元外交官の佐藤優さん、肌身離さず持ち歩いていた伝説的受験参考書
今年で作家生活11年目に入った元外務省主任分析官の佐藤優さん(56)がプロデュースした「いっきに学び直す日本史 古代・中世・近世 教養編」「同 近代・現代 実用編」(東洋経済新報社、各1944円)が30日に同時刊行された。佐藤さんが外交官時代に「座右の書」とした約40年前の大学受験参考書「大学への日本史」を全面改訂してよみがえらせた力作。インタビューでは併せてお薦めの自著3冊を挙げてもらった。
外務省きっての情報通と呼ばれた佐藤さんが、外交官時代に肌身離さず持ち歩いていたのは「大学への日本史」(研文書院)という伝説的な大学受験参考書だった。著者は駿台予備校の講師を務めた故・安藤達朗氏(2002年没)。初版1973年の黒いハードカバーの骨太な本だ。
「なぜこれを持ち歩いたのかといえば外国の方からは日本のことを聞かれるからです。ビジネスや社交の場での教養は、これがあれば十分。新書100冊分の価値があるんです」
受験では記述問題で力を発揮した参考書だが、79年に共通1次試験(90年からはセンター試験)が導入されて以降、需要は減り現在は絶版だ。だが「受験生ではなく、むしろ社会人になってから読む価値がある本だ」と佐藤さんは、名著をよみがえらせて世に送り出す企画・編集作業に5年前から着手。監修者(東邦大学付属東邦中高等学校教諭・山岸良二氏)が全編をチェックを依頼して古い学説を全面改訂した。さらに最先端の学説を盛り込んで、巻末には山岸氏との対談を加えた。
「本書の特色は全編が『世界の中の日本』」という視点で貫かれていることです。日本史の知識は世界史の文脈で見てこそ、理解が深まります。参考書が社会人に役立つ実用書・教養書として復刊した例は今までにないと思います」
02年の鈴木宗男事件で「国策捜査」のターゲットとされた体験をつづった「国家の罠」(新潮社)で05年に作家デビューして以来、佐藤さんが世に送り出した本は単著で104冊、共著も合わせると約250冊に及ぶ。執筆のテーマは外交や国家論、宗教論、自伝的文芸や情報戦術、交渉術、読書術などの自己啓発書…。幅広いが、ほとんどが書店で平積みされるベストセラーだ。
「読者の方には、関心のあるものから読んでいただきたいです。できれば私にとっての『基本書』ともいえるよみがえった『大学への日本史』を読書の指針としていただければ」。さらに近著の中から佐藤さん本人に3冊選んでもらい、その読みどころを聞いてみた。
《1》「官僚階級論」(にんげん出版)
「私自身が事件に巻き込まれた『国家の罠』の延長線上にあるテーマ。官僚は自分が食っていくために仕事をしているわけですが、国民の利益を代表していると思い込んでいる。なんで官僚は嫌なヤツなのか。嫌なやつには嫌なヤツの論理がある。取引先や上司でも嫌なヤツはいて、それなりの理屈がある。いやーなヤツとの付き合い方について考える本です」
《2》「佐藤優さん、神は本当に存在するのですか? 宗教と科学のガチンコ対談」(文芸春秋、竹内久美子共著)
「プロテスタントのキリスト教徒の私と動物行動学が専門で無神論の竹内さんとの対談。浮気やテロなどを例に世の中で起こることは遺伝子で全て説明できるという竹内さんに、私が突っ込みを入れていきます。人間はいつ死ぬかを自分で終わらせない限りは決められない。必ず来る『死』について明るく考えておこうということですね」
《3》「紳士協定 私のイギリス物語」(新潮文庫)
「外務省入省2年目でロシア語研修に追われた日々の話。階級社会の英国の裏返しで、右肩上がり時代の日本にはそれをぶち壊す力あった。しかし、今はそうじゃない。一生懸命頑張って弁護士や医者になっても貧困層になってしまう。その意味で階級的な要素が今の日本も出てきているような気がします。それで本当にいいのだろうか。考える機会になると思います」
◆佐藤 優(さとう・まさる)1960年1月18日埼玉県生まれ。56歳。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在英国日本国大使館、ロシア連邦日本国大使館を経て、95年から同省国際情報局分析第1課で、主任分析官として活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で東京地検特捜部に逮捕・起訴され、09年執行猶予付き有罪判決が確定。13年6月執行猶予満了。著書は「国家の罠」「自壊する帝国」「外務省ハレンチ物語」「交渉術」など多数。
◆プレゼント 佐藤さんの直筆サイン入り「官僚階級論」を3人に。希望者は、はがきに〒住所、氏名、好きな作家、BOOKセレクトの感想を書いて、〒108―8485 報知新聞社文化社会部「佐藤優」係まで。4月6日の消印まで有効。当選者発表は発送をもって代えます。
▼「2020年世界経済の勝者と敗者」(ポール・クルーグマン、浜田宏一、講談社、1728円)
ノーベル経済学賞受賞者とアベノミクスの理論的指導者による近未来の世界経済予測。米国の出口戦略、アベノミクス、欧州の緊縮財政とユーロの呪縛、中国バブルの深度と4つの観点から分析している。生き残るのは米国か日本か、それともEUか中国か。
▼「原節子の真実」(石井妙子、新潮社、1728円)
引退後は姿を消し、昨年6月に亡くなった伝説の女優、原節子の本格評伝。3年以上の歳月をかけ、埋もれた肉声を掘り起こし、ドイツや九州に痕跡をたどって鮮やかに浮かび上がったのは、わずか14歳で女優となり背負った「国民的女優」の名と激しく葛藤する姿だった―。貴重な未公開写真などを多数収録。
▼「武蔵無常」(藤沢周、河出書房新社、1620円)
巌流島での決闘を前に旅宿に入った武蔵は、宿の女の誘惑を受ける。そして女の目には武蔵の姿の背後に謎の僧侶の姿が…。剣道4段の芥川賞作家が、これまで多くの作品で描かれてきたイメージとは異なる武蔵像に挑戦。巌流島の決闘に至るまでの濃密な2日間に迷いと悔いに揺らぐ殺人剣の神髄を込めて描いた意欲作。