■2方向に分かれていく可能性も
今後のフィギュア界の新しい傾向も見えたような大会でした。2位に金博洋、3位には閻涵と中国の両選手が入りました。彼らのジャンプは「ジャンプも芸術」と言いたくなるようなものでした。スピードも飛距離もあり、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)などは10メートルほど先まで跳んでいるのではと感じるほどです。難しいエッジワークを多く入れているわけではないのですが、それらを吹き飛ばす勢いがあります。「このような素晴らしいジャンプも芸術だ」と思わせる力がありました。
フィギュアスケートはこの先、2つの方向に分かれていくのかもしれません。難しい4回転ジャンプを次々こなし、芸術の域までジャンプを極める路線をいくのか。4回転は跳びつつ、スケーティングもスピンもダンスも磨き、総合芸術の王道を目指すのか――。
その点、金選手は両方を追求できる可能性があります。ジャンプだけなら重心が低く、スケートの力をジャンプにつなげられ、1992年アルベールビル冬季五輪銀メダリストの伊藤みどりさんをほうふつさせるような魅力です。今はジャンプに焦点を合わせて練習しているようですが、スケーティング、エッジワーク、スピンにも時間をかけるようになったら、怖い存在ですね。潜在能力の高さを感じました。
中国の選手は今までペアが強く、彼らは積極的に海外まで行って練習をしていました。最近はシングルの選手にもいいプログラムを作っているように思いました。ロシアにジャンプだけ習いにいくようなことは昔からしていましたが、現在はカナダまで行き、ローリー・ニコルさんやデービッド・ウィルソンさんらトップの振付師に依頼しています。それに合わせた衣装も作っているのでしょう。皆さん、すてきなプログラムを滑っていました。
■浅田選手らいい手本が身近に
日本選手もかつてはトップの選手が多い海外のスケートクラブへ練習に行くことがよくありました。しかし、現在は以前ほど海外に目が向かなくなってきました。10年近くにわたって浅田真央選手ら世界のトップスケーターが身近におり、すぐそばで良い見本を見られるからです。振り付けのために海外に行く選手はいますが、宮本賢二さんのように評価の高い振付師も国内にいます。さらに、日本スケート連盟が元世界王者のステファン・ランビエルさん(スイス)やジェフリー・バトルさん(カナダ)のように実績があって引退後も指導者・振付師として評価の高いスケーターを招き、合宿をするようになっていることもあります。
日本選手のジャンプの技術が向上したのは、次のような事情があるのかもしれません。米国やカナダではリンクの数が豊富にあり、一度にリンクで練習する人数も少ないので、いくらでもジャンプの練習ができます。「視界に他の選手の姿が入ったから集中できない」と、途中でジャンプを止めてしまう選手も珍しくありません。ところが日本でそんなことをしていたら、練習できる回数が減ってしまいます。
スケートリンク内で跳べる場所が見つかったら必ず跳ぶ、ジャンプの途中で回転を止めない、混雑したリンクで人の邪魔にならないように軸はしっかり締めるなど、必要から生まれた知恵とはいえ、こうしたことが身に染みついているのは日本選手の強みでもあるのです。