安倍晋三首相が2012年に打ち出し、アベノミクスの名で知られる「3本の矢」の経済刺激策における最大の問題点は、日本がそれを十分に実行していないことだ。それは第1の矢の金融政策について言える。日本銀行は今年1月にマイナス金利の導入を決定するまで、昨年の夏から秋まで経済データが下向くのを座視していた。
第2の矢、財政政策についてはなおのことだ。安倍氏は13年に財政出動を開始したが、消費税率が5%から8%に上がった翌14年は大幅な財政引き締めに一転した。需要の弱さに財政引き締めが加わって日本は景気後退に陥り、いまだ完全に回復していない。
安倍氏は再び同じ選択に直面している。日本経済は中国の減速に痛手を受け、なお低迷しているが、消費税は来年春に10%に上がる運びだ。国民は増税を見越し、すでに消費者心理と需要に下押し圧力がかかっている。
適切な行動は明白だ。安倍氏は増税を延期すべきであり、可及的速やかにそうすべきだ。期日を定めて繰り延べるのではなく、経済が打撃を吸収できるだけの強さに回復するまで増税はしないと公約すべきだ。
安倍氏は今週、その正反対の公約をした。「リーマン・ショックや大震災のような重大な事態」が発生しない限り、消費増税は予定通り行うという。
もはや抜け出す余地はほとんどないように見える。しかし、Uターンは国民に歓迎されるはずで、正当化する根拠が必要なら、安倍氏の顧問らがほとんど苦もなく見つけてくれるだろう。
安倍氏は財務相に今年度予算の執行を前倒しするよう指示した。限定的ではあっても妥当な一手だ。また安倍氏は、ノーベル賞を受けたジョセフ・スティグリッツ氏やポール・クルーグマン氏などの経済学者との会合も重ねているが、消費増税の先送りを主張する学者が選ばれているように見える。この会合は安倍氏の米ワシントン訪問まで続く。
■経済が弱い状態での増税は自滅的
日本の経済界の大部分に支持される財務省は、高水準の公的債務と財政赤字に対する懸念から増税を求めている。その懸念は当然で、長期的には意味をなす。
実際、いずれ日本は高齢化する人口の医療費と年金のために、ほぼ間違いなく10%を大きく超える水準まで消費税率を上げなければならなくなる。
しかし今、経済が弱ったままの状態で増税することは自滅的だ。需要を減らし、インフレをゼロ状態に閉じ込めることになる。そうなると、景気刺激のための政府支出拡大を迫る圧力が生じ、財政赤字の縮小は反転してしまう。過去数十年間、日本はこの非生産的な循環を何度も繰り返してきた。
アベノミクスが日本を長引く物価低迷から救い出すには、景気が良くなってインフレ率が上昇するようになるまで需要を締め付けないようにすることが決定的に重要だ。景気の好転を財政赤字に対処する機会と見なすのではなく、日本は消費増税を景気抑制のブレーキとして、それも経済がすでに全速で走っている場合にだけ使うべきだ。
安倍氏には、より幅広い機会もある。安倍氏は今年の先進7カ国(G7)首脳会議の議長として、世界の成長を促進するための協調行動を求める意向を示している。
安倍氏は、日本の消費増税延期を先進各国による行動へと広げることができれば、自らの経済対策の見通しを高めるだけでなく、世界経済に恩恵をもたらすことにもなる。
(2016年3月31日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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