第71回

新人コミック大賞 発表

青年部門


入選

『ニライカナイ』須藤佑実(東京都・23歳)

この作品を読む

■高橋しん先生
やられた…ジンと来た…そう来たか。そうだよな…ごめんなさい、途中、先が見えなくなっちゃって、期待はずれかと思ってしまいました。反省。ただ、人物描写が魅力的で、それだけで読めてしまったから。最後まで読めてよかった。このまま、どうか素直に伸びて行ってください。本当にそれだけです。新作が出来たら教えてください。ですから(審査員モードに戻る)、課題は、途中で読者さんが一瞬夢から覚めてどこに行けばいいのか、何を頼って読んで行けばいいのか、突き放されること。短編の作り方としてとてもリスキーなことをやっています。もちろんそれが、後半の感動に繋がっているのですが、舵取りは難しいですが、それでも。どうぞ、次回作では、読者さんを見せ場のシーンまで連れて行く、その部分だけは、慎重に大胆に、うまくリードしてあげてください。いい作品を読んでいる時、読者さんは起きながら夢を見ています。貴重で、希有なことです。どうぞ醒まさない気配りを。
■山本おさむ先生
ボーイミーツガールのパターンに属するストーリーだと思うが、二人の出会いの仕掛けとしてのニライカナイ伝説がまわりくどいし、長いわりに効果が上がっていない。キャラクターの雰囲気も絵柄も既存のアニメなどに見かける様な類型から抜け出せていない。もう少し自分の描きたい事を吟味し、それを自分自身に近付けて考える事が大切でしょう。もっと自分のイメージを掘り下げてください。
■黒丸先生
丹念に描き込まれた背景と、確かなデッサン力を持った人物絵が魅力的。デフォルメのバランスが良くて、この絵を嫌う人はあまりいないんじゃないかな。背景描写は作者の「美しさを伝えたい」という想いが溢れていて、まだまだ粗さが残っているけれど、熱意と意気込みを感じた。ストーリーの構成が、読み切りとしてはイレギュラーでちょっと映画的。こういうチャレンジは私も大好きだけど、非常に難しいのも事実。32Pという短いページ数で、最初から「主人公はこの人です」と紹介せずに物語を進めるのは、『読者の視点がばらける=感情移入ができない』という点でリスキーだからです。とはいえ、この作品は「この構成あってこそ」で、この構成無しで作品の個性が出せるかと考えると、それはそれで悩むところ。正攻法で行って、読者の感情移入を勝ち取ることを優先させるか。イレギュラーな攻め方で、作品そのものの個性や意外性を優先するか。どちらを取るかの選択は難しいけど、この作品では、微妙なバランスの上でなんとか成立しているという点で作者の選択は「正解」だったと個人的には思います。現代パートでの、女の子のカンが当たる≠ニいう設定や、男の子の妙なクールぶりがあまり活かせなかったのがもったいなかったかな。画力、構成力共に光るものがある作者さんなので、次作も楽しみにしています。
■乃木坂太郎先生
絵がかわいいですね。キャラがキュートですごく良いと思います。話の方は読後感の良いいい話だと思いますが、構成が非常に分かりづらいです。前半から後半にかけて、感情移入するキャラが交代するのは読み切りの長さを考えれば、あまり良いとは思えません。それに晃の初恋話と、葵が描いた神様が少年を救う話は全く別の話で噛み合っていないので、ラストが消化不良です。おそらくテーマをつかみきれてないので、構成が迷走しているのだと思います。次回作に期待しています!

入選

『僕の彼女はチワワ』ハヤロビ(韓国ソウル・26歳)

この作品を読む

■高橋しん先生
ちょう可愛い!おもしろい!丁寧で、絵うまい!もうしっかり漫画家ですね。ただ、これは一発ネタなので、他の作品でも、魅力が生かされることを期待しますし、そう出来る力は十分あると思います。細かい所を言えば、クライマックスにカタルシスが弱い気もしますし、全体にメリハリを付けて、読者さんをぐいぐいストーリーに引き込む力は、これからです。一発ネタですから、丁寧に描いてある分、インパクトが弱くなるんですね。十分に読みやすく魅力的な絵ですので、自信を持って、テンポを良くする勇気を持ってください。もう一つ、多くの人に漫画を読んでもらいお金を得る漫画家として考えて頂きたいのは、この作品で言えば、人によっては女性を犬(ペット)扱いして愛情を注ぐ主人公に、女性に対し失礼で不誠実だと嫌悪感を持つ方がいらっしゃるでしょう。そうした方に対して、細かな配慮は絶対必要ですが、それによって大きな発想を縮こませるようなことはしないでください。多くの人に向けて漫画を描くということは、人を傷つけることと、覚悟してください。傷つく方に対して誠実に、さらに面白い物を描くことで責任を取って行くことを、覚悟してください。たとえ一般的に見て暖かいシーンだったとしても、その暖かさに傷つく人だって、やはりいるのです。不特定多数の多くの方に漫画を届けて行く、プロという世界に恐れずに、でも心優しく前を向いて行ってください。だいぶ完成された印象を個人的に持ちましたが、どうか、もっともっと未完成を恐れず伸びて行ってください。そして数多くの漫画を残せる、生き残れる作家になってください。
■山本おさむ先生
設定はいいとしても、展開が一本調子で生真面目すぎる。「彼女が犬に見える」→「それをそのまま受け入れる」というのでは、読者にとって意外性がなさすぎるという事に気付いてください。「彼女が犬に思える」が前半のアイデアだとしたら、後半のアイデアはどうあるべきなのか。それをもっと考えましょう。ストーカーの男とのやり取りなどはアイデアではなく、ただのストーリー上の段取りにすぎないのです。その先に作者の独自の、もっと飛躍したアイデアがあるべきなのです。
■黒丸先生
ものすごくさっぱりとした絵柄ですが、画力はかなり高い。線がきれいで、構図も完璧に整理されていてとても読みやすかったです。女の子もすごくかわいい。のに、その画力を活かさない驚愕の設定に笑いました。女の子がかわいく描けるからこそ、主人公の哀しさが分かるのかもしれませんが(笑)犬の絵もとにかくうまいです。かわいい犬とかわいくない犬が描き分けられるのはすごいなあ。ストーリーそのものは、コメディとマジの間をふわふわと歩いているような妙な浮遊感が漂っていて、とても独特でした。キーワードとなっている「ネガティブ・ケイパビリティ」の意味がどうしても頭にスッと入ってこなくて、そこがネックだったかと。あと、やはりコメディなのでページをもう少ししぼって、ストーリーの起伏もシンプルにテンポよくしたら、さらにライトに楽しめたと思います。
■乃木坂太郎先生
今回のNo.1 です。ライトな読み切りとしては目立った隙がありません。絵もうまい。動物を感情豊かに描く技量は大したものだと思います。ただ、欠点はないものの、突出した何かを感じさせるものがない印象です。このレベルになると次の勝負はプロが相手となるので、次作ではもっと自分の中の“熱”を掘り出して欲しいです。テクニックだけでない何かを、次からは要求されるので頑張ってください!! 楽しみにしてます。

佳作

『てんごく じごく おおじごく』近森ミツサト(東京都・24歳)

この作品を読む

■高橋しん先生
いい作品になりそうなのになー。おしいなー。作者さんが主人公のことをとても愛しく大切に思っていることが、ひしひしと伝わってきます。私も、この主人公のことを好きになりました、だからこそ、惜しいし、悔しい。どうぞ、この愛しい主人公を、読者さんの心の中でも生き生きと生かせてあげるために、そして出来れば、好きになってもらえるように、その周りの他のキャラクター達も生きた人間に育ててください。漫画も、私たちの生活でも同じで、誰かの魅力は、生きた人の中で、人と生きることによって、見えるものになります。すべてのストーリーのつじつまを、今は一生懸命主人公達だけに語らせてしまっていて、かわいそうに思います。ストーリー上に必要な重荷なら、どんどん背負わせてあげてください、しかし、作者がもっと努力して考えて解るように表現すべき部分まで、主人公の語りに頼って背負わせてしまっているように思いました。「うまく表現出来ないけど、何となく、こんな感じで」で放置してしまっているような所が少し多いような気がしました。これではあの健気な主人公達がかわいそうです。本を読み、映画を観、人の中で生きて、沢山の生きた人間の引き出しを自分の中に作ってください。その扉は、作品を描く時に無意識に開かれ、愛しい主人公を生かすために喜んで、たとえどんな損な役でも身を投げ出します。その力を信じるためにも沢山の市井の人々の記憶を自分の中に溜め込んでください。
■山本おさむ先生
前半に因縁めいた境遇からの脱出のように読めるが、後半・主人公が何を求めているのか、よく分からない。父親の像に作者は何を象徴させたいのだろうか。主人公の求めているもの(おそらく、この作品のテーマ)が明確にならないのは、作者の思想というよりは、作劇上の技術に問題があるからだ。それは、最初から最後まで主人公が常に「受け身・受動態」だからである。作者がそのように作っている。前半はそれでもいいのだが、後半に至っても「地獄から抜け出す金」を父親がどこかから持って来てくれる(主人公は何もしない)。おばさんが迎えに来てついて行く(主人公は何もせず従う)。父親のユーレイのようなものが現れる「主人公は何もしてない」―――と主人公は総て受身一辺倒である。後半は主人公が自ら行動を起こす。“受動”から“能動”へと転換する事によって、ドラマを展開すれば、主人公の内面(求めているもの)も、もっとハッキリ出てくるはずなのだが、作者がそうしないから、与えられた状況に不平不満を言って、最後に演説をするだけの主人公になってしまうのだ。テーマと作劇の技術は表裏一体のものなので、技術を間違うと作品全体にダメージを与えてしまう。作者はこの辺り留意されたい。
■黒丸先生
作者の中にイマジネーションがあふれていて、持てあますほどのエネルギーが渦巻いているのを感じた。この作品では、そこから漏れ出した一端が見える程度。作者さんは、もっと長い話が描いてみたくて仕方がないんじゃないかな。主人公の表情に色気があってすごく良い。直情的な怒りや押し殺した憤懣や、こらえきれない哀しみなどの激情がよく描けていて、計算を超えた作者の熱意を感じました。終わりのない夢を見ているような構成で、流れにも勢いがある。ただあまりにも展開が走っていて、少し疲れちゃう感も。もう少し画面内の情報量を整理すること。1P 単位での構図にメリハリをつけて、力を抜くところは抜いて、ぶつけるところは全力でぶつける。そして、クライマックスに向けて全体で盛り上げていくといいかな。セリフももう少し厳選して、絞ってみたらどうでしょう。あとから読者が思い返したときに、「あんなセリフ言ってたな」とぱっと思い出せるくらいに。描きたいものや、それに対する熱意を感じる作者さんです。こういう熱さは、計算や理論では出せません。その熱さを大事にしつつ、これからはさらに技術を磨いていって、「作品」としてのレベルをどんどん上げていってほしいと思いました。
■乃木坂太郎先生
作者が強い情動に駆られて、描いている感じは素敵だと思います。“熱”というのは何より大事だと思うので。しかし、とにかく構成が分かりづらいです。時間があちこちに飛び、その時点でのふき子の意識がどこまで現在のふき子とシンクロしているのか分からない。カンゾウが描き分けられてなくて、どれがカンゾウか分からない。ふき子のカンゾウへの愛情の起点が分からない。もっと丁寧に、自分の熱い気持ちを冷静に俯瞰して構成すれば、もっと良い作品になると思います。

佳作

『マーメイド エレジー』倉橋リョウ(東京都・26歳)

この作品を読む

■高橋しん先生
人のもつ、ギリギリ「いい所」を、うまく切り取れています。これ以上描くと甘く、以下だと伝わらない、いいバランスだと思います。絵柄も最初は、とても上手だがもう少し甘くしてもいいのではと思いましたが、読み進めるうち、この読後感はこのバランスでしかえられないのでは、と思うようになりました。人が描けている、いい作品です。課題は、中盤の無個性、もしくは、頭の中でふわっと考えてそうなつなぎの展開。作者の方には失礼ですが、何となくこんな感じで話が進んで…と、そこに作者の個性も、情熱も、薄かったように思えました。何を言いたいかと言うと、途中で、読むのをやめてもおかしく無かった。もう少し短くてもいいのかな?私は、たまたま審査員でしたので、最後まで読んで、この物語の持つ独特の、貴重な余韻にたどり着けましたが、ぜひ次回以降はより沢山の読者さんを、ここまでたどり着かせてほしい。無名の作家さんの、無名の作品で読者さんを頂上まで連れて行って、見せたかった景色を見せる、その山の高さに、もっともっと恐怖してほしい。そのいい意味の恐怖がプロへの、更なる険しい道につながっていると、私は信じて登っています。完璧な作品など無いが、今持つチカラの出来る限りで、出来る限りの読者さんをその場所までたどり着かせてほしい。作者さんにはそれが出来ると思うし、私は、それが見たい。
■山本おさむ先生
せっかくの設定が尻切れトンボで終わってしまって残念。人魚工場の説明をしながら登場人物を紹介するのは起=B一匹残った人魚を逃がしてやるのは承=B本作は転∞結≠ェないまま終わっている。この後に転∞結≠続けて描くとページ数が長くなってしまうだろう。ならば、どうするか。「一匹生き残った人魚を逃がしてやる」という行為を転∞結≠ノするしかない。そうなると人物紹介の起≠フ後に、主人公と父親、主人公と人魚、主人公と街全体(特に季の工場)の間にドラマを仕組んでいかなければならない。これが承≠ノ相当するだろう。人魚との恋とか、人魚とは何かという謎解きとか、季の工場に忍び込んで何か秘密を探るとか、街全体を敵にまわす事になるとか、作者は考えてみる必要がある。そうするとページもかかるので起≠フ部分をこうのんびりと描いてはいられない事に気付くだろう。そして、無駄のない描写・テンポ・セリフの厳選、カッティング等々が必要な事を理解するだろう。映画『ブレードランナー』や漫画だと諸星氏の短編の構成なども思い返してみた方がよいだろう……という様に考えてみてください。何となく書き始めてページが無くなってきたので、この辺で終わりではいけませんぞ。
■黒丸先生
これは寓話ですね。ロマンチシズムとエロティシズム、そしてグロテスクが面白く融合していて、かなり刺激的な作品でした。でも根底に流れるものは優しくて、作品として面白かった。テーマ色が強めで、このイマジネーションと画力がなければただの説教になってしまうところだけど、「マーメイドの唄」というモチーフのおかげで説教色はきれいに薄められている。マーメイドのビジュアルがちょっと不気味なこと、知能の低いものとして設定したこと、主人公との交流に感情面でのふれあいが無いことなどはなかなか斬新で、作者のストーリーセンスを感じました。これはファンタジーでもなんでもなくて、まさに現実の物語、<潟Aル≠ナしたね。そっけない描き方だけど、これが物語というものかもしれない。読後に何か≠抱かせる力があると思います。マーメイドのインパクトが強かったので、マーメイド以外だったらどんなものを描くのかな。すごく興味のある作者さんです。
■乃木坂太郎先生
独特な世界観ですね。個人的には好きな世界です。この世界観を支えるだけの画力が少し足りない印象です。水槽の中の人魚などは、絵的にもっと酔いたいです。物語については正直あまり印象に残りませんでした。ラストの主人公たちの行動には共感できるし、自己満足ってやつはいつでも甘美なものだよな、と思うけど、世界を一瞬止められるというのは饒舌に感じました。