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テロが「戦争」を変える

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[Part1]イラク戦争の見えない代償



気がつくと道路わきの溝に横たわっていた。さっきまで装甲兵員輸送車ハンビーに乗っていたのに。見ると屋根がむちゃくちゃだ。その裂け目から外に吹き飛ばされたのだ。


2004年の春、イラクの首都バグダッド北東部サドルシティー。ダグラス・スコット(37)のいた米軍部隊は、道路わきに仕掛けられた爆弾にやられた。


大きな外傷はなかった。上官が目の前で指を2本、突き立てて言った。「これを追えるか?」「大丈夫だ」とスコット。そのまま任務に戻った。


計3回、38カ月間の派遣でスコットは9回、爆発に遭った。めまいと頭痛が数日間続くこともあったが、やがて回復した。肩のケガで除隊となり、2011年に米国に帰った。


ピッツバーグの家に戻ったスコットに異変が起きた。ひどい頭痛と物忘れ。夜中に何度も目が覚める。立ったまま凍りついたように動けなくなり、何も覚えていないことも、よくあった。「最初は大したことないと思ったんだ。何がおかしいのか、自分でさえ見えていなかった」




爆発による衝撃波が原因


同じ症状に悩む帰還兵らと話すうち、爆発による衝撃波が原因の外傷性脳損傷ではないかと考えた。だが、正確な診断を得ようにも、負傷扱いでなかったのでカルテがない。「病院の間をピンポン球のように行ったり来たりさせられたよ」とスコット。政府に医療費などの補償を求めても断られた。今度は政府との戦い。証言を集め、ようやく1年半後に認められた。


外傷性脳損傷はイラク戦争の象徴と言っても言い過ぎではない。駐留米軍は、車の通り道に仕掛けられた爆弾に悩まされた。かつて同じような爆発なら兵士は死んでいたが、装備や医療の発達で助かる確率が増えた。その結果、何度も現地に投入され、ダメージがたまった。


イラクやアフガニスタンなどに派遣された兵士のうち、110万人余りが何らかの治療を受けている。そのうち外傷性脳損傷の元兵士は25万余りいるとされる。


米議会の調査では、イラクやアフガニスタンの戦争の費用は2014年までに1.6兆ドル(約180兆円)だった。ただ、ここにはスコットのような元兵士に政府が今後、必ず払わなければいけない医療費や障害補償といった「将来のコスト」は含まれていない。


政府が過小評価したり直視してこなかった戦争の代償を明らかにしようという試みは、大学を中心に行われている。






米国史上最も高くつく戦争


ノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツがハーバード大学教授のリンダ・ビルムズと12年に出した論文では、将来の費用はもちろん、戦争のために借りたお金の利払いなども計算。総額を4兆~6兆ドル(約450兆~670兆円)とはじいた。ビルムズは「戦闘が終わりに近づいても、戦争は重い負担をもたらします。イラクとアフガニスタンは米国史上で最も高くつく戦争になるでしょう」と語る。


米ブラウン大学は米同時多発テロ10年となる2011年、「戦争のコスト」プロジェクトを立ち上げた。教授のキャサリーン・ルッツは「戦争のコストを考えるとき、米国のものだけではなく、イラクやアフガニスタン、パキスタンが払うコストも忘れてはいけません」と話す。


この3カ国での戦闘による民間人の死者を少なくとも21万人前後と推計。さらに病院が破壊されて病気や、栄養不足などで亡くなる民間人が「その4倍ほどになる」とみる。イラクでは米軍による発電所の爆撃で電力が足りず、電気を得ようと電柱によじ登った男性の感電死や転落死が増えているとの統計もあるという。「戦争のコストは波紋のように広がっているのです」と語る。


イラク戦争の犠牲者は国連機関や研究者などが発表しているが推計に過ぎず、15万人から65万人以上まで幅がある。統計を正確に取れないこと自体、混乱と不安定を表している。


(神谷毅)

(文中敬称略)

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