どんな文章を書くかと言えば、書きたいことを書きたいように書く。自分なりの主題や文のスタイルがあり、無から生み出しているようでも、これまでの道を辿り直している。筆に興が乗るときは、これまでの自分と新しく出会い直しているようなものだ。
誰かに依存した文章は書きたくない。敵だろうが味方だろうが、自分以外の誰かに媚びるような文章を書いていると、たぶんいつか嫌になってしまうだろう。
文章を書いて公表するというのは、どこか片田舎の路線バスにちんたら乗っているようなものかもしれない。どこで誰が乗ってくるかもわからないし、誰も乗ってこないかもしれない。予想できない出会いが起きるかもしれないし、起きないかもしれない。
ただ、文章を公表する前に、頭に思い描く他者というのは何人かいる。その人たちがこの文章をどう読み、どんなことを思うだろう、そんな気持ちがいま一度文章に手を入れることを促す。
他者に依存しないということは、他者を必要としないということではない。そして、彼らもこのバスに乗ってくるかもしれないし、乗ってこないかもしれない。
プロフィール
望月優大(もちづきひろき)
慶應義塾大学法学部政治学科、
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