経営不振が続く電機大手のシャープが、電子機器受託生産の世界最大手、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下に入る。

 自動車業界とともに日本の製造業を支えてきた電機業界で、大手が丸ごと外資に買収されるのは初めてだ。

 同じく経営危機にある東芝が、冷蔵庫など白物家電子会社を中国の大手・美的集団に売却する動きとあわせ、グローバルな競争の激しさを物語る。

 両社の再建・再編案作りは一時、日本政府が大株主の官製ファンド、産業革新機構が主導するかに見えた。機構の旗振りでソニーなど大手3社の液晶事業を集約して発足した会社にシャープの液晶部門も統合し、シャープと東芝の家電事業を合わせて巻き返しを図る。そんな案が有力になった時期もあった。

 資金力が豊富な鴻海が、それを退けた形だ。どの案が正解なのか、一概に判断は難しい。だが競争の舞台が世界へと広がるなか、「日の丸」を前面に掲げるような構想には限界がある。

 経営危機に陥った両社については、一方で経営陣の責任を忘れるわけにはいかない。ともに人事抗争もからんで、抜本的な立て直しに乗り出すのが遅れたという問題である。

 シャープでは、液晶への集中と大型投資が裏目に出た後も、小粒な対策に終始した。東芝では、経営陣が「チャレンジ」というかけ声のもとで極めて高い収益を求め、不正会計がはびこる事態になった。

 両社の経営陣の念頭に雇用の確保があったことは想像に難くない。株主や取引先、製品の購入者、地域社会などとともに、自社の従業員も大切な関係者であり、日々の活動と発展への原動力でもあるからだ。

 しかし、不採算事業をずるずると続けていても傷口を広げるばかりで、従業員をより厳しい状況に置くことになりかねない。シャープと東芝のここ数年の迷走がそれを示している。

 ある会社が持てあました事業を他社に売却し、結果として、より多くの雇用を生んだ例は珍しくない。民間のファンドや金融機関の力も借りながら、まずは自ら再編の可能性を探る。それが経営者の責任だろう。

 日本の電機大手は似たような事業を抱え込み、内向きの競争を続けてきた。それが退潮への一因となったのは確かだ。

 だからと言って、官製ファンドに再編の旗振りを任せる理由にはならない。

 民間が発想し、行動する循環を生んでいかないと、経済の活性化はおぼつかない。