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ワールド・カスタマイズ・クリエーター 作者:ヘロー天気

本編

3/11

ダイジェスト版2‐2



 ガゼッタ軍の武装解除が行われる中、撤退を始めた精鋭団の動きを注視するゼシャールドは、これでブルガーデンとフォンクランクの関係も改善されるだろうと、一先ずの決着が見えた事に肩の荷が降りた気分で息を吐いた。

 風通しの良くなった水鏡本部で次の段取りを話し合いながら、ゼシャールドはパウラの都市部にあたる街並みを眺める。常にゼシャールドの周囲を固めていた護衛の神民兵達が、この忙しない雑然とした空気の中で都市部に向かう制圧部隊や巨大隔離防壁から出てくる武装解除されたガゼッタ兵に気を取られて護衛対象から目を離したその瞬間――

「むっ?」

 背後から一気に近付いたベルーシャがゼシャールドの左肩甲骨と胸椎の間に手を当て、自身の得意技である付与系水技を行使した。ベルーシャの水技は対象を瞬間的に凍結させる神技。相手の心臓を一瞬で凍らせて即死させるという怖ろしい暗殺神技だった。

 ――ピシリッと、何かが砕ける音がした。

 確かな手応えを感じ、ベルーシャは任務の達成を確信して退路の確保に動く。ゆっくりと振り返りながら倒れ伏すかと思われたゼシャールドは、奥の部屋へ下がろうとするベルーシャの腕を掴んだ。

「っ!」
「残念じゃったの」

 確かに心臓を凍らせた筈だと、ベルーシャはもう一度『凍結』を行使しようと手を伸ばす。が、ゼシャールドの方が早かった。

「な、何事ですか!」
「うむ、どうやら刺客じゃったらしい」

 驚く護衛役達にそう説明しながら、ゼシャールドは床に散らばる指輪の欠片を拾い上げる。レイフョルドによって神器と共に届けられた白金の指輪の残骸。悠介曰く『身代わりの指輪』であった。

 ベルーシャの神技は相手に触れていないと効果が発揮されないので、拘束して転がしておけば危険は無いとしてトドメは刺さない処置が取られた。




 水鏡本部内で発生した暗殺騒ぎは僅かな関係者の間だけで処理され、神民兵を率いたゼシャールドが議会堂制圧に向かった頃、長城前の巨大隔離防壁の前に並ぶ武装解除されたガゼッタ兵の中に、手枷を付けられていても悠然と立つシンハの姿があった。

 防壁を片付けに来てそれを見つけた悠介は文句の一つも言ってやろうかと其方に足を向けたが、二人の女官を引き連れた女王がシンハと向かい合う光景に立ち止まる。

 つかつかとシンハの前に歩み寄ったリシャレウスは、細い眉を顰めて睨みつけると強い口調で言い放った。

「あなたは……っ 何をしているのですか!」
「リシャか、見ての通りだ。折角の晴れ舞台が台無しになってしまった」

 『戦は時の運だな』などと肩を竦めて見せるシンハに、リシャレウスは心苦しいような表情を向けた。

「何故こんな無茶な戦いを」
「無茶ではないぞ、少々闇神隊の力を見誤ったがな」

 あの力こそが『無茶』であり、あれが無ければ勝っていたと悪びれる様子も無いシンハは、うち(ガゼッタ)も一枚岩ではないので世継ぎが生まれる前に行動を起こす必要もあったのだと、少しだけ内情を語る。

「私を、討つつもりだったのですか」
「まさか。解放してやるつもりだったさ」

「解放ですって? 私が籠の中の鳥だとでも仰りたいの?」
「自覚がないのか? それとも、強がりは相変わらずか?」

 気丈に振舞うリシャレウスの胸の内を見透かすようなシンハの態度に、リシャレウスから軽い溜め息と共に呟きがこぼれる。

「傲慢な人」
「そうだとも、王は傲慢でなければ自国の民一族を導くことなどできん」

 どうやら顔見知りであったらしいシンハとリシャレウスの会話に、痴話げんかのような雰囲気を感じとった悠介は、もう少し二人のやり取りを見守る事にした。

 女官を皮肉でからかって論破したり、リシャレウスの政治手腕に疑問を投げ掛けるなど、バーバリアンな見掛けの割りに中々口達者な駆け引きを見せるシンハ。

「で、俺たちの処遇はどうする?」

 リシャレウスを追い詰めるような問い掛けから一転、肩の力を抜いて口調を戻したシンハは自分達の処遇を尋ねた。一応はブルガーデンの捕虜という事になっているので、女王の裁断で決められるのだ。

「……私の名において、あなた方には即刻ブルガーデン領内からの退去を命じます」

 女王の権限でシンハ達の放免と国外退去命令を告げるリシャレウス。

「シンハ、私は必ずお父様の理想を実現します。私が倒れるその時まで、この国に手を出さないと約束して」
「見守る……と、いう事か。 良いだろう、暫らくは様子をみてやる」

 あくまで傲慢に上から目線なシンハの在り方。女官の二人は眉を顰めたが、リシャレウスは表情を緩めて微笑を浮かべる。

「ほんとに、貴方という人は……昔から変わらない」
「お前も人の事は言えまい。まあ、外見は随分と美しくなったものだがな」

「な、何を仰ってやがるのかしらっ!」
「リシャレウス様、言葉、言葉!」

 昔馴染みの、恋心を持った事もあった相手からの不意打ちに、ついうっかり水巫女の女王というオーラの奥深くに封印していた地を出してしまうリシャレウス。マーシャに指摘されて口元を抑えながら赤面する姿は、彼女の素顔である可憐な一面を見せていた。

「ふっ」
「と、とにかく、ガゼッタ軍は放免にします。彼等の枷を――」

 リシャレウスはシンハ達の枷を外すよう、離れた所に控えていた私兵となる神民兵に指示を出す。
 自分達の女王に対するシンハの不遜な態度に不満はあれど、女官の二人と違って女王が話をしている所に割り込む事の許されない彼等は、『所詮は我々の捕虜だ』と優越感の態度を見せる事で意趣返しを狙っていた。
 その気配を敏感に感じ取ったシンハは部下達に目配せすると、徐にリシャレウスに向き直る。

「一つ忠告しておいてやる、白族の戦士にとって武器など道具の一つに過ぎん」

 獰猛な笑みを浮かべてそんな事を語り始めるシンハに、神民兵達は足を止めて怪訝な表情を向ける。リシャレウスはこういう顔を見せた時のシンハを知っているので、少し後退った。

「道具など無くとも、俺たちは身体一つで戦う事が出来るのだ。 このようになっ!」

 シンハは枷で拘束された両腕を胸の前に持ち上げると、それを力尽くで引き千切って見せた。すると、シンハに倣って他の白刃騎兵団員達も次々と枷を引き千切る。無技人用の木製枷とはいえ、拘束具を素手で破壊する腕力に神民兵達は目を瞠った。
 そうして固まっている神民兵達を尻目に、獣のような身のこなしで地を蹴ったシンハは、一気にリシャレウスとの間合いを詰めた。

「……なっ!」
「甘いのだよ、お前は」

 驚いて見開かれた空色の瞳を覗き込みながら、シンハは彼女の頭部に手を伸ばしてスッと一束、水色の髪を梳くい上げると、その髪にキスを落として身を離す。入れ替わるようにリシャレウスの傍へ駆け寄った女官の二人がシンハを威嚇した。

 シンハはそれを嘲笑うように背を向け、さっさと仲間の所へ戻って行く。今の一連の動きは、やろうと思えば何時でも枷を破壊してお前達を殲滅できたという意味が籠められていた。
 事実、女王の髪に接吻をするのではなく、そのまま人質に取ってしまえば、ブルガーデン側は手出し出来なくなっていたのだ。

 撤退準備を始めるガゼッタ軍に警戒の籠った視線を向けるブルガーデンの神民兵。俄かに剣呑な空気が漂い始めたその時、黒髪に黒い隊服のフォンクランク軍闇神隊長が、ガゼッタ軍白刃騎兵団長に歩み寄る。
 今回の戦いで或る意味、大暴れを見せた『無茶』な力を振るう闇神隊長の登場に、ガゼッタ軍の戦士達は若干緊張を見せた。

「くらっ シンハ!」
「ユースケか、お前には完全にしてやられたな」

「お陰でこっちはまた面倒な事になったじゃないか、あんま力見せる気無かったのに」

 どーしてくれると詰め寄るも然程怒っている様子もない悠介に、シンハはさらりと重要なキーワードを口にした。

「お前の力になるさ、邪神としての役割を果たせるようにな」

 思わず表情を強張らせた悠介にシンハは軽く笑ってみせる。悠介が邪神としてこの地に喚ばれた事を知っているのは、ゼシャールドの他はスンくらいしか居ない筈なのだ。

「この地でお前の存在は大きく、そして薄い」

 俺たちは数千年の歴史の上に立っているからなと、召喚されて来た悠介の立場、存在に対する見解を述べるシンハ。

「白族帝国の復活は神技人世界の滅亡を指す、邪神の役割はその切っ掛けとなる事だ」
「なんでだよ、共存しろよ」

 結論から入るシンハに、悠介はどちらかが滅びなければイケない明確な理由なりルールでもあるのかと突っ込む。

「白族社会を滅亡させた神技人が繁栄しているのなら、白族の繁栄は神技人社会の滅亡が条件となる」
「答えになってねーよ、それじゃこの先また同じ事が繰り返されるだけだろうが」

「そうだとも、永遠の繁栄など無い。これはカルツィオの大地で繰り返される世界の営みだ」
「……お前」

 何かを知った上での確信染みた自信を覗わせるシンハの堂々とした言葉に、悠介はシンハが邪神の何を知っているのか気になった。白族の里には、三千年に及ぶ歴史の流れが記されているという。

「邪神の歴史が記される里で待つ。 お前は必ずガゼッタに来る事になるだろう」

 やけに含みを持たせた言い方が気になった悠介は、それはどういう意味かと訊ねようとした。が、その時ガゼッタ軍に所属する風技の伝達係らしき兵が馬を引いて近付いて来ると、シンハに何事か耳打ちする。俄かに顔を曇らせるシンハ。

「訂正だ、興味があるなら見に来るといい。歓迎するぞ」

 そう言って馬に跨ったシンハは、白刃騎兵団に撤退命令を出した。

「引き揚げだ!」

 長城から数百メートル離れた所で全軍との合流を果たしたガゼッタ軍は、乾き始めた地面に馬の蹄の音を響かせ、土煙を上げながら長城沿いにガゼッタ方面へ向けて去って行った。


「存在が薄いか……」

 ガゼッタ軍の撤退を見送って一息吐きながら呟いた悠介は、とりあえず巨大隔離防壁の解体と長城の修理を始めるのだった。


****


 朝起きたら世界が変わっていた。

 と、彼女はそのとき思った。何時も通りに起床して水の団制服に着替え、水鏡の本部に向かおうと部屋を出ると、何故か水鏡の神民兵が廊下を歩いていた。プラウシャが目を覚ました時、議会堂は既に水鏡の部隊によって制圧された後だった。

 プラウシャは元々水鏡の中でもイザップナー派とは見做されておらず、今回の内乱騒ぎにも参加せず部屋で寝ていた事から、彼女を疑う者はいない。よって、身柄を拘束されるでもなく、部屋を出て自由に歩き回ることが出来た。

 パウラの都市部では朝から水鏡所属の精鋭団と神民兵が、イザップナー派勢力に属する官僚の身柄確保や施設制圧に走り回り、物々しくも整然とした雰囲気で中心街の通りを馬車が駆け抜けていく。パウラでイザップナー体制が終焉を迎えた朝であった。


「すること、なくなっちゃった……」

 長城の上道通りをあてども無く歩いていたプラウシャは、移動店舗などがゴッソリ無くなってやけにスッキリした通りの先に、見慣れない制服の精鋭団員らしき姿を見つけて、何となく其方に意識を向ける。
 欄干の縁に頬杖を付いて遠くを眺めているその人物は、真っ黒な制服にマントを纏い、髪の色も黒だった。

『……え? 違う、精鋭団じゃない』

 フォンクランク宮殿衛士の紋章を付けた黒い隊服を纏うその人物が、噂に聞く『ギアホークの英雄』だと気付いたプラウシャは、思わず立ち止まって凝視する。この場合、足が竦んでしまったと表現した方が正しいだろう。
 気配を感じ取ったのか、闇神隊の隊服を纏うその人物がプラウシャを振り返った。




 警戒と動揺を滲ませた視線を向ける精鋭団員らしき制服姿の少女に気が付いた悠介は、苦笑しながら声を掛けた。

「そんなに怯えなくても」
「お、怯えてなんかいません!」

 ビクリと肩を震わせては思いっきり裏声で反論され、悠介は『しまった、ここは天候の話題辺りから入るべきだったか!』などと、選択ミスを悔いながら普通に交流を試みる。
 初対面でしかもほんの数時間前までは敵対していたのだから、当然の反応だろうなぁと思いつつ、悠介は自然体で接した。始めはかなりの緊張を見せていた彼女も、悠介の穏やかな受け答えに気持ちが和らいだようだ。
 ブルガーデンにも『ギアホークの英雄』の事は伝わっている。しかしギアホーク砦事件の詳細については殆ど伝わっていない事が分かった。悠介はブルガーデン精鋭団の制服を来た彼女の質問に答える形で、ギアホーク砦で何があったのかを語って聞かせた。

「隊長ー! 早速ブルガーデン娘を引っ掛けてるんすかぁ~」
「ちゃうわっ お前と一緒にすんな」

 長城の下から囃し立てるような部下(フョンケ)の声が響き、悠介は身を乗り出してツッコミを返す。

「それじゃあ、俺は行くから」
「あ、はい、お話ありがとうございました」

 何処か翳りが取れたような表情を見せる精鋭団の彼女と別れ、悠介は長城の上道を後にした。




 一旦ディアノース砦まで引き上げた悠介達は、衛士団の一部をそのまま砦に駐留させて、闇神隊はサンクアディエットに帰還する。
 ゼシャールドは政務関連の業務引継ぎなどの作業を行う為、あと四、五日はパウラに残って活動を続ける。闇神隊とヒヴォディルがサンクアディエットに帰還したのは、この日から二日後、ザッルナーの火月の十日目の事だった。

 『ギアホークの英雄』が、今度は『ディアノースの英雄』としてフォンクランクに勝利をもたらせた。サンクアディエットの街はそんな噂で持ちきりである。ガゼッタに関する情報は不自然なほど含まれていない。エスヴォブス王の何時もの情報工作であった。

「戻ったかっ ユースケ!」
「おかえりなさい、ユースケさん」

「ただいま――って、なんでスンが宮殿(ここ)に?」

 帰還早々予想外の出迎えを受けて驚く悠介。ヴォレットは『わらわが呼んだのじゃ』と結論だけ答える。悠介達が砦建設に出発した日の夕方から宮殿に招き、ずっと一緒に過ごしていたらしい。

「姫様! 不肖ながらこのヒヴォディル、無事任務を果たして帰還致しました!」
「おお、ご苦労であったな。父様もお喜びになるじゃろう」

 ヒヴォディルを適当に労ったヴォレットは任務の話を聞かせよと悠介にせっついている。ゼシャールドも数日中に戻るとあって、色々とご機嫌のようだった。ズルズルと何時もの部屋に連行されていく悠介を見送ったヒヴォディルは、その後に続くスンの姿を見て、ガゼッタ軍の白刃騎兵団とシンハ王を思い出す。

「ふむ……どうも彼等からは、国軍というよりも傭兵に近い戦闘集団のような気配を感じたな」

 あれは国家間の駆引きなど考えず、邪魔なモノは蹴散らしていく覇王タイプの人間だと、シンハの事を分析する。
 悠介を取り込もうと画策していたようだが、覇権主義国(ガゼッタ)に悠介の作る特殊装備やパウラ戦で見せたような出鱈目な神技が加われば、カルツィオに(あまね)く神技人の国々は簡単に蹂躙されてしまうだろう。

「これは、婚約者候補組が愚行に及ばないよう、僕が抑え役をしないとね」

 名門ヴォーアス家の家督でありながら神技力が低い事に対する自身のコンプレックスにより、成り上がる事ばかり考えていたヒヴォディルは、自然体で接する事の出来る戦友(ゆうじん)を得た事で価値観に変化が起き始めていた。ここに至り、彼は悠介に付く事を選んだ。

「まあ、それはそれとして、国王様からの褒美はなっにっかな~」

 初陣を果たして実戦を経験し、無事に帰還したという事実も彼の気持ちに余裕をもたらせる結果に繋がっていた。婚約者候補組の中でも、また宮殿衛士の中でも、実戦で手柄を上げた衛士はここ最近あまり居ない。そもそも機会が無いのだから。

 この日、宮殿上層階でスキップしながら廊下を行くヒヴォディルの姿が、使用人達の間で何度か目撃されたそうな。


****


 闇神隊が帰還した翌日、任務で潰れてしまった休暇の残りを与えられた悠介は、ついでにスンをルフク村まで連れて帰る事にした。
 ノンビリと雑談に興じながら馬車で街道を行く悠介とスン。宮殿で過ごした六日間の出来事を、スンが掻い摘んで話してくれる。順調に街道を走り抜けた馬車は、昼過ぎ頃にはルフク村に到着した。

 村に入り、ゼシャールドの家の前で馬車を停めていると、何処かそわそわした様子のバハナが、収穫祭で役員をやっていた村のおじさん達数人と一緒に駆け寄って来た。

「よかった、ちゃんと帰ってきて……アンタたち無事だったんだね」

 思わず顔を見合わせた悠介とスンは、一体何がどうしたのかとバハナ達に安堵の理由を訊ねる。聞けば数日前、丁度パウラで悠介達が戦っていた日にガゼッタ軍を名乗る無技の戦士達が村を訪れ、スンを探していたのだという。

 スンはサンクアディエットの宮殿に呼ばれて留守にしていると聞いた彼等は『先手を打たれた――』とか『まさか予知能力が――』などと相談し合い、不在なら致し方あるまいと諦めた様子で風技の民に何やら言い付けていた。

 気を取り直した彼等は広場に村人達を集めて本来の目的であるガゼッタへの亡命を呼び掛けた。
 しかし、ルフク村は元々神技人であるゼシャールドが同じ村民として住んでいた事で、神技人支配者による徴収が行われる事もなく、また最近も悠介の仕官に付いてきたオマケなどで色々と優遇されている環境なだけに、不満を持つ者は殆どいなかった。

 僅かに数人、呼び掛けに応じた者を連れて彼等は引き上げて行ったそうだ。ちなみに、応じた者の中には村八分状態寸前にあったタリスも含まれている。彼は収穫祭でやらかした痴態に今までの素行によるツケが回って村内でも微妙な立場になっており、常々環境を変えたいと考えていたようだ。

 シンハが別れ際に言った言葉と訂正の意味が繋がり、悠介は合点がいった。と同時に、今後もスンを狙われる可能性がある事に思い至る。ヒヴォディルの分析やシンハの態度から、彼が自分をガゼッタに呼びたがっているらしい事は何となく感じていた。

「強引な手段にでないとも限らないからなぁ」

 ガゼッタが掲げる国策の内容が内容なだけに、親善大使というような形で出向く事も難しい。悠介はとりあえず、ガゼッタの事もスンの事も、邪神(じぶん)の事も含めてゼシャールドが帰ってきてから相談しようと一時棚上げした。




 議会堂の出入り口の所で、ゼシャールドはこちらでの教え子と顔を合わせた。

「あ、ゼシャールド指導官」
「おお、プラウシャ君か」

 以前は何処か陰のある印象があった彼女も、今では本来の姿なのであろうすっきりした明るい表情を見せている。
 議会堂が制圧された当日に長城の上道で闇神隊長(ユースケ)と話をしている姿が目撃されていたので、何か気持ちの整理が付くような話が出来たのかもしれない。

「今から帰国されるんですか?」
「うむ、講義が中途になってしまってスマンのう」
「いいえ、指導官の講義はとても参考になりました」

 そのまま話をしながらパウラの馬車乗り場まで歩き、そこで別れる。

「それでは、元気での」
「はい、指導官もお元気で」

 こうして、ゼシャールドはエスヴォブス王との密約で始めた数年間に渡る極秘任務を完遂し、帰国の途に就いたのだった。


****


 パウラを出発したゼシャールドが任務完了の報告に宮殿へ立ち寄り、エスヴォブス王から大いに労われ、ヴォレットには大いに纏われつかれたりしながら一泊してルフクの村に帰って来られたのは、ザッルナーの火月の十三日目の事だった。

「おかえりなさい、ゼシャールド先生! ……と、どちら様でしょう?」
「お久しぶりです、先生。 ……と、精鋭団の制服?」

「おお、二人とも元気そうで何よりじゃ」
「……こんにちは」

 ゼシャールド先生がブルガーデンのベッピンさんを連れて帰って来た! てな具合に、村ではゼシャールドの帰還を喜ぶ声と、女連れに驚く声で暫し盛り上がった。

「……ベルーシャです」

 ブルガーデンを発つ日、無人の執務室に佇んでいたベルーシャを女王の下に連れて行ったゼシャールドは、今後ブルガーデンで女王に仕えるか、自分と共にフォンクランクに来るかという選択肢を与えた。
 ヴォーメスト団長と団員数名が行方不明にある現状、彼女をそのままパウラの独房に置く事は、もしもの事を考えるなら好ましくないと判断した。ベルーシャは新たな主君の下で働くか、ゼシャールドと共に新天地で平穏な暮らしに身を置くかという選択で、後者を選んだ。
 彼女なりに、他者の命を狩って自分の居場所を保つ生き方に疲れていたらしい。

 行使する力の性質上、人体の構造もある程度分かっているので助手としては申し分ない。そんな訳で、ゼシャールドはリシャレウスの許可を得て、ベルーシャを貰い受けてきたのだった。


 一通り騒いだ村人達も仕事に戻ったり家事に戻ったりと一段落し、久方ぶりの我が家に帰って来たゼシャールドはソファーで寛ぎながら『帰宅早々で悪いけど』と悠介からスンの事で相談を持ちかけられ、ふむふむと唸っていた。

「しかしまあ、そうじゃのう……いっそサンクアディエットに匿ってみてはどうかの?」
「街にですか? うーん、でも無技人街だとあんま変わらない気が……」

「いやいや、高民区にじゃよ。 お主、まだ今回の働きに対する褒美を貰っておらんじゃろう?」

 ゼシャールドが宮殿に立ち寄った時の様子では、悠介に与える褒美についてまだ結論が出せずにいたらしく、最終的には本人に何を求めるか問うてから、その内容如何を審議して決める方向で纏まり掛けていたそうだ。

「高民区に屋敷を貰ってそこにスンを住まわせれば、ガゼッタの連中も流石に手出しはできまい」

 スンが置かれる生活環境を考えると躊躇する悠介だったが、スンは街で悠介と暮らすゼシャールドの案に前向きのようだ。
 悠介は明日宮殿に戻る事になっているので、街での準備が整い次第スンを屋敷に呼ぶ方針で今後の対策とする。この日の夕飯は遅ればせながら悠介の宮殿衛士への昇進祝いとゼシャールドの帰還祝い、それにベルーシャの歓迎会がささやかに催されたのだった。


****


 ルフク村から宮殿に戻った悠介はスンの事情をヴォレットにも話して賛同を得ると、クレイヴォルからも問題無しとのお墨付きを貰ったので、ディアノース砦建設やパウラの一件に対する報酬に『家くれ』と要求して高民区に屋敷を建てる事が決まった。
 準備が調い次第、ルフク村からスンを迎える事になる。その間、色々と思う所のある悠介は余った時間を使って自身の能力開発を進めていた。

「こんなもんかな?」

 カスタマイズ・クリエート能力の基である『アイテム・カスタマイズ・クリエートシステム』には、アイテムのステータスや形状をカスタマイズする他に、ギミック機能という要素がある。
 これは装飾品などで背中に羽を生やしているような装備を作った場合、モーションを作って羽を動かして見せられる等、主に見栄えを楽しめる要素として備えられた機能であった。

 ゲームの仕様ではカスタマイズポイントを消費してそれらの要素をアイテムに付与出来るのだが、プレイヤーの中には『ギミック職人』なる作り手も居て、凝った仕掛けの施されたギミック付きアイテムデータが、アップローダーなどを通じてよく取り引きされていた。

「実物でやると中々面白いな、これ……」

 悠介が実験で弄ったのは手乗りサイズな馬車型の玩具。ゲーム画面内ではただ作って指定したモーション通りに動いて見えるというだけで、実用性皆無な、ある種ネタ機能とも言われる仕様だったのだが、現実の世界でギミック機能を反映して車輪を回転させれば、ちゃんと前進する事が分かった。

 あまり複雑な動きをさせるのは無理だが、単純な動きの組み合わせでなら色々便利な機械が作れそうな手応えを感じた。
 そこへ、何時ものようにノックも前触れも無くバタンッと扉を開けて飛び込んで来たヴォレットは、床をぐるぐると走り回る荷馬車の玩具に飛び上がって驚いた。
 仕掛けで動く玩具そのものは神技職人の作る物の中にもあるにはあるのだが、生きているかのように動く木彫りの馬や、人が早歩きする程の速度で床を走るような玩具は存在しない。

「びっくりした、亡霊の仕業かと思ったわ」
「なんで亡霊?」

「うむ、それなんじゃが実はな――」

 動く玩具をひょいと掴み上げてしげしげと観察しながら、ヴォレットは悠介の部屋に飛び込んで来た用件を話し始める。サンクアディエットの地下に埋まった街から夜な夜な這い出てくるという亡霊の噂。
 以前からよく囁かれていたのだが、最近また夜になると何処からとも無くぶつぶつと人の呟く声が聞こえてきたり、その付近で子供が行方不明になった等の噂があるという。
 古風な格好をした怪しげな人物の後を付けてみたら、行き止まりの路地に入って忽然と姿を消したなどと言う話もあった。

「幽霊騒動ってやつか」
「そうなのじゃ、まだ噂の真偽も定かではないので衛士を動かす段階でもない」
「で、俺に調べてこいと?」
「そうじゃ」

 にこーっとワクワクしているような笑顔を向けて頷くヴォレット。少なくとも幽霊の類が駄目な子ではないらしい。

「という訳で、闇神隊出動じゃ!」
「へいへい」


 衛士隊の控え室に集まっていた闇神隊のメンバーにヴォレットからの緊急任務、地下の亡霊探索について話を振ると、皆それなりに噂を耳にした事があるようだった。他の衛士達も概ね何かしら話を知っており、とりわけ中民区出身者達の間でよく聞かれるという。

 昼過ぎ頃から始めた街での聞き込み調査によって集められた情報を総合分析したところ、中民区の第二層、主に土技の民が生活する区画で声が多く聞かれているという結果が出た。そして怪しげな人影が消えたという場所は、第一層のとある路地に集中している。

「結構場所とかはっきりしてるみたいなのに、誰も調べようとしなかったのかな?」
「まあ、こんな場所じゃあ近付こうとする一般民はそういませんやね」

 ここは中民区の中でも日当たりの関係であまり住む人のいない寂れた一画で、特に問題の路地は高民区との境目に建つ高い防壁と、中民区の無人になった大きな屋敷の廃墟に挟まれて閑散としている荒れた場所。狭い路地を挟む両側の壁に圧迫感を感じる。
 とりあえずカスタマイズメニューを開いた悠介は、路地と周辺のマップデータを調べてみる。

「んん? なんか穴が開いてるぞ?」

 カスタマイズメニューで一帯の構造を調べた結果、路地を曲がって直ぐの辺りにポッカリと穴が開いており、それは地下の空間に繋がっていた。埋められた旧区画の街に残る建物の内部は、嘗ての居住空間がそのまま残っている箇所が幾つもある。
 明かり持ちのヴォーマルを先頭に穴のある箇所まで路地を進んだ一行は、背丈程も生い茂った手入れされてない路地脇の植木の中に、隠されるように開いている穴と、そこから地下へ垂らされた縄梯子を発見した。

「そんなに古いもんじゃありやせんね……」
「最近も、誰かがここに来た形跡がある」

 地下空間で何者かの喋った声が反響して、地上を行く人の耳に聞こえていた可能性が出て来た。第一層であるこの場所よりも低い、第二層で多く謎の声が聞かれているという事実もこの説を有力にする。

 寂れた路地で発見した地下へと続く穴と縄梯子を前に相談し合う悠介達。街はそろそろ夕方の色に染まり始めていた。


****


 エイシャとシャイードを地上に残し、ヴォーマル、フョンケ、イフョカと悠介が地下に降りてみる。縄梯子はよく使い込まれていて、素材のしっかりした上等なモノであった。

「どうやらこの穴、人為的に開けられたモノのようですぜ」

 先に降りて足元の明かりを確保していたヴォーマルが、石畳の層を抜ける穴の不自然さを指摘する。たまたま自然崩落などで出来た穴に縄梯子を掛けたのではなく、恐らくは縄梯子を掛けた何者かが、この場所に穴を開けたのだろうと推測した。
 街を構成している石材は土技によってある程度の補強がされているが、同じ土技の力で掘削するのはそう難しい事ではない。無論、街を管理する部署への届け出なく勝手に穴を開けるのは禁止行為だ。

 悠介達が降り立ったのは、埋め立てられた古い屋敷の廊下の突き当たり部分。少し先に下へ続く階段が見えるので、二階以上の場所にある廊下であろう事が分かった。

「イフョカ、人の気配は?」
「誰も、居ないみたいです……あ、でも、半日ほど前に……誰かが、ここを通ってます」

「ふむ……」

 ある程度調べたら明日にでも人数を揃えて探索に来る事を話し合いながら、古い地下屋敷の中を進んで行く。廊下の先に見えていた階段を降りると、玄関ホールのような広間に出た。両側に伸びる廊下の片方は塞がれており、反対側の廊下を進んで地下への階段前までやって来る。そのまま地下に降りて通路なりに暫らく進み、突き当たりの階段を上ると庭園跡らしき場所に出た。
 (かつ)ては緑の芝生が広がっていたであろう枯れ草の広がる空間に、巨大な柱が幾つも連なっている光景は中々壮観であった。

「こりゃ凄い」
「昔はこの辺りも高民区だったみたいですぜ」

 大きな建物は石材で囲われて上の街を支える巨大な柱と一体化しており、小さな建物は柱群の間にそのまま残されていた。イフョカの風技で人の通った気配を追って柱の間を奥へと進む。
 途中、水没している箇所などもあり、カスタマイズで足場を作って向かい側に渡ると、小船が一艘つけてあった。

「あ……近くに誰かいます! ……土技の波動だと思います」
「やはり土技の民か……さっきの船からして、恐らく一人しかいねぇと思いやすが」
「それって、穴開けた本人かもしれないって事だよな?」

 穴の開き具合から見て加工系土技の使い手である事が予想される。悠介は念の為、いつでも防壁を出せる体勢を整えてイフョカの指す方角に声を掛けてみた。

「おーーい、誰か居るかーー!」

「……誰だ?」

 少し間をおいて警戒するような男性の声が響き、顔を見合わせる悠介達。とりあえず、ヴォーマルが代表で声の主に誰何(すいか)を向ける。自分達は衛士隊であり、街中(まちなか)の路地に怪しげな穴を発見したので地下を捜査に来たことを伝えた。すると――

「な、なに! 衛士隊? ちょっと待て、私は決して怪しい者ではないぞっ」

 声の主は慌てたようにバタバタと床を鳴らしながら柱の間に見えている建物の窓から顔を出した。そこが出入り口になっているらしく、黄髪の壮年男性がどっこらしょと這い出てくる。

「そこで止まれ、名前と所属、何故ここに居るのか言え」
「わ、私は中民区に住む一般民で小物の加工屋をやっている。名はソルザック、ここには趣味で街の歴史を調べに来ていたのだ」

 勝手に穴を開けて入り込むという非合法行為の自覚はあるらしく、ヴォーマルの尋問におどおどしながら答えている。そんな彼の容姿に、悠介は何処かで見た覚えがあるような気がして首を傾げた。
 暗闇の中、ヴォーマルが明かりを向けるまでその存在に気付いていなかったソルザックは、隊長と呼ばれた悠介の姿を認めると、『あっ!』という表情を見せながら思わず声を上げる。

「君は……ゼシャールド殿と一緒に居た黒髪の青年!」
「ん? あーっ 思い出した! 初めて街に来た日に見た人だ」

 ヴォレットにフードを燃やされて露わになった黒髪に災厄の邪神を疑われ、炎神隊の捕り物騒ぎが発生し、ゼシャールドが流暢にホラを吹いて邪神伝説に関する考察を語った時に、続きを聞きたそうにしていた壮年男性。
 彼は随分以前から地下に潜っては、日がな一日古い街の構造などを研究して過ごしていた為、悠介が闇神隊に就任した事や、最近ゼシャールドがブルガーデンから潜入工作任務を終えて帰還した事なども知らずにいたようだ。
 街の噂にある『古風な格好をした怪しげな人物』とは、数十年前に売り出されていた古いデザインの服を纏う彼の事であった。

「古い層の建物には珍しい建築様式のモノがあってね。昔の地図を見つけてから前時代の建物を研究するのが楽しくて楽しくて」
「はあ……研究するのはいいが、ちゃんと届け出をしてくれないと困るんだがなぁ」

「いやあ、まさか亡霊に間違えられていたとは……」

 ソルザックの話によれば、比較的浅い層に入り込んで住み着いている者や、野良唱が商売に使っている場所もあるという。家でペットを飼わせて貰えない子供が地下で動物を飼っていたり、彼等の遊び場になっていたりもしているそうだ。 

「まあ、なんにせよ明日だな。これで亡霊の噂も消えるだろ」
「そうっすね、あー帰ったら鳥肉の油木焼きでも食おっかな」
「でも、地下に住み着いてる人達の立ち退きで……また揉めるかもしれませんね」
「丁度いい、詰め所でごろごろしてる若い衆を働かせよう」

 地下に降りた時のような緊張感も無く、がやがやと雑談交じりに来た道を戻っていく闇神隊一行と道楽研究家。彼等が地上に戻った時は既に日も暮れており、見上げれば星の瞬く夜空が広がっていた。


****


「なんじゃ、結局亡霊の噂はその研究家と子供達の仕業であったのか」
「仕業というかまあ、そういう噂の正体なんて大抵はこんなもんだよ」

「ツマランのう。 しかし地下の街は中々面白そうじゃな、今度宮殿の地下でも探検しに行かぬか?」
「宮殿の地下ねぇ……」

 亡霊騒ぎの一件が片付いて数日、今日も下街の巡回任務を終えて自室に籠もり、ギミック機能の仕様をあれこれ確かめながら実験製品(ガラクタ)の製作に勤しむ悠介と、その実験製品(おもちゃ)目当てで部屋に入り浸っているヴォレットは、ノンビリとした時間を他愛無い会話で楽しんでいた。

「のうユースケ、これの大きいのは作れんのか?」

 実験で作られた動く置物を弄って遊んでいるヴォレットは、お気に入りの実験製品に結びつけた紐をくいくいと引っぱって見せる。彼女のお気に入りは『空飛ぶお皿』だ。円盤状の物体に四つの穴が開いており、その中に回転する羽が内蔵されている。

 悠介が元の世界で見た事のあるラジコン飛行機の中でも、変り種といえる円盤型飛行機を再現してみたモノで、なんと空中静止する事が出来るのだ。というか、空中に浮いたままふわふわしているダケなのだが。
 実に珍しい宙に浮くお皿を気に入ったヴォレットは、それに紐を付けて持ち歩いている。実は真上に浮かべていると結構涼しい。

「出来なくはないと思うけど、乗れるようなのは無理だぞ? 色々危ないし」
「ふむぅ、じゃあこっちの車輪が回って動く引き手の要らない車はどうじゃ?」

「それは今研究中、荷物用の台車で試したんだけどな」
「ほう! どうじゃった? 人は運べそうか?」

 台車の車輪をギミック機能で動かしてみたものの、荷物を載せると動かなくなったと悠介は首を振る。ギミック機能で付与出来るモーションはその状態でその動きが可能な分の力しか与えられていないらしく、ある程度の負荷が掛かると止まってしまうのだ。
 従って、重い物を載せても動けるだけの力を車輪に与える場合、予め重りなどの抵抗を付けて負荷が掛かった状態で回転モーションを付与、その後、重りを外した分だけパワーを増やすというやり方が必要になる。悠介は今し方完成させたミニ自動荷車を床に置いた。
 全長五十センチ、幅四十センチ程で、直径三十センチの車輪が四つ。後輪には重りで負荷を掛けながら回転モーションを付与してあり、操縦桿っぽい棒状のハンドルの先端にモーションのON・OFFスイッチを付けてある。

「さて、動くかな?」

 棒状のハンドルを又の間に挟むように胡坐をかいた体勢でミニ自動荷車に乗り込む悠介は、ヴォレットから期待の眼差しを受けつつモーションスイッチをONにした。車輪が回転しようとした僅かな振動が尻に伝わる。

「……」
「……」

 悠介を乗せた荷車は、その場からピクリともしなかった。

「何も起きぬな?」
「うーん」

 失敗したかと足を床に下ろした事で荷車に掛かっていた悠介の体重による負荷が軽減されると、途端に前進を始めるミニ自動荷車。直ぐにモーションスイッチをOFFにしたので引き摺られてコケるような愉快な事態にはならなかった。

「車輪に付けてた重りが足りなかったか……」
「どれ、わらわにもやらせてみよ」

 悠介よりは体重が軽いであろう自分なら、少しは動けるかもしれない。そう言っていそいそとミニ自動荷車に乗り込むヴォレット。操縦法を教わり、モーションスイッチをONにする。

「おおっ!」
「あ、やっぱ軽いと動くんだな」

 ゴロゴロゴロと木製の車輪が床石を踏む音を鳴らしながら、人がゆっくり歩くぐらいの速度で前進するヴォレットを乗せたミニ自動荷車。

「どうせモーターの類が作れるんだから、ギアボックスみたいな変速機構を作った方が手っ取り早いな、こりゃ」
「ふむ、それがどんなモノかは分からんが……必要な物があれば言うがいいぞ、直ぐに揃えさせよう」

 あまり派手なモノは作らず、力を抑えて目立つ事を避けようという当初の目論みはパウラでの戦いで今更となってしまった為、こういった自身の能力に関係するモノつくりは自由に進める事を決めた悠介。
 ここらで一発、本格的な乗り物でも造ってみようかと適当な乗り物のイメージから必要な材料を算出する。

「まずは遊園地のゴーカートレベルからいってみるか」

 ヘリウムガスで浮かぶ風船のように、紐付き『空飛ぶお皿』を頭上で浮かべながら、ミニ自動荷車に乗って楽しそうにしているヴォレットを眺める悠介は、こんな平穏な光景がずっと続けばいいなと心の中で呟いた。


――フォンクランク領にある無技の村の一つが壊滅している――

 そんな急報が宮殿に飛び込んで来たのは、この日の夕刻過ぎの事であった。

 とある飲食店を営んでいる神技の民が、自分の出資で管理支配している村に収穫の徴収に出向いてみると、村人の殆どが惨殺されていたらしい。
 生き残った者の証言では、ガゼッタ軍を名乗る兵士が雪崩れ込んで来て『ガゼッタに恭順しない無技は敵だ』と言って村人を殺害し始めたという。

 直ちに衛士隊の調査団が派遣され、官僚達や宮殿衛士隊員の中にも自分の家が所有する無技の村に被害が出ていないか、至急調べるよう実家と連絡を取りに走る者など、宮殿内は俄かに物々しさと騒がしさが増して行く。

 ブルガーデンとの会談を控えたこの時期、エスヴォブス王は出来るだけ情報を外部にもらさないよう画策しつつ、調査団からの報告を待つ。街に放ってある諜報部隊にも、民の間にどの程度の噂が立っているかを調べさせて他国による工作の類を警戒した。

「まったく……平穏とは長く続かないものよな」


 宮殿の馬車乗り場では、急遽スンを迎えに行く事になった悠介が宮殿馬車に乗り込み、闇神隊メンバーと共にルフクの村へ向けて出発しようとしていた。衛士隊馬車は殆ど出払ってしまっていた為、ヴォレットが高官用の宮殿馬車を手配してくれたのだ。

 衛士隊馬車と比べればあまり速度は出せずとも、風技と水技による完全サポート体制である。明かり役のヴォーマルと手綱を握るシャイードが御者台に座り、フョンケが馬車を風の膜で包んで、エイシャは馬の体力を回復し続ける。
 イフョカは常に宮殿から発せられる伝達情報に意識を向けて緊急連絡に備え、悠介は道中を彼等に任せて考え事に耽っていた。

『ガゼッタの兵……シンハの差し金なのか……?』

 ルフクの村に続く一本道である夜の街道を、闇神隊を乗せた宮殿馬車が駆け抜けていった。


****


 悠介達がルフクの村に到着したのは夜も更けようかという頃だった。村同士の交流による情報網でガゼッタ軍を名乗る武装集団の暴挙は伝わっているらしく、防護溝の内側には等間隔に篝火が設置され、見張り役のおじさん等が立っている。

「先生」
「うむ、やはり来たかユースケ」

 ゼシャールドは今回の事態で悠介がスンを心配して迎えに来るであろう事を予測していたようだ。スンは既に荷物の整理も済ませてある。少しゼシャールドとシンハやガゼッタの事を話し、この事件は恐らくシンハの意思ではないだろうと意見を一致させた。

「じゃあ、何かあったら直ぐ連絡して下さい」
「うむ、街に居るとて油断するでないぞ?」

「ちゃんとスンを守っておやりよ?」
「勿論ですよ」

 ゼシャールド達に見送られながらスンを連れてサンクアディエットに帰還する悠介達。闇神隊一行を乗せた宮殿馬車が、深夜の街道を駆け抜けて行った。


 悠介達が宮殿に到着すると、馬車乗り場はこんな夜更けにもかかわらず煌々と明かりが焚かれ、衛士隊馬車や個人の所有する馬車などが引っ切り無しに出入りしており、皆慌しく走り回っている。
 ブルガーデンが仕掛けていたような挑発(いやがらせ)とは内容の質も被害の度合いも違う。今の所は生存者の証言以外にガゼッタの仕業であるという明確な証拠も無い為、とにかく情報を集める事に奔走している状態だ。

「やあ、ユースケ」
「ヒヴォディル……?」

 悠介達が馬車を降りて宮殿に入ろうとしている所へ、実家の使用人らしき供を連れたヒヴォディルが何時もの炎神隊服姿ではなく、如何にも『お貴族様』っぽい格好で現れた。聞けば今からヴォーアス家の所有する無技の村を視察に行くらしい。

 今後に備えて私設軍衛士の増員も検討しており、それらを協議する意味合いも兼ねているのだと、ヒヴォディルは深夜の視察訪問に行く理由を語った。

「じゃ、急ぐので僕はこれで」
「ちょっと待った」

 ヴォーアス家の紋章が入った馬車に乗り込もうとするヒヴォディルを引きとめた悠介は、彼の普段着らしい服のマントに触れてカスタマイズを施す。上質の服らしく、宮殿衛士隊の隊服並には特殊効果も付与出来そうだったので、とりあえず治癒効果を付与しておいた。
 光のエフェクトに包まれたマントがヒヴォディルの装備から解除される。

「ん? マントが……一体何をしたんだい?」
「ちょっとした安全のおまじない、みたいなもんだ」

 ヒヴォディルは首を傾げながらも、悠介に『気にすんな』と言って差し出されたマントを羽織り直すと、馬車に乗り込んで深夜のヴォルアンス宮殿を出発して行った。

「そんじゃあ、俺たちも一旦解散するか」

 衛士隊控え室に向かうヴォーマル達と別れ、悠介はスンを連れて客間のある四階へ。スンを宿泊させる為に、ヴォレットがこの前と同じ部屋を用意してあり、流石に三度目ともなればスンも宮殿の雰囲気に慣れた様子だ。

「おやすみなさい、ユースケさん」
「ん、おやすみ、スン」

 少し懐かしさに微笑みながら、二人はおやすみの挨拶を交わしたのだった。


****


 翌日、悠介が任務に出ようと部屋を出ると、丁度ヴォレットがスンを連れてやって来た。

「おうユースケ、今から街へ出るのか?」
「ああ、まあね」

「おはようございます、ユースケさん」
「おはよう、スン。朝っぱらから連れまわされてんのな」

 二人と挨拶を交わした悠介は、相変わらず紐を付けた『空飛ぶお皿』を頭上に浮かべて持ち歩いているヴォレットと、その後ろに付き従うように歩くスンを見て苦笑する。ヴォレットは何時もの紅いドレス。スンは何時かの白いドレスを纏っていた。

「今からスンの弓捌きを見せて貰おうと思ってのう」
「まだ覚えたばかりで、人に見せられるような腕じゃないんですが……」

「それはいいけど、その格好で弓使うのか?」
「まさか、ちゃんと動き易い服に着替えるぞ?」

 態々スンと自分のドレス姿を見せに来てやったのだと、ヴォレットは薄い胸を張る。その隣で、やっぱり広めに開いた胸元を気にしてか、さり気無く隠そうとする仕草を見せるスンに萌える悠介だった。

「で、本題じゃが、ユースケがこの前言っておった"ギアボックス"とやらの材料じゃがな――」

 中民区に質の良い素材を扱う店があるので、自分で適当に見繕って来るようにと宮殿支払いの明細書を差し出す。

「使いの者をやっても良いのだが、素材は使う本人が見定める方が一番良いじゃろう?」
「そうだな、実際に触って確かめないと分からない事もあるしな」

 悠介の場合、別段そういった素材に関する知識がある訳でも無いので、モノに触れてカスタマイズメニューで確かめなければ、素材(モノ)の良し悪しなぞサッパリなのである。




 中民区に下りて来た悠介は早速土技の素材店を探して通りを歩く。何軒か店が建ち並ぶ通りに入り、比較的こじんまりとした素材店の前に立った。各店舗の前にはサンプルらしき角石や、ブロック状のガラスっぽいモノが飾られ、この店の前には鉄の塊が置いてある。
 それに触れてカスタマイズメニューで調べてみると、中々上質の鉄である事を示すステータスが表示された。

「こんちはー」

 扉を開けて店に入ると喫茶店などでもよく聞かれる鐘の音がカランコロンと鳴り響き、奥に居るであろう店主に来客を告げた。

「はいはい、いらっしゃ――って、あーー!」
「あれ? ソルザックさんじゃないか」

 素材店の主は、亡霊騒ぎで知り合った道楽研究家のソルザックだった。
 地下が閉鎖されて暇になったソルザックは、そろそろ懐も寂しくなり始めていたので本業に戻り、余っていた資金で鉄鉱石を買い付けては鉄を精製して鍛冶屋に売り込むなど細々とした商売を続けていたそうな。

「ふーむ、もしかしてソルザックさん土技の腕利き?」
「私より腕の良い職人も当然いるのだろうけど、少なくともサンクアディエットにおいては誰にも負ける気はしないね」

 そう答えたソルザックに虚勢や驕る気配は無く、寧ろゼシャールドが纏うような実力に裏打ちされた自信を感じさせる。悠介は少し考え込むと、思いついた事があったので一旦宮殿に引き上げることにした。

「後でまた来ます」
「そうかね。暇にしてるんで何時でも来てくれたまえ」


 宮殿に戻った悠介は訓練場に出向いて弓の射比べをしているヴォレットとスンの所へやって来た。

「あら? ユースケさん」
「ん? どうしたユースケ、早かったな」

「ああ、実はさ――」

 悠介は優秀な土技の使い手によって精製される良質の鉄材確保に、ソルザックを専属土技師として雇えないかと考えた。その事をヴォレットに相談しようと戻って来たのだが、それなら部下として闇神隊に組み込めとの返答に思わず聞き返す。

「え、いいのかそれ」
「本人の意思次第じゃがな、お前は闇神隊長として宮殿衛士隊の一角を担っておるのじゃ」

 その闇神隊は現状で部下が神民衛士隊員たった五人しかいない。そのままで良い筈も無かろうとヴォレットは続ける。

「何れお前の耳にも入ることゆえ、良い機会じゃから教えておくが、闇神隊に入りたがっている者は実は結構居るのじゃ」

 宮殿衛士隊の中にも闇神隊に枠があるならと転属願いを申し出ている者が居るらしい。炎神隊、水神隊、土神隊、風神隊は其々神技の属性が合っていなければ所属出来ないが、闇神隊はその辺りがバラバラなので各隊から希望者が出ているそうな。

「ま、どいつもこいつもお前から賜る装備が目当てなんじゃろうがな」
「あ~なるほどなぁ」

 それらも踏まえ、ヴォレットは今後、悠介が欲しいと思う人材があればスカウトして部隊に組み込んでも良いと許可を出した。スンがちらっと悠介の顔を窺ったが、直ぐに視線を戻したので気付かれる事は無かった。


 その後、再びソルザックの店を訪れた悠介は闇神隊の専属土技師として所属する気は無いか持ち掛けた。

「なんとっ 私を宮殿衛士隊にですと!」
「つっても、神技兵の立場からになるって言ってたけど」

「構いませんとも! 構いませんとも! 宮殿衛士隊、それも噂の闇神隊に所属できるなんて、なんたる幸運!」
「そ、そっすか……。 んじゃ、この契約書にサインを」

 嬉々として契約書にサインを入れるソルザック。これにより、闇神隊に最も効率よく悠介のサポートを行える人材が確保されたのだった。


****


「むむう、歯車を組み合わせた変速機構ですか……これは面白い」
「組み合わせと仕掛け次第で逆回転とかも出来る筈なんだけど、俺もそこまで詳しくないから」
「分かりました、是非研究させて貰いましょう」

 小物作りも手掛けていたソルザックは悠介の作る実験製品に深い関心を示し、動力機関の開発にも協力する事になった。ソルザックが精製した上質の素材を使い、悠介が形を作りながら概念を伝え、それをソルザックが再現して研究開発を行う。
 動力の大元となる実験モーターは『謎の力』によって永久機関の如く動き続けるので、朝から晩まで好きなだけ研究し放題という環境。悠介が提唱する新しい乗り物の開発に、未知のモノを研究するのが趣味であるソルザックは大いに乗り気だった。

 ソルザックの店を後にした悠介は、無技人の清掃集団が活動している様子を横目に露店市場へ向かっていた。そろそろ他の宮殿衛士隊に新しい神技の指輪を用意する時期なので、適当な指輪を購入しに降りて来たのだ。

『お? イフョカだ、今日は非番か』

 材料にする安物の指輪を購入し、適当に露店を見ていた悠介は、人込みの中に何時ぞやの私服姿なイフョカを見掛けた。大量の食糧を買い込んでいるらしく、大きな籠を抱えてヨタヨタと通りを横切っていく。どうにも見ていて危なっかしい。

「イフョカ」
「はい? っ! た、隊長!」

 何処かボンヤリとした雰囲気で振り返ったイフョカは、声を掛けて来た相手が悠介だと分かると、途端に慌てたような表情を見せる。そして、何故か訊ねてもいない荷物の事について、まるで釈明するかのような説明を始めた。

「ちょ、ちょっと買い物に来てただけで、ですっ これは、し、食糧が入用で!」
「そ、そうか……。 えっと……重そうだし、家まで運ぶの手伝おうか?」

「っ! いいいえっ だ、だいじょーぶですから!」

 あからさまに焦りを見せつつヨタヨタと後退って行くイフョカの様子に、激しく違和感を覚えた悠介はズズイと詰め寄った。壁に手をついて逃がさないようにロックオンした悠介は、揺れる翠色の瞳を覗き込むように顔を寄せると――

「イフョカ……」
「は、はい」
「……変だぞ?」
「ぁぅ……」

 一体何をそんなに焦っているのかと、問い詰めようとする悠介の背後で、露店市場の喧騒に訝しむような声が混じる。

 ヒソヒソヒソ……――あれって闇神隊の隊長だよな――あんな小さな女の子を口説いてるのか?――いや、あの子も確か闇神隊の関係者だった筈だ――え、じゃあ部下を手篭めに――そういえば、ヴォレット姫様にも手をだしてるとか――英雄色を好むんだなぁ――でも小さい子ばかりだな――……ヒソヒソヒソ。

「ちっがーーう!」

 露店市場を行く街の人々の声を聞いた悠介は、彼等に向かって魂の叫びを放った。そしてイフョカの荷物を半分ひったくるように持つと、彼女の手を引いて速やかに路地を抜けて行くのだった。




 夕日に染まる無技人街の通りまでやって来た二人は、イフョカの家に向かう道を歩きながらポツポツと言葉を交わす。あからさまにおかしかった態度を悠介に問い詰められ、イフョカはおずおずと隠し事について白状した。

「本当に、大丈夫なんでしょうか……? お父さんも、お母さんも……もうだいぶ歳ですし」
「心配しなくてもアイツはそこまで外道じゃないと思うよ、いきなり人質に取るような真似はしないさ」

 そんな話をしながら歩くこと暫く、悠介は以前にも訪れたことのあるイフョカの実家に到着した。不安げな表情を見せるイフョカに、悠介は頷いて励ます。

「お母さん、ただいまー」
「お邪魔しまーす」

「お帰りイフョカ、早かったね」
「いらっしゃい、おや? この前の隊長さんかい?」

 入り口の布扉を捲って家に入ると、イフョカの両親が出迎えてくれた。悠介は運んで来た荷物を床に降ろして一息ついてから、部屋の奥で構えていた大剣を壁に立て掛けて寛いでいる件の人物に歩み寄り――

「くらっ シンハ!」
「ユースケか」

 拳骨を落とそうとして空振りした。

「ユースケか、じゃねーよ。なにやってんだお前は」
「諜報だ。この国は相変わらず出入りが楽だな」

 悠々と拳骨を回避したシンハは、しれっとそんな事を口走る。護衛も連れておらず、単身で乗り込んで来ているらしい。

 イフョカにとって、シンハは両親を助けてくれた命の恩人でもある。
 最近フォンクランク領内で起きた無技の村襲撃事件について、ガゼッタは無関係であることを明言した上で事件の調査に出向いてきたというシンハを、イフョカは少しの間だけならと匿う事を約束した。
 この事を『ユースケ隊長』にだけはこっそり知らせておこうと思っていたイフョカだったが、何と言って説明すれば良いのかを考えている所へ突然その本人が現れたモノだから、イフョカは気が動転してしまったのだ。

「お前のトコ(ガゼッタ)の勢力は完全に把握出来てるのか?」
「一応はな。俺と主義主張を違える者こそいるが、こんな馬鹿げた行動をしでかす奴は居ない」

 ガゼッタの調査隊も被害を被っており、生還者の証言ではブルガーデン領を横断中にフォンクランク軍と思しき部隊に急襲されたとの事だった。悠介とシンハが襲撃者の正体や目的について話し合っていたところへ、新たな客人が現れる。

「こんばんわぁ、ユースケ君はいるかなー?」

「久し振りだな、自称森の人」
「森の民だよー」

 レイフョルドはシンハの存在を気にする素振りも見せず、悠介に重要なお知らせがあると告げる。

「ガゼッタ軍っぽい武装集団が、フォンクランク領内を移動中みたいなんだよねぇ」

 顔を見合わせる悠介とシンハ。その集団が向かっている方角には、名門ヴォーアス家が所有するそこそこ大きい無技の村がある。今は、家督でもあるヒヴォディルが視察で滞在している筈だ。

 その村にいるヴォーアス家の私設軍衛士と連絡が取れなくなっており、様子を調べに衛士隊を出したいのだが、生憎と今はフォンクランク領内の彼方此方へ、被害の有無を確認する任務に出向いているので『使える』衛士隊が残っていない。
 今回はエスヴォブス王からの緊急出動命令だよと言ってレイフョルドが布扉を指し示すと、勢いよく布扉が捲り上げられ、神民衛士隊の装備に身を固めたヴォーマルとフョンケが飛び込んで来た。

「隊長! 出撃命令ですぜ!」
「うーっわ、ホントにイフョカのとこに居たよ……」

 既に陽は沈み、カルツィオの大地に夜の帳が訪れようとしていた。


****


 名門ヴォーアス家が所有する無技の村を目指し、闇神隊一行を乗せた衛士隊馬車が夜の街道を駆け抜けていく。街道の先に小さな明かりが見え始めたその時、周囲の索敵をしていたイフョカが警戒を発した。

「!っ だ、誰か来ます……馬一頭に、炎技の波動です」

 シャイードが即座に馬車の速度を緩め、悠介はカスタマイズメニューを開いて非常事態に備える。その隣で、何故か闇神隊に同行しているシンハは白金の大剣に手を掛けて何時でも飛び出せる体勢を取った。
 一定の距離まで近付いた所で、ヴォーマルが炎技の明かりを放ってその正体を見定める。

「ヒヴォディル!」

 馬の首にもたれ掛かるようにして夜の街道を駆けて来た人影は、満身創痍な姿のヒヴォディルだった。数日前、悠介が宮殿の馬車乗り場で見た『お貴族様』っぽい彼の衣服には彼方此方に焼け焦げた跡や、斬られたモノと思われる裂け目が出来ている。

「おい、大丈夫か!」
「や、やあ……ユースケ……助けに来てくれたのか」

 ヒヴォディルの話によると、突如村に侵入してきた武装集団が私設軍衛士の宿舎に夜襲を仕掛けて来たらしい。

「最初に雪崩れ込んで来たのは、確かに無技の戦士に見えた……でも――」

 ヒヴォディルが応戦で放った火炎弾の直撃を受けそうになった無技の戦士らしき姿の相手は、咄嗟に炎の塊をぶつけてそれを打ち消すというミスを犯した。

「それって、変装してたって事か……?」
「恐らくね……あれは見た目こそ無技の戦士だったけど神技の波動を――って、出たぁーー!」

 腕組みをして話に耳を傾けていたシンハの姿に、今更ながら気付いたヒヴォディルが飛び上がる勢いで叫んだ。『気持ちは分かる』とばかりにヴォーマル達がうんうん頷く。とりあえず事情を説明しようとする悠介だったが、シンハがヒヴォディルに重要な質問を投げ掛けた。

「状況は概ね分かった。お前が一人負傷した状態で逃げてきたという事は、部下は全滅したのか? 村人達はどうなった?」
「はっ そうだ! 使用人達が僕を逃がす為に途中で奴等の足止めを……!」

 街道上か、或いは村の中でまだ戦闘が続いている可能性があるという。悠介は宮殿に緊急連絡を入れるよう促がすと、ヒヴォディルを逃がす為に追撃の足止めを行っているという使用人達の救援に、臨戦態勢で馬車を走らせた。



 遠くに見えていた小さな明かりが、ボンヤリと広がる光に飲み込まれていく。それを指して村に火の手が上がっていると指摘するヴォーマル。

「ありゃあ多分、焼き討ちですぜ」
「こりゃ急いだ方がいいな……」
「っ! た、隊長っ 前方の林に、複数の反応が……っ 戦闘が行われてます!」

 イフョカが警戒を発した瞬間、街道の先に見える林の間で炎が飛び交っているのを確認した。御者台のシャイードが急遽馬車を減速させる。すると、停車しきる前に白金の大剣を振り翳したシンハが馬車を飛び降り、林の一帯へと駆け出した。

「ここは俺が引き受ける、お前達は先に行け」
「シンハ! たくっ ヴォーマル、後の指揮を任せる。このまま村まで行ってくれ、ヤバそうなら直ぐ引き返して構わない」

 そう言って指揮を預けた悠介は、十分に減速した馬車から飛び降りてシンハの後を追う。回復したヒヴォディルも戦力に数えているので、余程の大部隊にでも遭遇しない限り大丈夫だろうと考えていた。


「俺に付き合って良かったのか? お前の部下達は、見たところまともに戦えそうな者はいなかったようだが」
「そう思うんなら一人で勝手に飛び出すなっての、それに神技力の強さが戦いの強さって訳でもないだろ?」

 ヴォーマル達はギアホーク砦で自分達より遥かに強力な攻撃系神技の使い手を倒している。
 カスタマイズされた短剣の補佐があったとはいえ、実戦経験からしても彼等は手慣れであり、ベテランと言えるのだ。悠介は普通に心配する気持ちこそあれど、そこは彼等を信頼していた。
 今回はヒヴォディルも居るので、攻撃系神技の使い手にも不足していないという悠介。そんな話をしながら走っていた悠介とシンハの間を、流れ弾らしき炎の塊が通り過ぎる。

 左右に跳んで分かれた二人は、暗闇に染まる木々の間を駆け行く微かな人影を見つけると、見失わないように後を追って走り出した。先程の炎の塊を放った者か、放たれる対象となった者か、その判断は或る程度の距離を詰められた所で見分けが付いた。
 編み込まれた二対のおさげを揺らしながら走るメイド服姿の人影。ヒヴォディルの屋敷で働く使用人である事を確認した悠介が声を掛けようとしたその時、何かに足を取られたのか彼女は豪快にすっ転んだ。

 そこへ、林の奥から炎の塊が二つ三つほど飛んで来るのを見た悠介は、咄嗟に転んでいる使用人の前に飛び出すとマントで覆いながら土の防壁を出現させた。二発まで耐えた防壁が三発目の着弾で砕け散る。

「あぶねえ~」
「あ、あなたは……」

 彼女は移動系風技の使い手だったらしく、風技の補佐を使って林の間を逃げ回り、追っ手を撹乱していたようだ。使用人を助け起こした悠介は、木の陰に隠れながら炎の塊が飛んで来た方向を窺ってみたが、林の奥はひたすら暗闇が続いている。

「早いとこ街道に出て応援の衛士隊と合流したいんだが、シンハ! 敵の居場所は分かるか?」
「わからんな、こう暗くては何も見えん」

 数歩離れた場所で同じ様に身を隠しているシンハは、姿勢を低く保ち、一瞬の変化も見逃すまいと周囲に視線を飛ばしながら辺りの気配を探っている。

 使用人の娘が一緒に残った他の仲間について訴えかけようとした時、闇の奥に赤い炎が生まれた。何時の間に回り込まれたのか、隠れている木を背に、ほぼ正面の方角から飛来する二発の炎の塊。

「危ない! 伏せろっ」
「きゃあ!」

 土の防壁で対抗する悠介だったが、正面の防壁を補強する事に集中していた為、右側面からの時間差攻撃に対応しきれなかった。使用人を庇って衝撃に備える。

「そのまま伏せていろ!」

 直撃コースだった炎の塊は、悠介達の傍まで一気に駆けて飛び込んで来たシンハが、白金の大剣で叩き潰した。
 『敵』のいる方角を確認したシンハは暗闇に向かって跳躍すると、獲物を追う猛獣の如く素早さで右に左に身を振りながら、闇の奥に潜んでいる炎技の使い手に突進して行く。

 猛然と迫り来るシンハの姿に焦った炎技の使い手は、闇雲に炎の塊を放って自身の居場所を明確にしてしまうというミスを犯した。彼にとって本日二度目のミスである。しかも、今回は致命的であった。

「ふっ そこか……」

 殆ど勘で突進していたシンハは、目標を完全に捉えた事で獰猛な笑みを浮かべる。


「おいっシンハ! 殺すんじゃないぞ!」
「分かっている、一人は……残す!」

 言うや否や、大剣の射程に捉えていた襲撃者の一人を叩き潰して肉塊にすると、残りの二人もあっという間に制圧してしまった。その傷の凄惨さは一生身体に障害が残るであろう酷い有り様であった。

「お前なっ、やりすぎだろ!」

 とりあえず最初の一人をカスタマイズでどうにか顔の判別が出来る所まで修復した悠介は、残りの二人、片腕が裂けた男と背骨を折られた男の重症っぷりに息を吐く。

「とにかく、街道まで移動しよう。使用人さんの仲間も無事なら様子見に出て来ると思うし、先ずは応援の衛士隊と合流しよう」
「はい、わかりました」

「こいつはどうする」
「お前の剣でも握らせろ」

 流石に破壊された背骨を癒せるかまでは分からなかったが、シンハの大剣に付与してある治癒効果はかなり高い。なんとか生命維持くらいは出来る筈だと促がす悠介に、『我が一族を騙る愚者に俺の剣を握らせるのか』と渋るシンハだったが――

「……普通の剣に戻すぞ」
「……仕方あるまい」

 シンハは渋々、本当に渋々、虫の息の男に剣を握らせるのであった。


****


 緊急連絡を受けて出動してきた応援の衛士隊と合流し、悠介達が村に到着した時には殆どの建物が焼け落ち、黒く炭化した残骸ばかりが広がっていた。まだ燃えている建物も見える。
 保護したヴォーアス家の使用人によれば、奥で燃えている屋敷がヴォーアス家の別荘なのだという。村人を避難させてあると聞き、悠介達が急いで屋敷前に向かうと、そこではヴォーマル達を始め十数人の衛士が必死の消火活動を行っていた。

「隊長!」
「ヴォーマル、中にいる村人達は?」
「奥に居るらしくて、生死の確認までは……」
「火の勢いが強過ぎる、このままでは全焼も免れない」

 付与系か攻撃系水技の使い手が欲しい所だと現状の報告をしたシャイードは、応援の衛士隊を見て表情を険しくした。彼等の力ではコップに掬った水で業火を消そうと試みるようなモノだ。

「ヒヴォディル、避難民はどの辺りにいるんだ?」

「ええっと、多分一階中央の広間だと思うんだが……確かそうだったな? リフョスィ」
「はい、半階分ほど地下に掘り下げたホールに収容しています」

 私設軍衛士の指揮を執っていたヒヴォディルに、先程まで互いの無事を確かめ合っていた使用人の娘が補足する。

「うし、分かった。 ちょっと別荘壊す事になるけど」
「構わないさ、後で直してくれるんだろう?」

 そう言って理解を示すヒヴォディルに、悠介は口の端で笑って返すと、燃え盛る屋敷に向かって駆け出した。



 カスタマイズ画面に屋敷を捉えた悠介は、避難民が居るであろう空間を残して畳み込んだ状態で実行反映。屋敷を包む炎の内側から光のエフェクトが溢れたかと思うと、舞い消える光の粒を残して炎も屋敷も一瞬で消え去る。
 ざわりっと、私設軍衛士や応援の衛士隊からざわめきが上がった。

「おみごとです、隊長」
「どうやら上手く行ったか……まだ燻ってるからな、しっかり鎮火させといてくれ」

「いやぁ、改めて見ると本当に非常識だねぇ、君の神技は」
「ほっとけ」

 ともかく、避難していた村人達の無事も確認された。焼け落ちた村の復興作業は朝を待って始める事になり、悠介は村に散らばる焼け残った資材を集めて一時収容施設を建てると、そこで村人達を休ませた。

 私設軍衛士と衛士隊によって行方不明者の捜索、確認作業などが行われる中、衛士隊が焼け跡の近くから襲撃者と思しき遺体を発見したと報告を持ってくる。悠介が闇神隊メンバーと共にシンハも伴って確認に行くと、全身に深い火傷らしき傷痕の残る無技の民の遺体があった。

「……間違いない、この者はガゼッタの白刃偵察団に所属する戦士だ」
「え……」

 シンハの言葉に、思わず聞き返す悠介。説明を求める悠介に、シンハは五日ほど前、フォンクランク領へ無技の村襲撃事件について調べに向かわせた調査隊が、ブルガーデン領を横断中にフォンクランク軍衛士の襲撃を受けて壊滅したという話を語った。

「なんだそりゃ? そんな話、聞いてねぇぞ」
「当然だろう、調査隊を襲ったのはフォンクランク軍衛士ではなかったのだからな」

 フョンケの疑問にさらりと答えるシンハ。悠介はその含みを持った言葉と昼間に話した内容から、何となくシンハの言いたい事が分かった気がした。ヒヴォディルも同じモノを感じたのか、顎に手を当ててふむふむ頷いている。
 ブルガーデン領でガゼッタの調査隊を襲ったのは、今回この村を襲撃した武装集団である可能性。そしてこの調査隊員の遺体は、襲撃者達の手によってここに打ち棄てられたのであろうという推測。

「ガゼッタ側にはフォンクランクの陰謀と思わせ、フォンクランク側にはガゼッタの暴挙と思わせる。という策だな」

 実際、側近達はエスヴォブス王による陰謀ではないかと疑っていた事を明かすシンハ。頭痛でも起きているのか、若干顔を顰めたフョンケが自分の理解出来た所まで確認をとる。

「えーと、ようするに……なんだ、うちでもガゼッタでもブルガーデンでもねぇ第三者の仕業ってことっすかい?」
「一応そうなるよな? フォンクランクにはそんな無茶する集団がいる様子も無いし、ガゼッタの方もちゃんと抑えてるんだろ?」
「ああ、融和派の主張からしてこういう策に手は貸すまいよ。だが、騙されて協力する愚か者は何処にでもいる」

 ガゼッタ軍を装うにしても、今まで謎に包まれていたガゼッタに関する詳しい情報が無くては、髪を白く偽って即変装完了という訳には行かない。調査隊を襲撃する場合など、軍内部の情報が無ければ部隊を見つける事すら困難な筈だ。

「そうすると……フォンクランク領に詳しくて、ガゼッタの融和派? とも繋がりのある勢力か」
「フォンクランクとガゼッタが衝突して得をする位置にある勢力という事だねぇ」
「しかも、それなりの兵力を備えてなけりゃあ、コレだけの()は起こせやせんぜ?」

 限りなく確信に近い推測から、『敵』の正体を見極めようとする悠介達。

「イザップナー派の残党って線はこれで薄くなったか……」
「いや、実行部隊としてなら使える筈だ。イザップナーの部下だった精鋭団は、フォンクランク領に詳しいのだろう?」

「実行部隊か、ならそいつ等の後ろから糸を引いてる黒幕が居るって事だよな……心当たりはあるのか?」
「恐らく……ノスセンテス」

 カルツィオで最古の街と謳われる古都を首都に持つ二番目に大きな国。等民制度の基である四大神信仰発祥の地とも言われる、歴史深い国である。白族帝国復興を掲げるガゼッタが最初に狙う国でもあった。


****


 悠介達が宮殿に帰還したのは深夜になろうかという頃だった。シンハは街に入った所で馬車を降りて無技人街へと消えていった。明日一日様子を見てガゼッタに帰国するそうだ。

 宮殿の馬車乗り場にて、皆が其々の帰途につく。ヴォーマルとシャイードは控え室で仮眠を取りに、エイシャは自室へ、フョンケは相変わらず入り浸っている街唱の所へ行くつもりらしい。イフョカは無技人街の実家に帰宅する。


 明けて、翌日――

 闇神隊を事前の通達も無く勝手に動かされた事には不満気なヴォレットだったが、今回は公爵家でもある名門ヴォーアス家の救援を行う為に仕方がなかったという事には理解を示していた。
 悠介から闇神隊の活動報告がてら、シンハが無技人街に入り込んでいたという事を聞き、クレイヴォルが慌てて飛び出していこうとするもヴォレットが引き止める。

「まあまて、クレイヴォル」
「しかし、今ガゼッタの王が街にいるのならチャンスです!」

「なんのじゃ? ガゼッタと戦争する口実を態々作ってやる事のか?」
「あ、いえ……それは」

 いつか敵対するであろうと見られているガゼッタの国王、その身柄を確保する事の有益性ばかり考えていた為、悠介の報告にあった第三者勢力(ノスセンテス)が絡んでいるらしい陰謀の事が思考から抜け落ちていたクレイヴォルは、思わず言葉を失う。

「わらわも会ってみたいのう、どうにか出来んか? ユースケ」
「まーたそんな無茶を……まだイフョカの家に居るとは思うけど」
「姫様……まさかとは思いますが、御忍びで行こうなどという事は――」
「勿論、誰にも知られず内密にじゃ」

 知恵を絞った結果、この前閉鎖した街の地下を利用しようという事になった。無技人街に向かう途中でソルザックの店に立ち寄り、イフョカの家を訪ねた悠介は、丁度旅支度を整えていたシンハにヴォレットが会いたがっている事を伝えた。

「いいだろう」
「少しは迷え」

 即決したシンハを連れて低民区に入ると、ソルザックの案内で中民区の地下に入り込めそうな人通りの少ない路地へと向かう。閉鎖して三日も経った頃には、もう新しい穴が開けられているそうな。
 ランタンを掲げるソルザックを先頭にして、悠介達は不自然に空いた壁の穴から中民区の地下街へと入った。

 ソルザックの案内で小一時間ほど地下を進んだ悠介達は、区画門に見られるような巨大な壁に突き当たる。カスタマイズメニューで周囲の構造を調べた悠介は、この壁が古い防壁である事を確認した。壁に抜け穴の通り道を作って宮殿の地下に入り込む。
 古い様式の宮殿廊下に感嘆しているソルザックが、何処からか響いてくるブーンという奇妙な音に首を傾げる。カルツィオには馴染みの無い扇風機のような音。ヴォレットが最近いつも持ち歩いている『空飛ぶお皿』の、プロペラが風を切る音だった。
 どうやら近くに居るらしいと、悠介は少し大声で呼んでみた。すると向こうからも声が上がる。互いに反響する声で呼び合って位置を確認し合い、地下宮殿の玄関ホールに当たる場所で合流を果たした。
 ヴォレットの傍にはクレイヴォルの他に、闇神隊メンバーと弓を持ったスンの姿もあった。以前、訓練場で見た隊服をもっとシンプルにしたような服を纏っている。クレイヴォルはやはり警戒の籠った視線でシンハの姿を見つめていた。

「お初にお目に掛かる、フォンクランクの姫君」
「ヴォレットじゃ。よく来たのうガゼッタの王」
「シンハだ。俺に何用か」 
「特に用は無いが、一度顔をみておこうと思っての」
「そうか」

 シンハ王とヴォレット姫の非公式極秘会談? は、周囲の者がハラハラするような雰囲気で始まった。早速クレイヴォルの眉間に皺が増えている。炎の姫君と白狼の王は互いに相手の器を見定めようと言葉を交わす。

 中々に豪胆な振る舞いを見せるヴォレットに、珍しくやり難そうな素振りを見せるシンハ。その雰囲気を感じ取った悠介が話を向けると、シンハは確かに苦手意識がある事を認めた。どうも昔のリシャレウスを思い出してしまうらしい。

「え、あの清楚で可憐な女王様を?」
「可憐かは分からんが、アレも昔はこんなだった」
「こんなとはなんじゃ」 

 本人を前にして失敬な奴等じゃと御立腹をアピールするヴォレット。苦笑しながらな辺り、本気で機嫌を損ねた訳でもないようだ。最初はギスギスした雰囲気から始まった非公式極秘会談は、一転、ほのぼのした穏かな空気に包まれた。

 やがて非公式極秘会談の時間も終わり、ヴォレット達は宮殿の地下から地上階へ。悠介はソルザックと共にシンハを外に出られる位置まで案内する。

「お前の計画だと何れフォンクランクともやりあうのか?」
「必要があればそうなるな」

「つーか、前に白族の繁栄は神技人社会の滅亡とか言ってたな」
「それがカルツィオの営みだからな、邪神の役割もそこに含まれる」

 相変わらず確信的な口ぶりに、シンハ達が邪神についてどんな事を知っているのか気に掛かる悠介は、いずれ何らかの形で白族の里にも出向く事になるかもしれないと感じていた。シンハの言う邪神の役割も、自分で真偽を確かめなくてはならない。
 シンハの言う白族帝国の復興も、始めから何れ滅ぶことを前提にしたような言い方が引っ掛かる。諸行無常を悟ったような言葉を口にしながら、願望成就を目指した積極的な行動という矛盾するような違和感。
 悠介は国家や邪神云々を抜きにして、何時かゆっくり腹を割って話し合ってみたいと思うのだった。

「では、何れまた会おう」
「おう、またな」

 地下を出て無技人街までやって来たシンハは、そのままサンクアディエットを後にした。




 フォンクランク領の南に広がる大きな湖の畔で、ガゼッタ軍の兵装を纏った十数人の武装集団が、次の襲撃目標である無技の村を前方に見ながら計画の見直しを迫られていた。

「フォンクランクの闇神隊長とガゼッタのシンハ王が手を組んでいるだと……?」
「ちょっと、考えられませんね」

 闇神隊と行動を共にしていたらしい無技の戦士に関して、それがシンハ王だというのは流石に見間違いでは無いかと、武装集団を指揮する隊長は唸り、部下も同意する。だが少なくとも、無技の戦士が闇神隊と共闘した事実は確かなようだ。

 協力者によって筒抜けだったガゼッタ軍の動向に、不透明な部分が出来てしまった。こういった想定外の事態が起きた時、そのまま敵地で活動を続けるのは非常に危険である。

 この事を現場で判断するのは難しいとして、彼等は一旦指示を貰いに本国へ戻る事を決めた。

「つくづく闇神隊の存在は疫病神だな」

 未熟だが『使える兵』だった部下を三人も失い、ヴォーメストは溜め息を吐きながら撤退命令を出すのだった。



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