ジェイク、オレだ、ボーンだ。
・・・ボーンか。
・・・どうだ?
チップは見つかったか!?
いや、まだだ。
例のチップはまだ見つかっていない。
・・・そうか。
しかし、おめーがオレの作ったノートPCを本当に爆破させたと聞いたときは、正直ビビったぜ。
・・・すまん。
あれは不可抗力だった。
ま、あのチップの存在を秘密にしていたオレも悪かったけどな。
・・・まさか、オレのPCにあんなチップが隠されていたとはな。
とにかくだ。
あのチップを必ず回収してくれ。
あのチップはちょっとやそっとで砕ける代物じゃねえ。
だから、あんな爆発程度で燃え尽きたとは考えにくい。
その証拠に、最近、あのチップからの信号をGPS経由で確認したわけだからな。
ああ。
今、オレとヴェロニカはそのGPSが指し示す場所にいる。
・・・ただ、あのチップからの信号は日ごとに弱っている。
おそらくは内蔵電池が弱まっているんだろう。
チップが信号を発しなくなるまで、おそらく、あと60日。
信号が微弱になった分、場所の特定には時間がかかると思うが、なんとかあのチップを探し出してくれ。
・・・わかった。
ボーン。
おまえの親父が隠し続けたあのチップの存在が世界にバレれば、この世のあらゆる法則が変わってしまう。
それは憶えておいてくれよ。
・・・ああ。
親父・・・。
あんたが本当に守りたかったのは・・・。
うーん・・・。
ムツミ、どうしたの?
いや・・・。
1週間前、あのオッサンにアドバイスされて作ったコンテンツなんだけど、やっぱり、あのコンテンツ経由での予約が発生していないんだよな・・・。
そうなの・・・?
ああ。
まあ、それもそのはず、あのコンテンツでは栃木にある50の温泉旅館を一気に紹介しているわけだから、どう考えても、あの中からうちだけを選んでもらえる気がしないんだよな・・・。
私もそう思うわ・・・。
だから、私、先日、片桐さんからこのコンテンツのアイデアが提案されたとき、「うち以外の温泉旅館のことをこんなにたくさん紹介して、うちへお客さんが来てくださるかが心配です」って言ったの。
すると、片桐さんはこう仰ったわ。
安心しろ。
このマインドマップには、成約(コンバージョン)につなげるためのヒントも入れておいた。
あの「成約につなげるためのヒント」って何だったんだろ・・・?
ヒントか・・・。
一応、マインドマップに書かれていたぜ。
“まとめ記事から成約につなげるのであれば、みやび屋とほかの旅館とを差別化し、優位性(USP)を訴求する”ってな。
差別化・・・?
どうしたの?
ふたりとも。
あっ!ヴェロニカさん!
女将、ほんと、ここの温泉は気持ちいいわね。
そう言っていただけてうれしいです!
(ポカーン)
ちょっと、ムツミ、どうしたの?
えっ・・・!?
あ、ああっ、え、えと・・・。
(や、やべえ、見とれちまってた・・・)
あ、あの、ヴェロニカさん、ちょっと質問があるんですが、よろしいでしょうか・・・?
いいわよ。
ありがとうございます・・・!
ほら、ムツミ、さっきの質問・・・・。
あ、え、えと、先日片桐さんからアイデアをもらって作ったコンテンツなんですが、検索順位は上がったものの、予約数が伸びてないんです。
で、なんでかな・・・と思っていて。
あら、そうなのね。
ボーンからもらったマインドマップにきちんと目を通した?
は、はい。
片桐さんからいただいたマインドマップにはこう書かれていました。
“まとめ記事から成約につなげるのであれば、みやび屋とほかの旅館とを差別化し、優位性(USP)を訴求する”って。
それがヒントじゃないの?
えっ、ま、まあ、オレなりに、うちの旅館とほかの旅館との差別化ポイントを書いたつもりではあるんですが、もしかしたら、何か違うのかな・・・って思っていて・・・。
その「まとめ記事」を見せてくれる?
あっ、は、はい!
この記事ね。
・・・で、ここがみやび屋を紹介している箇所ね。
なるほどね・・・。
“なるほど”・・・って。
も、もしかして、ヴェロニカさん、このコンテンツのよくない部分に気付かれたんですか?
うーん、どうかしら。
(き、気になる・・・)
あ、あの・・・、ヴェロニカさん。
もし可能なら、片桐さんから追加でアドバイスをいただくことはできますか・・・?
えっ?
(!?
ちょ、ちょっとアネキ・・・!?)
す、すいません!!
うちのお客様なのに、こんなずうずうしいお願いをしちゃって・・・。
・・・あ、あの・・・。
実は私、今、このみやび屋に新しい風が吹き始めた気がしているんです。
新しい風?
はい・・・。
お恥ずかしい話なんですが、実は私、最近、この旅館の経営に自信をなくしていたんです。
お客様の予約が日に日に減る中、どうやってこの旅館を立て直せばいいか、毎日眠れないほど悩んでいたんです。
アネキ・・・。
(そんなに悩んでいたのかよ・・・)
そんな中、ムツミが東京から帰ってきてくれました。
そして、ヴェロニカさんと片桐さんにアドバイスをいただいたコンテンツも上位に表示されました。
なんというか、今、この旅館に追い風が吹き始めた気がしていて、このチャンスを逃してしまうと、せっかく吹いた風に乗り損ねてしまう気がしているんです・・・!
ヴェロニカを見つめるサツキ。
その瞳は力強かった。
・・・だから。
このまとめ記事をムダにしたくないという気持ちが強くなっていて・・・。
あっ!
す、すいません!!
お客様の前なのに、つい熱くなっちゃって・・・。
本当に申し訳ございません・・・。
いいのよ。
・・・そうね、そこまで強い思いがあるのなら、ボーンに聞いてみてあげてもいいけれど・・・。
えっ・・・!
あ、ありがとうございます・・・!
ただ・・・片桐さんのコンサルティングって、かなりお高いんですよね・・・?
そうなのよ。
前回は私からボーンにアドバイスをねだっちゃったけれど、ボーンがもう一度、ビジネス外でアドバイスをくれるかどうかは分からないわね・・・。
そうですよね・・・。
すいません、私、本当にずうずうしいことをお願いし・・・。
女将はいるアルか。
?
どなたでしょうか?
・・・あっ・・・!!
?
アネキ、どうしたんだ・・・?
・・・ヤンさん。
(ヤン・・・?
この人、中国の人なのか?)
女将、あの話は考えてくれたアルか?
い、いえ・・・。
あ、あの・・・。
私、何度もお伝えしているとおり、あなたのお申し出を受け入れることはできません・・・。
本当にごめんなさい・・・。
・・・。
何を意地張っているアルか?
私と結婚すれば、アナタは巨万の富を手に入れられる、そして、アナタの旅館も安泰。
こんないい条件に、何か気に食わないことでもあるアルか?
・・・。
早く、大人しくワタシの奥さんになるといいアルよ。
こんなちっぽけな旅館の女将なんて辞めて、我がタオ・パイグループの社長夫人として、悠々自適な生活を送ればいいアル。
こ、“こんな旅館”って・・・!?
な、なんだこいつ・・・!!
ムツミ!
ダメ!
・・・おや?
そこの威勢がいいのは誰アルか?
こ、この子は・・・私の弟のムツミです。
ほほう。
じゃあ、将来の私の義弟になるアルね。
ケッ!
誰がお前なんかの・・・!
・・・フフフ。
女将に似て、強情そうアルね。
まあ、強がるのも今のうちアル。
今に、ワタシに楯突いたことを後悔するようになるアルよ。
・・・。
おっと、そうそう、今日はこれを伝えにきたアル。
最近、この旅館の近くに建ったホテルを知っているアルか?
ホテル・・・?
あ、そういや、「タパホテル」ってのがうちの近所にできてたな・・・。
タパホテル・・・。
も、もしかして・・・!?
そうアル。
あれは我がタオ・パイグループ系列のホテルアルよ。
この須原の地が気に入ってしまって、なんとなく建ててしまったアル。
お互いビジネスマン同士、私情は抜きにして、この須原を盛り上げていきたいアルね。
なっ・・・!?
フフフ・・・。
じゃあ、また来るアルよ。
ワタシとの結婚の話、前向きに考えておいてほしいアルね。
・・・。
な、なんだよ、あいつ!!?
・・・中国最大手のデベロッパー、タオ・パイ社の社長「ヤン・タオ」さんよ。
ヤン・タオ・・・。
なんで、そんなやつとアネキが知り合いに・・・!?
実は1年ほど前、ヤンさんがこの須原を訪れた際、うちの旅館に宿泊されたの・・・。
そのときになぜか、私のことを気に入ってくださったみたいで・・・。
はぁぁぁ?
じゃあ、あいつはアネキに一目惚れをして求婚してきてるってわけか?
そうみたい・・・。
・・・ふーん・・・。
ま、アネキはオレがいうのもなんだけど、なかなかいい線いってるもんな。
・・・ってそれはともかく、オレ、あいつ、気にくわねーぜ!
うちのことを“こんなちっぽけな旅館”とか言いやがって、何様だって感じ!
・・・タオ・パイ社。
中国だけでなく、世界の市場を相手に、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長しているデベロッパーね。
デベロッパーとしての顔だけでなく、IT企業としての顔ももち、観光や旅行に関するWebサービスなんかも展開しているわ。
日本でいえば「旅休トラベル」という旅館予約サイトが有名ね。
旅休トラベル・・・!?
あ、あそこ、タオ・パイ社の運営だったのか!?
アネキ・・・。
もしかして、うちが「旅休トラベル」との契約を更新しなかった理由って、さっきのあいつが絡んでいたりもするのか・・・?
う・・・ん、ちょっとね。
ただ、「旅休トラベル」は契約料が値上がりしてたし、どちらにしても、契約更新は止めようかと思っていたの。
オレがいない間に、なんだかややこしいことに巻き込まれていたんだな・・・。
アネキ、安心しろよ!
オレが守ってやるからな!
ムツミ・・・。
それにしても、あのヤン社長、
さっき、気になることを言ってたわね。
“みやび屋の近くにホテルを立ち上げた”って。
はい・・・。
最近、この須原に「タパホテル」というホテルができたんです。
まさか、ヤンさんのホテルとは知りませんでした・・・。
ただ、私が言うのもなんですが、この須原は東京から離れていますし、東京オリンピックによる観光誘致の恩恵は受けにくい立地です。
なぜ、この場所にあんな立派なホテルを立ち上げたのでしょうか・・・。
もしかしたら、このみやび屋の経営を邪魔して、あなたを女将の座から引きずり落とそうとしているのかもね。
えっ・・・!?
それだけのためにホテルを建設・・・!?
まあ、さすがに考えすぎかもしれないけれど。
ただ、ヤン・タオという男は、目的達成のためなら手段を選ばないと聞いたわ。
ひとつの可能性として考えておいてもいいんじゃないかしら。
く、くそ・・・!!
そう考えたら、ますます、あのキツネ目の野郎からアネキを守りたくなってきたぜ・・・!
ムツミ・・・。
・・・。
ア、アネキ、泣いてるのか?
だって・・・私・・・今までひとりぼっちだったから、なんだかうれしくて・・・。
ゴメンね・・・。
ゴメンね・・・。
アネキ・・・。
よっしゃ!
あんなキツネ目野郎のホテルなんかに負けないよう、このみやび屋をガンガン盛り上げていこうぜ!
千里の道も一歩から!
てなわけで、まずはWeb集客の改善だな!
・・・でも、そのためには、今上位表示している「まとめ記事」からの予約者数を増やしたいところよね・・・。
・・・そっか。
その悩みが解決していないんだった・・・。
うーん・・・。
・・・もっと“比較”のしやすい記事にしろ。
!?
か、片桐さん!?
ボーン!
・・・。
ボーン、いいの?
アドバイスをしちゃって。
・・・。
オレのアドバイスを中途半端に解釈され、その結果「アドバイスの効果がなかった」と言われるのは、オレの名に傷が付くからな。
ふふふ。
もっと“比較のしやすい記事”にする・・・?
ええ、今、片桐さんはそう仰ったわ。
・・・おまえたちのつくった「まとめ記事」の弱点は大きく分けてふたつある。
ふたつ・・・!?
まず、ひとつ目だ。
このまとめ記事内でのみやび屋の紹介は「USP」を伝え切れていない。
ユー・エス・ピー・・・?
USPっていうのはね、「Unique Selling Proposition」という言葉の略で、“ほかの旅館にはない独自の強み”のことよ。
温泉が心地いい、料理が美味い、ゆったりとした時間を過ごせる。
・・・そういったことは、どの旅館にもいえることだ。
つまり、このまとめ記事にはみやび屋の具体的なUSPが書かれていない。
これではみやび屋を積極的に選ぶ理由がない。
・・・!!
そして、おまえはあまりにも安直に、このまとめ記事内でみやび屋を目立たせようとしている。
安直・・・!?
あらためて文章を読んでみろ。
みやび屋は大正15年創業の老舗旅館です。
須原の地で三指に入る名湯である「美人の湯」と呼ばれる野天風呂は、四季の移ろいに合わせ、多彩な表情を見せます。
そんなみやび屋の温泉はアルカリ性単純温泉。
刺激が弱くお肌にも優しいため、お子様やお年寄りの方などにもオススメです。
また、古い角質を溶かし、肌の新陳代謝を促す美肌効果もあります。
まるで隠れ家のようなプライベート空間は、和室・和洋室のふたつのお部屋が選べます。
総料理長こだわりの季節の懐石料理に舌鼓を打ちつつ、窓から眺める須原の山々の絶景とともに、極上の時間を過ごせるでしょう。
歴史と伝統を守り続けるみやび屋は全国にファンも多く、リピーターの方が足繁く通う、須原を代表するお宿です。
みやび屋の紹介文だけ、ほかの旅館の紹介文よりもリッチなのはなぜだ?
この見せ方だと、自分の旅館だけを不自然に特別扱いしているように見えてしまうぞ。
た、たしかにそう見えます・・・。
この記事を見ているユーザーは、この記事がみやび屋の“なかのひと”によって書かれたという前提のもとで記事を読むわけだからな。
この紹介文では“客観的な信頼性”が損なわれているとしかいえん。
客観的な・・・。
信頼性・・・!
こういうまとめ記事は、あくまでも“ユーティリティ要素”を意識した中立的な立場を意識しておけ。
ユーティリティ要素?
ユーティリティ、すなわち、“機能的”な記事にしなさい、ってことよ。
特定の旅館に肩入れしている記事は、旅館選びの参考書として使いづらいでしょ?
た、たしかに、そうです・・・。
たとえば、クチコミの点数などを用いてランキング形式で旅館を比較するコンテンツがあるわね。
ああいったランキングコンテンツは、ユーザーの立場からすれば、旅館ごとの比較がしやすく、ランキング上位の旅館へアクセスしやすい傾向があるわ。
ただ、旅館側がそういったコンテンツを作り、自分のサイト内に掲載するのは倫理的な問題が残りやすいの。
だって、低い点数を同業他社につけられるのって、気分悪いでしょ?
そういった行動は訪問者の深層心理にもネガティブな印象を残す。
ムリに敵を作る必要はない。
おまえたちは基本的には中立的な立場を意識しておけ。
その立場が、今後のWebマーケティングで有利に働くはずだ。
中立的な立場・・・。
そして、二点目だ。
情報の並び方が工夫されていない。
情報の並び方・・・?
このまとめ記事は、エリアごとに旅館情報が整理されているわね。
そ、それが何かダメなのか?
ダメってことはないと思うわ。
ただ、「栃木 温泉」というキーワードで検索して訪れる人たちが、みな、こういったエリアごとにまとめられた記事を望むかしら?
えっ、ど、どういうことでしょうか?
だって、「栃木 温泉」で検索してくる人の中には、“栃木県内のどこかにある、自分に合った旅館”を探しているケースがあるからよ。
そういう人たちにとっては、旅館情報がエリア別に区切られていることなんて、どうでもいいことかもしれないわ。
えっ・・・!?
じゃ、じゃあ、どういう風に情報を載せれば・・・。
このまとめ記事の前半に、追加で「オススメの旅館」というゾーンを加えろ。
オススメの旅館!?
まとめ記事の中に「オススメ」のゾーンを設けることで、選択肢を絞り、「選択のパラドックス」をカバーできる。
選択のパラドックス・・・!?
そ、それってどういう意味でしょうか?
ヴェロニカ、説明してやってくれ。
OK、ボーン。
■選択のパラドックスについて
「選択のパラドックス」という言葉はね。
人は選択肢を多く見せられるほどトクした気分になるが、それと同時に、選択を困難に感じ、結果的に満足度が低くなるという現象を指す言葉なの。
この「選択のパラドックス」は、コロンビア大学ビジネススクールの教授「シーナ・アイエンガー(Sheena Iyengar)」教授が自身の書籍「選択の科学」で説いた言葉よ。
アイエンガー教授はある実験を行った。
それは、6種類のジャムを並べたテーブルと、24種類のジャムを並べたテーブルのふたつを用意し、それぞれのテーブルでジャムの試食と販売をおこなうとどうなるか?というもの。
どちらのテーブルも、試食をした人の人数は変わらなかった。
むしろ、24種類のジャムのテーブルのほうが、試食をしていた人たちは楽しそうに見えた。
けれど、最終的にジャムを購入した人の割合を見ると、6種類のジャムを並べたテーブルでは30%の人がジャムを購入し、24種類のジャムを並べたテーブルでは3%の人しかジャムを購入しなかったの。
なんと10倍もの差が生まれたのよ。
えええ!?
なんで、そんな結果になっちまうんだ!?
私なら、24種類のジャムのあるテーブルのほうが、ジャムを衝動買いしちゃいそうだけど・・・。
ふふふ、そう思うわよね。
でもね、人間って不思議な生き物なの。
「情報はできるだけたくさん欲しい」と思いながらも、実際に選択行動をとる際には、多すぎる情報が選択を困難にし、満足度を下げるのよ。
人間の行動は不合理だからな。
!?
人間の行動は・・・不合理・・・?
このあたりの話は、今度機会があったらしてやる。
話を戻すぞ。
このまとめ記事を改修したいのなら、今ある50の旅館情報はそのままに、その上に「オススメの旅館」というゾーンを設けろ。
そして、そのゾーンでは、その下で取り上げている50の旅館の中から、5つの旅館を厳選して紹介するんだ。
もちろん、その中にはみやび屋も含めてな。
ちょ、ちょっと待ってくれよ!
「オススメの旅館」に5つの旅館しか掲載しないってことは、特定の旅館に肩入れすることになるよな?
さっき、うちは中立的な立場をとれって・・・。
ああ、あくまでも、中立的な立場は意識しろ。
だから、オススメを選ぶ際は、“どういうポイントで選んだのか?”という厳選ポイントを明確にしておけばいい。
厳選ポイントを明確に・・・!?
「オススメの旅館」では“オンリーワン”のサービスや施設を有している旅館を紹介すればいい。
オンリーワン・・・!?
自社の商品を紹介した際にイヤらしさを感じさせてしまうケースは、競合他社の商品と比較した際、自社の商品が優位に立っていることを誇示するケースよ。
だから、“ほかと比べてうちは優れている”という見せ方よりも、“このサービスはうちにしかない”という見せ方で自社の商品を取り上げていけば、客観的に見た際に、不自然に肩入れしているようには見えないのよ。
な、なるほど・・・。
そして、そこで重要になるのが、さっきボーンが話していた「USP」なの。
USPがハッキリしていれば、他の旅館とは違う視点で取り上げることができるので、オススメとして紹介しやすいということですね・・・!
そうだ。
USPがハッキリしていれば、たくさんの旅館の中から「みやび屋」だけをピックアップしても、なんら違和感はない。
・・・!!
あらためて聞くぞ。
みやび屋の「USP」はなんだ?
USP・・・。
お料理が美味しいとか、温泉が気持ちいいとか、そういった主観的な感覚はUSPにはならない。
ただ、その主観的な感覚に“具体的な強み”がプラスされていればアリかもね。
たとえば、お料理が何かの賞をとっていたり、著名な料理長がいたり、温泉の効能がほかの温泉と比べて独特だったり、施設が歴史ある建物だったり。
このみやび屋にはそういった“具体的な強み”はあるの?
具体的な強み・・・。
一応、うちの旅館は大正時代から続いているから、老舗といえば老舗なんですが、須原にはうちよりも古い旅館があるので、それは強みになりそうにないです・・・。
あと、うちの野天風呂は須原の名湯三指のひとつといわれていますが、これも“三指”ということを考えると、ほかにもふたつ名湯があるわけなので、独自の強みとはいえそうにないです・・・。
じゃあ、逆に聞くぞ。
この旅館の“弱み”はなんだ?
弱み・・・!?
・・・半年前に先代が死去して、若い私たちが経営を継いだことと、「楽旅トラベル」のような旅館予約サイトと契約しなくなったことだと思います・・・。
・・・よし。
なら、その弱みを“強み”に変えてみろ。
弱みを・・・!?
“強み”に変える・・・!?
(えっ、それってどういうことなんだ・・・!?)
ここまでがオレからのヒントだ。
ひとまずは、みやび屋の「USP」を考えてみるんだな。
は、はい・・・。
「USP」になるわけだから、ほかの旅館がカンタンには真似できないみやび屋の強みを見つけ出してね。
(そ、そんなの見つかるのかよ・・・。)
あ、もし、どうしても答えが出ない場合は、“企画”に立ち返るといいかもよ。
企画・・・?
USP・・・。
USP・・・。
うーん、アネキ、うちの旅館にしかないUSPって何なんだろうな?
そうね・・・。
うちの温泉は気持ちいいし、料理も美味しいと思う。
でも、ヴェロニカさんがおっしゃるように、「温泉が気持ちいい」なんて、ほかの旅館も同じことを言うだろうし、料理に関しても、どの宿も「うちが一番」って言う気がするわ・・・。
そうだよな・・・。
ほかの旅館と差別化ができないとUSPにはならないよな・・・。
うーん・・・。
あと、ボーンさんの仰っていた“弱みを強みに変える”ということ。
あれってどういうことなのかしら・・・。
私たちのような若い世代が経営する旅館に何か強みがあるのかしら・・・。
そういや、ヴェロニカの姉ちゃん、気になることを言ってたな・・・。
“悩んだときは“企画”に立ち返るといい”って。
企画に立ち返る・・・?
企画・・・プランニング・・・プラン・・・。
・・・んっ!?
?
ムツミ、どうしたの!?
そうだよ!
プランだ!プラン!
うちにしかない「宿泊プラン」があれば、オンリーワンのUSPを作れるんじゃないか!
うちにしかない宿泊プラン・・・。
あっ・・・!!
そっか・・・!!
そうだったんだ!
そうと決まれば、話は早いぜ。
アネキ、これまでにうちに宿泊したお客さんのリストと、宿泊者アンケートを見せてくれないか?
了解!
片桐さん、私たち、USPを考えました。
“弱みを強みに変える”ということも理解できたつもりです。
・・・聞かせてもらおうか。
まず、みやび屋がほかの旅館と違うところを、あらためて考えてみたんだ。
その中で、オレとアネキという、ふたりの若い経営者ならではのコンセプトとして、みやび屋を「若者向けの宿」にするのはどうかと考えたんだ。
ただ、そうしちゃうと、これまでうちに通ってくれていたお客さんや、中高年のお客さんが来にくくなる。
そこで、次にこう考えたんだ。
「親孝行のための宿」にしようって。
親孝行のための宿・・・?
ああ、オレとアネキは両親を亡くしてるだろ?
両親を亡くして、あらためて親のありがたみを強く感じたんだ。
そして、親孝行したいときには、親はもういないってことも・・・。
ムツミさん・・・。
たしか、ことわざに「孝行のしたい時分に親はなし」ってのがあるだろ。
オレ、今になって、もっとその言葉を早く知っておけばよかったって後悔してるんだ。
多くの大人は社会人になると、仕事が忙しくなり、親の顔を1年に数回見るかどうか、ということになる。
実家から離れて暮らしている人の中には、親には1年に2回くらいしか会っていないっていう人も多い。
1年に2回しか会えないのだとしたら、10年間で20回しか会えないってわけだろ?
それってすごく切ないじゃん。
でも、そういうことって、言われて初めて気付くことだと思うんだ。
だから、私たちの旅館への宿泊をきっかけに、自分の親に感謝の気持ちを伝える人が増えればいいなと思っています。
普段、照れくさくて、親になかなか感謝の気持ちを伝えられなくても、私たちが代わりにメッセージを伝える役目になれればと。
たとえば、両親への誕生日プレゼントを贈りたいけれど、何を贈ったらいいかわからない人たちに、みやび屋の「親孝行プラン」を贈ってもらうのは素敵だな、って思いました。
親孝行プランに関しては、ゆっくりこの須原を観光していただくために「連泊プラン」を設けて、連泊の二日目は、実質お食事代だけで宿泊してもらえるような価格帯を考えています。
ほかにも、結婚25年目の「銀婚式」や50年目の「金婚式」向けのプランも用意します。
それは素敵ね。
オレたち、過去の宿泊客のデータを調べていたら、親と一緒に宿泊しているお客さんが一定数いることに気付いたんだ。
それを見て、うちの旅館はおそらく、高齢者にとって泊まりやすい旅館なんだろうな、と思った。
で、調べてみたら、亡くなった親父は、うちの旅館のバリアフリー設計に力を入れようとしていたみたいなんだ。
いくつかの設備はすでにバリアフリーになっているし、うちの料理はヘルシー志向を意識しているし、何より、窓から眺める須原の山々はマイナスイオン全開で疲れた心身を癒やしてくれるからな。
だから、高齢者に配慮した「親孝行プラン」を打ち出すことで、ほかの旅館と差別化できるかと考えた。
“プラン”だったら、料理の美味しさや温泉の泉質といった漠然とした強みじゃなく、具体的に比較してもらえる強みになりますよね。
そうだな。
この「親孝行プラン」、よそも真似をしようと思えばできるかもしれない。
でも、オレたちの「親孝行プラン」にはよそにはなかなか真似できないUSPが隠れているんだ。
真似できないUSP・・・?
それは・・・。
・・・オレたちが実際に両親を事故で亡くし、今まさに心から自分たちの親に親孝行したいと思っているってことさ。
オレは親父やお袋に会えなくなって、はじめて、家族と過ごす時間の大切さを知った。
・・・それと同時に、失った時間は二度と取り戻せないってことも・・・。
・・・この気持ちはUSPにつながるだろ?
ああ。
ムツミさん・・・。
サツキさん・・・。
すごいわ・・・!
ふたりとも・・・!
(や、やった・・・!
ヴェロニカさんに褒められたぜっ!)
・・・この旅館のUSPは理解した。
次はそのUSPをコンテンツに落としこむフェイズだ。
へっへ~。
どうしたの?
実はもうコンテンツをブラッシュアップしちゃったんだよね・・・!
あら!早いわね。
片桐さんの言うとおり、この間のまとめ記事に「オススメの旅館」のゾーンを追加してみたぜ。
そのエリアには、みやび屋以外に、オレたちが選んだオンリーワンの特徴がある旅館をチョイスして紹介させてもらっている。
選択肢が狭まると、たしかに、“選びたくなる感”が増した気がするぜ。
もし、オススメの中に自分の目当ての旅館がなくても、その下には50という数の旅館が取り上げられているから、カタログみたいに選べます。
実用的な構成になったわね。
ほかの旅館の紹介も丁寧だし、うちの紹介もわざとらしくなくて、好感がもてるわ。
へっへ~。
オレ、バンド時代は、毎日のように作詞していたから、ライティングは得意なんだよな~。
こんなの朝飯前よ。
あら、ムツミさん、バンドマンだったのね。
はい!
ボーカルやってました~!
こう見えても、それなりにファンのいるバンドのボーカルをやってたんすよ。
そうなのね。
・・・。
・・・?
どうかしたの?ボーン?
・・・たしかに変わった。
しかし、これは、オレから言わせれば、“ライティング”ではない。
えっ・・・!?
この「オススメ旅館」のゾーンは、ただ情報を羅列しているに過ぎない。
情報の比較はしやすくなったが、その下にある50の旅館情報エリアと印象が変わらん。
えっ・・・。
・・・!?
こういったまとめ記事は、ユーティリティ要素が強い分、ユーザーが記事内を縦横無尽に上下にスクロールをし、自分の欲しい情報を探そうとする。
つまり、冒頭の「オススメ旅館」のゾーンは、いくらオススメと銘打っていても読み飛ばされる可能性が高くなる。
じゃ、じゃあ、どうすればいいんだよ・・・!!
「オススメ旅館」のゾーンの文章を読み飛ばさないような文章演出が必要だな。
読み飛ばさないような文章演出・・・!?
お前は元ミュージシャンだったとのことだな。
あ、ああ。
お前が書いた「オススメ旅館」のゾーンの文章を、声に出して読んでみろ。
へっ?
声に出して読む・・・?
ああ。
声に出せば、お前の文章がなぜダメかが分かるはずだ。
な、なんだかよくわかんねーけど、元作詞担当として、自分の書いた文章をコケにされて黙っているオレじゃねーぜ。
・・・お望み通り、声に出して読んでみてやるよ。
すぅぅぅう~。
山々に囲まれた静かな温泉郷、須原。
その須原にある「みやび屋」では、『親孝行プラン』というプランをメインに据え、両親への日頃の感謝の気持ちを伝えたい方向けのサービスに力を入れています。
バリアフリーを意識した館内、素材を活かしたヘルシーな食事、肌に優しい温泉など、高齢者の方も安心して宿泊できる環境。
「自分たちは親孝行できなかったからこそ、多くの方の親孝行をお手伝いしたい」、その思いで、若干20代の姉弟が営む「みやび屋」では、若者ならではの視点で、宿泊される方の希望にあった親孝行の形を提案しています。
どうだ!
うん・・・。
とくに問題はないように感じるわ。
“とくに問題はない”・・・それこそが問題だ。
えっ!?
あいつの語りを聞いていて、気分は高揚したか?
き、気分の高揚・・・ですか?
ど、どういうことだよ!?
そ、そうか・・・。
みやび屋のコンテンツが急に変化したのは、こいつがアドバイスをしていたというわけか・・・。
お、おのれ、ボーン・・・。
遠藤様に至急知らせねば・・・!
・・・いいだろう。
実例を見せてやろう。
!?
お前のパソコンはあるか?
あ、ああ・・・。
お前の文章を今、オレがリライトしてやろう。
えっ!?
ボーンさんがリライト!?
何かを“オススメ”するなら、その感情にふさわしい文章が必要だ。
“その感情にふさわしい文章”・・・?
離れていろ。
すぅぅぅぅぅ・・・。
ボーンさんが深呼吸をしている・・!?
こ、この技は・・・!?
な、なんだこれは・・・!!?
ボーンのリライトが始まった・・・!
彼が紡ぐ言葉は一体何を語るのか・・・!?
そんなボーンの姿を陰から捉えた謎の男。
その男の正体は、かつてボーンによってある企業の職を失脚させられた「井上」だった。
ボーンへの憎悪を静かに燃えたぎらせる井上、そして、サツキを狙うヤン・タオ。
今、あらゆる感情・思惑が須原に渦巻き、風雲急を告げる・・・!
次回、沈黙のWebライティング第3話。
「滞在時間の彼方に」
今夜も俺のタイピングが加速するッ・・・!!