“子どもが寝ない” 親の悩み
世界中の親たちの悩み
スウェーデンの科学者が書いた絵本「おやすみ、ロジャー」。子うさぎが眠りにつくまでの様子が描かれています。読み聞かせると子どもが寝てくれると、親たちの間で評判を呼び、世界15か国で発行されています。
日本でも、去年11月に書店に並ぶと絵本としては異例の75万部が発行されました。子どもの睡眠は、世界各国の親にとっても共通の悩みとなっています。
寝られない子どもが急増
睡眠障害の治療が必要な子どもも少なくありません。そうした子どもを抱える親たちの駆け込み寺ともなっているのが、兵庫県神戸市にある「子どもの睡眠と発達医療センター」です。睡眠障害の子どもが最先端の治療が受けられる専門施設です。
この1年に訪れた新規の患者はおよそ500人と、前の年に比べて1.5倍と急増しています。そのほとんどが、夜中まで寝付けず、寝ても数時間程度で起きてしまうという悩みを抱えています。
インタビューに応じてくれた親たちは、子どもたちが「2時くらいまで寝なかったり、夜起きて昼寝るという感じで、生まれたときから逆転している」とか、「2歳前くらいから急に夜中にパッと目を開いて、わーっと泣いてパニック状態になってしまう」など、子どもにとっても、親にとってもつらい状況を語ってくれました。
「概日リズム睡眠障害」
センター長をつとめる医師の小西行郎さんは、診察する子どものほとんどに、ある共通する症状がみられると話します。「概日リズム睡眠障害」という症状です。睡眠を促すホルモンの分泌が乱れることで、眠りのリズムが崩れるというものです。
本来、人間は夜になると眠りを促すホルモンが分泌され、朝になると覚醒を促すホルモンが分泌されるようになっています。夜更かしや不規則な生活で、このホルモンの分泌のリズムが乱れると、十分な睡眠を取れない状態になってしまうのです。
小西さんは、子どもの発育にも影響が出かねないと指摘します。成長ホルモンが最も分泌されるのは、午後10時からの4時間程度と考えられています。寝る時間が遅くなれば、成長に大切なこの時間帯を逃してしまうからです。
大切な睡眠のリズム
この病院に2年前から通っている6歳の女の子がいます。3歳のときに発達障害と診断されました。通院を始めたのは、夜なかなか寝付けず、午後になると疲れて活動できない娘を両親が心配したためでした。
小西さんが両親にまず指示したのは、子どもの睡眠状況の把握でした。「睡眠表」に寝ていた時間を黒く塗りつぶし、起きている時間と寝ている時間を整理して記入してもらいました。 女の子が通院開始からまもない頃の「睡眠表」を見ると、夜寝る時間が遅く、深夜零時すぎに就寝することもしばしばでした。1日の平均睡眠時間は8時間30分と、この年齢の子どもに必要とされる10時間前後に届いていませんでした。
もともと、生後まもない子どもには、「日中は起きて、夜は寝る」という睡眠のリズムはありません。1日の間に、何度も寝たり起きたりを繰り返しています。それが成長とともに昼と夜の区別がつくようになり、2歳ぐらいまでに夜まとまって寝るようになります。
この女の子の場合、「朝方に寝つき、昼すぎまで寝るという感じだった」と母親が振り返るように、睡眠のリズムが作られていませんでした。
乱れたリズムをどう解消
睡眠のリズムが乱れた子どもにどうやって正しいリズムを取り戻すのか。小西さんが徹底しているのが、親への睡眠指導です。女の子の両親も指導を受け、生活を見直しました。
親子そろって朝8時には起床。日中は外に出て運動し、夜8時には寝かしつける。2年間にわたり、家族全員で睡眠リズムの改善に取り組んだ結果、不規則だった女の子の睡眠は規則正しくなり、睡眠時間も10時間以上確保できるようになりました。母親は、「睡眠がとれるようになって体力もついてきたし、精神的にも落ち着いてきた」と語っていました。
小西さんは、世の中が夜型になるなか、子どもの睡眠は社会全体で取り組む課題だと指摘します。「お母さんだけに夜8時には寝かせるようにと言っても無理な状況になっている」といいます。
脳の発育に悪影響も
睡眠リズムの乱れは、子どもの脳の発育に悪影響を及ぼしかねないと警鐘を鳴らす専門家もいます。30年にわたって子どもの睡眠について研究をしてきた熊本大学名誉教授の三池輝久さんです。
子どもの脳の発育を促すのは、主に、脳の下垂体から分泌される成長ホルモンと脳幹から分泌される神経伝達物質の2つです。この2つの物質の分泌は、就寝のおよそ1時間後から始まります。三池さんは、睡眠のリズムが乱れ、1時間や2時間といったこま切れの睡眠になると、これらの物質が十分に分泌されず、脳の発育に影響が及ぶのではないかと考えています。
三池さんは、「脳は眠りから始まると言われていて、眠っている間に神経も構築される。
眠りの働きを真摯(しんし)に考えないと、痛い目にあう」と、眠りの重要性を語っていました。
「寝る子は育つ」の本当の意味
「子どもの睡眠と発達医療センター」の小西さんは、睡眠のリズムは2歳ごろまでにつくることが大切だと強調しています。「睡眠表」などでも改善しない場合は専門の治療を受けてほしいと話していました。
「寝る子は育つ」と昔からいわれています。それは、長い時間寝ればよいというのではなく、規則正しい睡眠や適切な時間に寝ることが大切なようです。