3月22日に首相官邸で行われた国際金融経済分析会合。出席したPaul Krugman先週、 Twitterで本来オフレコの会合の内容を全文公開!



非常に勉強になります。別にオフレコにするような内容でもない気がしますが・・。

 

Twitterのつぶやきは、Aftermath (no, I don’t enjoy this sort of thing): す。さんざんな目に(すごいね、と思われるかもしれないが、いいや、こういう扱いは好きではない)といった感じでしょうか。ちょっとお怒りな様子(≧∇≦)



同じノーベル経済学賞受賞者の Joseph Stiglitzは、もともと予定されていた講演で自説を述べる機会がありましたが、Krugmanはなかったので、敬意を表して記者会見の場を用意した方が良かったように思います。



We are  Japan(先進各国の経済は皆、日本のように弱い)とか、 Japanification(日本化)などの表現が興味深いです。Japanizationではなく、Japanificationなのですね。

 

Paul Krugman: Meeting with Japanese officials, 22/33/16の英語の全文はこちら。

https://www.gc.cuny.edu/CUNY_GC/media/LISCenter/pkrugman/Meeting-minutes-Krugman.pdf

 

もとは質問も含めてすべて英語ですが、ざっくりした内容はこんな感じです(全文の翻訳ではありません)。


 

■安倍首相:世界経済の見方をお聞きしたい。5月には伊勢志摩サミットの議長を務める。きょうはその準備のための会合だ。


□クルーグマン:今の世界経済は難しい局面である。残念ながら(リーマンショックのあった2008年以降) 8年近く、簡単だった時期なんてない。私は、日本の政策を高く評価しているが (great admirer)、十分でない。その一端は、日本以外の国々の経済がやはり低迷しているからだ。

 

きょうは4点申し上げたい。

(1)経済の弱さは世界中に広がっている。多くの面で今は、我々はみな日本なのだ(In many ways, we are all Japan now) 。その結果、日本を含めて難しい経済運営に直面している。


(2)主要国どうしの経済の結び付きが強い。その結果、資本の出入りが激しい。


(3)大胆で非伝統的な金融政策をもってしても目的の実現が難しい


(4)金融政策だけでは不十分で財政出動が必要だ。

 

順番に見ていく。

(1)世界的な経済の弱さについて。主要国は日本化(Japanification)したと言っても良いだろう。ユーロ圏は、 1998年、 1999年の日本の状況に酷似している。労働人口の減少、投資の低迷、そして根強い景気の弱さ。


アメリカ経済は以前よりも良くなった。確かに雇用環境は改善したが、生産が弱い。さらにほかの国からデフレを輸入している。中国はここ数年、減速したまま。


(2)主要国経済の相互依存は非常に強い。日銀の黒田総裁が様々な政策を動員しているにもかかわらず円高となっているのは、ほかの主要国の弱さゆえんである。


中国は特に心配だ。以前は、中国当局が通貨・人民元を人為的に安くしていると我々は批判してきた。それは正しかった。しかし、中国当局は今や、資本流出の結果値下がりしている人民元を支えるために為替介入している。2015 年の資本流出 (capital flight)は、1 兆ドルにのぼると見ている。中国は巨額の外貨準備高を保有しているが、それでも無限ではない。


つまり、経済の相互依存の結果、人民元安はほかの主要国の通貨高となる。


(3)多くの国で金融施策は唯一の選択肢となってきた(the only game in town) 。というのは、政治的に財政出動が難しいからだ。


日本でも 3本の矢のうち、金融施策の矢が圧倒的に大きい。つまり、黒田総裁が重労働を担ってきたのだ。ただ、非伝統的な金融政策の効果は薄れている。マイナス金利政策を導入できたこと自体は評価したい。正しい一歩だと思うが、これ以上マイナス幅を広がるのはとても難しいだろう。欧州中央銀行も勢いを失っているようだ。


(4)財政政策。過去7年間を振り返ると、財政出動が依然として効果的だ。しかし、欧州では国どうし、アメリカでは政党どうしの意見の相違が激しく、財政出動が難しい状況だ。今こそ、世界経済にとって財政的な支えが必要なのだ。


財政による下支えよりも、中期的な財政収支を優先するべきだというアイディアは誤りである。もちろん、日本の消費税のことを言っているのだ(The idea that one should be prioritizing long-run budge issue over fiscal support now seems to me to be extremely misguided.  Obviously, I am talking about the consumption tax here)

 

言いたいには、今こそ財政を拡大させる時(time for expansion)。これはなるべく各国で協調して行うべきだ。伊勢志摩サミットでは、協調した財政主導に合意することが理想だが、現実問題としては日本とカナダしかできないだろう。


日本自身も、アベノミクスの初期の目標を堅持しないといけないデフレ脱却が第一だ。ほかのすべてのことは、それが実現するまで待つべきである。

 

■安倍首相:協調した財政出動が大事な一方で、膨らんだ債務残高も心配である。どんな意見か?


□クルーグマン:債務があるにもかかわらず、財政出動するべきである。まずは、デフレ脱却に向けて金融政策をサポートするためにも財政出動が必要だ。


第二に長期金利は非常に低い。必要な支出はあるはずでいま好機である。


第三に、債務残高について。各国が日本から学んだのは、自国通貨で借り入れができる安定した先進国は、財政危機はそう簡単に起きない(very long road for them to have a fiscal crisis)


多くの投資家が2000年以降、日本国債が暴落する方に賭けてきた。みな賭けに負けて損失を被ってきた。自国通貨をもっている故に最悪の事態でも円の下落であろう。と言っても、それは日本にとっては望ましいことあろうが。今は、財政収支をバランスさせようなんて考える時ではない。

 

■麻生財相:日本の経営者はデフレマインドを払しょくできていない。設備投資を促すためにはマインドを変えるための引き金が必要なのだ。


□クルーグマン:日本では企業に賃上げを促すため、モラルに訴えてきた。これが効果的かどうかは分からないが、試す価値はある。


一方で企業収益と企業の設備投資の関係は以前から弱かった企業が高い収益をあげたからと言って、設備投資をするという根拠は見つかっていない。例外は、キャパシティを拡大する理由がある時。


日本ではデフレマインドの結果、今後再びデフレに陥って、成長も弱いと見られている。それを打ち破るための衝撃が必要なのだ(what is still needed is a shock to break that)

 

■安倍首相:2014年に消費税を5%から 8%に引き上げた。駆け込み需要はあったが、増税後は一気に冷え込んだ。欧州などに比べて、なぜ日本ではここまで増税が景気を冷やしたのか?


□クルーグマン:消費増税が日本経済をあそこまで冷え込ませた理由は分からない。国民が財政は拡大されないというサインだと受け取ったからかもしれない。さらに、日本は少子化にも直面している。

 

■男性1:財政刺激策について、G7で余裕があるのは、ドイツ、アメリカ、イギリスだと思うが、あなたが言ったようにどの国も近々財政出動するとは考えにくい。余裕のある国に対して、財政出動の必要性をどう訴えたら良いだろうか?


□クルーグマン:確かに非常に難しい。ドイツは全く違う知的空間に住んでいる。アメリカでは与野党の政治的な対立が激しい。

 

■菅官房長官:コモデティ価格の下落はとりわけ新興国に打撃となってきた。コモデティ価格の下落が経済に与える影響をどう見るか?


□クルーグマン:一部の新興国にとって打撃は深刻だ。最大のコモデティ輸入国の中国にとっては望ましいことがだが、ブラジルやアフリカ諸国には深刻な影響をもたらす。


マイナスの意味でのサプライズは(unfavorable surprise)原油価格の下落がかつて考えていたようなプラスをもたらしていないことだ。


原油安の要因そのものが背景にある。アメリカのシェールオイルの台頭のことだ。これが原油安をもたらし、個人消費を喚起する一方で、投資を減らすことになり、かつてのようなプラスをもたらさなくなったのだ。


原油安は、地政学の観点からはもちろん重要だが、先進国が直面する重大な問題ではない。問題は需要の低さである。原油安はショッキングではあるものの、経済の低迷の原因ではない。

 

■安倍首相:ヨーロッパ経済をどう見るか?


□クルーグマン:ヨーロッパの経済問題は、難民危機により、後ろに追いやられた格好だ。ヨーロッパの政策で唯一機能しているのは、ヨーロッパ中央銀行のドラギ総裁くらいだ。ただし、彼を支える政府がいない。


もう1つ懸念として申し上げたいのはイギリス。6月の国民投票でイギリスが EU離脱を決める可能性が大いにある(quite significant possibility)。これは先行き不透明感につながり、世界経済にとっては下押し圧力になるだろう。


G7の国で機動的に動けるのは、日本とカナダしかないと思う。

 

■安倍首相:G7で財政支出を協調して行うべきだというメッセージだと受け止めた。私はあなたのメッセージに賛成である。ドイツは財政を使う余裕がもっともある。私はドイツを訪問する予定だ。政策に協調してもらうために彼らと話す必要があるが、何かアイディアはあるか?


□クルーグマン:それは難しいでしょうし、メルケル首相はいま(難民など)ほかのことで頭がいっぱいだろう。


財政出動の可能性があるとすれば、それは気候変動に関連した民間投資を促す政策だろう。先進国でグリーン・テクノロジーに転換するための投資である。もっと良い案があれば、と思うが、私は決して外交の専門家ではない。

 

■安倍首相:確かに気候変動の政策は民間投資を促す分野の1つだろう。ドイツは難民問題に直面しているが、難民のための住宅や教育投資などは有効な財政政策だろうか?


□クルーグマン:もちろん景気刺激策ではあるが、金額を見るとあまり大きくはない。難民危機は社会不安を呼び起こす。ただ奇妙な言い方かもしれないが、難民の面倒を見るというのは、金額で見ると決して大きな景気刺激策とはならない。小さくはないが、大きくもない。


フランスのオランド大統領が難民危機に対処するため、緊縮財政をやめるべきだと言っているが、金額的には大きなものではない。

 

■司会者:クルーグマン教授、ありがとうございました。