変革生むデータサイエンティスト

野上大輔記者
「データサイエンティスト」という職業をご存じでしょうか。文字どおり、「データ」を取り扱う「科学者」という意味の職業です。何のデータを扱うかというと、ここ数年企業の間で注目されている「ビッグデータ」です。
データサイエンティストは膨大なデータを分析して、企業の収益に結びつく特徴を導き出し、アドバイスする役割を担います。プログラミングをはじめとするコンピューター技術や統計学だけではなく、経営戦略の知識も必要だと言われる、ここ最近生まれた高度な人材を指します。この分野では、日本は導入が遅れていると言われていたのですが、企業の現場で活躍の場は広がりつつあり、データサイエンティストが変革をもたらそうとしています。経済部の野上大輔記者が解説します。

データサイエンティストで先端を行くアメリカ

Googleのチーフエンジニアだったハル・バリアン氏に「これからの10年で最も魅力的な職業だ」と言わしめ、一躍有名となったデータサイエンティスト。

日本では9割以上の企業がデータ分析のスキルを持つ専門家が不足しているという調査があるなか、データサイエンスの分野で先を行くのはアメリカです。

われわれが、ふだん目にするAmazonのオススメ商品を勧める機能をはじめ、GoogleやFacebookといったIT企業も、核となるサービスをデータサイエンティストに頼っています。アメリカでは、こうしたIT企業だけではなく、業種を問わず多くの産業でデータの活用が当たり前となっています。

例えば、大手総合物流会社の「UPS」では、荷物を配達するトラックのエンジンやブレーキ、バックドアなどにセンサーを取り付けて膨大な走行データを収集しています。走行スピードやブレーキの回数、走行距離などの情報をデータサイエンティストが解析することで最も効率的に荷物を配達できるルートを選び出し、約5万5000人のドライバーそれぞれにルートを指示しています。その結果、走行距離を年間で1億6000万キロ短縮し、3800万リットルのガソリンを節約できるようになったといいます。

ニュース画像

UPSの産業エンジニア部門で副社長を務めるホランド氏は「今の時代はデータサイエンティストを活用してビジネスに適用させることが間違いなくカギになる」と話していました。

大手コンサルティング会社の試算では、アメリカではデータサイエンティストの貢献によって2020年までに製造業や小売り業だけで37兆円、企業の収益を増加させるとしています。

日本でも活用ケース徐々に増える

世界の潮流に合わせるように、日本でも活用のケースが徐々に増えつつあります。

日本航空では、データサイエンティストを抱えるIT企業「Automagi」の協力を得て、日本で最も利用者の多い羽田空港の人やモノの動線の分析しようという取り組みを始めました。

これまで多くの観光客やビジネス客が往来する空港内の人の行き来については、数値化されていませんでした。特に羽田空港で無料で貸し出されているベビーカーや車椅子の貸し出しでは、混雑時に足りなくなることに乗客からは不満の声があがっていました。

そこで、データサイエンティストの出番です。羽田空港で利用者向けに提供する車椅子とベビーカー200台、空港職員が使う携帯型の無線機90台に、電波を発信する装置を取り付けます。空港の国内線ロビーを中心に、車椅子、ベビーカーやスタッフがどこにいるのか、パソコンやタブレットでリアルタイムで把握できるようになり、どの場所で不足しているのか具体的に把握できるようになりました。さらに蓄積されていくデータを分析することで、年間7400万人が利用する羽田空港内の業務の効率化につなげようとしています。

日本航空空港企画課の高橋慶太副課長は「位置情報が把握できるようになったことが大きな収穫で、定量的なデータを航空会社のサービスに生かしていくことは重要だと考えている」と話し、今後さらにデータの活用を拡大していく戦略を強調していました。

ニュース画像

企業の効率化につながるデータサイエンティストの分析力を、一見データとは無縁にみえる農業にいかそうと動き出している企業もあります。

ITベンチャーの「ベジタリア」では、これまで農家の勘や経験に頼られていた農作業の「データ化」を行い、データサイエンスを導入しています。

全国の700か所以上の農地に設置された計測器から温度や湿度、土壌の水分量やミネラル量をビッグデータとして収集し、分析。これらの全国データと情報を提供する農家の現状を比較。現在の温度や湿度などが適切なのか、温度を上げたほうがいいのか、下げたほうがいいのかなど、農家にそのつど、最適な栽培方法を教えることができます。

このサービスを使えば、例えば、栽培している作物に足りない栄養分を農家にリアルタイムに示すことができます。これによって、農家のハウス栽培では温度の管理を変えたり、足りない栄養分の肥料を足すなど対応をとることができます。

また、育てている農作物に病虫害が将来起こるかどうかを予測する新たな診断システムも開発しています。病虫害になった植物の画像を大量に集めて、病虫害になりやすい植物のパターンを解析。農家が病虫害になる前の農作物の画像をベジタリアに送ると、その植物がどんな病虫害に浸食される危険性かあるかどうかが分かる診断ツールです。

ニュース画像

出遅れる日本、危機感は

しかし、日本でデータサイエンティストを活用する企業はまだまだ少ないのが現状で、この分野で日本は出遅れていると言わざるをえません。

なぜデータサイエンティストの活用が広がらないのか、原因は主に2つあるといえます。

1つが日本式ともいえる「企業文化」です。日本企業は製造業を中心に、現場社員の経験や勘に頼る度合いが大きく、外に向けてデータを出して付加価値を高めていく姿勢が希薄だという指摘があります。また、日本企業では、仕事が部門ごとに細分化しがちで、データの利用が特定の部門だけに偏り、結局、会社全体でデータを普遍的に扱う文化が根づかない傾向がありました。このままでは、アメリカだけでなく、中国やインドなどITに注力する国にも置いていかれることに日本政府も危機感を覚えています。

経済産業省でIT戦略を担当している情報通信機器課の津脇慈子総括補佐は「企業側はデータサイエンティストによって何が生まれるかっていうのが分からず、データサイエンティスト側も企業から生のデータがもらえない構造に陥っている」と指摘していました。

ニュース画像

2つ目の要因は「人材不足」です。日本の大学でデータサイエンティストを養成する専門課程は現在数コースしかありません。統計学やコンピュータ技術を持つデータ分析に必要な知識を持つ人材は国内にはおよそ3400人しかないとされています。来月には国内で初めて専門の学部を設置する大学もありますが、人材育成はまだまだ始まったばかりです。

これから第4次産業革命と言われるモノとモノがすべてインターネットで結びつくIoTの時代を迎えるなか、インターネットを介して集められる大量のビッグデータを‘誰が’分析するのかはますます重要になっていきます。

膨大なデータを有効に活用して新たなサービスに結びつけていく。データサイエンティストが企業の競争力に直結する時代を迎えるなか、人材育成が日本の経済成長にとって重要なカギを握りそうです。

ニュース画像