『Number』3/3号(896号)から。
『1984年のUWF』柳澤健氏 連載第5回「タイガーマスク」の続きです。
Number(ナンバー)896号 SUPER RUGBY 2016 スーパーラグビー開幕 (Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィック ナンバー))
- 作者: Number編集部
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/02/18
- メディア: 雑誌
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すべての始まりはアントン・ハイセルという企業だった。
アントン・ハイセルについては長くなるので端折りますが、要はブラジルで代替燃料として使われていたアルコールを、サトウキビから精製する際に搾りカスと廃液が大量に発生する訳です。このカスと廃液を、バイオテクノロジーで家畜飼料として再生し、更にその家畜のフンを有機肥料としてリサイクルしようという夢のような話です。
夢のような話には付き物ですが、このプロジェクトが一文も利益を生み出さないくせに金ばかり食う。まさに漫画『カイジ』で言うところの「沼」みたいなもの。
絶頂期の新日の利益を食いつぶす怪物でした。
ブラジル経済のインフレは果てしなく進み、ハイセルの借金は凄まじい勢いで膨らんでいく。
ハイセルのことが気になって仕方のないアントニオ猪木はシリーズをしばしば ”病欠” してはブラジルに飛んだ。
ハイセルへの投資は社命であり、坂口征二は自宅を担保に3000万円以上のカネを工面し、藤波辰巳は妻の実家から数千万円を借りた。
営業の人間は全員、レスラーのほとんどがハイセルの社債100万円を購入させられた。
新日本プロレスの幹部社員は蓼科ソサエティ倶楽部の会員権を強引に買わされたばかりではなく、政治家のパーティ券を10枚単位で押しつけられた。
各地のプロモーターたちも迷惑を被った。社債を買わされただけでなく、興行が終わった翌日には、当の新日本プロレスから借金の申し入れがあり、なかなか返済してもらえなかった。
新日本プロレスが、会社としておかしくなっていたのは明白です。本業以外の事業に多大な投資をして、全く利潤を上げられない。回収の見込みが立たない資金ですから、融通してくれる銀行も無い。仕方がないので身内であるレスラーや社員、本来得意先であるプロモーターから強引に金を集めまくる。完全に破綻しています。
法律的にはあくまで出資である、社債という手法もいやらしいですね。
長州もこの時期に百万円単位で借金をして回り、返済が出来ずに愛想を尽かされた知人や後輩が何人もいたと語っていました。
新間寿は役員として、佐山の婚約者の実家からも借金をしようと試みたとか。
1983年度春の契約更改では、ほとんどのレスラーが現状維持。
「これだけ客が入っているのに、俺たちの給料はどうしてこんなに安いんだ!」
すべての社員、すべてのレスラーたちの怨嗟の声が大きくなる
19億8000万円の売り上げに対して、繰越利益はわずか750万円だという。
これはおかしい。
この年、初めて株主総会に出席した営業部長の大塚直樹が山本小鉄とともに経営状態を調べてみると、アントン・ハイセルに金を回すために、巧妙かつ合理的に経理が操作されていることが判明した。
新日本プロレスの命運は、ここで分かれたと言っていいでしょう。
張本人である猪木と、資金調達に奔走した新間寿から、一枚岩だった新日本プロレスのレスラー・スタッフの人心が、初めて離れ始めたと。
「体を張って稼いでいるのは俺たち」
「俺たちがいなければ会社は始まらない」
そう考えているのがプロレスラーですから、自分たちが比喩でなく血と汗で稼いだお金を、地球の裏側の得体の知れない事業に注ぎ込まれるのは許せなかったはずです。
猪木さんには社長を下りてもらおう。
新間さんにも現場から退いてもらおう。
新日本プロレスをアントン・ハイセルから切り離そう。
山本小鉄、藤波辰巳、永源遙、キラー・カーン、長州力、星野勘太郎、そしてタイガーマスクこと佐山聡らの現場組。
そして、大塚直樹に代表されるフロント組数名である。
アントニオ猪木のカリスマに敬服し、新間寿の実行力に感服していた。そんな彼らが猪木と新間の退陣を要求するほど、追いつめられていたのである。
猪木と新間のふたりはあまりにも強力だ。「出て行け」と言われるのは自分たちの方かもしれない。その場合には独立して新団体を作ろうということになった。
そして新団体「ワールドプロレスリング株式会社」の陣容まで固めるのですが、新会社に不可欠なレスラーとして、25歳の若さで専務の座を用意された佐山聡は、電撃的に単独行動を起こします。
新日本プロレスはタイガーマスクに対しギャランティのみを支払い、そのほかサイン会、握手会などの催し物についての報酬は、その都度協議して定めるべきであるにもかかわらずこれをせず、さらに新日本プロレスが支払いを認めた金額すら、その一部を関連会社アントン・ハイセルの事業資金に流用した。これは契約違反である。
タイガーマスクはプロレスの社会的信用を高めるため努力してきたが、新日本プロレスは人気を利用して莫大な収入を得ているにもかかわらず、利益を関連会社につぎ込み、莫大な損害を出してプロレスの信用を損なっている。
このような行動はプロレスリングの健全なる発展と人々のプロレスリングに対する期待を裏切るものであり、選手契約全体の趣旨に違反するから選手契約自体を解除する。
新日と袂を分かつか、追放されるかという形では不十分。
人気絶頂のタイガーマスクが、何の前触れもなく新日のリングを去ることで意趣返しを果たしたい。
そんな意志が透けて見えるのですが、では佐山をそこまで駆り立てたのは何か?
筆者は、今でいう海外極秘婚を強要した新間寿への怒りだとします。
「結婚式を挙げたい」という佐山の希望を無視しただけでなく「結婚式はロサンゼルスで挙げろ」と勝手に日取りまで決めてしまったからだ。
さらに、結婚式には猪木、坂口、新間と仲人の家族が参列するものの、そのほかは両家の両親だけで、それ以外の家族も、友人も参列することはできないという。
これが佐山のプライドを大いに傷つけたことは間違いないと思います。
それに加えて、
タイガーマスクとしてのファイトを、いつまで続けなければならないのかという疑問。
自ら考案した新格闘技の立ち上げへの焦り。
これらに公私あわせての金銭問題が加わって、佐山を過激な行動に走らせたと見るのが妥当ではないでしょうか。
佐山聡は営業の頼みを快く聞き、デパートなどで開かれるサイン会や握手会を1回10万円のギャランティで引き受けた。
スポンサーとの食事会にも、マスクをかぶったままで出席したから、酒席は大いに盛り上がった。
といった記述からも佐山の好青年ぶりは伺えますが、20代前半という若さと自信を差し引いて考えるべきでしょう。
佐山が他のレスラーと比べて、金銭に突出して無頓着だったとは言い切れませんよね。
本当にそうだったのかも知れませんが。
結局のところ、絶頂を極めた新日本プロレスの歯車を狂わせたものは何か?
端的に言うとお金。金銭です。
アントン・ハイセルという名の金食い虫が新日内に不協和音を奏で始め、相互不信に陥らせた事が全ての元凶でした。
猪木が若かりし頃、日本プロレス幹部を「ダラ幹(ダラけた幹部)」と呼んで忌み嫌ったのも金銭問題。
それと同じことを、自分も繰り返したのだから皮肉なものです。しかもより大規模に、且つ組織的に。
猪木が反旗を翻した日本プロレスは、その後ジャイアント馬場を失って崩壊しました。
同じように新日本プロレスも本格的な迷走の時代へと突入していく訳ですが、それは今後の展開を待つことに。
ひたすら続きます。
以上 ふにやんま