在日コリアン集住地域、桜本を目がけてヘイトデモが最初に計画されたのは昨年11月のことだった。「ゴキブリ朝鮮人を殺せ」と叫ぶ差別主義者の一団は今年1月、再び生活の場に迫った。

 いずれも抗議に立ち上がった人々が行く手を阻み、デモ隊は目前で引き返した。崔はもう二度と来ないよう市に「助けてください」と懇願した。返事は「根拠法がないため、できない」。生命の危険さえ覚える差別扇動も「朝鮮人」「在日」と不特定多数に向けられたものであれば、名誉毀損(きそん)罪、侮辱罪といった現行法を適用するのは難しい。だから新法は必要なのだった。

 傍聴席に「共に生きる街」をつくろうと苦楽をともにしてきた桜本の仲間たち、体を張って街を守ってくれたカウンターたちの顔を見つけ、崔は心強かった。地域の子どもの言葉をいま一度思い返した。

 「ルールがないなら、大人がちゃんとルールをつくってよ」

 約束を果たすのだと意を決し、崔はマイクを引き寄せた。

 「川崎市桜本から来ました崔江以子と申します。在日韓国人の3世です。日本人の夫と中学生と小学生の子どもがいます」

 談笑する姿も見受けられた議員たちの視線が向き、メモを取り始めるのが分かった。

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