映像’16「“自主避難”〜原発事故から5年・真実と風化」 2016.03.28


(ナレーション)
5年前の東日本大震災に伴って起きた「東京電力」福島第一原発の事故で大量の放射性物質が環境に放出されました
福島県をはじめ東日本の広大な地域には一般人の立ち入りが制限される放射線管理区域にしなければいけないようなレベルの汚染が広がりました
福島第一原発周辺で年間の放射線被ばく量が20ミリシーベルトを超える強制避難地域には5年がたっても住民は戻ることができません
住宅地や農地には除染で出た放射性廃棄物が入ったフレコンバッグが大量に積み上げられています
一方福島市や郡山市など強制避難地域外の町では事故などまるでなかったかのような日常の風景があります
しかし町なかを見ると家々の軒先には除染で出た土がやはり持っていき場のないままシートに覆われて置かれています
郡山市在住だった森松明希子さんは夫を残して子供2人と共に遠く離れた大阪市に避難しています
この5年で人々の原発事故の記憶が薄れてきていると強く感じています
もう帰れるようになったんじゃないとかだいぶ落ち着いたとか終わったって思われるかもしれないけれどもそういう所で福島の人は住んでいる。
5年前に世の中の人が全員「東京電力」福島第一原発の事故を目撃してるはずなのに知られていない。
荒木田岳さんは福島市に1人残って妻と子供2人を新潟市に避難させています
避難者を取り巻く状況は5年を過ぎた福島でますます厳しくなってきているといいます
現状維持の圧力というかね。
なんでもなかったことにしたいってことじゃないっすかね。
国や福島県は今避難している人たちを地元に帰還させようとする政策を推し進めています
それを拒めば切り捨てられその存在を見えなくされてしまいます
人に被ばくを強要する立場とそれに反対する立場だと。
あんたはどっちに立ちますか?人の命や健康よりも大切で守られなければならないものはあるのでしょうか?
強制避難地域外からの避難いわゆる自主避難をしているふた家族の苦難の記録を通して原発事故から5年の真実と風化を見つめます
原発事故の爆発のニュースも見たんですけれどもすごい恐怖なんですね。
原子力発電所が水素爆発を起こしたようだみたいなその映像が入ってくるんですけれども当時の官房長官の人がテレビの画面でえっと「健康に直ちに影響はない」そういうふうにおっしゃってそれと爆発の映像がずっと流れ続けているんですけれども国民をパニックに陥れないようにしているだけなんだろうなって思ってました。
ただその当時はほんとに原子力発電所が事故を起こしたらやっぱり近い所から順番に放射能っていうのは近づいてくると思うので順番に…順次近いとこから順番に人々を逃してくれるものだと信じていました。
原発事故発生直後の様子を語る森松明希子さん
当時夫と共に3歳と0歳の子供を連れて郡山市内の避難所に身を寄せていました
避難中の育児日記にはこう記されています
「原発心配で外へは1歩も出ず」。
「水にヨウ素の報道。
ちょっと心配」。
避難所に赤ちゃんがいるからっていって行政から別にペットボトルが1本ずつとかね配られるわけではないんですね。
夫と相談しました。
「これ放射性物質出てるから飲まない方がいいよね?」って夫に言ったら夫も「そうだね」って。
だけれどもこの水飲まないと私の下の娘は母乳でしか栄養とれないし赤ちゃんなのでおっぱいしか飲めないんですね。
なのでもうしょうがない飲むしかないよね。
健康に直ちに影響はないかもしれないけども将来健康被害が出るかもしれないっていう覚悟をして私は飲みましたし。
原発事故の2か月後子供の被ばくを心配した森松さんは郡山市を離れ親類のいる大阪市に母子で避難しました
ねえ二人食べてる?
(明暁くん)うん。
長男の明暁くん長女の明愛ちゃん
二人の子育てを一人で行う日々が始まりました
(着信音「カノン」)あっ来ました。
あっお父さん。
あっお父さんから電話です!どっちでしょうか!?順番並んでくださ〜い。
ケンカしないでね。
はいどうぞ。
お父さ〜ん。
(暁史さん)もしもし?風邪治った?ううん。
「治ったよ」って。
治ったよ〜。
(暁史さん)治った?ああそうよかったね。
お熱下がった?うん下がった。
(暁史さん)下がった?明愛ちゃんお父さんだよ。
(明暁くん)お仕事頑張ってね。
じゃあ明愛ちゃんに替わります。
明愛ちゃん!おいで。
もしもし?今日…今日も…今日も明愛自分で食べれた…食べれれた。
うそついてる。
(暁史さん)自分で食べれたの?偉いなぁ。
何食べたの?何食べたか教えてあげて。
私は私で大阪では大変だけどまあ子供たちがいるし何しろこの目の前の子供たちの健康を守るために避難しているからそれは…目の前に子供がいるから我慢もできるんですけど夫なんかはねただほんとにその避難生活を続けさせるために働いて…。
守るべき子供は目の前にはふだんいないわけですからどうやって精神状態保ってるのかなと思って。
福島市に住む荒木田岳さんは国立福島大学で地方行政を専門に教えています
原発事故後荒木田さんは「学生たちを被ばくさせることになる」と授業の再開に反対しました
放射線量がすごく高かったし汚染の度合いもかなりひどいと思ったんです。
その場に学生を置くのはよくないだろうっていうのが私の判断ですよね。
少しでも危険は避けられるわけだから避けた方がいいしそういうことを考えるべきだというふうに僕自身は思いました。
しかし大学側には聞き入れられず事故後2か月で授業は再開されました
普通に暮らしてて特に何も不安はないですね。
なかなかその数字を見てもこの数字だから高いっていうのもあまり自分の中で分かってないっていうのもあるんですが。
もう周りも大丈夫みたいな雰囲気になってきたんで安心してますね。
授業に臨むということ一つがやっぱりストレスなんですよ。
いや不本意だから。
ここで…結局残って授業やってるっていうのは周りの人の危機感をそぐことにもつながるしね。
「あいつはなんだ?被ばくを避けた方がいいと言いながら自分はずっと福島に居続けてる」っていう矛盾ですよ。
荒木田さんは原発事故後妻と2人の子供を妻の実家がある新潟市に避難させ今は大学の官舎で1人で暮らしています
ほんとは週1ぐらいで帰りたいんですけど…。
だから2〜3週間会わないときもありますよ。
今回だってまあ1週間以上は帰れないんですよね特に今すごい忙しいんで。
う〜んまあ2週間空けちゃうのかなぁ。
(美織さん)五色沼です。
鴨だ!よし鴨鍋だ。
(美織さん)いいお天気です。
よ〜し鴨だ。
これは原発事故前に撮影した家族団らんのひとコマです
(美織さん)おっあれが磐梯山。
はいひと言。
陸初めてのボートはどうですか?楽しかった?楽し…あっ。
楽しい?楽しい。
綾はどっちですか?
(美織さん)綾ちゃん。
初めての…。
(美織さん)楽しい?楽しい。
見せて。
見えない。
いや娘がねほんとおっきくなるのが早いんで。
2歳だった娘が今5歳ですけどものすごくおっきくなってるんですよね。
でその過程はどうだったかっていうとなんかあまり記憶がなくって。
なんかポンポンとおっきくなってるなぁっていう感じがするんですけど。
うんなんかその間の…。
そうですねうまく面倒見てやれなかったっていうかそういうのはありますね。
そうねやっぱ失ったものはおっきいっすね。
これは福島第一原発事故で政府が決めた強制避難地域です
森松さんのように決められた地域外から避難するのはいわゆる自主避難とみなされます
自主避難者は福島県の推定でおよそ9000世帯2万5000人とされていますが正確な数字は県もつかめていません
「東京電力」からの賠償金について原子力損害賠償紛争審査会が定めた中間指針においては同じ避難者でもその金額に大きな差があり自主避難者は賠償金で生活を賄うことはできません
国が例えば年間20ミリっていうそういうラインを引いたりとかそういう数値があるのでそれに該当しない地域から出てくるイコール勝手に神経質に出てったとかそういう扱いでもうその人たちの方が悪いような感じを私は受けることもあるので。
「大丈夫なんでしょ」っていうふうに言われて…。
自分はやっぱり怖くて逃げてきているしこの先どんな被害が出るのかも分からないのに「大丈夫なんでしょ」っていうひと言で受け入れてもらってないっていう孤独感を感じて。
このままでは自主避難者の存在が否定されていく
そして原発事故はなかったことにされてしまう
この日関西に避難している自主避難者ら27世帯80人が「東京電力」と国を相手取り避難の権利と損害賠償を求める集団訴訟を起こしました
森松さんは訴訟の原告代表にもなりました
この訴訟では私たちの子供たちも原告になります。
子供たちは自分で今の状況を世の中に訴えたり父親と離れて暮らすことがさみしいからなんとかしてくださいと国に訴えたりすることはできません。
私は親として母親として子供の代弁者となってその子供たちが言えないこともきちんと国に訴えていきたいと思います。
ふふっふふっ。
(スタッフ)おはよう。
郡山を離れてから3年がたち森松さんの長男の明暁くんは避難中の大阪市の小学校に入学しました
原発事故後の2か月間福島にいた明暁くんと明愛ちゃんは放射線の影響を受けやすい甲状腺に異常がないか定期的に検査を受けています
・ないですけどね。
ないないないない。
うん。
・喜んでいいですよ。
福島県が原発事故後に行っている県民健康調査ではこれまでに甲状腺がんと確定された人数が100人を超えています
しかし県は「事故による放射線の影響とは考えにくい。
過剰診療の結果だろう」としています
そうですねほっとしました。
よかったです。
まさか…。
そうですねはい。
ちょっと言葉がない感じですけどほんとに安心しました。
安心したけれどもでも1年後にはまた調べないといけないしそのときにねもしかしてあったりとかするとまた嫌な感じなんですけど。
国の基準は…
しかし福島県では原発事故後避難地域を決めたり解除する基準が年間20ミリシーベルトに設定されました
1ミリシーベルトは除染によって達成する目標値とされています
森松さんの夫・暁史さんは郡山市内の病院で内科の勤務医として働いています
妻と子供の避難には理解を示しています
(スタッフ)今日は鍋ですか?今日ですか?そうです。
あとでちょっと切り身を買ってきて…。
(スタッフ)大阪へ月にどのぐらいの頻度で…。
今月はまあ45と行って…あっ34か。
34と行って次が10月31日なのでまあ2回ですかね。
結構間空いちゃいますけど。
1か月にいっぺんぐらいですね。
自分としては結構疲れてきましたね。
行き帰りの交通等々でもやっぱり5年前と比べるとそれなりに年を取っているので新幹線で行き来しても疲れちゃいますし…というのはありますね。
前はなんてことなかったんですけど。
家族ばらばらの生活を始めてから5年が過ぎ最近では周りからどうして家族を避難させているのかと聞かれることが多くなってきたといいます
(スタッフ)「なんでここで暮らさないの?」って言われたときにはどういうふうに答えられてますか?いやいやもう向こうが生活拠点だから。
まあ言葉からしてすでに…。
上の子はこっちいたときは完全な郡山弁でしたけど僅か半年ぐらいで完全に関西弁になっちゃいましたからね。
下の子は言語習得自体が河内弁なので。
ふふっ。
関西の子たちですよね生まれはこっちでも。
そう割り切るしかないのかなと。
(スタッフ)お子さんと奥さんが大阪…。
(着信音「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」)
(スタッフ)あっどうぞどうぞ出てください。
今おうちにいるよ。
(明暁くん)えっ?今おうちにいるよ。
おうおうおう神戸行ったん?うん。
ん?ポートタワー行ったん?
(明暁くん)遠足。
遠足行ったん?よかったね。
面白かったね。
(明暁くん)ポートタワーの中にも入った。
ポートタワーの中入ったん?神戸の。
(明暁くん)うん。
福島大学で教べんを執る荒木田さんは週末車で家族がいる新潟市へと向かいます
(スタッフ)やっぱり新潟帰るときっていうのは気分がふだんと違う感じですか?うん。
なんかやっぱりね解放された感じはしますよ。
(スタッフ)それはやっぱり福島での生活がかなりストレス?うん。
しんどいっすね。
ただいま。
(綾ちゃん)おかえり〜。
避難先の住宅は国の災害救助法に基づいて避難者を受け入れている新潟県が民間から借り上げて無償で提供しています
戻りました。
妻の美織さんと長男の陸くん
そして長女の綾ちゃん
1週間ぶりに家族全員で食卓を囲みます
(スタッフ)やっぱりお父さんが帰って来られるとお子さんたちも違いますか?
(美織さん)そうですねなんとなくお兄ちゃんがとっても…。
(綾ちゃん)怖い。
(美織さん)うれしそうだし。
怖いとか言うな。
ははははっ。
(綾ちゃん)陸が綾に怖いよ。
(美織さん)うんそうね。
お父さんの代わりに怒り役をしてくれてるからねふだんね。
最近特にそうね。
(綾ちゃん)役しなくてもいいんだ。
(美織さん)あるときからすごくそうなったね。
(綾ちゃん)怖いもん陸。
お父さんみたいに怖いもん。
ふふふふっ。
(綾ちゃん)ああ〜撮んないで。
それはカットしてね。
ははははっ。
しかしこの住宅の無償提供の期間は国の災害救助法で震災発生から2年のみとされその後は福島県の要請で1年ごとに延長されてきました
自主避難者はいつ支援が打ち切られるか分からない不安定な状況に置かれています
震災後に人口が減少した福島県は県民の帰還を促しています
県としましてはですね先ほどお話ししましたとおり除染とかあるいはインフラの整備とかあるいは放射線に対する不安の払拭とかですねあるいは健康管理とかもあるかもしれませんがそういった安心して戻ってきてもらえる体制を早急に進めてですねそういった情報をお流しして戻ってきていただくと。
「復興の加速」を掲げる国は県の帰還呼びかけについてひと事のように話します
これについては避難者の状況ですとかあるいは帰還できるような状況だとか福島県内の状況ですねそういったところなんかも踏まえながら福島県としてはいろいろ判断されたんじゃないかなと思っております。
僕は職場に不満があるわけでもなく…。
福島大好きだしね。
だけどやっぱり今の状況からすると家族と暮らすにはねほかの所で…ってなるんですよ。
でもそう思うとそれは「あんたそう思うだけでしょ?そう思うんだったら自分でなんとかしなさい」っていうそういうサイクルでね物事が回ってるんで。
だからそれがいちばん腹立たしいというか。
(スタッフ)帰還政策といわれるものを国…自治体はやろうとしてるわけですけどもこのあたりはどうですか?あれはまずいですよね。
あれやると結局帰って来ないですよね。
お父さんが妻子のもとへ行くっていうのが促進されちゃいますよね。
(スタッフ)逆効果?逆効果ですよ。
福島から働き手がどんどんいなくなっちゃいますよね。
最悪僕が向こうに行くしかないとは思ってますけど。
森松さん一家は避難生活の長期化を見据え大阪市内に中古の分譲アパートを見つけて入居しました
将来に備えていた蓄えを使ったのです
住宅があるから避難できてるんだっていう人は実際いますしやっぱそれが不安で心穏やかでない乱れてる人もいますね。
いろいろいます避難者の中では。
ふるさとの自宅に帰ることもできず避難先の不慣れな環境で歯を食いしばって生きる自主避難者にとって住宅の無償提供は命綱とも言える支援でした
しかし去年6月自主避難者の住宅の無償提供は2016年度末で打ち切られることが決まりました
森松さんたち避難者が「東京電力」と国の責任を問うている裁判は提訴以来これまで8回の弁論が行われました
この日は明暁くんと明愛ちゃんも原告席に座りました
法廷では原告側が森松さんら避難している当事者の意見陳述をして裁判官に肉声で事故の責任と避難の権利を訴えかけるのに対し被告側の「東京電力」と国は一切しゃべろうとしません
答弁はすべて書面で行っています
「東京電力」は書面による答弁で例えば次のように述べています
「被告東京電力は本件事故発生時点における最新の科学的知見をもってしても本件原発の所在地において本件地震及びそれに伴う大津波が発生することは予見できなかった」。
「かかる巨大地震・巨大津波によって発生した本件事故につき被告東京電力に故意又は過失はない」。
裁判で原発事故は不可抗力だったかのように答弁する「東京電力」
しかし一方で自社のホームページではこう言っています
私たち「東京電力」はこの事故を天災で片づけてはならないと考えています。
私たち「東京電力」は今回の事故を本来事前の備えによって防ぐべきものを防げなかった事故であると考えその要因として安全意識技術力対話力の不足があったと反省しています。
広く国民に見られるところでは真摯な反省を口にし裁判ではまったく逆の言葉で責任逃れをする
これでは二枚舌と批判されてもしかたありません
心はあるのかなって思います。
能面みたいな顔でどんな気持ちでやっていらっしゃるんだろうって。
自分が福島に住むか住まないかっていう選択を迫られてない人が結局そういう被告側になってるわけですし。
なのでぜひ裁判長には自分の身に置き換えて…それこそ法律と良心ですか。
裁判官の良心って…人間としての良心に従って判決を…ほんとに事実を見てほしいですよね。
森松さんは原発事故後毎年夏休みにボランティアバスを利用して大阪から郡山市に一時帰宅しています
持っとくわ。
(スタッフ)明暁くんおはよう。
おはよう。
どうでした?バスの旅はどうでした?
(暁史さん)おもろかった?
(スタッフ)でもまあお盆はいつもこうやって?
(暁史さん)そうですねうん。
でも郡山でみんなそろうのはお正月ぶりなので8か月ぶり。
(スタッフ)だいぶやっぱり大きくなられましたよね。
(暁史さん)大きくなりましたね。
頼もしくなりました。
(スタッフ)ああ〜。
磐梯山見えてます。
明暁。
郡山滞在中に家族みんなで小旅行に出かけました
行き先は福島県内では比較的放射能汚染が少なかった会津地方です
明愛ちゃんお魚見に行く?は〜い行ってくださ〜い。
五色沼に初めて連れてきました。
何いた?明愛ちゃん。
(明愛ちゃん)鯉。
鯉いたね。
(暁史さん)あっまた来たよ。
あったあった。
きたきたきた!明暁見て左。
左左左。
ほらきた。
あれです。
どうですか?
(明暁くん)ベッドが分かれてある。
すごい。
4人寝れるよ。
広〜い。
お疲れさまでした。
お疲れさまでした。
明暁そこ?そこなの?お父さんとねんねするかい?よっこらせ〜!
(明愛ちゃん)お父さんは…お父さんこっち。
はははっ一緒に来るなと。
(明愛ちゃん)大人チーム子供チーム。
溝がありますね。
会津から戻った日の晩森松さんは子供2人の世話を暁史さんに任せて郡山市内で知り合いが経営するカフェを訪ねました
オーナーの横田麻美さんはここで内部被ばくを避けるための食材を提供しています
変わらないよ。
変わらないって言ったらうそだけど…。
どうですか?この…。
う〜ん2015年に入って…。
今年度。
春でしたもんね。
14年度の終わりにこないだ会って。
今年度は学校行事がほぼ震災前と変わらない行事になった。
運動会は去年ぐらいまでは午前中の小学校も多かったけどもうフルで。
フルで丸一日使って外で…。
外でシート敷いて。
いよいよ普通に何事もなかったかのように。
プールも普通。
ああそう。
うん。
今地元・郡山市では原発事故の体験の風化が進み放射能や被ばくについて公に語る機会がだんだんと減ってきているといいます
興味を持たない。
持たないようにしてる?持たないようにしてるのと興味を…難しいものって考える人がいる。
ごちゃごちゃなんか…。
放射能とか被ばくとかっていうのはすごく難しいものって勝手に解釈していてさわり程度も勉強…勉強ではないんだけどね知ろうとしない。
だから私も友達に話をしようとすると「ああ〜難しい話はいいから」ってなってしまうから全然難しくないんだけどっていう話。
ちょっとは危機感持ってっていう話なんだけど。
(横田さん)
(横田さん)あんまり声を上げると「だったら避難すれば」っていう言葉に変わってくんだよね。
今度避難すると「いいよね避難できる人は」ってなるでしょ。
ラインがありますよねこう一線越えていくと。
(横田さん)同じ原発事故で同じ被害…被ばくしたのに同じ方向だって思うんだけど感覚の違いで全部線引きになっちゃう。
そのとおり。
そのとおりですよね。
(スタッフ)こんばんは。
あっよろしくお願いします。
どうぞどうぞ。
(スタッフ)いつものメンバーです。
原発事故の体験の風化は福島市で仕事を続ける荒木田さんも肌身で強く感じています
(スタッフ)地元の人っていうのはもう怒ったり怒ったり憤ったりっていう気持ちもあんまりないんですか?聞かないですねそういう話はね。
まあ風評被害なんだそうだからなんか言ってるやつがおかしいと。
ほんとにみんなそう思ってんのかどうかは分かんないですけどね。
私もあんまり人ともつきあわないんで最近町の声を代弁するような立場にはないですよね。
(スタッフ)そういう意味ではあれですか社会からちょっと孤立しちゃってるという…。
そう思いますそう思います。
でもそこもまた思うつぼなんでしょうけどね。
原発事故直後は人々の避難や脱被ばくを訴え反対意見を持つ人とも積極的に議論していた荒木田さんですが最近はそうしたことも少なくなりました
その表情には失望と疲弊の色が日増しに濃くなっています
(スタッフ)福島に住んでてもやはりまた人それぞれっていうこと…。
うん。
ただ話題にはしないっていうことでは一致してんじゃないっすかどちらの人も。
(スタッフ)なぜ話題にしにくい?う〜んやっぱり面倒を避けようっていうことだと思います。
結局そういうことってやっぱりいろんな紛争を招くんで。
僕はそこがいちばん大事な点だと思っててみんなでお互いそこを争点にしない。
結局そっから目を背けてると思うんですよ。
ほんとはどんな意見の人もね声を出して話し合ったらいいと思うんだけどそれができないから今のようになってるんだと思います。
お互いを理解もしないし干渉もしないし。
結局事態は何も変わらないっていうね。
すごいよくない方向に出てると思う。
放射能汚染の現実から目を背けたいという人間心理と事故の被害をできるだけ小さく見せかけて責任の追及を免れたい国や行政の思惑が一致し風化は進んでいきます
そうだよバスが大渋滞してさ。
ふるさとの郡山市に一時帰宅して久しぶりに家族全員で過ごした時間もあっという間に過ぎてしまいました
(明希子さん)
(明暁くん)お祭りお祭り!
(明希子さん)またお父さん明日から一人なんだよ。
かわいそうでしょ。
今日から一人だよ。
ねっ?お父さんにバイバイして。
お父さんに。
ねっ?
(明愛ちゃん)バイバイ。
明愛ちゃんお父さんさよならよ。
さよならだからバイバイしてあげてお父さん。
どうしたん?さみしいの?ほんならお父さんにちゃんとバイバイ言いなさいよ。
ほらお父さん見てるよ。
ほらお父さんにバイバイ言うといでほんなら。
お兄ちゃん。
だっておっきい声でうぇ〜んって泣いたらだめだよバスの中はね。
みんな静かにね。
そしたら出発します。
ほら出るよ。
お父さんバイバイって。
すみませんお待たせしました。
いえいえそんなことないです。
ほらお父さんバイバイって。
ほら後ろ。
後ろ立ってごらん。
後ろ見えるよ。
お父さん見えるよ。
(明愛ちゃん)うぅ…。
うぅ〜…。
毎週金曜日の夜荒木田さんは大学で受け持つゼミの授業が終わるとそのまま車で福島から200キロ離れた新潟へと向かいます
(スタッフ)翌日日の出てる頃に…。
ええええ。
(スタッフ)まあ明るい状態で運転して帰ろうっていうふうには思われないっていうこと?それは思ったことないっすね。
(スタッフ)ああ〜。
もう終わったら一目散に…。
(スタッフ)ああ〜。
(スタッフ)夜…夜道であろうと?うんそうっすね。
(スタッフ)それはどうしてですかね?う〜ん…。
やっぱりね家族のとこに帰りたいですよね一刻も早く。
(スタッフ)ただそれには200キロ…。
そうそう。
うちでは言われるんですけど明日明るいときに来いって。
妻にはね。
(スタッフ)それは心配されて?心配だから。
(美織さん)無事に帰ってくれる方がうれしいんです。
夜中にゼミのあととかに無理やり帰って来るのほんとに…ほんとは私心配で一日…明けてから休んでから帰って来ればいいのにって心の底から思うんですけどでも夫は無理をしてでも早く帰って来たいし息子はそのお父さんを夜中まで待っていたいみたいな。
帰って来るのなんか見たい。
(スタッフ)見たい?金曜とかにお父さんが帰って来るときはだいたい夜更かしして。
(綾ちゃん)今はなんかさ遠いとこ行ってるからさなんかさ疲れてるしさだから近い仕事すればいいのに。
(陸くん)それまた難しいんだよ。
近い所の仕事だったらピュッピュッピュッピュッってやれるでしょ。
これいつトンネル抜けんだろうみたいな。
トンネルの中入ってそれっきり終わりが見えないみたいな。
磐越道トンネルが多いからトンネルに入る度にねそんなこと考えるんですよ。
黙とう。
ピッピッピッピィー
(時報)
2016年3月11日
福島は5年前と同じ冷え込みの厳しい一日になりました
(スタッフ)まだ県外にね避難されてる方たくさんいらっしゃいますがその方々にはどんな言葉をもし掛けるとしたら掛けたいですかね?やっぱり頑張れっていうのはどうももう言いたくないんですがね辛抱強いからみんな。
日本人だからやってくれるとは思ってんですがどうにか。
よそに行ったって異邦人ですよ結局は。
やっぱり根っこはここですから帰って来てほしいです。
人それぞれ思いがあるのはしかたがないことなのでまあしかたがないのかなというふうに思うしかないです。
そうですね県外…まあ皆さん戻りたいんでしょうけど子供小さい人はちょっとね無理かなと思います。
私ももし子供小さかったら帰りたくないです。
この日森松さんは同じ避難者の仲間と共に大阪のターミナルにあるこの会場で一般の人と交流するイベントを催していました
避難者の現状を知ってもらいたいとの思いからです
行政がやっぱりちゃんと…。
まず知るっていうことが大事かなと思って機会があること…これで3回目ですかね。
まだ事故は収束もしていなければ終わってもいない。
それによって苦しむ人たちがたくさんいる。
このことを教訓にしてほしい。
社会全体で受け止めてほしい。
この問題に向き合ってほしいっていうふうに思います。
今いちばん伝えたいことはそれです。
荒木田さんは予定されていた大学院の試験に志願者がなく試験監督の仕事がなくなったため新潟の家族のもとで3月11日を迎えました
いちばん変わったのはなんですかね?
(美織さん)子供が成長したことですよね。
うんそうかも。
子供が大きくなったことですかね。
(スタッフ)福島へ行かれるってことはその後5年間の間では…。
子供たちですか?子供は一回も行ってないです。
もう覚えてないんじゃないかな。
(綾ちゃん)何も覚えてない。
(陸くん)覚えてる。
(綾ちゃん)何がなんだかよく分かんない。
例えばね原発事故問題における5年とかね放射性物質における5年っていうともうなんていうのかな気が遠くなるぐらいかかるなかの5年じゃないっすか。
だから全然5年なんて物の数じゃないと思うんですけど僕らの人生からすると5年ってものすごくおっきくって。
う〜ん…だからこの5年どうしてくれるんだみたいなのはあるんですよね。
自主避難者にとっての原発事故は今も続いています
国や自治体はタイムリミットを設けて福島への帰還をせきたてます
人間の命と暮らしが当たり前のように守られる未来がそこにはあるのか…
苦悩と不安は消えず真の復興への足取りは重いままです

(ナレーション)
厚木。
それはなぜかビッグネーム渋谷とよく並んでいる街。
だが…
2016/03/28(月) 00:50〜01:50
MBS毎日放送
映像’16「“自主避難”〜原発事故から5年・真実と風化」[字]

東日本大震災から5年——原発事故により“自主避難”を余儀なくされた2家族を通して、事故の影響の真実を見つめるとともに、事故の風化を問いかける。

詳細情報
番組内容
東日本大震災から5年が過ぎ、福島第一原発事故による放射能漏れのために強制的に避難を余儀なくされた人々にも帰還が促されている。幼い子どもへの放射能の影響を考えて、家族離れ離れに強制避難区域外からの避難である“自主避難”した人々は、東京電力からの手厚い賠償金もなく、福島県の借り上げ住宅の入居期限も1年後に迫っている。
 
番組内容2
震災から5年、福島県は住民の帰還政策を進めている。放射能についてはさまざまな考え方があるため、人前で容易に話が出来ない現状があるという。避難先で「福島はもう大丈夫なんでしょう?」と避難を不思議がられることも多い。が、見えない放射能の脅威で、ごく普通の家庭を二重生活に追い込んだ国と東京電力。その責任が、事故の風化とともに、うやむやにされつつある。
 
番組内容3
原発事故を機に「自主避難」を余儀なくされた2家族を通して、発生から丸5年を迎えた今、原発事故が普通の家族に及ぼし続ける影響の大きさを見つめることで、事故の風化を問いかける。
14年3月16日に放送した「“自主避難”〜原発事故3年・家族の苦悩」の続編。
 
出演者
【ナレーター】
斉藤とも子
 
公式HP
【番組HP】
http://www.mbs.jp/eizou/
【facebook】
https://www.facebook.com/MBS.eizou
 
おことわり
番組の内容と放送時間は、変更になる場合があります。

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
福祉 – 文字(字幕)

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