挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
Bグループの少年 作者:櫻井春輝

第二章 Bグループの少年とゴールドクラッシャー

12/20

第四十七話 脳筋

すみません……
 

 
 亮は現在、十六歳である。
 思春期真っ盛りと言っていい年齢で、そして多数に漏れず成長期の最中でもある。
 亮の身長はこの年齢にしては平均なところであるが、自身の父親の体格を考慮すると、どうも自分の成長期はゆっくりしているらしいと結論付けていた。母親が少しばかり小柄で、父親の分と相殺されて平均になどなるわけないと、暗示をかけながらであるが……。
 しかし、それはもう過去のこと。最近になって撤回してもいいかもしれないと考え始めている。
 何故なら昼休み、恵梨花の大量の弁当を食べて満腹になっても放課後になるとすっかり消化して空腹となるのだ。恵梨花の作る弁当の栄養バランスがいいから、体に染み渡るのが早いのだろう。
 現に亮は最近、身長が少し伸びたことを自覚している。
 なのでこの成長期の促進を図るのは非常に大事なことなのだ。つまり何なのかと言うと、買い食いは正義ということだ。
 恵梨香は当然のこと、久しぶりに一緒に帰る梓と咲から、これまた久しぶりに裏道から帰ろうと誘われた亮は、裏道へ入る前にコンビニへ寄り、三人娘から最早もはや何も言うまいといった視線を受けながら、調理パンを五個ほど買うと、早速とばかりにかぶりついた。
 裏道なため他の生徒は見当たらず、そのためいつもの様々な視線を受けることなく開放感を満喫しながら上機嫌に食べ歩き、裏道を半ばも過ぎかけた頃には、最後の一つをかじっていた。
「ねえ、亮くん、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」
 恵梨花がおずおずとそう切り出したのは、そんなタイミングだった。
 亮は手にしていた最後のパンのかけらを口に放り込み、数回咀嚼した後に飲み下して首を傾げた。
「どうした?」
 恵梨花がお願いとは珍しいことなのだが、つい最近もあったばかりで余計に珍しかった。
「えっとね、あさっての土曜日で、それも夜なんだけど空いてない?」
「あさっての土曜日で、夜……?」
 何かあったようなと、亮は視線を宙に彷徨わせた。
(……ああ、瞬に呼ばれてたな)
 普段であれば、瞬との約束より恵梨花のお願いの方に天秤は傾く。
 しかしながら今回、瞬との約束を果たすことは、前に頼まれた恵梨花のお願いを叶えるための行動でもあるのだ。
 瞬に会えば、恵梨花が気にしているゴールドクラッシャーについての情報を聞けるからだ。
 ともあれ、恵梨花の用事が何なのか気になった。それも夜と聞いてきたことが拍車をかける。
「んん……先にその用事が何なのか聞いてもいいか?」
「うん、あのね、泉座せんくらの……これに連れてって欲しいの」
「泉座……?」
 亮が怪訝に眉をひそめる前で恵梨花が鞄から取り出した紙切れを目にして、思わず立ち止まり、亮の目が驚愕に見開かれる。
「あさっての夜に泉座で行われる、このスト……プラ? に連れてって欲しいの」
 まさか恵梨花から泉座の、こんな野蛮なイベントに誘われるとは思いもよらず、一瞬呆けてしまった。
「そ、それ、どうしたんだ?」
 どうにか開いた口から出たのは、心情そのままの言葉である。
「えっとね……あ、その前にごめんなさい。夜の泉座に行くなってこないだ言われたばかりなのに、その夜に連れてって欲しいなんて言って」
 申し訳なさそうに上目遣いで言われ、いつもなら心臓が跳ねるところであったが、逆に亮は少し落ち着けた。
「いや、それは俺抜きでって話でもあるから、別にいいんだけど……で、それ、どうしたんだ?」
「うん、えっとね、この間……その、ゴールドクラッシャーについて聞いて欲しいって言ったでしょ?」
 ゴールドクラッシャーの名を口にするタイミングで、恵梨花は非常に痛ましい顔となった。
 その話を聞いた時、一瞬、自分が切れてしまったことを亮は思い出した。恵梨花の表情はそのせいだろうと思ったが、敢えて掘り返すことはせず頷いた。
「ああ」
「梓にも色々調べてもらってたんだけどね、それでわかったことなんだけど、もしかしたら同じ学年の八木くんが、知り合いかもしれないの」
「……八木?」
「うん、あ、六組の子なんだけど、亮くん知ってる?」
「……? いや、知らん」
 ちょっと考えてみたが思いつかず、亮がそう答えたところで、梓が割って入る。
「ちょっと待ちなさい」
「なんだ?」
「いえ、知らないって……あなた、知ってるはずでしょ」
 梓が呆れた目を向けて来るも、亮に心当たりは無い。
「いや、そうは言っても……知らんぞ?」
「ああ、もう……」
 頭痛を抑えるように梓は額に手を当てる。
「最近、君の教室に来て、そして君と話して、危うく喧嘩になりそうだった人よ」
「ええ!?」
 知らなかったのだろう恵梨花が驚きの声を上げる横で、亮は微かに引っかかるものを感じ、奇跡的に思い出せた。
「ああ、あの空手野郎か」
 亮自身はそれほど喧嘩腰には思わなかったが、周りはそうだったと言っていた。
「空手野郎……? 彼が空手をやっていたことを知ってたの?」
 梓の疑問に、亮は首を振って否定する。
「いや、知らねえ。見た時にそう思っただけだ」
「はあ……そういえば、君は名前を覚えない代わりのようにそんな特技があったわね」
「え、ちょっと、何があったの!?」
「いや、大したことはねえよ。そいつが教室に来た時にちょっと話しただけだ」
 ある意味、亮の言葉に間違いはない。
「ほ、本当に……?」
 だからと言って恵梨花が納得出来ず、詳細を求めるように梓へ目を向ける。
「そうね、確かに大した問題にはならなかったみたいね」
「そ、そう……」
 同意するように頷いた梓に、恵梨花は安堵の息を吐く。
「それで、その……八木? がなんだって?」
「あ、それがね――」
 恵梨花が話し、時折梓が補足を入れながら亮はあらましを聞いた。
 八木がゴールドクラッシャーらしき人物が率いるレッドナイフにいること、ストプラに行けばそのゴールドクラッシャーを目に出来るかもしれないこと。一人で来るのが怖ければ彼氏も一緒にどうかと言われたこと。更には亮に、夜の泉座に行くなと言われていたのでもし一緒に行けるなら、許可をもらって連れてってもらいたいこと、などだ。
「なるほどな……」
「うん。だから、亮くんが一緒に行ってくれるなら、連れてって欲しいんだけど……」
 チケットを両手に持ち、期待と不安の籠った上目遣いで頼んでくる恵梨花の姿は完全に反則だったと言える。
 他に大事な用事があっても、YESと言ってしまいそうな亮だった。
 だが、幸いにもそのようなことはなく、その上、瞬のことも考えずに済む話だった。
 なにしろ両者の用事が同じ内容なのだから。それにゴールドクラッシャー本人に会えるなら、瞬から借りを作るようなことをせずに済む。
「ああ、いいぞ」
 ドギマギしながら亮が了承すると、恵梨花はハッと顔を上げ、マジマジと亮を見た後に、花が開いたような笑顔となった。
「本当!?」
「あ、ああ」
「やった! ありがとう、亮くん!!」
 どれだけ嬉しかったのか亮には計れなかったが、恵梨花は自身の喜びを表すように感謝の言葉と共に飛びついてきた――正確に言うと、抱きついてきた。
「お、お、お、おう……」
 全く予期していなかったことで、亮は動揺を隠せない。
 恵梨花に触れられている個所すべてが幸せな柔らかさに包まれる。
 特に胸部が率直に言えばヤバかった。
 ガリガリと削れていく亮の理性を救ったのは梓だった。
「おっほん!」
 途端、ハッとして亮から離れる恵梨花。
「え、えへへ……」
 赤くした顔に誤魔化し笑みを浮かべてそろっと梓へ振り返る恵梨花。
 すかさず梓は構えていた携帯でシャッター音を恵梨花に当てる。隣にいる咲も一緒にだ。
 一瞬ビクッと怯んだ恵梨花に構わず、梓は携帯をポケットにしまいながら淡々と言った。
「話はまとまったみたいね?」
「あんたな……ああ」
 文句を言おうとした亮だが、今更かと思い直し飲み込んだ。恵梨花も同様なのか、ため息を吐いただけだった。
「それで、ちょっと聞きたかったんだけど、君、このイベント知ってるの?」
 何事もなかったように聞いてくる梓に、亮は蒸し返すようなことはせず答えた。
「ストプラのことか? ああ、知ってるぜ。前にもあったしな」
「やっぱり知ってたのね……内容はやっぱり恵梨花が聞いた通りなの? 喧嘩の大会だって?」
「そうだな、それだけだな」
 街のガキ共にとっては、それは最高の娯楽と言える。やる方でも、観る方でもだ。
「へえ……噂で軽く聞いてたけど、本当なのね」
「ああ」
 梓なら聞きつけていてもおかしくないだろうなと、亮は頷いた。
「でも話聞いただけじゃ、なんか信じられないよね? そんな大会やってるなんて」
 恵梨花の言うことはもっともで、亮は苦笑を浮かべた。
「たしかにな、でもこれがあそこの連中にとってはいいガス抜きになる」
「へー」
「なるほど」
 目を丸くする恵梨花と、納得するように首肯する梓。
「……君が参加したとか、ないわよね?」
 探るような目を向ける梓に、亮はヒラヒラと手を振る。
「ねえよ。面倒くせえ」
「まあ、そうよね」
「うん、亮くん、そんな感じだよね」
 梓と恵梨花の納得具合には、どこか方向性が違っていた。
 恵梨花は亮の言葉通りに受け取っていたようだが、梓は「勝負にならないんじゃない?」と言いたげだった。
 二人の納得した内容は確かに亮が参加しなかった理由であるが、瞬に止められていたというのもある。
「まあ、でも、物騒な大会なんでしょうけど……面白そうよね」
 梓の興味深そうな声に、恵梨花が眉をひそめる。
「え、そう……? 怖くない?」
「そうね……でも、興味が勝るわ」
「うーん、梓らしいか」
 苦笑する恵梨花に梓はニコッと微笑むと、恵梨花の持つチケットを見て惜しそうに「チケットが二枚しか無いのは残念ね」と首を振る。
 また随分と物好きなことを言うもんだなと聞いていた亮は、ふと鞄の中にあるチケットのことを思い出した。
 ――連れが何人いても入れるタイプのやつだからな
 智子からチケットを受け取った時、瞬はそう言っていた。
「……」
 先ほどの梓の表情は本当に残念そうで、執着を覗かせていた。
 亮はチラと恵梨花と談笑する梓と咲を見やる。
(咲はどうかわからねえが、梓への詫びとしてはいいかもな……)
 亮は数日前、屋上で三人に殺気をぶつけてしまったことを気にしていた。
 改めて謝罪もしたが、二人は「気にしてないから」と軽く流すだけで、それ以上、亮に何も言わせなかった。二人の態度が変わらなかったことといい、そのまま終わるのも納得いかなかった亮にとって、これは丁度良い機会かもしれない。
「来てみたいなら、あんたも来るか?」
 亮の声に梓は振り返って目を瞬かせた。
「来るか? って言っても、チケットは二枚しかないでしょ?」
「いや、俺も持ってる」
 言いながら亮が鞄からチケットを取り出して見せると、梓は目を丸くした。
「まあ……」
「え、亮くんも持ってたの?」
 梓と同じく驚いた顔をする恵梨花。
「ああ」
 寧ろ恵梨花が持っている方がおかしいだろう。
「あれ? でも、私のとちょっと違うね?」
 亮のチケットと自分のと見比べて恵梨花は小首を傾げる。パッと見では確かに亮のはどこか豪華さがある。
「そうね、ちょっと見せてくれない?」
 亮が手渡すと、梓は恵梨花のも受け取って検分する。
「なにこれ……プラチナチケットって書いてるし、連れ何人でもOKのワンドリンク付き……?」
「へ? ……」
 恵梨花がポカンと亮のチケットを眺める。
 それも無理はなく、無制限に友人を連れて来てもいいのなら、他のチケットの価値が減ってしまう。簡単には手に入らないはずだ。
「どうしたの、これ……?」
 梓の問いに、亮は軽く肩を竦めた。
「瞬からな」
「瞬……って、藤真ふじまくんだっけ?」
「ああ」
 恵梨花に答えると、梓が怪訝な目を向ける。
「君のその友人って、あの街では、どんな存在なのよ?」
「さあ……なにかチームを引っ張ってるらしいが、詳しくは知らん」
「チームを引っ張ってって……待ちなさいよ、同い年よね? その藤真くんは」
「ああ」
 梓の言わんとすることを理解して、亮は苦笑を浮かべる。
 瞬が引っ張っているそのチームのメンバーは、ほぼ全員がヘッドである瞬より年上なのだから。と言うより、泉座で活動している者達は大体が十八を超えている。その中で十六、七歳の高校二年生がチームを引っ張っているなどハッキリ言って異常過ぎる。
「呆れた……でも、そうね、類は友を呼ぶとも言うしね」
「どういう意味だよ」
「さあ? でも、これがあるなら確かにあたしも行けるわね……あたしも連れて行ってくれるの?」
 一転して期待と、本当に大丈夫なのかといった疑問のこもった目を向けて来る。
 そんな視線を受けて、流石に梓はこれに連れてってもらう意味を理解しているらしいと悟る。
 亮が二人をあの暴力で溢れた街でボディーガードすることとイコールなのだということを。
 亮は不敵に笑って頷く。
「ああ、いいぜ。咲はどうする? 来るか?」
 水を向けられた咲は驚いたようにパチパチと目を瞬かせると、暫し黙考して口を開いた。
「……邪魔にならない?」
 軽く返答しようとした亮だが、ジッと見つめてくる咲から、発せられた問いに様々な意味が重ねられているのだと気づき、口を閉じた。咲も思った以上に理解しているらしい。
 運動神経の悪い自分がいざと言う時、邪魔にならないか、足を引っ張らないか、あの街で三人目の女の子を連れて本当に問題ないのか。
 そんな問いが目を通して伝わってきた。が、亮は安心させるようにふっと笑って答えた。
「ああ、大丈夫・・・だ」
 亮の自信が籠った返答は伝わったようで、咲は小さく頷いた。
「……じゃあ、行く」
「おう」
 思わず苦笑を浮かべた亮に、恵梨花が心配そうな声で尋ねる。
「えっと……咲も一緒なのは嬉しいけど、大丈夫なの?」
 同じような疑問を恵梨花も抱いたらしい。
「ああ、問題ねえ。心配するな」
(一応プロだしな……仕事に比べたらヌルい)
 襲われたとしてチンピラだ。ハッキリ言って、亮の敵に足り得ない。
「ん……わかった」
 亮の経験から裏づく自信が伝わったのか、本当に大丈夫なようだと安堵の息を吐く恵梨花。
「でも、そうさな、三人とも街にいる間、俺の言うことは絶対に聞けよ」
 三人共、迂闊な行動をとるとは思えないが、案内する場所が場所だ。いざという時でもそうでない時でも亮の言うことを聞いてもらうのは必須マストだ。
「え? ああ、そうだよね。うん、わかった」
 亮の考えているところがわかったようで、恵梨花と咲は素直に了承したが、梓は悪戯っぽく笑む。
「あの街だしね、君の言うことはもちろん聞くけど……やらしい命令は恵梨花だけにしてよね?」
「す、する訳ねえだろ!」
「もう、梓! 亮くんがそんなことする訳ないじゃない!」
 顔を真っ赤にして否定する二人に、梓が高らかに笑い声を上げる。
「ったく……言っても、『走れ』、『止まれ』、『しゃがめ』、程度だっての」
「ふふっ、ええ、わかってるわ。もちろん、君に従いますとも」
 茶目っ気たっぷりな声に、亮はため息を吐いた。
「まあ、でも、差し当って言っておくが――」
 亮が鋭く見据えると、途端、三人は真剣な表情を浮かべて耳を傾けた。
「――あの街にいる時は、絶対に俺から離れるなよ?」

◇◆◇◆◇◆◇

「ホームで待てって言ってたわよね?」
 梓が恵梨花に確認する。
 ストプラ当日のこの日、三人娘は同じ電車に乗って泉座までやって来た。
「うん……私、この駅で降りたの初めてだよ」
「ああ、あたしもそうかも。泉座からは少し離れてるし、この辺って特に何もないしね」
「うん。でも、亮くんはここからの方が慣れてるんだって」
「ああ……彼の駅からなら、ここまで一本だしね」
「……乗り換えるの面倒くさがってるからこの駅なんだと思う」
 咲のこの一言に、三人娘は顔を見合わせて噴き出した。
 この三人が一緒に亮との待ち合わせ場所へ向かったのには訳がある。
 ストプラが始まる時間は遅い。終わるのも何時になるかわからず、恵梨花の目的を果たせるのも何時になるかわからず、深夜になる可能性がある。
 帰宅が深夜になるなど当然ながら家族にいい顔などされず、許可など出ないだろう。なので、騙すことになって心苦しいところであるが、恵梨花と咲は梓の家に泊まると言って、実際にそうするつもりで梓の家へ宿泊セットを置いて、そこからやって来たのだ。
 ならば梓はどうするのかという話になるが、そこはどうとでもなると二人には話している。
 疎遠と言う訳ではないが、梓の両親が家に揃っていることは珍しく、それに梓が品行方正に過ごしていることもあって信頼され、割と放任されているのだ。
 帰宅が深夜に及んだ場合、家の使用人から報告を入れられるだろうが、一日だけそうなったところで、わざわざ突っ込んでくるまいと梓は確信している。
(連日続いたら流石に介入してくるでしょうけど……)
 梓が時計に目を落とすと、亮と約束した時間から五分過ぎたところだった。
 普段の三人娘ならそれぞれ待ち合わせの時刻に遅れるような真似はしないのだが、今日は別だった。
『待ち合わせの時間ちょうどに来る必要ねえぞ、早めに来てもナンパされる確率が増えるだけなんだし、少し遅れるぐらいでいいからな』
 亮からそう言われ、それももっともな話だと三人は同意し、ゆっくり来たためこの時間となったのである。
「亮くんは来てるはずだよね――あ、いた!」
 ここで亮がまだいなかったら、事前の話が何の意味も無くなるのだが、流石にそんなヘマはしなかったようだ。
 恵梨花がいち早く見つけて、同じホームであるが三人とは反対の位置からこちらへ向かってくる亮に大きく手を振っている。
 近づくにつれ、亮の目が恵梨花にくぎ付けになっていくのがわかった。
 今日の恵梨花の服装は清潔感のある白いノースリーブのフリルブラウスにカーキ色で膝丈上のガウチョパンツ。そしてキャメルのハット。全体的に柔らかな雰囲気があり、恵梨花に非常に似合っていて非の打ちどころなく可愛らしい。スタイルの良さも際立っている。
 ただ、このままではナンパ男がホイホイ寄ってくるのが明白なので、この街では特に警戒する必要もあるため、ホームを出た辺りで大きめのサングラスをかける予定である。
 ならば何故、電車から降りる前につけなかったというと、亮にサングラス抜きで一度見てもらいたい乙女心のためだ。ちなみにサングラスは梓の持ち出しである。
(完全に見とれてるわね……)
 こういった時だけ隙だらけに感じる亮に梓は内心で苦笑する。
 同時に少しの不満を覚えてしまう。
(この男ぐらいよね、あたしを恵梨花のおまけのように見るのって……)
 実際にそう扱われている訳ではないが、梓にとって、こうまで近くにいて碌に注意を受けないのは滅多にない体験なのだ。
 単に文字通り、恵梨花しか目に入ってないだけなのだが。
 梓の服装は黒のジャケットに、白黒ボーダーのワンピース。シンプル故に梓のスレンダーなラインが強調され、着こなしから格好良さと可愛さが見事に同居している。ちなみに梓もサングラスを着用予定だ。なので、今日はコンタクトである。
 咲はベージュのショートパンツに、紺のシャツに薄生地のロングカーディアン。そして珍しく髪をアップにしていて、服装と相まって独特の魅力と仄かな色香を発している。恵梨花、梓と同じくサングラスをつけようとした咲だが、二人から猛反対を受けて無しとなった。
 三人共、夏だからというのもあるが、動きやすい服を選んでいる。
「よ……お、時間通りだな」
 口調がどこかぎこちないのは、恵梨花に見とれて照れているからだろう。
 ついでに挙げると亮の服装は黒のジーンズに白のTシャツといった、正にザ・シンプルといった装いで大当たりでないが外すようなものでもない。なのだが、妙に梓は違和感を抱いた。
 その正体は恵梨花の言葉によって、露わとなる。
「あれ? なんで亮くん、眼鏡にその髪型なの……?」
(ああ、そういうこと……)
 そう、亮はプライベートでは伊達眼鏡を外し、髪型も学校とは違うはずなのだ。なのに、首から上は学校の時と同じ。そして私服はプライベート用。言わば首から上下で公私が分かれている。だからの違和感なのだろう。
 実際に会って亮のプライベート姿を見たことは無い梓だが、恵梨花から嬉しそうに写メやプリクラを見せてもらっている。
 そのためか、学校にいる時はたまに雰囲気だけがプライベート時のように素になる亮なので、完全にプライベート仕様になる亮を無意識下で楽しみにしていたのだと梓は多少の落胆と共に気づいた。
「ああ、これか? ……学校のやつと会うんだろ? 途中から別れるだろうが、それまではな、ってな」
 亮が瞬から招待されてることは持っていたチケットから明白。亮が行くなら必然的に亮から離れてはいけない三人娘もついていくことになった。が、実際のところは、亮は瞬と合流する前に、遅くなるからと三人を送ろうと口にしていたのだが、三人は話に聞いた瞬への興味もあって揃って付いていきたい旨を主張し、亮は美少女三人――内、一人は自分の彼女――を連れて親友に会うことになったのだ。
 そもそも、最初はストプラへ四人で行ってそこで、八木からゴールドクラッシャーが誰なのかを教えてもらい、出来たら声をかけてみる、という話だった。
 しかし、八木が昨日――恵梨花が亮にストプラへ連れてってもらう約束をした次の日だ、八木が恵梨花達の教室へやってきたのだ。
 そこで八木が口にしたのは、ストプラが始まる前の時間にゴールドクラッシャーであるうちのヘッドを紹介できるかもしれないから、もし来るなら事前に待ち合わせするか? という内容だった。
 恵梨花は即答は避け、亮に相談して決めると返答する。
 恵梨花が亮と一緒に来るつもりであるということがわかった八木は、僅かに目を見張り口端を釣り上げたように梓には見えた。
 その後、決まったら連絡してくれと電話番号を残して八木はアッサリと去っていった。
 恵梨花としては時間に変更もあるし、亮に断らずに勝手に決めることはできないからと返答を避けた訳であるが、それは梓としては恵梨花が考える以上にファインプレーだったと考えていた。
 昼休みになり、恵梨花は亮に相談し、時間が早まるが問題ないか確認をとると亮は了承したのである。
 それから午後一の授業が終わった休み時間、梓は亮と二人で話をしたいからと恵梨花を置いて、亮の教室へ一人で向かった。勿論、変な勘繰りなどされることは無かった。どころか昼食後のためか、この休み時間の亮は一日の中でも爆睡具合が一番ひどいから、起こすの大変だよ? と笑って見送られたぐらいだ。
 本妻の貫禄、余裕、という言葉が梓の脳裏に浮かんだが、口にはせず苦笑するに留めた。
 教室へ行くと案の定、亮は爆睡していたが、梓は亮の耳にふっと息を吹きかけて亮を起こした。
 反応は劇的だった。ガバッと身を起こし、非難交じりの目を向けられる。
 はあ、と大きなため息を吐いて「何の用だ?」と、ジト目で問いてくる。
 時間が少ないことから梓は端的に話し始めた。
 恵梨花が望んだことで、そして自分が調べたから動いた話でもあるが、どうにも上手く行き過ぎていて、何か気持ち悪いこと。また、恵梨花がストプラに行くと答えた時の八木の反応が気になること。
 総合的に、今回の話は非常に妖しいと思うと梓は述べた。
 話を聞き終えた亮は数秒黙考した後、一人頷いて梓に言ったのである。
「問題ねえ」
「……問題ないって……話聞いてた?」
「ああ。要するに何のかはわからねえが、罠が待ってるかもしれねえって思ってるんだろ、あんたは?」
「まあ、そうね。でも、だったら、どうして――」
「そもそも行く先が泉座で、連れていくのはあんたら三人だ。連れていくと決めた時点で最大限の警戒心を持っていくつもりだ。それに夜に泉座を歩いていれば、突発的に何か起こる確率の方が高い。あんたらという見た目麗しい三人の女の子連れてれば尚更だ。罠があろうとなかろうと、何かしらやってくると考えてたんだ。その内の中に罠が一つあるかもしれねえと頭に入れておけば……まあ、十分だろ」
「……君って、偶にサラッと褒めてくるわよね」
「……客観的事実言ってるだけだけどな?」
 梓はため息を吐いて、亮の言葉を反芻する。
 罠があるかもしれないと考えた場合、いかにそれを回避するかを考えるのが普通だろう。出来たらベストなのが利用して嵌め返す、といったところか。
 しかしながら亮は何が来ようと、弾き返すと言っている訳だ。
(……なんとも、豪胆な)
 脳筋の考え方ではないか。
 しかしながら、梓が推測している亮のバイトのことを考えたら、亮が自信を持ってそう口にするのも納得できるというもの。寧ろ裏付けがとれたと言っていい。
 ともあれ、梓も考えてみる。罠があったとして、どんな罠が待っているか。
 泉座のことを考えたら行った先で屈強な男達が大人数で待ち受けている、というのがありがちなパターンか。狙いは単純に恵梨花の体と考える……。
 梓は以前、亮が六人を相手にかすり傷負わず圧倒した姿を思い出す。
 また、竹刀を持った野村相手に素手で楽にあしらったところ、剣道部主将である郷田の竹刀に僅かも体に触れさせなかったこと。
 恵梨花を二度も襲おうとした三年の三人が、亮の前で調教された犬のように静かにしていたところ。
 短い間にあった一連の出来事が梓の脳裏に流れた結果――
(……亮くんが暴れて、血の雨が降る未来しか見えないわ……)
 未だに亮の持っている力の底が計れない梓であるが、街のチンピラと亮とで勝負になると思えない。
 実戦慣れしていない武道家が、喧嘩慣れしている素人に不覚を取るという話はよくあるが、亮が実戦慣れしていないとは到底思えない。
 殺気だった剣道部員に囲まれて、あれほど飄々としていられたのはその証左ではないだろうか。
(……なんてこと、考えれば考えるほど、大丈夫な気がしてきたわ。……ううん、ちょっと待ちなさい梓、あなたはいつからそんなに能天気な頭になったの)
 亮の態度のせいか、楽観的思考に陥りかけている自分を叱咤する梓をよそに、亮は口を開く。
「それよりも、罠があったとして、何を(・)問題にするかじゃねえか?」
 その言葉の意味を梓は一瞬の内に理解する。だけでなく、亮がとことん罠自体は重く捉えていないことも。
「なるほど? それも考えないとダメかもね。罠があったとしたら、今回の目標であるゴールドクラッシャーに会えない、もしくは話すことも出来ず、無駄骨に終わるかもしれない……そして、恵梨花が落ち込むといったところ?」
「そうさな、後は――」
「悪意にさらされるってところかしら?」
 先を予想して告げた内容は当たったようで、亮は口を開いたまま固まり、ため息と共に言った。
「なあ、偶に思ってたんだが、あんたって実はエスパーだったりしねえか?」
 真面目な顔で言われたからか、もしくは亮の口から「エスパー」なんて似合わないと思わされる言葉が出たからか、それか両方のためか、梓は噴き出してしまった。
「そんな訳ないでしょ、ちょっと推測したらすぐわかるわよ」
「……今更か」
「そうね」
 ニコリと微笑むと、亮はガシガシと頭を掻いて目を逸らした。
 実際、恵梨花に関わることで亮の考えを読むのはけっこう簡単なのだ。
 女の子に対しては妙に甘く、それが恵梨花になると超がつき、亮の心配することの筆頭は恵梨花のことだ。
 罠があったとしたら、先に挙げたように恵梨花が落ち込むという結果に終わるが、それよりも問題なのはその過程で遭遇する乱暴で粗野な悪意だ。
 それが恵梨花の心に簡単には癒えない傷を残すかもしれないことを亮は懸念しているのだろう――梓も思い至ったように。
(恵梨花のことばかり考えているのは君だけじゃないのよ)
「あたしの考えだけど、そこまで君が考える必要は無いと思うわよ?」
 亮が目で「何故だ?」と問う。
「夜にあの街へ行くのよ? まったく嫌な目に遭わずに帰ろうなんて考えてないわよ、あたしも、恵梨花も、咲もね」
「……そうか。確かに、そうだろうな……俺が甘く見過ぎてたか」
 亮が言っているのは、三人の覚悟のことを示している。
「ええ。付け加えて言うと、嫌な目に遭ったとしても、君が近くにいるなら安全性はまだ高いのだから、ある意味、いい経験になると考えてるわ……あたしの考えだけどね」
 誰しも将来、どんな類であれ悪意に晒されることが無いとは考え難い。それなら、亮という鉄壁がいる時に経験しておくのは決して悪いことではない。
「敵わねえな、あんたには……」
 苦笑を浮かべる亮に、梓は勝気に笑む。
「まあ、それなら問題は殆どねえと考えていいか……」
「ええ。無駄骨になる可能性も、もちろん覚悟の上よ?」
「ああ、いや、無駄骨そっちは問題にならねえよ」
「? ……もしかして、当てがあるの?」
 梓の疑問に、亮はつまらなそうに答えた。
「まあな……こっちが無駄骨になる方が俺には好ましいんだがな」
「?」
 それから言葉の真意を聞いた梓だが、答えは返ってこなかった。

「えー、でも、休日なんだし、学校にいる訳でもないんだからいいんじゃないの?」
 亮の格好を見て不満そうな恵梨花に、亮は苦笑を浮かべる。
「まあ、その連中と別れるまではな」
「はあ、亮くんが格好いいところ学校の他の人に見てもらえると思ったのにな」
「……言うほどでもないと思うがな」
 そう言って、ふと視線を動かした亮と梓の目が合うと、亮の目がゆっくりと見開かれる。
「ああ、梓か。眼鏡外してコンタクトにしてんのか? 珍しいな」
「そう言えば、君の前で外すのは初めてかしらね」
「ああ……眼鏡外しただけで随分、雰囲気変わるもんだな」
 感心したように言う亮に梓は呆れた。
「君ほどじゃないと思うけど?」
「俺のは意図的に雰囲気や気配を変えてんだよ。あんたはそんな意識ねえだろ?」
「当たり前でしょ」
 梓が間髪入れずに返すと、恵梨花が自慢げに胸を張って言う。
「コンタクトの梓って可愛いでしょ?」
「まあ……そうだな、普段が綺麗系なら、今は可愛い系になったって感じか?」
「亮くんもそう思う!?」
 恵梨花が大きく相槌を打つ横で、梓は微かに苦笑を浮かべていた。
(……本当、いきなりサラッと褒めてくるのやめてくれないかしら)
 特に亮の場合、本当にそう思ってるような率直さが良く伝わってくるから性質たちが悪い。
 綺麗と言われるのはよくあることなのだが、恵梨花、咲以外に可愛いと言われることは割と少なく、男子からだとより一層である。
 梓は僅かに込み上げてきた動揺を隠すように、鞄に入れていたサングラスを取り出し、かけた。
「褒めても何もでないわよ。恵梨花も、もうかけてなさい」
「あ、そっか。わかった」
「なんだってサングラス……ああ、そういうことか。咲はかけねえのか?」
 亮の疑問に咲はフルフルと首を横に振って否定する。
「……私はそれほどナンパされないし」
「へえ? ……ああ、こっちの二人に集中するか」
 亮の言うことは確かであるが、咲が見劣っている訳では決してない。亮もそう思ってるからこそ口にしたのだろう。
 そうして恵梨花がサングラスを取り出して顔にかけると、恵梨花の小顔具合がよくわかる。
 サングラスは大きめの物というのもあるが、それを恵梨花がかけると顔の半分が隠れているように見えるのだ。
「でけえな、おい。そのサングラス」
 思わずといったように口にした亮に、恵梨花がサングラスをクイッとやる。
「えへへ。どう、似合う?」
「んー、まあ、似合ってないこともないから似合ってる、のか?」
「えー、どっち?」
「うーむ……」
 なかなかに真剣な顔をしている亮であるが、実態はただイチャついているだけである。
 本当にこの二人は放っておくといつも二人だけの世界を作っていく。
「さあ、もう行きましょ。八木くんとの待ち合わせ場所へ」
 梓が水を差すと、二人がハッと振り返る。
(どれだけ互いに集中しているのよ……)
 亮は一人でいる時など、どうやってるのかわからないが、視線を向けただけでそれを感じ取ったように、声をかける前に振り返ってくる癖に、恵梨花といる時はそのセンサーが働いてないような時がよくある。
(……大丈夫なのかしらね? これから夜の泉座を歩くのに)
 一抹の不安を覚えずにはいられない梓であった。

 

続きは年明けに。
今年もありがとうございました。
来年もよろしくお願いします!
コミック第二部もアルファポリスHPで再開されてますので、そちらもよろしくお願いします!!
三話の扉絵の恵梨花が可愛かった……
では、良いお年を!
cont_access.php?citi_cont_id=803014840&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ