【動画】「フナメシ」料理人を育てるのは「日本一厳しい『調理学校』」だ=佐々木康之撮影
[PR]

 海難救助や領海警備、密航密輸などの犯罪捜査――。様々な分野で激務に耐える海上保安官を支えるのが「フナメシ(船飯)」だ。全船艇の4割を超す200隻余で毎日出される料理のレパートリーは意外と多彩。その調理を担う主計科の保安官を育てるのは「日本一厳しい『調理学校』」だ。

 「フナメシ」料理人の多くが、京都府舞鶴市の海上保安学校で第一歩を踏み出す。

 「第13分隊、現在員ふたじゅうさんめい(23名)、整列よしっ」

 3月8日、午前8時20分。同校に学生の大声が響く。「課業整列」が、就寝まで切れ目ない日課の始まりを告げる。

 主計科の学生は「船舶料理士」の資格を目指し、年間40回の調理実習を積むが、それだけではない。

 午前6時半の起床から午後10時半の就寝まで、海の警察として必要な法律、柔剣道、船上でのロープワーク、オールで漕(こ)ぐカッターの操船などを学ぶ。1部屋10人の全寮制。規律を守れなければ、教官の怒声が飛ぶ。

 「いわば日本一厳しい『調理学校』。戻るかと問われれば、戻りたくない」。あるOBは苦笑まじりに振り返る。

 冗談から出た言葉ではない。3月19日の卒業式で現場に送られた学生は航海、機関など他の科を合わせて243人。入学からの1年で、1割強の30人が去った。

 残った彼らを待つのは、荒れる海での救難、外国公船が相手の領海警備、そして不審船対処――。「この困難な道を、強い使命感を持って選び取った諸君に心から敬意を表したい」。歴代で初めて卒業式に臨んだ安倍晋三首相は、祝辞で海保の任務に触れた。

 「尖閣警備などにも就く船。学校で鍛えた力を発揮したい。料理も本番。乗組員を支える力として頑張りたい」。九州を拠点とする大型巡視船に配属が決まった主計科の卒業生、菅卓也さん(22)=福岡市出身=は表情を硬くした。

■尖閣警備増強「料理人足りない」

 海上保安学校は2014年10月、「640人体制」へ採用数を拡張した。12年9月、政府が尖閣3島を国有化し、中国公船による領海侵入が激増したことが、その背景にある。

 だが、現実は厳しい。「現場の要請に追いつかない。卒業生の数も、教育の濃度も」。山本得雄学校長(57)=現・第7管区海上保安本部長=は指摘する。

 尖閣警備に専従する大型巡視船の増勢を迫られ、15年度で62隻と、国有化当時より11隻増やした。全庁の定員も733人増え、1万3422人に。350人程度で推移してきた同校の学生もそれに合わせて採用を増やし、学生寮を建て増しするなど「640人」の器を整えたが、15年9月とこの3月に巣立った15年度の卒業生は計550人にとどまった。

 山本学校長はまず、入学辞退者の多さをその理由に挙げた。「海上保安官は、数ある公務員の一つに過ぎない。受験しただけという若者が多い」

 もう一つは退学者の数。学校長に着任した昨年4月からこの1年で全学生の13%、85人が辞めたという。「過去最高の人数だが、海保の仕事は厳しい。この学校で耐えられない学生が、現場で耐えられるはずがない」。去る者は追わずだ。

 懸念はまだある。学校で学んだ技術や知見の総まとめである乗船実習の質の変化だ。

 同校が乗船実習に使う練習船は、いまも昔も1隻だけ。学生の数が増えた分だけ航海数は増え、一方で1回の航海の日数は減る。

 山本学校長は「今より学生を増やし、かつ教育の質を保つとなると、練習船があと1隻必要です」と指摘する。

 だが、全国の現場ではなお、船が足りないという声が上がる。練習船の追加は現実的でない。「だからもう、学生の数ではいまが限界かな、という気がします。質を維持するうえで」

 「フナメシ」の現場も、悩みを抱える。