科学と魔法の境界がなくなりつつある
「Japan Innovation Leaders Summit 3.0 Sponsored by Accenture Digital」というイベント。このイベントには「人間機械未来系・惑星直列水瓶座・前陣速攻討論会」という変な別名が付いているが、この別名がイベントの内容をすべて言い表している。
発起人はMITメディアラボの石井裕、東京大学の暦本純一、同じく東京大学の稲見昌彦の3人。いずれも人とコンピューターの関わりの未来を追求する、つまり「人間機械未来系」の第一人者だ。
この三人が実は水瓶座生まれということで、誕生日祝いも兼ねて最先端の人を集めた凄いイベントをやろうと声をかけたところ、まさに「惑星直列」級の顔ぶれが集まって「惑星直列水瓶座」となった。
最後の「前陣速攻」は卓球用語。「研究と卓球は誰にも負けない」と豪語する石井曰く「どんなボールを打ち込まれても、バウンドしたボールが頂点に達する前に、意表をつく知的スピンをかけて、斬新なコースにボールを打ち返すこと」。登壇者にこの「前陣速攻」の議論を呼びかけた。
トークの模様は映像で中継され、その記録も残っているが、全編を見ようとすると6時間半。そこで、この原稿では、動画を見たい人の目次にもなるように、時系列に沿って主な話題をなぞった。
VISION:機械で人間の能力を拡張し、生物で機械を作り出す時代
5部構成のイベントの最初は第0部「VISIONS」。発起人が、人間機械系未来のビジョンを語った。
暦本は、話題の「IoT」(モノのインターネット)の本質は「IoA(Internet of Abilities。能力のインターネット)」と語り、これからはデジタル技術を使った人の能力の拡張が盛んになることを予言。
「人工知能」をやみくもに恐れる風潮が強いが、本来は人工知能も人間の能力を拡張する道具でしかない。人間対コンピューターで見ると、確かにコンピューターが強くなりつつあり脅威に感じるが、その強いコンピューターも、コンピューターで能力を拡張した人にはかなわないという。
暦本自身は人の能力が自由に身体を出入りする「jack-out(離脱)とjack-in(没入)」という2つの能力拡張の研究をしている。
彼のJack-outに関する研究の1つでは、ゴーグルをかけて走るランナーの背後をドローンが追いかけてくる。ゴーグルにはドローンのカメラの映像、つまり、自分の背中が映っており、幽体離脱したような感覚で自分のフォームを確認できる。
逆のjack-in(没入)の研究の1つでは、鉄棒の頭に全天球カメラ(360度だけでなく前後左右上下など自分を中心にあらゆる方向が記録できるカメラ)をつけて大車輪をしてもらった。(Jack-In Head) 映像をそのまま見ると、激しい揺れに酔ってしまうが、ブレを補正して常に正面や下など一定方向を保った映像にすると、体操選手が頭の中でイメージしているのに近い映像となり酔わずに済む。
カメレオンマスクという研究も面白い。顔にiPadをお面のように取り付け、そこにテレビ電話越しの他人の顔を映し出す。
ふざけて見えるが、お面をつけている人物は、テレビ電話越しの人物になりきって、自分ではできないような講演をして、肉体の動きを通じて講演者の心理に迫ったりできる。まさに能力のインターネットだ。
稲見昌彦は、人間と機械をどのように一体化していくかを研究しており、最近は暦本ら他の多くの研究者も巻き込んでテクノロジーに頼る割合を大きくした新しいスポーツ、「超人スポーツ」を生み出そうとしている。
テクノロジーの比重が大きくなれば年齢や障害すら関係なく競い合えるし、ここから未来の介護技術などが生まれてくる基盤にもなる、という。
人は「道具を作る生き物(Homo faber)」と言われるが、実際は道具を使って自らを再構成する「Homo faber “corpus consilium”」ではないかというのが稲見の見方だ。
メディアラボの石井は、世界を驚かせた数々の研究で知られる人物。最近は特に「inFORM」と呼ばれる形状が立体的に変わるシェープディスプレイや「PneUI(ニューイ)」と呼ばれる生き物のように形状を変化させるプログラマブムマテリアルで話題だが、今回、次なるプロジェクト「bioLogic」を紹介した。
名前の通り生物学(バイオロジー)の要素を取り入れた新しいモノづくりの研究だ。最近ではMITメディアラボを創ったニコラス・ネグロポンテも「バイオは新時代のデジタル」と語っているという。
プロジェクトで、石井らは美しいダンスウェアを作り出した(デザインは英国RCAのファッションデザイナー)。このウェア、よく見るとたくさんの通気孔があるが、これがダンサーの体温上昇や発汗に合わせてゆっくりと開閉するという。
センサーやアクチュエーター(何かの動作を促す仕掛け)の役割を果たしているのは「納豆菌」だ。「同じことは機械でもできるが、生物である納豆菌は増殖し、耐久性も高い」。
石井らは、納豆菌が温度や湿度でどう膨張するかを調べ、どのような形状にすればどんな動きを再現できるかを試作、それを人の体温や発汗のメカニズムの研究に重ね合わせてウェアをつくったという。
稲見は、他のプレゼンターの話も総括して「人と機械が自然に共生するシンビオシス(共同体)が作られようとしている」と総括した。
Design/Body:生命科学によるものづくりと、美しい身体拡張のあり方
続く「Design/Body」のセッションでは、暦本がモデレーターとなり、H2L社を創業した玉城絵美、バイオアーティストの福原志保、東京大学生産技術研究所の山中俊治、慶應義塾大学メディアデザイン研究科の古川享の4名によるトークが行われた。
「人は『手』を使って道具を作り、いろいろな体験をし、進化をしてきた」という玉城は、人の手を介して体験量を増やす「UnlimitedHand」という装置を作っている。
腕に巻きつけると手がどんな動きをしているかを筋肉の電位で読み取る装置だが、同時に腕に電気刺激を与えて動きを操ることもできる。一人が送信者となって手を動かすと、受信者の手も同じで動きをするのだ。
いずれは職人が持つ熟練の技を自分の腕を通して体験することもできるようになれば、過去の蓄積された手技を自分の腕で再生することも可能になるという。
玉城は、元々、手を通した感覚の共有によって、自分の身体という制約に縛られず、より多くの体験をしたいとこれを作った。
2人目のゲスト、福原志保は最近では金沢 21世紀美術館「Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊」の展示で話題になった。架空のキャラクター「初音ミク」には声もあり、画像としての身体もあり、多くの人が心もあると信じているが、身体だけなかった。その「初音ミク」に身体を与えようとDNAと心臓細胞を作り出し、それを鼓動させて展示した作品だ。
福原は「死」も題材にしている。「死」の最大の恐怖は「人に忘れられる」こと。そうならないためにあるのが「墓」だ。しかし、都市部ではこの「墓」の土地の確保すら難しい。そんな中、彼女が考えたのが樹木に故人のDNAを埋め込むという方法。そうすれば愛しい人が亡くなった後も腕の中に抱くこともできる。
彼女は自らの師、ジョー・デイビスのこんな言葉で自己紹介を締めくくった。
「バイオテクノロジーにはたくさんの悪夢が潜んでいるが、いずれ、どんな夢も現実になる。それならば誰かがいい夢を見ていかなければならない」
3人目のゲストはデザインエンジニアの肩書きも持つ山中俊治。イベントに登壇した唯一のデザイナーということもあり、それまでの前陣速攻の議論に変化を加え、穏やかな語り口で「美しさ」の重要性を説いた。
そんな山中が考える「美しい義体」をつくるために考えるべき3つの観点は
- 外装をつくろって人に似せるのではなく「構造そのものが洗練された美しさを持つ」こと
- 動きの速度変化や反応、タイミング、運動の軌跡など「ふるまいが美しい」こと
- 何であるかが直感的に伝わり、身体と調和する「人との親和性の高い」こと
彼が手がけた車を8本足の甲殻類のような生物的な形に再デザインした作品の映像を見せながら「ロボットや人工の身体をデザインする時、作り手は、宇宙服(のような外装)を着せてしまうが、あえて構造を露わにし、それを美しいものにすると新しい存在感が作れる」
山中は、その考えを実践した「美しい義足」も作っている。2013年、当時女子高生だった陸上選手のために作ったものだ。それ以前、彼女の周囲の人は義足から目をそらしできるだけ話題にしないようにしていたが、「美しい義足」に変えた途端、義足のことを話題にし始めたことで、山中は義足が「周りの目を変える効果」を持つ「社会的存在」だと気づいたという。
4人目のゲストは古川享。日本にマイクロソフトを作った実業家で、現在は慶應義塾大学の教授。日本のパソコンの歴史を作ってきた彼だが、この日はその話ではなく、最近、脳梗塞で死にかけ、半身不随になった体験を語った。その後、リハビリをする過程で、古川はいろいろな発見をする。
例えば普段何気なく履いているスリッパも実は足の指先で抑えているから歩けるのであって、その筋肉が自由に動かなくなると歩いたはずみで前に飛んでしまう。お尻の筋肉が動かなくなると、点字ブロックにさえもつまずくのだという。
古川のデジタル技術を応用した補助具などもたくさん試したが、お気に入りは電気的な動力を使わないシンプルな補助具のようだ。この日は、名古屋工業大学で開発されたACSIVE(アクシブ)を装着し、披露していた。二足歩行ロボットで培った技術から誕生し、足の動きを機械的に補助してくれる歩行介助ツールだ。
古川は最後に「今、人間はテクノロジーによりエンパワーされている。なのに、それを活用しないのはもったいない。例えば今日の登壇者にしても1人1人が他にももっと面白い研究をたくさんしているのに、それを検索できないのはもったいない」と語気を強めて語った。
自己紹介後の討論は、ライフログによって外部に蓄積される記憶や体験、微生物の死生観など様々な議論が行われた。
議論をする中、山中が義足の開発中、ずっと障がい者に付き添ってもらうわけにはいかないと健常者用の義足を作って開発していたことを明かし、その動画を見せた。すると、玉城が被験者が着地の親指を上げていることに着目。
「この義足は身体の延長としての感覚があるが、昨今のテクノロジーの多くは膨張し過ぎて、身体の延長としての感覚がない」と指摘。「人類が無制限に寿命を延ばしたり、能力を拡張し始めていいのか」と疑問を呈した。
そうなる前に、人体としてあるべき境界線をデザインするべきではないか、の論には山中も賛同していた。
Data/Business:コンピューターの発達で、新しい仕事は増えていく!?
ここまで人体の拡張や義体の話が続いているが、「人間機械未来系・惑星直列水瓶座・前陣速攻討論会」イベントの視点はもっと幅広く学際性に富んでいる。
つづく、「Data/Business」というセッションの中心テーマは、間もなく訪れるといわれる「シンギュラリティー」(人工知能時代が人類の知能の総和を超える時代)で仕事はどう変わるかでアクセンチュアやリクルートからのゲストが登壇した。そこにモデレーターの石井裕が会場にいたアーティストの八谷和彦を見つけて、飛び入りで登壇することとなった。
アクセンチュアの工藤卓哉は、データビジネスは機械による最適化のことだが、例えば天候など様々な要因にも左右される農家の歩留まりなどまで踏まえた生産管理など、複雑な事象はモデル化がしにくく、まだ機械による最適化ができていない。
昨今、インターネット上にあるデーターから機械学習させて人工知能を発展させることが話題になっているが、これも過去のデータに基づいた学習をしているだけであって、自ら新しい仮説を立てたり設計思考構築をすることはできていない、という。
ただ、この分野の研究が今後、重要になることは明らか。その上で、日本の組織では考えていることをなかなか試すこともできない、それに関係して日本ではそもそも0からの発想を促すような教育が行われていないことを懸念事項として掲げた。
同じアクセンチュアの樋口陽介は、今、電脳空間あるいはスマートフォンの画面の向こう側にもう一つの地球ができようとしている、と語った。さまざまな形で日々収集されるデーターの集合体としての地球の記録で、このもう一つの地球では過去にも自由に旅ができる。しかも、ここではあらゆることが非常にきめ細かく、いつまでも残り、集約しやすい。
もはや、ネットは我々の写像となりつつあるが、その写像にあるデーターを大量に得て使うのは多くの場合、企業だ。これからの企業にはそれをどう運用していくのか倫理観が問われる、と説いた。
リクルート社の石山洸は、まるでレンジでチンをするように誰でも簡単にコンピューターに機械学習をして、その成果を活用するデーターサイエンティストになれる時代が近づいている、という。
そんな中、データーサイエンティストが職を失うのではないか、あるいは人工知能によって人々が職を失う心配がないかと危惧する人もいる。だが、なくなる仕事ではなく、生まれる仕事に注目をするべきと石山は言う。「ITが広まった時にも多種多様な新しい職業が生まれた」
人はそれぞれ価値観も多様で、人工知能にどのような機械学習をさせようかという発想も異なる。「シンギュラリティー」という言葉は、Singleというただ1つの技術的「特異点」が来ることを想定しているが、実際には人類の多様な価値観によって、これからたくさんの特異点「マルチラリティ」が起きる、というのが石山の弁だった。
突然の登壇依頼を快諾した八谷和彦は、石井裕教授がよく使う言葉「造山力」を引用する形で話を切り出した。「造山力」とは「(既にある)山を登るのではなく、まず登るべき山を創ること」。
実際に八谷自身これを実践してきた。八谷といえば、視覚つまり見ているものと聴覚つまり聞いているものを交換し合う視聴覚交換マシンやポストペットの開発で有名。
他にもバックトゥーザフューチャーのホバーボードよろしく宙に浮くジェット燃料のスケートボード、エアボードやナウシカのメーヴェという乗り物のように空を飛べるOpenSkyなど様々な作品を作ってきたが、彼はそれらを振り返り「結局、やりたかったのは魔法の実現だった」のではないかと語った。
「やりたかったことは魔法の実現。科学者も、技術者も、芸術家も(ビジネスマンも)魔法使いの末裔」だと付け加えた。
イベントでは、これに加え、アーティストたちがテクノロジーとアートの境界を探った「Arts/Technology」、SFの出来事を現実に変えるSF/Deploy」といったセッションもあり、来場者は21世紀初頭、人間のあり方そのものに大きな変化が訪れつつある現実を強く突きつけられ、改めてこれからの未来をどうしていったらいいか考えさせられることとなった。