障害者雇用の新たな制度がスタートするなか、多くの職場には戸惑いがあるのが実情です。障害のある人と一緒に働くためには、何をすればよいのでしょうか? 企業の担当者、就労支援の専門家、弁護士たちが、企業で障害のある人を雇うために必要な知識やノウハウを語った『今日からできる障害者雇用』(弘文堂)から、内容の一部をご紹介します。(シノドス編集部)
Q1 なぜ、障害のある人を雇う必要があるのですか?(東奈央)
コンプライアンスとしての障害者雇用
障害のある人には、長い間、差別・排除されてきた歴史があります。現在はさまざまな法律などが、障害のある人を社会に受け入れることを促していますが、障害のある人の社会進出は十分ではないのが現状です。
障害の有無にかかわらず、すべての人が1人の個人として生活できる社会にするためには、社会が障害のある人を積極的に受け入れることや、企業が障害のある人を積極的に雇用することが非常に重要です。そのために、障害者雇用促進法は、企業や地方公共団体などが、障害のある人を雇用する義務を定めています。
企業にとって、コンプライアンスは社会の一翼を担う上でも不可欠です。障害者雇用促進法が定める法定雇用率を下回らない割合で障害のある人を採用することは、企業の社会的責任の1つを果たすことになります。
また、障害者雇用は、企業の社会的なイメージを考える上でも重要です。多くの企業が、障害のある人も働きやすい職場環境を整え、法定雇用率を守って障害者雇用を推進している一方、それができていない企業があれば、企業としてのイメージにも影響します。
社会にはさまざまな人がいる
障害のある人といっても、WHOの統計では10%、日本の統計では6%といわれるように、身近にいても不思議ではありません。
私たちの暮らしは、多種多様な人によって構成されています。子ども、若者、高齢者、男性、女性、セクシュアル・マイノリティと呼ばれる人など、本当にさまざまです。
現在、日本は超高齢社会に向かっています。1980年代後半の65歳以上の高齢者人口は約10%でしたが、2014年には26%となり、75歳以上が13%といわれています。こうした高齢社会が進むとともに、高齢者の就業率も年々増え、高齢者が暮らしやすい制度や環境整備も進められています。30年ほど前には、こんなにたくさんの高齢者が働く社会など、考えられなかったのではないでしょうか。
私たちはそれぞれ、身長も、体の大きさも、性格も、癖も、余暇の使い方も、価値観も、育った環境も異なります。障害の有無、高齢か否かにかかわらず、人の暮らしを豊かにしていくには、人それぞれの個性を尊重し、足りないところを補い合い、能力を活かし合うことが大切です。高齢社会をきっかけとしたバリアフリーが、その子ども世代の暮らしやすさにもつながっているように、多様な人のニーズに応えることは、多くの人の暮らしやすさを実現することにつながるのです。障害のある人にも、障害のない人にも、誰にとっても使いやすいユニバーサルデザインは、多様な社会が産んだものともいえます。
たとえば、電車内で行き先や停車駅などの情報が表示される電子案内板は、聴覚障害のある人にとってだけでなく、初めてその電車に乗る障害のない人にとっても、非常に便利です。
障害のある人と働くことは、障害がない人や自分には障害はないと思っていた人にとって、新たな仕事のアイデアをもたらしてくれるはずです。障害の有無にかかわらず、1人ひとり、得意なことや癖やこだわりがあります。障害のある人を雇い、一緒に働くことで、障害のある人に向けられた配慮が、他の従業員の働きやすさにもつながるかもしれません。
Q2 採用計画はどのように立てればよいですか?(川地政明)
採用人数はどのように決めるか
これから障害者雇用を始める場合、何からやればよいかわからない企業もあるでしょう。基本は仕事が前提ですので、まず「仕事上必要な人数は何人か」ということから考えるとよいでしょう。
また、障害者雇用の大きな指標となる法定雇用率を達成するという目標を設定し、現状の不足人数を算出した上で、その人数を一定の期間で採用していくといった考え方もあります。
採用する職場や業務内容はどのように決めるか
仕事の内容や量を見極め、必要な人数を見積もりましょう。仕事をリストアップして、仕事を切り出し、振り分ける作業を行うと効率的です。採用人数が先に決まっている場合には、それに合わせて仕事を割り当てていくことも考えられます。
障害のある人の場合、最初の時点では、障害のない人と同じように仕事をこなすことは、すぐには難しいかもしれません。その後の状況に応じて、仕事の内容や量を調整していくとよいでしょう。
採用方法
具体的な採用人数と業務内容が決まった後は、いよいよ障害のある人の採用のステップです。その際、どのような障害の種類(身体障害、知的障害、精神障害など)の人を雇用したいかのイメージがあるとよいでしょう。
採用段階では、まずは、求人票を作成し、無料のハローワークや有料の民間の人材紹介会社に提出します。就職希望者から申し込みがあった場合には、面接・採用に向けた段取りを組みます。面接のみでは判断が難しい場合は、トライアル雇用制度を利用して、実習生として受け入れることも1つの方法です。
トライアル雇用制度とは、障害のない人の紹介予定派遣と似た制度で、2~3か月の期間、有給での契約を結んだ上で、実際に働いてもらい、その仕事ぶりを評価して採用を決められるという仕組みです。トライアル雇用中に問題が発生した場合には、契約期間満了として雇用契約を更新しないこともあります。
さまざまな機関や制度を使いこなす
さまざまな機関や制度を使いこなす採用計画を立てる上では、自社だけでなく、外部の専門機関や公的な支援制度を使うとよいでしょう。企業にとっても障害のある人にとっても、よりよい職場を生み出すことができます。
とくに、ハローワークとの連携や、障害のある人の就労支援機関である障害者就業・生活支援センターとのつながりを作ることも重要です。障害者就業・生活支援センターから就職希望者を募ることもできますし、職場への定着支援の協力をしてくれることもあります。採用後も、就職支援を目的として、地域障害者職業センターからジョブコーチという障害者雇用の専門家を派遣してもらうことで、さまざまな相談をすることもできます。
企業も障害のある人も安心して仕事をするには、就職のあっせんにかかわった障害者就業・生活支援センターや就労移行支援事業所などから、就職前の本人の経歴や特性を聞いておくとよりよいです。
このように、障害者就業・生活支援センターなどの支援機関を採用計画の段階から活用することが、障害者雇用を成功させるためのポイントです。
障害者雇用を始めるにあたって、ほかにもこんな疑問に答えます。
Q 障害のある人と一緒に働くことで、職場にどのようなメリットがあるのですか?
Q 採用前に実習生を受け入れるという仕組みがあると聞きました。実習にあたって、何か気をつけることはありますか?
Q 障害のある人にどのような仕事を用意すればよいですか? また、現在の業務をどのように割り振ればよいですか?
Q3 障害のある従業員を雇うことは何となく不安ですが、どのような雇用形態で採用すればよいですか?(東奈央)
さまざまな働き方がある
雇用形態は、障害のない人の雇用形態と同じように考えましょう。
障害のない人の場合、正社員、契約社員、期間従業員、派遣社員、アルバイトなどの雇用形態がありますが、それらは障害のある人にもあてはまります。
障害のある人の場合、障害者雇用促進法によって、企業の規模に応じて、雇用すべき従業員数に占める障害のある人の割合(法定雇用率)が決められ、その割合を最低限守ることが決められています。
雇用率の対象となるのは、原則として、所定労働時間が週30時間以上の常用雇用労働者(期間の定めのない場合や、期間の定めがあっても契約が更新されるなど1年より長く雇用が見込まれる場合)です。短時間労働者(週に20時間以上30時間未満の労働者)については、1人を0.5人とカウントし、重度障害者の場合は1人を2人とカウントすることがあります(これを、「ダブルカウント」と呼びます)。
所定労働時間数の条件をクリアすることを前提として、雇用率の対象となる雇用形態には制限はなく、正社員も派遣社員もアルバイトもすべて含まれます。
すぐに正社員にしなければならない?
仕事は、その人の生活を支える大切なものです。仕事による収入は生活をしていくために不可欠ですし、それに伴う雇用保険や健康保険などの社会保険も、生きていく上で重要です。
そのため、障害のない人と同じように、収入や地位はより安定した方が望ましいことはいうまでもありません。障害のある人が働くときにも、給料が安定し、社会保険制度などが充実している正社員として就労する方がよりよいことは確かです。できるだけ最初から、正社員として働ける道を用意することが理想です。
ただ一方で、最初から正社員として働くことは、企業にとっては大きな経済的負担になることもあります。また、周囲の同僚とのバランスや経験不足などから、障害のある人自身が、逆にプレッシャーや不安を感じてしまう場合もあります。そうなってしまうと、仕事が安定せず、継続的に雇用されることが難しくなってしまうこともあるでしょう。その点では、まずは契約社員としての雇用やトライアル雇用制度を利用しながら、正社員への登用を行うことも考えられます。
また、職場内で従業員同士がよい関係を築くことや、障害のある人への偏見を防ぎ同僚の理解を得るためにも、正社員登用にあたっては本人の仕事ぶりを点数化して評価するなど、客観的な指標を用いることも1つの方法です。こうしたことは、障害者雇用に限らず、障害のない人の雇用の場合も同様といえます。
ただ現実には、障害のある人については、本人は正社員登用を希望しているのに、いつまでも契約社員や期間従業員として働かざるを得ないケースが多く見られます。障害のある人1人ひとりの希望や仕事の状況を踏まえつつ、正社員になりたい人がなれるような制度づくりが大切なのは、障害のある人も障害のない人も同じです。
採用活動にあたって、ほかにもこんな疑問に答えます。
Q 採用時に障害の種類を限定して募集してもよいですか?
Q 障害のある従業員について、他の障害のない従業員とは別の給与体系を設けてもよいですか?
Q 採用募集を行うには、どのような連携先や媒体を活用すればよいですか?
Q4 障害のある従業員が入社することになりました。労働時間や休憩時間を設定する上で、とくに気をつけることはありますか?(青木志帆)
まずは本人の障害の特徴をよく知ること
障害といってもさまざまですので、必ずしも労働時間や休憩時間の配慮が必要とは限りません。本人や支援者から本人の障害の特性をよく聞いて、休憩時間への配慮が必要かどうか、どのぐらいの配慮があれば無理をすることなく働けるかを考えます。一見、障害のない人には気づかないところで、時間的な配慮が必要な場合も考えられます。採用する段階で、日常業務の流れを一度シミュレーションしてみてください。思わぬところで配慮の必要性に気づくかもしれません。
労働時間に注意した方がよい障害の例
労働時間の長さに注意した方がよい人としてあげられるのは、精神障害の他、内部障害、難病などの病気に由来する障害のある人です。肢体不自由のある人の場合も、その原因が病気にある場合には、体力的に自信のない人もいます。フルタイム勤務はできるがそれ以上の残業は原則難しい、1日6時間程度の時間短縮勤務ならば大丈夫、などといった事情がそれぞれあります。
また、視覚障害のある人や車いすを使う人の場合は、満員電車での通勤にはどうしても危険が伴いがちです。無理に通勤時間帯のピークに出勤をすると、人が多すぎてホームから転落しそうになったり、物理的に車いすでは電車に乗ることもできなかったりして、通勤が難しい場合があります。そこで、勤務開始時間を考えながら時差通勤を認めることも1つの解決策です。
休憩時間に注意した方がよい障害の例
労働時間の場合と同様に、精神障害のある人や病気に由来する障害のある人など、体力的な配慮を必要とする障害の場合、休憩時間への注意が必要です。また、知的障害のある人や発達障害のある人の場合も、集中力を長時間持続させるのが苦手な場合があります。
本人の実力を最大限発揮できるようにするためにも、どのような特徴があるのか、本人あるいは支援者と一緒によく見極めることが大切です。
一般的に、昼休みは正午から45分から60分の時間、また午後に15分程度の休憩時間が設定されていることが多いです。ただ、疲れやすい人の場合は、1回あたりの休憩時間を短めにして、休憩の回数を増やした方が少ない負担で働ける場合もあります。
個別に労働時間を変更することになったら
障害のある人と日常業務をシミュレーションした結果、変則的な時間設定をした方がよいとなった場合、就業規則とは異なる労働条件を設定することになります。その場合、どのような労働条件であるかを文書にして、障害のある人に伝わるようにわかりやすく説明することが必要です。
入社にあたって、ほかにもこんな疑問に答えます。
Q 障害のある従業員が入社することになりました。休暇などの決め方は、障害のない従業員と変える必要はありますか?
Q 通勤について、企業は、障害のある従業員に何か特別な配慮をする必要はありますか?
Q 配属を決める上で、どのようなことに気をつければよいですか?【次ページにつづく】
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