社員全員を取締役にしたら残業代は払わなくてもよいのか?~「類塾」を営む株式会社類設計室のやり方

(写真:アフロ)

あまり一般の方には知られていませんが、労働業界周りの人であれば誰でも知っている超有名な「労働判例」という雑誌があります。

労働判例(2016年4月1日・1128号)
労働判例(2016年4月1日・1128号)

私も労働事件を扱う弁護士の端くれなので、この雑誌を定期購読しているのですが、最新号におもしろいというか、目を疑うような事件が載っていました。

それは、関西で「類塾」を営んでいる株式会社類設計室が被告となった事件です(類設計室(取締役塾職員・残業代)事件・京都地裁平成27年7月31日判決・労働判例1128号52頁)。

ちなみに労働者の代理人は渡辺輝人弁護士です。

全社員を取締役にするという荒技

雑誌「労働判例」の表紙に、いきなり「全員取締役制塾職員の労働者性と割増賃金請求」という言葉が躍ります。

ここで、労働業界周りの読者は「え?どういうこと?」と一気に引き込まれます。

そして、「ぜ、全員取締役制?!・・・・だと?」と心を鷲掴みにされるのです。

そう、どうやらこの会社では、全社員を取締役ということにして残業代(=割増賃金)を払っていなかった、それが裁判沙汰になった、ということが判るわけです。

具体的にどうやっていたのか?

しかし、慎重な読者は、「そうは言っても、全員を取締役にするなんて、ちょっと荒技すぎないか?」と思い、「一体、どういうやり方でやっていたんだ?」と、ページを開くわけです。

すると、判決文には、こういうことが書いてありました。

被告に入社した者は、6か月の試用期間を経た後、正社員となる。その際、株式を譲り受けて株主となり、取締役への就任を承諾する旨の文書を差し入れることになっている。

出典:京都地裁平成27年7月31日判決文より

し、試用期間が明けたらいきなり取締役?!

読者の期待を裏切らない認定事実が記載されていました。

特に工夫があるわけでもなく、本当に直球勝負で取締役にしているのでした。

このような結果、類塾においては、全員取締役制という謎の制度が実現するわけです。

ただ、ちょっと詳しい読者は、「でも、取締役って登記するんだよね。この会社、全社員を登記してるの?」と思うのです。

で、その点はどうなのかなぁ、と読み進めると・・・

本件において、原告は、被告に採用されるに際し、取締役に就任する旨の承諾書を差し入れ、社内的には取締役であるとされているという事情がうかがわれるものの、原告が、会社法所定の手続により正規に被告の取締役に選任された経過は存せず、被告の履歴事項全部証明書にも取締役として登記されているという事情は存しない

出典:京都地裁平成27年7月31日判決文より

「登記してないのかよっ!」

という驚きを得ることができます。

たしかに、登記していなくても社内で「取締役」として扱うことは可能でしょう。

しかし、これだと、ただ社内の役職名として「取締役」と呼んでるだけですね。

「取締役」であれば残業代を払わなくてもいい?

さて、取締役だから残業代を払わない、とはどういうことでしょうか?

会社と取締役の契約関係は「委任契約」であるとされています。

この場合は、労働基準法の適用はありません。委任ですから。

しかし、ある人が、会社との間で労働契約を結んでいれば、原則として労働基準法の適用があります。

労働基準法が適用されることになれば、その人が法律上の制限を超えて働いた場合、会社は割増賃金(=残業代)をその人に払わなければならないこととなります。

会 社「あ~ぁ、残業代を払いたくないなぁ」

悪い人「社長、名案がありますぜ。」

会 社「なんだ。言ってみよ。」

悪い人「全社員を取締役にすれば、委任契約なので残業代払わなくていいようですぜ。」

会 社「おぉ。それは名案だ。さっそく全員を取締役にしよう!」

というやり取りがあったかどうかは知りませんが、全社員を取締役にするということの目的で考えられるのは、こういうところだろうと推測できます。

ところが、会社とその人の契約が労働契約なのかどうかは、契約のタイトル名にとらわれずに、客観的に判断されます。

ですから、いくら取締役に仕立て上げたとしても、客観的に労働者だと言われてしまえばそれまでなのです。

当然、裁判では「取締役」とされた原告の労働者性が争点となります。

裁判所は、

・取締役の登記がされていないこと

・全正社員が参加する会議は取締役会と同視できないこと

・出退勤が厳格に管理されていたこと

・原告の給料23万円は年間売上83億円、経常利益12億円の会社の取締役としては安いこと

などを理由に次のように結論づけました。

上記に述べたところを踏まえると、本件において、原告の労働者性を否定する事情はみいだし難いというほかなく、原告は、被告の実質的な指揮監督関係ないしは従属関係に服していたものといわざるを得ず、紛れもなく労基法上の労働者であったと認められるべきである。

出典:京都地裁平成27年7月31日判決文より

ここで読者は「そっかぁ。紛れもなく労働者だったんだ。そりゃ、そうだよなぁ」と安堵の胸をなでおろすのであります。

判決の内容は・・?

さて、判決はどういうものだったのでしょうか。

それは、被告は原告に671万円余りのお金と、これに遅延損害金として年14.6%をつけるように命じられています。

このマイナス金利時代に14.6%ですからね。強烈です。

その上、付加金として519万円の支払まで命じられています。

労基法の適用逃れの手口

このような労働契約じゃないかのような契約を結んだ形にして、労働基準法上の使用者の義務を逃れようとするブラック企業はけっこうあります。

労働契約を途中から業務委託契約に切り替えられてしまった例などもありますし、最初から業務委託契約にするというケースもあります。

他にも、委任、準委任、請負など、いろいろな形を使う場合があります。

いずれの場合でも、契約のタイトルにとらわれないで実態判断ですから、おかしいな?と思ったら専門家に相談してみてくださいね。

相談先

日本労働弁護団

ブラック企業被害対策弁護団

首都圏青年ユニオン

NPO法人POSSE

など